第47話
「須藤大明神様、お約束の奉納品でございますー」
早朝の教室の片隅で、アキラが両手で捧げ持った紙袋を恭しく須藤に手渡した。
「うむ。くるしゅーない。どれどれ…。ほほう。これはこれは……って、こんなおっきいヤツ買ってきたの!?ほのか、見て!」
「カンナー、急に呼び出して何よー。って、シュヴーのラング・ド・シャじゃない!…なにこれ!」
「ここ最近色々やってもらったお礼にございますー」
奉納品とやらの中身を確認して驚く二人のギャルの前に、畏まった仕草のアキラが跪いている。
他の生徒は誰もツッコマない。日常風景なのか。
「朝っぱらからお前らは何やってんの?岸田も他人の教室来て遊んでんなよ」
「真島くん、須藤さん、岸田さん、おはよー。何遊んでるの?」
教室に着くなりアキラ・須藤・岸田の茶番を見てしまったハヤトが呆れた顔でツッコんだ。珍しく一緒に来たのかナベちゃんも一緒にいる。
「お、ハヤト、ナベちゃん。オハヨー」
「おはよ!健太くん!見て!ラング・ド・シャ!」
「あたしはカンナに呼ばれてきただけなの!でもすごくない?何これ?」
「うん?これって、3000円くらいするやつじゃないのか?いっぱい入ってるやつ」
「うん。プレーンの他にショコラ生地のヤツと、クリームをサンドしたのも入ってるセットだったよ」
「え゛?」
1缶につき1000円しか払っていないアキラがちょっと顔を青ざめさせた。
その横で、「僕も昨日真島くんと一緒にいたから知ってるよ。須藤さんよかったね」とナベちゃんから言われた須藤も、ちょっと顔を青ざめさせた。
昨夜の電話の時アキラがちょっと摘めるくらいの量と言っていたので、フィルムパッケージのプレーン10枚入り(税抜価格500円)を想定していたらしい。
「こ、こんにゃに立派なのだと思わなかったの」と慌てている。
「なんだアキラ。こいつらにカツアゲでもされてんのか?」
「違うって!確かにラング・ド・シャ食べたいって言ったけど、500円くらいの小さいヤツだと思ったんだよ〜」
ハヤトの疑問を須藤が全力で否定している。
「宮木くん、そうじゃないよ。さっき話したでしょ?昨日ゲーセンの帰りにシュヴーに買い物に行った時に宮野さんと川口さんに会ったって。色々サービスしてもらっちゃってね。そのラング・ド・シャも特別価格というか…。ちょっとね?」
「あ、さっきナベっちが言ってた件か。アキラ、バイト先への差し入れ買いに行ったら清心の子たちに会ったんだって?」
「ああ。とりあえず、吉野さんと川口さんには土曜の件をお詫びして、許してもらえた…と思う。で、水川さんは一緒じゃなかったから、吉野さんと須藤に仲介頼んだんだ。これは、そのお礼、みたいなもんかな?あとこれは今回だけって約束で店長さんが安くしてくれた分だから、須藤も気にしないでくれよ」
アキラの言葉を聞いたハヤトがため息をついた。
ナベちゃんは少し笑って頷いていた。
「まあなあ…。この間も言ったけど、お前が良いならオレたちはもう何も言わないよ。な?ナベっち」
「うん。あとは当人の問題かな?」
「わりーな。サンキュー」
アキラが右こぶしを突き出すと、ハヤトとナベちゃんが続けて、コン、コン、とグータッチで返してくれた。
「真島、ほんと無理してない?お金出すよ?」
「ああ、大丈夫だよ。ていうかお金もらったらお礼にならんわ。というか半強制的にコレになったからなあ…。諸事情によりコレしか売ってもらえんかった。いいから受け取れって」
まだ動揺している須藤の顔を見たアキラが苦笑した。
「よくわかんないけど…。…じゃ、じゃあ、もらっちゃうよ?あ、そだ!昨日の夜、姫ちゃんと話した!今週の金曜の放課後に神社で会いたいって。真島、スケジュール大丈夫だよね?」
「須藤すげーな。お前、仕事早すぎだろ」
「だからみんなも勘弁して〜。カツアゲとか言わないで〜。健太くん、あたしちゃんとやる事もやってるよー」
「うん。須藤さんはすごいよね。尊敬するよ」
「うー。健太くん、ありがとー」
顔色が元に戻ってきた須藤の発言を聞いたアキラがびっくりしている。
流石に昨日のうちに話がまとまるとは思っていなかった。
「え?また姫が神社に来るの?ねえねえ。今回は誰が一緒に来るの?」
「マイマイとフーカちゃん、アイは来ると思う」
「ウチからは?」
「真島でしょ。あとあたしと、あんた。あとは…健太くんたちは来れそう?」
