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第五章: 宿屋でのドタバタと幕府の印

佐藤悠斗は、日光街道を南へ歩き続けていた。


豊臣残党との戦場でのドタバタ劇から数日が経ち、彼は特に目的もなく旅を続けていた。


「南に行きゃ何か面白いことあるだろ。江戸ってそっちの方だしな」


そんな適当な理由で足を進めていた。


空が夕暮れに染まり、茜色の光が木々の間を縫って地面に落ちている。


風が涼しくなり、葉擦れの音が静かに響き渡る。


街道の土は昼間の熱をまだ帯び、歩くたびに小さな埃が舞い上がった。


悠斗のTシャツは汗で湿り、背中にべったり張り付いて不快感を覚えていた。


ジーパンの裾は土埃で汚れ、腰には戦場で手に入れた小太刀がカチャリと揺れている。


「腹減ったな……そろそろ宿でも見つかんねえかな」


呟きながら、彼は首を伸ばして遠くを見た。


街道の先に、ぼんやりと灯りが見えた。


古びた宿屋だ。


木造の建物は年季が入り、屋根の瓦はところどころ欠け、苔が這っている。


看板には「旅籠」とだけ書かれ、暖かい光が玄関から漏れていた。


「おお、宿屋じゃん! これはラッキー!」


目を輝かせ、彼は足を速めた。


宿に近づくと、木の軋む音と遠くの虫の声が耳に届いた。


玄関には提灯が吊るされ、土間には古びた下駄が無造作に並んでいる。


「すんませーん、泊めてください!」


悠斗が大声で叫ぶと、中から頑丈そうな中年男が出てきた。


宿屋の主だ。


顔には無精髭が生え、鋭い目つきで悠斗を頭から足までじろりと見た。


髪は乱れ、汗で濡れた額が夕暮れの光に鈍く光っている。


「何だ、お前? その妙な出で立ちは」


男の声は低く、疑いの色が濃い。


悠斗のTシャツとジーパン、アニメキャラのプリントが明らかに異質だった。


「え? いや、旅人っすよ。泊めてくださいって!」


悠斗がニヤニヤしながら答えたが、男の表情は硬いままだった。


「旅人ねえ……怪しいな。お前、豊臣の残党じゃねえだろうな?」


男が一歩近づき、腰の短刀に手を掛けた。


その動きに、悠斗は「えっ?」と目を丸くした。


「豊臣残党!? いやいや、違いますって! 俺、そんなんじゃないっす!」


心臓がドキドキし、冷や汗が額に滲んだ。


「やべえ、なんか誤解されてる! このままじゃ追い出されるどころか斬られるんじゃねえか?」


内心の焦りが膨らみ、彼は後ずさった。


男の目がさらに鋭くなり、短刀を抜いた。


「怪しい奴は泊めねえ。さっさと出てけ!」


刃が夕暮れの光を反射し、冷たく輝いた。


その切っ先が悠斗の胸元を向いている。


「待て待て待て! 落ち着いてくださいって!」


悠斗が両手を上げて叫んだが、男は一歩詰め寄った。


「出てけと言ったんだ! 今すぐだ!」


男の声が宿に響き、奥から老婆が「どうしたんだい?」と顔を出した。


白髪を束ねた彼女は、皺だらけの手で襖を押さえ、不安そうにこちらを見ている。


「こいつ、怪しい旅人だ。残党かもしれねえ」


男が老婆に答え、悠斗を睨みつけた。


「残党じゃねえって! 俺、普通の旅人っすよ!」


悠斗が必死に弁解したが、男の疑いの目は晴れない。


「普通の旅人がそんな妙な服着て歩くか! 名を言え!」


男が短刀を突き出し、声に怒気が混じった。


「やべえ、このオッサン本気だ! こうなったら、やるしかねえ!」


悠斗は決意し、素早く両手を広げた。


「南蛮妖術で無力化して、話す隙を作ってやる! あの戦場みたいにさ!」


深呼吸し、心を落ち着かせた。


あの時、敵を一網打尽にした記憶が自信をくれた。


「よし、いける! 俺ならやれるぜ!」


目を閉じ、呪文を叫び始めた。


「我、佐藤悠斗、深淵に潜む超ヤバい南蛮の精霊を呼び起こし、古の禁忌をぶち開ける! 蠢く影よ、痒みの使者よ、この頑固オヤジに超絶迷惑な呪いをぶちかませ! 股間をガリガリ掻きたくなる衝動をぶっ放せ! スーパー・イッチング・カース・オブ・ド変態・アゴニー!」


