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第1話 チロルチョコを貰った

「はいこれ、あげる」


 2月14日の下校中、隣を歩く美少女から「蓮太れんた、手出して」と言われたので右手を差し出すと、ポンっと何かを手渡された。

 

「え、チロルチョコ?」

「そうよ、チロルチョコ。今日バレンタインだから」


 そっぽを向きながら答える黒髪ボブの美少女の名前は千夜ちよ。俺の幼馴染にして、かれこれ5年近く片想いしている相手だ。


 毎年義理でチョコを貰ってはいたが、遂にチロルチョコへとランクダウン。

 決してこのチョコが悪いという訳ではない。

 むしろお手頃価格で食べやすく味も様々で気に入っており、小さい頃は無我夢中で食べていた記憶がある。


 しかしバレンタインに渡すチョコとしては義理もギリ。一応あげとくか、位の感覚ではないだろうか。

 もう恋愛対象としては脈無し確定だろう。


 千夜とは幼稚園からの付き合いで小学中学も共に過ごした仲だ。

 小さい頃、『おおきくなったらちよはれんたとけっこんする』と言って千夜の父親に微妙な顔をされた気もする。

 高校生になり最初の1年も同じクラスで最早運命を感じていた。毎日一緒に登下校をして教室でも良く会話していた為、クラスメイトから「付き合ってるよな」と認識されるレベル。

 もう外堀も内堀も完全に地層の中に埋まっていて、あとは告白するだけだったのに…………。


 これでは告白する前に振られたようなものだ。

 どうせなら告白してから振られたかった。

 今から告白するか? いや無理だ、ここで断られたら立ち直れない。

 こんな事ならもっと早くに玉砕しておくんだった。どのみち付き合えないなら詰みだけど。


 はぁ…………、さよなら俺の初恋。


「それで、感想とか……無いの?」

「え……感想っすか」


 意気消沈している俺に追撃するかの如く、千夜は意見を求めてきた。


 俺にどんな返しを求めているのだろうか。


「いや、まあ……。嬉しいよ」

「ほんとに嬉しいって思ってる? 何か隠してるような…………」


 流石は幼馴染。俺の動揺などお見通しのようだ。

 これぞまさに以心伝心、ここまできたらもう付き合うしかなくないか?

 脈無しだけど。


「ほんとほんと。驚いただけだって。まさかのチロルチョコだったもんだからさ」

 

 慌てて取り繕うが嘘は言ってない。本音は違うけど。

 本音? そんなの当然手作りが良かったに決まってるだろ!?

