第2話 交際開始?
2月15日午前8時27分、1年3組の教室が過去一騒がしい。
それはそうだよな。今まで散々人前でイチャイチャを繰り返し、付き合っていないはずがない2人が実は昨日から交際を始めた初々しいカップルだったと発覚したのだから。
当の本人である俺ですら驚いている。
いやほんとに、マジで。
チロルチョコが本命とか思わないじゃん普通。
今この場で唯一キョトンと小首を傾げるのは、爆弾発言をした本人である千夜だけだ。
未だ俺の右腕に両手を巻き付けながら『そこまで大慌てする?』とでも言いたげにクラスメイト達を眺めている。
俺の視線に気付いたのか、ニコリと微笑むその姿はまるで天使。
マジ可愛い、結婚して全力で幸せにしたい。
まさか昨日千夜から渡されたチロルチョコがギリの義理ではなく、本命のチョコだったとは思いもよらなかった。
昨日は寝るまで凹んでいたわけだが、なによりも千夜に嫌われていなくて良かったと今は安心している。
腕組みする時点で違和感に気付けよと、さっきまでの自分にデコピンを食らわせたい気分でもある。
そうか。つまり明日も明後日もその先も、今日みたく腕を組んだり手を繋いだりして登校出来るのか。
何かと理由を付けて出掛けるのではなく、堂々とデートにも誘える訳だ。
今までは『これは恋人になってから』と我慢してきたあれもこれも、これからは一歩踏み出して実行してみるのも良いかもしれない。
………………何だこれは。
千夜に嫌われるどころか好かれていたという安堵感。
これからは恋人として一緒に居られるという幸福感。
何より千夜を絶対幸せにしたいという使命感、2人で幸せになりたいという期待感。
これが、幸せか…………。
そんな幸せを噛み締める俺とは引き換えに、クラスメイト達は混乱の渦に囚われていた。
「2人が今まで付き合っていなかったとか誰が信じるんだよ!?」
「あれだけ人前でイチャイチャしてたのに?」
「これまでがあれなら今日からはどれだけ激しくするつもりなの。砂糖吐くよ!?」
「むしろ何故今更付き合い出した!?」
「頼むから程々にしろよ? 死人が出かねん」
等と酷い有様である。
俺達のやり取りは場合によっては人の命にまで影響を及ぼすらしい。よく言う尊いってやつだな。
まあ千夜が尊い存在なのは当然だが。
「お前達何を騒いでいる。もう始業だ席に着け」
未だ騒々しい教室に、ピシャリと一言声が通る。
後ろを見ると担任の先生がドア横に立っており、観察するように室内を見回している。
先生の声で我に返ったのか、皆各々席へと座っていく。その流れに身を任せ、俺と千夜もそれぞれの席へと向かう。ちなみに俺達は席も隣同士だ。
先生の登場で少し落ち着いたものの、それでも興奮の熱は冷めていないようでソワソワと俺達の方へ視線を向けてくるのが分かる。
「それで、何をそんなに騒いでいたんだ?」
「そうそう! 衝撃の事実なんですよ先生」
「蓮太君と千夜ちゃんが付き合い始めたらしいんですよ」
「それも昨日からです」
「つまり今までは恋人ですら無かったって事ですよ!?」
「あれだけバカップルしてたのにおかしくないですか!?」
教壇に立った先生の質問に代わる代わる答えるクラスメイト達。皆仲良いかよ。
それらを静かに聞いていた先生だが、『なるほどな、それは仕方ないかもしれん』と呟いた後こちらを見て一言。
「人目のある所では自重すること」
人目のある所では……。つまり、
「先生、つまり人目の無い所なら自重しなくて良いってことですよね?」
俺が考えていた事を先に言われてしまった。お隣に座る千夜の声だ。
って千夜さん!? 何聞いてんの!?
驚きのあまり左隣の千夜へバッと顔を向けるが、当の本人は凄いことを言った自覚が無さそうだ。
さも当然かのようにしたり顔をしているが、それって人目の無い所では自重するつもりはありません、って自白するようなものだからね。
またしてもクラス中の視線が俺と千夜に集まる。今日はよく注目される日だ。
周りの視線で千夜も自分の発言の意味に気が付いたのか、「ち、違うの! 2人きりの時にいつもより甘えてみたいとか、それだけのことだから……」と弁明を図っている。
最後は蚊の鳴くような声にまでしぼんでいた。
やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしいらしい。
小さく顔を赤らめる千夜の破壊力はとんでもなく、俺の心臓にダイナマイト以上の衝撃を与えてきた。朝から耐えてきた心臓のHPはもう0に近い。
でもそうか……。千夜は俺に甘えたいのか。
部屋で2人きりの時にもたれ掛かってきたり、膝枕をしてみたり頭を撫でたり。
挙げればきりがなさそうだけど千夜にしたら喜んでくれるかな。
「教師という立場上、公序良俗に反しないようにとだけ言っておく。…………あとこれは独り言だが、今しか出来ない事もあるからな。やりたい事は惜しまないことだ」
「わ、分かりました」
先生の言葉に慌てつつ千夜が答えていた。
まさかの先生公認か?
というか先生よ、さっき騒いでいた理由に『それは仕方ないかも』って言いませんでしたかね。
そこまで衝撃的な事ですか?
・・・・・・・・・・・・衝撃的な事でした。少なくとも俺にとっては今後の人生においても稀に見ないレベルの驚きだと思う。
そこからは何とか普段通りに事が進み、朝のHRから午前中の授業と至って平和な半日が過ぎていく。
授業中はさすがの千夜も自重しているのか、とりわけ普段と異なる行動はしていない。
ただそうだな。1つ挙げるとするならチラチラと視線は向けられており、目が合う度にこっそり千夜が笑いかけてくるぐらいだろう。
当然ながらその都度俺には尊さと言う名の攻撃が心臓へとクリーンヒットしている。
お昼休みになり、教室内がまた騒々しくなり始めていた。皆それぞれ席を移動したり購買へと足を運んでいたりする。
当の俺は普段からお弁当を持参しているため、今日も千夜と二人仲良くお昼ご飯を満喫する予定だ。
今日もいつも通り千夜とお弁当を食べるべく、鞄から弁当箱と水筒を取り出していたときだった。
ふと千夜の顔を見てみると、何故か青ざめているような、絶望に染まった顔をしているではないか。
「千夜!? どうしたんだ一体。何があった」
「ごめん蓮太……。わ、私……」
泣き出しそうな震える声を出す千夜を見て、思わず怒りがこみ上げる。
ど、どこのどいつだ千夜を悲しませる輩は!?
許せねえ、俺と千夜の埋まりまくった外堀の底の底に沈めてやろうか。
いや、堀なんて浅すぎる。沈めるならマリアナ海溝だ。よし、船調達するか。
沖合までどうやって運ぼうか考えていた所、千夜が続きの言葉を紡いでいた。
「お弁当作るの忘れちゃった」
…………はい?
お、お弁当作るの忘れたって言ったのか?
「お弁当って。千夜の分あるじゃん」
俺が指さす先には、普段から千夜が持参している花柄を基調としたお弁当箱の姿が。
いつも2人でそれぞれのお弁当をつまむのが日課の1つなのに、他に用意する当てなどあるのだろうか。
しかも千夜のお弁当は千夜のお母さん作のはずだ。千夜自身が作るわけでは無いのに。
「えっと、私のお弁当ではなくてね。蓮太のお弁当、作るの忘れちゃったの」
「俺の?」
「そう、蓮太の」
……………………えーーっと、つまりもしかして。
「愛妻弁当って事ですか!?」