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第65話

 黒猫に導かれるまま歩いていく。

 ただ、そっちは駐車場の方角ではないが。

 ……まあいいか。


「アキくんはさっき『土曜のお話しの後、わたしたちの元気がなかった』って言ってたけど、わたしが落ち込んだのは、アキくんにあんな顔をさせた自分の事がすごく嫌だったからなの」

「あんな顔って?」

「アキくんが自分のことを卑怯者って言った時、すごく辛そうに見えた。

 アキくん、わたしたちのために苦しませてしまって、ごめんなさい」



 水川さんが立ち止まった。

 アキラも立ち止まって彼女を見た。



「改めてお礼を言わせてください。

 あの時、あの場所に、あなたが来てくれたおかげで、わたしは今、無事にここにいる事ができます。

 本当にありがとうございました」



 そう言って深々と頭を下げた。



「こちらこそ、助かってくれて、そして感謝を伝えてくれてありがとう。

 サキやみんなに会うことになっていなかったら、俺は自分の自転車を見る度にずっとモヤモヤして過ごしていたと思う。だから、ありがとう」



 アキラもまた深々と頭を下げた。



 顔を上げて視線を交わした二人は、どちらからともなく笑い合った。





 せっかくの機会なので駐車場の前に神社の境内を案内してほしいという水川さんの求めもあり、二人でゆっくり歩きながらいろいろなことを話した。

 二人ともなんとなく話していたくて、途中で立ち止まったり違う社の階段に腰掛けてみたりしていた。


 学校のこと、私生活のこと、話題は尽きなかった。



 坂高のちょっと面白い物理教師のこと。

 水川さんには二十五歳になるお姉さんがいて、もう四歳になる甥っ子がいること。

 先日もお姉さんと甥っ子が実家に泊まりにきて、とても可愛かったこと。

 ハヤトの家に集まる女性あくまたちのこと。

 シュヴーのブリジットさんと仲良くなって、最近はフランス語も少し教えてもらっていること。

 柔道部や野球部の友人たちのこと。



「………その橋本先生ってすごくユニークなんだね」

「ハシセンは自由過ぎなんだよ。授業終わりギリギリにいろんなことを言って、種明かしもしないままバックれるし。

 次にあった時に聞いても『そんなこと言ったっけ?』って教えてくんねーの。

 昨日もさ、アインシュタインかな?誰かの言葉で、なんだったけかな?

 グラビテーション キャンノットなんとかって言ったまま消えちゃって、みんな何だったんだよってなったよ」

「んー、グラビテーションかあ。なんだろ?」

 水川さんがちょっと悩んでいる。


「いや、別に気にしなくて良いよ」

「ううん。ちょっと待ってて……。えっと……。あ、あれかな?

『Gravitation cannot be held responsible for people falling in love.』」

 少しの時間をおいただけで、水川さんがスラスラとそらんじた。


「サキって本当にスゲーな。なんでも知ってるじゃん」

「そんな事ないよ。えっと、これはね『人が恋に落ちるのは重力のせいではない』って訳になるの」

「どういうことなん?」

「んー、『環境とか出来事とか関係なく、恋は突然始まるものだよ』ってとこかな?」

「へー。なんか物理学者っぽくない言葉だなー」


 アキラは少し感心してしまったが、水川さんは浮かない顔だ。


「名言といえば、名言なんだけどね…。

 アインシュタインって、お茶目な人柄で女性にも大人気だったみたい。

 ただ、かなりの浮気性で同時に何人もの女性と付き合ってたらしいよ?

 しかも浮気が原因で離婚して、当時の奥さんにノーベル賞の賞金を全額慰謝料として支払ったんだって。

 それを知ってると、こんなの絶対言い訳だよね。

『恋は突然始まるものだから、しょーがないんだー』みたいな。

 …ねえ、アキくんは浮気や二股をかける人をドウオモウ?」

「イヤ、ウワキヤフタマタハ、ダメダトオモイマス」

 アキラが即答すると、水川さんがにっこりと笑った。

 どうやら合格だったようだ。


 途中アキラはなぜかわからない冷や汗をかくこともあったが、気付くと駐車場に到着していた。



 二人と一緒に歩いてきた黒猫が駐車場の横の2mちょっとの高さのコンクリート製の壁に飛び乗った。

 そのまま塀の端まで歩いて行き、ちょこんと座った。


 そこは坂道が一望できる位置で、黒猫のお気に入りの場所のようだ。

 たまに神社の前を通りかかると、そこで日向ぼっこをしている黒猫の姿を見かける事がある。




 アキラが駐車場の一角に1台だ停められた自転車の前に立った。


「これが例の電動アシスト自転車だよ」

「わあ、結構スポーティなタイプだったんだ。すらっとしていてカッコイイね。あ、でもちゃんと荷台もついてるんだ」

「ああ、うちの母上様の立っての希望でね…。なんとなくバランス悪いかもって思ったけど、YMBの人が3人乗りしても大丈夫なくらいしっかりしたものに仕上げてくれたんだよ。結構特別な仕様にしてくれたらしい」

「そうなんだ…。イイなあ〜」


 ふとアキラが塀の上の黒猫に目をやると、黒猫がちょっと口先をすぼめるような顔をしている。

 キレイな白いヒゲが顔の前に集まった。

「あ、ヴァイがあくびしそうだ」

「うん?あ、ほんとだ」


 二人が見守る中で、黒猫が大きなあくびをした。


 黒猫のあくびを見ていた水川さんがクスクスと笑い始めた。


「なに?どうかした?」

「ううん。ちょっとある歌の歌詞を思い出しちゃった」

「なんて歌?」

「ゆずの『夏色』って歌。

『駐車場のネコはアクビをしながら、今日も一日を過ごしてゆく』

 から始まるの」

「あ、ウチの母上様も好きな歌だよ。坂道を下っていくやつだよね」

「…ねえ、アキくん。わたしも二人乗りして坂道を下ってみたいな〜」

「いや、危ないからダメだって」

「そんな事言わないで。お願い〜!」

「んなこと言ったって、第一ヘルメットも一人分しか……あっ」

 アキラが何かを思い出した。


「どうしたの?」

「ヘルメットの予備が学校のロッカーにあることはあったわ…。一応ヘルメットかぶって、ゆっくり走れば、大丈夫、かなあ…」

「ほんと!?」

「まあ、この時間帯ならあんまり人通りも多くないし…。安全運転すれば、大丈夫かなあ?えーっと、じゃあ、ヘルメットは取ってくる。ちょっと待ってて。あーでも一人で待たせるのは心配だから、社務所で他の人と一緒にいてくれれば良いから」

「結構時間がかかるの?」

「往復でも10分もかからないと思うけど」

「わかった。じゃあ行ってらっしゃい」


 自転車に乗ったアキラは手を振る水川さんに見送られ、神社を後にした。





 ==========================





 アキラは坂高に戻って自分のロッカーからスペアの赤と黒のツートンカラーのヘルメットを取り出した。

 ノースフェイスのリュックを開けてヘルメットを中に入れようとして、お菓子の缶が中に入っていることに気づいた。

 吉野さんからのススメで購入し、水川さんへのお詫び代わりに持って来たシュヴーのラング・ド・シャだ。

 遅くなってバタバタしてしまったせいで渡すのを忘れていた。


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