声が宿に響き渡り、彼の手から紫のモヤモヤが噴き出した。


モヤは男を包み込み、次の瞬間、奇妙な光景が広がった。


「うわっ! 何だ!?」


男が短刀を落とし、股間を押さえて蹲った。


「うおお、痒い! 何だこの術は!」


彼が地面に転がり、両手で股間をガリガリ掻き始めた。


その動きはまるで狂った獣のようで、土間に埃が舞った。


老婆が「旦那!?」と驚き、目を丸くして立ち尽くした。


悠斗はニヤリと笑った。


「よっしゃ、効いた! これで少しは落ち着くだろ」


だが、男は苦悶の表情で叫んだ。


「貴様、何をした! この妖術使いめ! ぶっ殺してやる!」


掻きながらも立ち上がろうとするが、膝がガクガク震えて崩れ落ちた。


「やべえ、このままじゃ話にならねえ! 解除するか」


悠斗は再び手を上げ、短く叫んだ。


「痒み、消えろ!」


紫のモヤがスッと消え、男の痒みが収まった。


「はぁ……はぁ……」


男が息を荒げて立ち上がり、汗だくで悠斗を睨んだ。


額から汗が滴り落ち、無精髭に絡まっている。


「お前、何者だ! その術、ただ者じゃねえな!」


「だから言ったじゃん、俺、普通の旅人っすって!」


悠斗が苦笑いしながら答えた。


だが、男の疑いの目はまだ消えていない。


「普通の旅人がそんな妖術を使うか! 名を言え! 今すぐだ!」


男が短刀を拾い、再び構えた。


「うわっ、まだやる気かよ! 仕方ねえな」


悠斗は腰の小太刀を抜き、鞘を見せた。


「佐藤悠斗っす。ほら、これ見てくれれば分かるでしょ」


鞘には三つ葉葵の家紋が刻まれている。


戦場で手に入れた、幕府の証だ。


男が目を細めて見つめ、驚きの声を上げた。


「これは……幕府の印!? お前、幕府の者なのか!?」


刃を下げ、男の表情が一変した。


「まあ、そんな感じっすね。幕府の偉い人に会ったことあるんで」


悠斗がニヤニヤしながら言った。


内心では「適当に言ったけど、これで通じるかな」と少し不安だった。


あの戦場での出来事を具体的に話すのは面倒くさい。


男は短刀を鞘に戻し、慌てて頭を下げた。


「これは失礼しました。お客人、幕府の方とは知らず……どうぞ、お泊まりください」


声が急に丁寧になり、汗を拭う手が震えている。


老婆が「旦那、急に態度変えすぎだよ」と呆れた顔で呟いた。


「黙ってろ! 幕府の者を怒らせたらどうなるか分からねえだろ!」


男が小声で返すと、悠斗は「いやいや、いいっすよ」と笑った。


「泊めてくれるなら、それでOKっす。腹減ってるんで飯お願いします!」


「はい、すぐ用意します。お部屋はあっちだよ」


老婆が優しく案内し、悠斗は部屋に通された。


畳の部屋には古い囲炉裏があり、炭が赤くくすぶっている。


火の匂いがほのかに漂い、パチパチと小さな音が響いた。


壁には時代を感じる掛け軸が掛かり、木の梁には埃が積もっている。


窓の外からは虫の声が微かに聞こえ、夕暮れが夜へと移り変わっていた。


悠斗は荷物を下ろし、畳に寝転がった。


「いやー、異世界の宿屋って感じだな。ちょっとボロいけど、まあいいか」


彼は満足そうに呟き、手を頭の後ろに組んだ。


あの戦場でのドタバタが頭をよぎり、ニヤリと笑った。


「股間魔法、やっぱ便利だな。敵も味方も関係なく効くし」


その夜、囲炉裏のそばで簡単な飯が振る舞われた。


焼いた川魚と味噌汁、漬物が並び、素朴だが温かい味だ。


魚の皮がパリッと焼け、味噌汁の出汁が鼻をくすぐる。


「うまい! 異世界の飯、最高じゃん!」


悠斗がガツガツ食べると、男が「気に入ってもらえて何よりだ」と笑った。


「さっきはすまなかったな。お前さん、妙な術は使うが悪い奴じゃねえみたいだ」


「いやいや、気にしないでください。俺もやりすぎちゃったし」


悠斗が笑いながら答えた。


男が囲炉裏に薪をくべ、火が勢いを増した。


「で、お前さん、どこへ行くんだ?」


「んー、南の方っすね。なんか面白そうなとこ探してます」


「南か……江戸かねえ。あそこは賑やかだぞ」


男が遠くを見る目で呟いた。


「へぇ、江戸か。なら行ってみっかな」


悠斗が目を輝かせ、飯をかき込んだ。


食後、彼は部屋に戻り、布団に潜り込んだ。


薄い布団からは古い畳の匂いがし、少し硬いが温かかった。


「金もあるし、宿もあるし、異世界ライフ、順調すぎるぜ」


呑気な気分で眠りに落ちた。


だが、彼が知らないところで、運命が動き始めていた。


宿の外、木々の影に隠れた人影がある。


柳生十兵衛だ。


彼女は任務として悠斗を尾行し続けていた。


窓の隙間から彼と宿屋の主のやりとりを見ていた。


「あの南蛮妖術使い……またあの痒み術を使ったのか」


彼女の声には呆れが混じっている。


尾行の疲れで汗が首筋に光り、着物の胸元が少し乱れている。


豊満な胸が静かな息づかいで揺れ、月光に照らされた姿は色気を帯びていた。


「下品な術だが、確かに効くんだな。あの短刀も幕府のもの……本当に幕府と関わりがあるのか」


十兵衛は内心で複雑な思いだった。


あの戦場での噂を耳にしていたが、直接見たのは初めてだ。


「ふん、感心したわけじゃないですよ。任務で見てるだけですからね」


自分に言い聞かせるように呟き、刀を握り直した。


彼女の目には、好奇と警戒が混じっている。


一方、街道の奥では、豊臣残党が再び蠢いていた。


「あの妖術使い、次は逃がさねえ。幕府の味方ならなおさらだ」


黒装束の男たちが刀を手に、復讐の計画を練っている。


彼らの目には怒りと決意が宿り、夜の闇に溶け込んでいた。


悠斗の旅はまだ始まったばかりだ。


次の宿で何が待っているのか、彼自身も知らない。


物語は続き、新たな出会いと波乱が彼を待っていた。



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