 はあ、1度ぐらい千夜から手作りチョコ貰いたかったな。


 和菓子から洋菓子、さらにはケーキまで様々なお菓子なら何度も手作りを貰ったことがあるものの、チョコ系のお菓子だけは記憶に無い。

 ちなみに千夜のお菓子は滅茶苦茶美味い。なんなら料理も上手い。

 良いお嫁さん、いやお母さんになれること間違いなしだ。

 当然その隣にいるのは俺であってほしい。

 ……1度でいいから千夜の手作りチョコ食べたかったな。


「ふーん。………………それなら、そういう事で良いよね」

「え? あ、ああ。良いぞ」


 何がだ? 手作りチョコに思いを馳せていてよく聞いていなかった。

 聞き直そうと思うも束の間、気が付けば家まで辿り着いてしまった。ちなみに俺達は家が隣同士だ。


「また明日!」


 とててっ、と元気良く玄関へ走る千夜を見送って、明日聞くかと思い直し俺も玄関のドアを開ける。


 手の中にあるのは、どこからどう見てもチロルチョコ。紛うことなきチロルチョコ。

 実は中にメッセージでもあるかと期待したが、市販品そのままのチョコを手渡されたらしい。


 帰り際に「また明日!」と言われたが、明日からどんな顔して会えばいいのだろうか。

 分からない。分からないから取り敢えずチョコを食べよう。

 帰宅早々玄関にて一口食す。

 うん、甘くて美味しい一口サイズ。サクサク生地のクッキー部分も合わさり、30円とは思えない満足感だ。

 そして当然ながらチョコはあっという間に胃の中へ。

 今年のバレンタインチョコ、これにて終了。

 俺の初恋もこれにて終了。


 さ、寂しい……。感傷に浸る余韻すら与えてくれないのかチロルチョコは。

 いや、感傷に浸れるチロルチョコって何だよと思わず自分にツッコむ。


 もういいや。今日はさっさと寝よう。

 悲しみに暮れながらその後を過ごし、21時には床についた。高校1年生とは思えない程健康的ではないだろうか。

 こんなに早く寝るのは何年ぶりだろう?


 翌日、案外ぐっすりと寝ていたようでスッキリと起きることができた。

 いつも通りに朝の支度をこなし、いざ出発。


「お、おはよう……」


 玄関を出ると、外には愛しの幼馴染の姿が。

 もしかして俺を待っていたのか?

 バレンタインにギリギリの義理チョコを渡すような相手である俺を?

 普段は俺が千夜を迎えに行くというのに、一体今日に限って何故だろうか。


「お、おう、おはよう。千夜が俺より早いなんて珍しいな」

「うん、まあたまには、ね。」

 

 この極寒の中俺が出るまで待っていたのか。呼び鈴を押してくれれば直ぐに出たのに。

 なにはともあれ今日も一緒には登校できるみたいだ。


「それじゃあ行くか」

「そ、そうだね」


 どことなく千夜の言動がぎこちないのは気のせいだろうか。

 歯切れも悪いし視線があわあわと行ったり来たりしている。

 右隣を歩く今もチラリとこっちを見ては視線を外し、またチラッとこちらに向き直る往復運動を繰り返している。

 そんな折、「よしっ」と呟いたのが聞こえた。

 何が「よしっ」なのかは不明だが、小さな握り拳を作りながら呟く姿も可愛いな。


 千夜の可愛さに当てられたその瞬間、ギュッと右腕にしがみつかれる。

 そう、これはいわゆる世のカップルがデートの際常にしているらしい、腕組みだ。彼女が彼氏の腕へ抱き着くように手を絡める、あの『いつか千夜とやりたい恋人らしい事ランキング第4位』にランクインする事を今千夜にされている訳だ。

 急接近したことで千夜の髪からほのかに甘い匂いが漂ってきたり、2月だからこそより暖かく感じる体温を意識したり、何より柔らかな感触が腕に押し付けられて理性が飛びそうになる。


「千夜!? 何を!?」


 驚きのあまり大きな声が出てしまう。千夜も千夜で精一杯なのか、可愛らしいお顔がもう真っ赤に染まっている。

 千夜とやりたかった事ではあるものの、いざやってみるとここまでドギマギしてしまうのかと驚く。心拍数がグングンと上昇するのが感じられ、このままいけば心臓が破裂する自信がある。


「い、嫌なら振り払ってくれればいいから。でもその場合、多分私は悲しむ」


 涙目の混じった上目遣いで半ば懇願するように言われる。

 うん、たとえ隕石が降り注ごうともこの手を離したりはするものか。

 離すぐらいなら心臓が爆散したほうがマシだ。

 別に隕石落ちてこなくても離さないけどな。

 いやそもそも俺から離す事はしないな、うん。

 学校に着くまでもってくれよ俺の心臓。


「それなら……このまま行くか」

「うん、それがいいと思う」


 2人仲良く、しかしぎこちなく歩き始める。俺の右腕の感触に納得いかないのか、千夜は歩きながら探るように両腕を絡め直している。その度にたわやかに育ったとある部位が擦れていくのだが、これが俺の理性をゴリゴリと削っていた。

