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新しい家族 6.ユマリとエリアンの返事

 二日後の午後、大きい子たちが学校から帰ってくる音を聞きつけて、あたしは遊び部屋から出て建物の入口に向かった。


 しばらくそこで待って、見えてきた人影に声を上げる。


「ユマリ!」


 小走りに駆け寄っていくと、ユマリも少しだけ歩調を速めて近づいてきた。ユマリの元にたどり着くと、顔をしげしげと眺める。うん、顔色はいい。


「気分はどう? エクティア・マナヤはもう体調良くなったって言ってたけど、無理してない?」


「ほんとに大丈夫だよ。リューリアさんとルチルさんが、看病してくれたおかげ。ありがとう」


 ユマリが笑いかけてくる。あたしはほっとしながら笑い返す。


「大したことはしてないよ。ユマリが元気になったのは、ユマリの体が病気と戦って勝ったからだよ。がんばったね」


 ユマリの頭をくしゃくしゃとなでると、ユマリははにかむように笑った。


 ユマリと並んで孤児院の建物に向かって歩きながら、慎重に切り出す。


「それでね、ユマリ。大事な話があるんだけど、みんながいない所でしたいの。あたしとシア……ルチルも寝室に一緒に行ってもいい?」


 ユマリはきょとんとあたしを見上げたけど、うなずいた。


「いいよ」


「良かった。――今日の学校はどうだった?」


 話題を変えて、喋りながら建物に入る。遊び部屋の入口で、シアが待っていた。


「おかえりなさい、ユマリちゃん」


「ただいま、ルチルさん」


「気分はどう? 食事は食べられてる?」


「うん。朝ごはんも昼ごはんもちゃんと食べたよ。そうしないと丈夫になれないんだよね?」


「そうね。でも無理して食べすぎるのも良くないわ。体調と相談して、食べられる分だけ食べればいいのよ」


「そうなの? でも、ごはん残したらだめ、ってエクティアたちも学校の先生も言うよ?」


「残さない方がいいのはもちろんだけれど、体調が悪いのに無理して食べてもっと気分が悪くなったら、その方が困るでしょう? だから、食べきれない時は正直に『食べきれません』って言っていいのよ」


「そうなんだ……」


「ユマリ、ごはんを全部食べるのがしんどい時、結構あるの?」


「うーんと、時々ある」


 喋っているうちに寝室に着いて、中に入る。ユマリが寝込んでいた間は閉じられていた木窓が開いてるから、中は明るい。


 ユマリの寝台に着くと、ユマリは斜めがけにしていた肩かけ鞄を体から外して、寝台に立てかけるように置いた。そして寝台に座る。


「そうだ、ルチルさん。あのね、あたしの看病してくれてありがとう。昨日はほんとは孤児院に来る日じゃなかったのに、来て看病してくれたんだよね? それから、お医者さんもリューリアさんとルチルさんが呼んでくれたんでしょ? エクティア・マナヤが、ちゃんとお礼を言っておきなさい、って」


「お礼なんていいのよ。わたしもルリ……リューリアも、したくてやったことなんだから」


 言いながら、シアがユマリの頭をなでる。ユマリはくすぐったそうに肩をすくめた。その顔は嬉しそうに緩んでいる。


「じゃあね、あのね、リューリアさんとルチルさんに、あたしの宝物見せてあげる」


 ユマリはそう言うと、寝台脇の箪笥の一番下の棚を開けた。中を探って、たたまれたハンカチを取り出す。


 そしてハンカチを開いた。中から出てきたのは、レースの髪飾りだった。祝い事なんかにつけるには良い品だろうと思わせる品のいいデザインだけど、ユマリの年齢の子にはちょっと大人っぽすぎるんじゃないかな。


「これね、母ちゃんの髪飾りなの。父ちゃんが母ちゃんに結婚を申し込んだ時に贈って、それで母ちゃんが結婚式の時に着けたんだって。母ちゃんの宝物だったんだよ」


 ユマリは懐かしそうに、思い出をたどるように、そっと髪飾りに触れる。きっと母親に、もしかしたら父親にも、何度も話を聞かされたんだろう。


「そうなんだ。じゃあ本当に大事な物だね」


「すてきなデザインだし、ユマリちゃんのお母さんは、貰った時きっととても嬉しかったでしょうね」


「うん。……父ちゃんが死んでから、食べてくのが大変になって色んな物売っちゃったけど、これだけは母ちゃん最後まで売らなかったんだ。父ちゃんとの大事な思い出だから、って」


