選択の刻
氷室玲奈は、まるで舞台の幕が開くのを楽しむ観客のように微笑んでいた。
「悠真くん……その力、どう使うつもり?」
その問いに、俺は答えられなかった。
つばさに試した「支配」。俺の意思で彼女の動きを止め、意のままに操ることができた。
まるで——世界の法則そのものを書き換えるように。
それを見ていた玲奈は、興味深げに俺を見つめている。
「……質問の意味が分からないな」
俺は努めて冷静に返す。
玲奈はゆっくりと近づいてくる。彼女の瞳は、どこまでも深く静かで、それでいて何かを試すような光を宿していた。
「あなたがどんな選択をするのか——それが知りたいのよ」
玲奈は俺のすぐそばまで歩み寄ると、ふわりと髪をかき上げ、妖艶な微笑みを浮かべた。
「ねえ、悠真くん。私に命令してみない?」
その言葉に、つばさが息を飲む気配がした。
「……玲奈、あなた」
「怖がらなくていいわ、つばささん」
玲奈は優雅に微笑むと、俺の前に立ち、ゆっくりと膝をついた。
学園の絶対的な女王と呼ばれる生徒会長が——俺の前で跪いた。
「私を……試してみなさい」
まるで全てを委ねるように、玲奈は俺を見上げた。
俺は無意識に喉を鳴らす。
これは——誘惑か? それとも、俺の本質を試すための挑発か?
「……本気なのか?」
「ええ、本気よ」
玲奈の瞳には、迷いがなかった。
俺は一歩、前へと踏み出す。
そして——
「——動くな」
玲奈の身体がぴたりと止まる。
まるで時間が凍りついたかのように、彼女の指一本すら動かない。
「……あぁ、なるほど」
玲奈はゆっくりと目を細めた。
「これは……すごいわね」
彼女は笑っていた。まるで、自分が支配されることすら楽しんでいるかのように。
俺は、試しに彼女の腕を持ち上げるよう命じてみた。
すると——玲奈の腕が、俺の意思に従ってゆっくりと持ち上がる。
まるで、彼女の身体そのものが俺の一部であるかのように。
「これは……完全な支配ね」
玲奈は薄く笑みを浮かべ、静かに呟いた。
「悠真くん……あなた、この力の意味が分かる?」
「……何が言いたい?」
玲奈は僅かに顎を上げ、俺を見つめる。
「あなたは……この世界の"支配者"になれる」
その言葉に、つばさが驚いたように息をのんだ。
「支配者……?」
「ええ。この力を使えば、どんな存在もあなたの前に跪くわ。あなたの望むままに世界を変えられる」
玲奈は、自分が支配されているというのに、まるでそれを歓迎しているかのようだった。
俺は、手を軽く振る。
「——解除」
すると、玲奈の身体が自由を取り戻し、ゆっくりと立ち上がる。
そして、俺に向かってにっこりと微笑んだ。
「素敵な力ね、悠真くん。……さて、あなたはどうする?」
俺は、答えを持っていなかった。
この力を、どう使うべきなのか——。