第3話 明日のお弁当は
「愛妻弁当って事ですか!?」
思わず叫び、今日何度目か分からない注目を浴びる。
もうクラスメイト達は順応してきたのか、一瞬驚きはしたもののすぐまた各々の食事へと戻っていく。
この中で只一人狼狽えたままなのは、俺の言葉を直接受けた千夜だけだ。
「あ、愛妻弁当って……。愛妻……、妻……。うん、やっぱり私達は結婚するべき」
何やら小声でブツブツと喋っているが、あいにく教室内の喧噪で聞き取れない。頬を赤らめ照れているのだけは分かる。そんな嬉しそうにしている千夜もこの上なく可愛い。
千夜からお弁当を作ってもらう。
これは俺の『いつか千夜とやりたい恋人らしい事ランキング第3位』にランクインされる。さっそく明日から叶いそうになり、早くもランキングをコンプリート出来そうな予感がする。
ちなみに第2位は千夜を膝枕をしながら頭を撫でる。
堂々の1位は星空が満天の場所でキスをすることだ。
キモいと思えば笑うが良い。俺にとっては何よりも達成したい事だからな。晴れて恋人になれた今、全て達成するまで俺は死ねん。
と、俺が千夜とやりたいあれこれに想いを馳せている間、千夜も同じように何かに想いを馳せていた。
「千夜。そろそろ俺の所に帰ってきてくれるとありがたいんだけど」
「…………はっ! 危ない危ない。そ、そうお弁当。本当は今日から作るつもりだったけど、昨日はしゃぎすぎてついうっかりしていたから。明日から作ります」
千夜、お弁当作ることを忘れるほど昨日ははしゃいでいたのか。何それ超可愛いんだが。
飛び跳ねるようにして嬉しさを表現していたのか。それともベッドでぬいぐるみを抱きしめながらジタバタゴロゴロしていたのか。
どちらもやりそうで、その両方とも想像するだけで顔が綻ぶ。
「本当に作ってくれるのか」
「もちろん。蓮太のお母さんにも許可は貰っているから安心して」
「母さんに!? いつの間に……」
俺が知らない間に千夜と母のネットワークが形成されていた。
いやまあ昔からの知り合いだから全然不思議ではないのだけど。
そっか……、明日から千夜の作るお弁当が食べられるのか。今から猛烈に楽しみだ。
ということはだ。逆説的に今日が実質母の作るお弁当の最終日になる。
全て美味しく残さず頂く。
お昼休みにも衝撃展開を挟みつつ、午後も授業中は静かに視線を交差させること数十回。
気が付けば下校の時刻へと時計の針が進んでいた。
部活も委員会も特にないため、俺達2人はそのまま並んで帰宅を始める。
昇降口を出て直ぐのこと、右隣に歩く千夜が朝と同じくそわそわしていることに気が付いた。
も、もしかしてまた腕を組むのだろうか。
あれは癒やしや安堵と引き換えに、ドキドキという名の心臓へ炸裂する連続攻撃だからな。もはやサンドバッグ状態で心臓が可哀想。でも断る選択肢など当然皆無。
もってくれよ俺の心臓。
と、身構えていたのも束の間。千夜は俺の右手に自身の左手をスルリと絡めてきた。指と指の間に自身の指を挟み込み、ただ握るだけに留まらない密着感。
これはあれだ。いわゆる恋人繋ぎ。
例のランキングで言うところの第5位だ。
「朝とは少し違うけど、どうかな?」
どうかな、と上目遣いで尋ねられる。
そんなの勿論答えは決まっている。
「凄く良い。滅茶苦茶幸せ。腕を組むのとはまた違った温もりというか、すげえ安心する。ずっとこうしていたいくらい」
「良かったっ! 私もね、すっごく安心するかも」
満面に笑みで言われてしまえば、もう俺になす術は無い。ずるずると千夜の魅力に引き込まれていってしまう。まるで底なし沼か蟻地獄。1度嵌まれば抜け出せない。
…………抜け出す必要なくね? よし、沈もう。
幸せという沼に沈み込みながら千夜と歩き出す。
2月も中頃だというのに、手の温もりだけは寒さに負けじと熱を放っていた。
あっという間の下校で、もう家の前に来てしまった。名残惜しい、もう少しだけこの繋いだ右手をそのままにしていたい。
「なあ千夜。少し家に寄っていくか?」
千夜と離れたくない思いから、つい口から零れてしまう。
「寄りたい。けど、今日はダメ」
あっけなく拒まれてしまった。か、悲しい……。
しかしよく見ると千夜は空いた右手をもじもじとさせていた。
「今日は、お弁当の準備があるからダメ。明日は初めてのお弁当だから気合い入れたい」
な、なるほど……。そういうことなら今日は諦めるしかないか。
更に千夜は「だから、」と言葉を繋ぎまた口を開いた。
「……明日からお邪魔したい」
……はい優勝。はい可愛い。
全ての可愛いと尊いが詰め込まれているかのような。
もう俺の幼馴染み可愛すぎませんか!?
今の言葉に少し勇気を込めていたのか、繋いだ手にもキュッと力が入っていた。
こんないじらしくお願いされてしまえば異論など唱えられようはずがない。
本当に可愛い。好き。俺のことを好きになってくれてありがとう。
「そ、それじゃあまた明日っ」
言って恥ずかしさがこみ上げたらしい。
繋いでいた手を離し昨日と同じくとててっ、と玄関まで走って行く千夜。
そこからドアを開いてふと立ち止まり、千夜はこちらを振り返ってきた。
「昨日言い忘れたけど。約束、覚えてくれててありがとう!」
バタンっとドアが閉まり、道路には俺一人佇む。
約束? 一体いつの、何の約束だろう。