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第55話

 木曜は朝から雨だった。


 バスに乗って登校したアキラは、教室の自分の席から外を眺めていた。


 どんよりとした曇り空から弱い雨がしとしとと降り続いている。

 そういえば梅雨の時期だった。


 天気予報ではこの雨は今日の夜まで続くようだが、明日の天気はどうなのだろうか。ついぼんやりとそんなことを考えてしまった。


「ほら、真島ー。ちゃんと話聞いとけよー」

「ウッす」

 黒板に何かの公式を書いていたハシセンに注意されてしまった。


「じゃあ、ついでに答えろー。この公式はなんの公式だ?」

 黒板に『F = μNエフイコールミューエヌ』という式が書かれている。


「摩擦力の式っす」

「おし。ちゃんとやってるなー。

 摩擦力の大きさは、接触面の状態と押し付ける力の2つの要素で決まるぞー。

 接触面の状態がどれだけ摩擦力に影響を及ぼすかという指標が摩擦係数でこれがμだな。

 押し付ける力については、垂直抗力を用いるんだ。これがNだ。

 摩擦力を Fとした時の式がこれだなー。ここ、試験に出すぞー」


 教室中から「ウエー」という声が響いた。


「橋本センセー、物理むず過ぎっすよ〜」という声が聞こえた。この声は桑原か。

 続いて女子の声も聞こえる。

「ねー。物理ってお堅いだけであんま興味持てない〜」

 この声は誰だろう。よくわからない。


 ハシセンがちょっと笑った。

「天海〜、そんなこと言うなよ〜。でもそうだなあ。物理学にもロマンチックな部分もあることを教えてあげよう。じゃあ、渡辺。三大物理学者と言ったら誰だ?」

「アルキメデス、ニュートン、アインシュタイン、とかですか?」

 ナベちゃんが答えた。


「ああ。それでいいぞ。じゃあアインシュタインの名言を一つ教えてあげよう。斉藤、アインシュタインといえば何を連想する?」

「相対性理論でしょうか」

 斉藤くんが即答した。やっぱり斉藤くんは物理に強い。


「そうだな。アインシュタインがその相対性理論を簡単に説明した言葉があるんだ」ハシセンが黒板に何か書いている。


『When a man sits with a pretty girl for an hour, it seems like a minute. But let him sit on a hot stove for a minute – and it’s longer than any hour. That’s relativity.』


「アインシュタインは『可愛い女の子と1時間一緒にいても1分しか経っていないように思えるよね。でも熱いストーブの上に1分座らせられたらどんな1時間よりも長いだろ。相対性とはそう言うことだよ』と言っているんだ。なかなかユニークだと思わないか?」

 ハシセンがニコリと笑った。


「へ〜」「なんか良いかも」「ハシセンの笑顔、可愛いー」「確かになー」「ハシセンもいい事言うんだぁ」「ハシセンはそういう笑顔が男の前で出ればすぐ彼氏できるのになー」「確かにアオちゃんとお話ししてると一瞬なのに、松原が相手だと3時間くらいに感じるもんなー」

 色々な声が聞こえる。


「なんか聞き捨てならんことを言った奴がいた気がするな。どいつだ?……チッ。こう言う時だけ連携がいいな。お前らは」

 途端に素知らぬ顔をするクラスメートたちを見るハシセンの視線が厳しい。


「ね〜センセー。もう一つくらい無いの?」

 天海がハシセンに聞いている。


「もう一つか…、じゃあこれかな」

 そういうともう一度黒板に何か書き始めた。


『Gravitation cannot be held responsible for people falling in love.』


「これはだなあ……」

 と、話しているところでチャイムが鳴った。

「あ、チャイムだ。じゃー今日はここまで。これは試験に出ないから、覚えなくていいぞー。お前らちゃんと勉強しろよー」

 そんなことを言い残し、ハシセンは教室を出て行った。


「あ、センセー!ちゃんと教えてよー!」

 天海がハシセンを追いかけて教室から出ていくのが見えた。



 少しして戻ってきた天海が「ハシセンどっか行っちゃったー」と騒いでいた。



 黒板に書かれていた英文はもう消されてしまって残っていない。



 確かにどう言う意味だったんだろう。






 ===============






 昼食用に買ってきた菓子パンを自分の席で齧っていると、須藤・岸田コンビに捕まった。


「真島、明日のスケジュール、大丈夫だよね」

「ぶっちしたら、ぶっっっっころだよ!」

「大丈夫だよ。なんでお前らはそうバイオレンスなんだよ」

 紙パックのいちごオレを飲みながら横目に見ると、この間渡したクッキーの缶を開けようとしているようだ。


「そういや、そのクッキー、ちゃんと岸田の友達の…メグミちゃんだっけ?たちにも渡してくれよ〜」

「だ、大丈夫よ。今あの子たちに取り分けるために開けたんだから」

「そ、そーだぞー。あとは明日清心の子達と一緒に食べるんだからなー」

「ならいいけどさ。いちいち動揺するなよ。おもろいけどさ」


 ついでに岸田が開けたクッキー缶の中身を見せてもらう。

 きちんと個包装されたクッキーがたくさん入っている。

 以前アキラがお店で試食したきつね色のプレーン以外に茶色いショコラ、白いクリームをプレーンでサンドしたモノなど結構種類豊富だ。


 須藤と何か相談していた岸田が缶の中から十数枚ほど取り出して立ち上がった。

 友達に渡してくるようだ。


「あー、お礼ってさ、これで良かったか?」

 須藤と岸田に問いかけた。


 2人はちょっときょとんとした後に笑って言った。

「じゅーぶん!って言うか、ありがと!」「却って掻き回しちゃってごめんね!」


「じゃあ、あたし、あの子たちにこれ渡してくるわー」と言い放ち、岸田が帰って行った。



 アキラはなんとなくだが、少し安心した。

「須藤、悪いな。明日、頼むよ」





 須藤は窓から外を見つめて、んーっと言葉を濁した。


「とりあえずさー、明日、晴れたらイイねー」





 空はまだ雲に覆われていて、梅雨明けにはまだまだ時間がかかりそうに思えた。


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