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第64話

「ちょ、ちょっと待ってくれ。こんな事になるなんて思ってもいなかったから、ま、まともに何も考えられない」


 アキラは左手で顔を押さえたまま、右手を前に出して彼女との距離を取ろうとした。


 すると、その右手を水川さんの左手がそっと握りしめた。

 その手を振り解くことも出来ず固まったアキラに水川さんが近づいた。


 水川さんが動いたので膝上から地面へ飛び降りた黒猫が、んーっと伸びをしている。


 水川さんが上目使いでアキラに尋ねた。




「あの、お嫌でしたか?」




 顔を真っ赤にしたアキラが答えた。

「う、嬉しいよ。嬉しいけどさ、俺は君のことを何も知らないんだ。それこそ、君の『氷姫』の噂すら全然知らなくてさ。まだ数回しか会ったこともないのに…」



 色良い返事を返してくれないアキラを見た水川さんが黒猫に問いかけた。

「もう…、嬉しいって思ってくれるんだったらオッケーしてくれても良いのに…。

 アキくんはわがままだな〜。ヴァイちゃん、そう思わない?」


 水川さんの言葉に二人をチラッと見た黒猫が「ニャー」と同意するように鳴いた。


「ほら、ヴァイちゃんもそう思うって」


 アキラは後ろ足で耳の辺りをガシガシ掻いている黒猫を見つめた。

「この裏切りモノめ…」


 黒猫の様子を見て少しだけ落ち着いたアキラが、水川さんに握られた手を左手で剥がした。


「とにかく、水川さんに告白してもらったことは嬉しいし、とても光栄だけど、今はまだ、ごめんなさい。…まだ結婚のこととか考えたことも無いし、そんなことわからないよ」


「ええー」

 水川さんが不満そうに頬を膨らませた。


 黒猫が水川さんの様子を見て「大丈夫?」というように彼女の足にスリスリと体を擦り付けた。


「あーあ、残念だなー。ヴァイちゃんたちが羨ましいなー」

 水川さんが黒猫の耳裏を掻いてあげている。


「ヴァイたちが?なんで?」

 その様子を見ていたアキラが尋ねた。


「だって、ヴァイちゃんたちはアキくんに命を助けてもらったんでしょ?

 それでアキくんは()()()()()()()()()()()()()って言って借金までしちゃったんだよね?

 あー、わたしも誰かさんに命を助けてもらっちゃったなー。

 通り魔事件からちょっとだけ男性恐怖症にもなっちゃったなー。

 手を握っても平気どころか嬉しいって思える男性ひとなんか、これから出会えるのかなー。

 …制服デート、したかったなー」


 アキラがため息を吐いた。

「えっと…、とりあえず、お友達からでも良いですか?」


 また頬を膨らませた水川さんが、足元の黒猫の脇の下に手を入れて少しだけ持ち上げている。


 うにょーんと体を伸ばした黒猫がアキラを見て「うなー」っと声を上げた。

 まるで「情けない」と言っているようだ。


「お友達はもうなってますー。あと、また『水川さん』呼びに戻った!もう『サキ』って呼ぶまで許さないから!」

 そういうとプイッと向こうを向いてしまった。

 黒猫と鼻を突き合わせて何かやっているようだ。


「あー、えーっと、悪かったよ。みず…じゃなかった。『サキさん』。…だめ?…じゃあ『サキちゃん』」

 アキラが戸惑いながらも声をかけたが、彼女は一向にこちらを向いてくれない。


 ため息を一つ吐いて、改めて声をかけた。


「『サキ』、ごめん。こっちを向いて欲しい」

「なに?アキくん!気が変わった?」


 水川さんがとびっきりの笑顔でこちらに振り向いた。

 アキラはその笑顔を見てもう完全に自分の負けを悟っていたが、なんとか強がった。


「サキ、ちょっとあざとすぎないか?でも別にまだ付き合うなんて言ってないし、結婚とかも全然だからな」

「あら、あざといのはお嫌いですか?」

「嫌いっていうか、ドキドキしちゃうから勘弁してくれよ」


 恥ずかしそうにしているアキラの様子を見た水川さんが嬉しそうに笑った。

「アキくんがわたしと付き合うって言ってくれるように、これからガンガン攻めるから。すぐに降参してね?そしたらアキくんのことを襲っちゃうぞー」


 水川さんが「がおー」と言いながら黒猫の両前足を持って飛びかかるジェスチャーをしている。

 黒猫は少し鬱陶しくなってきたようで、「うなー」と声を漏らした。


 アキラはその様子を見て少し笑ってしまった。


「アキくん、何を笑ってるの?」

「いや、ごめん。サキってもっとお淑やかな子だと思ってた。本当はずっとアクティブなんだな」

「そうだよー。これでも清心の女バスのポイントゲッターなんだから。対戦相手の隙は見逃さないからね!」


 コロコロ変わる水川さんの表情を見ていたら、なんだか気分屋で自由な動物に似ているように思えた。


「サキってさ、結構、猫っぽいな」

「アキくんは猫は好き?」

「ん?ああ、好きだよ」

「じゃあいっか!サキ猫は結構寂しがりやで甘えん坊だから、覚悟してにゃん?」

 アキラの言葉に、黒猫を地面に置いた水川さんが両手で招き猫のような猫ポーズをした。


 可愛いけど、かなりあざとい。

 思わずアキラが赤面して「ウッ」と声を漏らした。


「どう?降参した?わたしとお付き合いする?」

 水川さんが笑っている。


「ま、まだ、降参しねーよ」

「じゃあゲームをしよ?」

「今度はなんのゲームだよ…」

「アキくんがわたしに『降参』って言ったら、わたしの勝ち!アキくんはわたしとお付き合いするゲーム!」

「うーん…」

「そうだなー。『参った』とか『Give up(ギブアップ)』とか『Surrender(サレンダー)』みたいな他の言葉もダメだよ?あ、『兜を脱いだー』とか『軍門に降ります』とかの慣用句もね!あ、言ってから()()()()()()()()()()()()()って逃げるのもダメだよ?」

「そんな言葉使わねーし…」

「じゃあ約束!指切りしよ!」


 水川さんが小指を立てた右手を突き出してきた。

 アキラは苦笑して自分も右手の小指を彼女の小指に絡めた。



「ゆーびきーりげんまん♪

 わーたしが勝ったら、アキくんに、チューをする♪

 ゆーびきった♪」



 指を切った水川さんが笑っている。


「…スッゲーぐいぐい来るじゃん。あとちょっとあざとすぎだって」

 思わず水川さんの唇を見つめてしまったアキラが、少し頬を赤くしながら答えた。


 水川さんがスカートについた猫の毛を払いながら立ち上がった。

「アキくんはこういう風にまっすぐ攻めたほうがいいみたいだからね!」

「もう、誰情報だよ…」

「内緒!ねえ、アキくんの新しい自転車を見せて欲しいな?」

「あ、良いよ。神社の前の駐車場の駐輪スペースに停めてあるから、一緒に行こう」


 二人で小さな社から離れ、駐車場へ向かった。

 ヴァイは何も声をかけていないのに、二人の前に立って歩き始めた。



 どうやら先導してくれるらしい。


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