試される力
玲奈の言葉が頭から離れないまま、俺は放課後の校舎を歩いていた。
——「この世界は、強すぎる力を持つ者を放っておかない」
俺の力に目をつける存在がいる? それは一体何なのか。
玲奈は何かを知っているようだったが、核心には触れずに去っていった。
「……考えても仕方ないか」
俺はふと足を止め、人気のない廊下を見回す。
もっと、この力を試してみる必要がある。
自分がどこまでのことができるのか、それを知らなければ、警戒すべき対象がどんなものかも判断できない。
俺は意識を集中させ、周囲の空気に働きかけるように手をかざした。
「——動け」
そう命じると、廊下に置かれていた掃除用具のモップがふわりと宙に浮いた。
「よし……」
次に、モップを自由自在に動かすことに挑戦する。まるで自分の腕の一部のように操れるかどうか——。
モップはゆっくりと回転し、俺の周囲を漂う。
「……なるほど。細かい動きも可能か」
力の感覚が少しずつ掴めてきた。単に物体を浮かせるだけでなく、俺の意思そのものが具現化する感覚——まるでこの世界のルールを書き換えているかのようだ。
俺はさらに実験を進めようとした——その時だった。
「——やっぱり、試していたのね」
静かな声が廊下に響いた。
驚いて振り向くと、そこには涼やかな視線を向ける九条つばさの姿があった。
「お前……いつからそこに?」
「ずっと見ていたわ。あなたがこの力をどう扱うのか、興味があったから」
つばさは腕を組み、俺のすぐそばまで歩み寄る。
「昨日、あなたは私を止めたわね」
「……ああ」
俺は返事をしながら、つばさの瞳を覗き込んだ。
彼女は怖がっているわけではなかった。むしろ、その表情には純粋な好奇心が滲んでいた。
「ねえ、悠真。もう一度、やってみてくれない?」
「……何を?」
「私を支配してみて」
つばさの言葉に、一瞬、息を飲む。
「……冗談だろ?」
「冗談じゃないわ。私は科学者として、未知の力を観測したいの」
つばさはまっすぐ俺を見つめ、少しだけ微笑んだ。
「それに——私は怖くないわ」
その言葉に、俺は覚悟を決めた。
もう一度、試してみる価値はある。
俺はつばさの目を見つめ、意識を集中させる。
「——動くな」
その瞬間、つばさの体がピタリと止まった。
「……っ!」
驚きの表情を浮かべながらも、つばさの体は指一本動かない。まるで時間そのものを凍結させたように——。
「すごい……本当に、まったく動けない……!」
つばさの瞳が興奮で輝く。
俺はさらに意識を強め、命じてみる。
「——右手を上げろ」
すると、つばさの右手がゆっくりと上がった。
彼女の表情には、驚きと共に、どこか快感にも似た色が浮かんでいる。
「これ……私の意思じゃないのに、動かされてる……」
つばさは自分の手を見つめ、興味深げに微笑んだ。
「悠真……あなた、これはただのテレキネシスなんかじゃないわ。もっと根源的な力よ」
「……どういうことだ?」
「あなたは、この世界の"法則"を支配しているのよ」
その言葉の意味を噛み締める間もなく——突然、廊下の向こうから拍手の音が聞こえた。
「素晴らしいわ、悠真くん」
その声に、俺は心臓が跳ねる。
廊下の先に立っていたのは——
氷室玲奈だった。
「あなたの力……やっぱり本物なのね」
玲奈は優雅に微笑みながら、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
「ねえ、悠真くん。この力……どう使うつもり?」
玲奈の瞳が、俺を試すように光る。
俺は、答えを持っていなかった。