 昨日脈が無いと分かったときよりもダメージを負っていく。


 そのうち千夜は腕の収まりが良いポイントを見つけたのか、最初に抱きついた時よりも自然体で歩ける様になっていた。体重も少し預けているらしく、それだけ信頼されていると言うことだろう。

 かくいう俺も最初こそ硬直していたが、今では千夜と密着出来て得も言われぬ心地よさを感じていた。それは千夜も同じようで、その表情は幸福そうにだらけきっており『もはやこいつ俺の事好きだよな!?』と何度も期待をしてしまう。

 やはり今からでも告白するべきかと悩む。

 

 しかしそこで毎回思い出すのは昨日のチロルチョコ 。一口サイズの小さなチョコに、千夜はどの様な気持ちを込めたのだろうか?

 義理なら込めるものも無いか。

 などなど色々考えながら進んでいくが、千夜との会話が出来ていないことが少しもどかしい。普段なら他愛ない会話をしているが、今この状況で何を話すべきかは分からない。


 そこからさらに道を歩き、もうじき学校が見えて来る頃合いになった。

 朝一から堂々と腕を組みながら登校していけば、学校が近づくにつれて人目に晒されるのは当然の事。

 そしてその度に千夜は腕に力が入っているらしく、ギュムっと柔らかいものが押しつけられる。

 

 気を紛らわすべく周りを見ると、クラスメイトもチラホラとこちらの様子を遠巻きに眺めているのが確認出来た。『またやってるよあいつら……』的な視線なのは気のせいでは無いな。

 ともあれこうして周辺に意識を逸らさなければ、腕に伝わる感触が常に大きく主張しているこの状態で平常心を保つのは難しかった。


 昇降口に到着し靴を履き替える。さすがにこの時だけは千夜も観念したのか腕を離したのだが、履き替えた後はすぐさま抱き着いてきた。


「千夜、学校でもこのままなのか?」


 一体いつまでこの状態なのだろうか。

 いや俺としては嬉しいけど、そろそろ周りの視線と理性がやばい。

 ちなみに上限突破しかけていた心拍数は一周回って落ち着いている。反動が来そうで後が怖い。


「嫌なら振り払ってくれればいいから……」


 先程と同じ言葉を言われてしまう。言外に『振り払ったら悲しむからね』と言われた気がする。

 もう諦めてこのままにしよう。

 振り払う選択肢なんてあるわけも無いからな。


 教室に入ると、ドアの近くにいたクラスメイト達が一瞬振り向き、また会話に戻る。と思ったらガバッと一斉に再び振り向いてきた。お手本のような綺麗すぎる二度見だ。

 更にそこから腕を組んでいるのが俺達2人だと分かると、またまた何事も無かったかのように会話を始め出すクラスメイト達。


 なにこれ。

 今何が起きていたんだ? 隣で未だに腕を絡める千夜も頭にハテナを浮かべきょとんとしている。


「ええっと、今何が起きたのか解説してくれない?」


 二度見をしていたうちの1人に声を掛けると何でも無いかのように答えてくれた。


「朝から堂々と腕組みしてるから驚いたけど、してるのがお前等2人だったから別に今更だったなって思っただけだよ。熟年カップルはさっさと爆散しろ」


 その言葉に辺り一帯の頭がコクコクと同意を示す。満場一致ですかそうですか。

 確かにこれまでも俺達は付き合っていると認識されていた訳で、外堀は相変わらず埋まりまくっていっそ小山にまで盛り上がっているらしい。

 

「皆の反応は分かった。でも1つだけ訂正すると、私達は熟年カップルではない。昨日から付き合いだした」

「「「「「「……っ。はああああああああ!?!?」」」」」」


 一瞬の静寂、そして訪れる驚愕の嵐。千夜の言葉を聞いていたクラス中の男女皆が各々驚きの声を上げまくっている。というか俺もその一人だ。


 え? 俺達付き合っていたのか!?!?

 ってことはチロルチョコ本命だったのかよ!?!?!?!?

 


 

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