「あ、オレはパス。来週から試験の準備期間入るから、その前に仕事がある。金曜は学校が終わったらそのまま事務所行って、日曜の夕方まで帰って来れない」
「僕も金曜は都合悪いんだ。サークルの活動日、月・水・金で、試験前のラストだし。今日はサークル行かないから、ちゃんと出ないとダメなんだ。でも今回は僕らはいなくても大丈夫でしょ?」
「良いと思うよ?真島、構わないっしょ?」
「ああ。ありがとう。大丈夫だよ」
念の為、須藤がアキラに確認をとったが問題ないようだ。
ハヤトが言葉を選んで話し始めた。
「オレたちはそっちの事はもういいんだけどな。例の動画、オレもナベっちも見たよ。まあ、ちょっと考えを纏めたいんだよな…」
「僕は今日の放課後に3人で話そうと思ってたんだけど…」
男3人が悩み始めた。
と、ハヤトがナベちゃんに話しかけた。
「そうだな〜。だけど、あんまりどっかの店で話したい話題でもないんだよな…。じゃあさ、久々にナベっちの家とか行っても良いか?」
「あ、ごめん。今日はダメなんだ。ウチで地区の集会やるらしくって、おじいちゃんとか朝からバタバタしてたから」
「そっか…。アキラは?」
「今日はバイト先に昨日買った差し入れを持って行って、来月のシフト相談するつもりだったんだ。だから、その後になっちまうな。…ただ、母上様がなんか言ってたような。あ、今日だめだ。家でバレー友達とお茶会やるって言ってた。一回差し入れを取りに帰るけど、この3人で揃ってウチにいたら絶対捕まる。話のネタにされそうだからやめといた方がいいな」
「となると、オレの家か…」
ハヤトが何か悩んでいる。
アキラが話しかけた。
「都合悪いなら明日にでもするか?」
「いや、明日は明日で用事があるからさ…。できれば今日中に話をしておきたかったんだよな…」
「僕も今日話をしたかったんだ。駅から宮木くんと一緒に自転車で走りながら話したけど、出来れば落ち着いて話したい」
「ヒゲのマスターの店に行くか?それなら俺が後で電話して頼んどくけど」
「あそこの個室は結構音漏れするよ」
「そういや、俺もお前らの話、個室の前で聞こえたわ。ていうか個室の前の席でコーヒー飲んでた宮本のばーちゃんからお前らの話の内容、少し教えてもらったしな」
うーん…。とアキラが悩んでいる。
ふとハヤトが気づいた。
「そういや、お前、土曜はいつから来てたんだよ」
「うん?みんなしてどの猫が可愛いとか言ってたのと、ハヤトが恥ずかしい話してたとこ」
「ウソ!?もっと最初から聞いてたんだと思った!」
「え!?でも結構いろんな話聞いてた感じだったじゃない!」
紙袋の中身を確認していた須藤と岸田がカットインしてきた。
アキラがちょっと怪訝な顔をして答えた。
「別に好き好んで立ち聞きなんてしねーよ。病院行ってたって言ったろ?…ああ、部屋の前の席でコーヒー飲んでた宮本のばあちゃんから聞いたんだよ。個室のドアの前で中に入っていいか迷ってたらさ。
『なんだか女の子がアキラちゃんの事をウソコクってのから守ろうとしてたんだっていうのに、ハヤちゃんとケンちゃんが嘘はいけないって怒ってるみたいだよ』って。それでマズいなあって思ってさー」
ハヤトが天井を見上げた。
「お前の情報ソース、宮本のばーさんかよ…」
「あのおばあちゃん、ちょっと耳遠いんだけど…。あ、それでも外から聞こえてるんじゃマズいか…」
ナベちゃんも悩んでいる。
「今日は水曜日だからなあ…。まあ、仕方ない…、か。アキラは本屋行った後でいいからウチに来てくれ。ナベちゃんは一緒に帰ろう」
「なんか不味かったか?」
「宮木くん、大丈夫?」
「オレはいいんだけどさあ…。今日は悪魔たちがいるんだよ…」
「あ、大体わかった」
「僕も」
「まあ、我慢しろよ。じゃあ放課後ウチに集合な」
男3人組の話がついたようだ。
アキラが思い出して須藤と岸田に話しかけた。
「須藤、岸田。そのお菓子、二人と岸田の友達の子らで分けてよ」
「あたしの友達ってメグミたちのこと?」
「神社で清心の女バスの後輩に会ったろ?そん時一緒にいたお前の友達」
「あ、じゃあメグミたちでいいんじゃない」
「名前知らねえんだよ。まあ世話になったしさ」
「んーじゃあ、後でカンナと相談しとく」
教室に生徒の数が増えてきた。
もうそろそろホームルームが始まるようだ。
「カンナ、あたしそろそろ戻るわ。じゃ、後でね」
「ほのか。さっきの話、ちゃんと聞いたよね?」
「モチ!…楽しくなりそーじゃん」
須藤と岸田が顔を見合わせて笑った。