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居合  作者: 贈り物
序章
2/8

第二話:森に潜む影

ーー戦え

  己を信じてーー

 森を満たす霧は、血と腐臭を孕んでいた。

 湿った風が頬を撫でるたび、遠くで何かが蠢く音がする。


 悠真は静かに木刀の鞘に手をかけた。

 この世界に剣を呼ぶ声はない。だが、俺の心は、まだ武士の道にある。

 呼吸を整える。いつもの道場で、朝露を斬るときのように――


 ガサリ。

 闇の奥から、それは現れた。

 四足の獣。いや、もはや獣と呼ぶべきかも怪しい。

 皮膚は爛れ、骨が覗き、口腔から黒い液を垂らす。

 赤黒い目が悠真を捕えた瞬間、咆哮が森を震わせた。


 飛びかかってきた異形に、悠真は一歩踏み込み、抜いた。

 木刀が唸りを上げ、奴の肩口を打つ――


 ゴキッ。

 乾いた音と共に、木刀が弾かれた。

 斬れぬどころか、浅い傷すら残せない。


 ……硬い。

 まるで岩を叩いたかのようだ。

 異形は振り下ろした前肢で悠真を薙ぎ払う。

 咄嗟に飛び退いたが、頬を掠めた爪が血を滲ませた。


「……くそ……!」

 悠真は木刀を握り直した。

 この木で、何を守れる。

 胸の奥で、弱い声が囁く。

 刃を捨てた剣に、意味はあるのか。


 そのとき。

「危ない!」

 声と同時に、紫の光が視界を裂いた。

 異形の片脚が宙を舞う。


 振り返ると、漆黒の外套を纏った女が立っていた。

 長い黒髪が揺れ、その腰には妖しく輝く魔剣。

 彼女は悠真を一瞥し、冷ややかに告げた。


「その木刀で、戦うおつもりですか?」

「……見ての通りだ。」

「不可解ですね。命を賭けるなら、せめて斬れる武器を。」

「斬れるのは、剣じゃない。――心だ。」


 一瞬、女の眉が動いた。だが、すぐに視線を前に戻す。


「話は後。数が増えますよ。」


 霧の中から、さらに二体の異形が這い出てくる。

 女――セリナはゆっくりと剣を抜いた。


 空気が震える。紫の剣身に、闇の瘴気がまとわりつく。

「よし、私もやる!」

 声が変わった。さっきまでの丁寧さは消え、鋭い闘志が露わになる。

 セリナは一閃、異形の腕を切り飛ばし、蹴りで吹き飛ばした。


 悠真は、まだ構えていた。

 通じない。……けど、俺は退けない。


「ちょっと! 邪魔しないでよ!」

 セリナが叫ぶ。

「その木刀、飾りなら後ろ下がって!」

「――違う!」悠真は踏み出した。「これは、俺の剣だ!」


 異形が唸り、牙を剥いて迫る。

 悠真は深く息を吸った。

 雑念を断ち切る。

 ――見ろ。

 敵の呼吸、重心、踏み込み。

 瞬間、悠真は腰を沈め、一閃。


 ガンッ!

 硬質な手応えと共に、木刀が異形の膝を打ち砕いた。

 巨体が崩れ、隙が生まれる。


「今だ!」

 セリナが飛び込み、紫電が走った。

 異形の首が宙を舞い、血煙が霧に散る。


 やがて、森に静寂が戻った。


「……やるじゃん、あんた。」

 セリナが笑う。先ほどの冷たさは消え、戦場の熱に染まっていた。

「けど、正気じゃないね。その木刀で挑むなんて。」

「俺は俺の道を、折らない。それだけだ。」


 セリナは小さく息をつき、視線を逸らした。

「……あなた、普通じゃありませんね。」


 その言葉に悠真が答えようとした瞬間――


 ――声が、頭の奥で響いた。


『慈悲は、偽善だ。』


 低く、冷たい響き。

 振り返っても、誰もいない。

「……今のは、誰の声だ?」


 霧は、さらに深くなっていった。


――続く。

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