 ユマリの声が沈む。その顔に漂う悲しみに気づいて、あたしはユマリの隣に座った。シアは逆隣に座って、二人でユマリを挟む。


「そんな大事な物、見せてくれてありがとうね、ユマリ」


「ユマリちゃんがこの髪飾りを大事に持っていてくれて、きっとユマリちゃんのお母様もお父様も喜んでいるはずよ」


「……そうだといいな……」


 ユマリは目元をぬぐってから、ちょっと無理しているような明るい声を出した。


「エリアンがもちょっと大きくなったら、これ見せてあげるんだ。それで、母ちゃんと父ちゃんの話してあげるんだ。エリアンは二人のこと憶えてないから、あたしが話してあげないといけないもん」


「それがいいね。きっとエリアンも喜ぶよ」


 ユマリはうなずいて、大切な物を扱う手つきでハンカチをたたむと、箪笥にしまった。


 それから、あたしとシアを見る。


「そういえば、大事な話があるって言ってたよね。どんな話?」


 あたしはシアと視線を交わしてから、ユマリを見つめて口を開いた。


「実はね、あたしとシア……ルチルは、ユマリにうちの子になってほしいって思ってるの」


 ユマリがぱちぱちと瞬きをする。


「リューリアさんとルチルさんの……子ども?」


「ええ。わたしもルリ……リューリアも、ユマリちゃんが大好きだから、うちの子になってくれたら嬉しいわ。ユマリちゃんはどう思う?」


 ユマリはぎゅっと唇を噛んでうつむいてしまった。

 その様子に、あたしの手の平がじわりと汗ばむ。嫌だって言われたらどうしよう。ユマリはあたしとシアのこと好いてくれてるって思ってたけど、それが勘違いだったらどうしよう。好きだけど、家族になってもいいと思うほどには好きじゃない、とか……。


「……あのね」


 ユマリが小さな声を発した。あたしは一言も聞きもらすまいと、全神経をその言葉に集中させた。


「……あたし、リューリアさんのこともルチルさんのことも大好きだよ。でも……でも、あたしの母ちゃんは、死んだ母ちゃんだもん……」


 顔を上げたユマリの目には涙が溜まっている。


「あたし、母ちゃんの子どもじゃなくなっちゃうのは嫌だよ……ごめんなさい……」


「違うよ、ユマリ」


 あたしは慌てて口を開いた。


「ユマリがあたしとシアの子どもになっても、それでユマリが亡くなったお母さんの子どもじゃなくなるわけじゃないんだよ」


「……え?」


「これから先何があっても、ユマリはずっと亡くなったお母さんとお父さんの子どもだよ。それは変わらないよ」


「そうよ。わたしたちは、ユマリちゃんのご両親のかわりになろうとしているわけじゃないの。誰にもそんなことできやしないもの」


 ユマリはあたしとシアを交互に見つめる。


「うん。ユマリにはね、亡くなったお母さんとお父さんとはまた別に、お母さんが二人できるんだ、って思ってほしいな。実はあたしもそうなんだ。あたしにはね、お父さんとお母さんが二人ずついるんだよ。あたしを生んでくれた父さんと母さん。そして、あたしを育ててくれた父様と母様。全員、大切なあたしの家族だよ」


「……お父さんとお母さんが何人もいてもいいの?」


 ユマリは、信じられない、という口調でつぶやく。


「いいんだよ。だから、ユマリは亡くなったお母さんとお父さんのことを忘れたりなんかしなくていい。二人のことをずっと大好きでいていい。でもあたしたちを新しい家族にしてくれると、すっごく嬉しい」


「そうね。それでユマリちゃんの亡くなったお父様とお母様のことをたくさん聞かせてほしいわ」


「……うん……」


 ユマリはぽろぽろと涙をこぼしながらうなずいた。


「それなら、あたし、リューリアさんとルチルさんの家族になりたい」


 言ってから、はっとした顔になった。


「でもエリアンは?」


「もちろんエリアンくんも一緒よ」


「エリアンはユマリの大事な弟だもん。孤児院に置いていったりしないよ」


「エリアンくんのことも大好きだしね」


 ユマリはほっとしたように笑った。


「良かった。ありがとう、リューリアさん、ルチルさん」


「こっちこそ、ありがとう。あたしたちの家族になってもいい、って言ってくれて」


 あたしは感情を抑えきれず、ユマリを抱きしめた。シアもあたしの上から腕を回してくる。


「一緒に幸せになりましょうね」


「そうだね。それじゃあ、さっそくエクティア・ウォリンカに話しに行かないと」


「あ、ルリ、待って。その前に、エリアンくんにも念のため、わたしたちの家族になってくれるか訊いておかないと」


 ユマリがこてんと首を傾けた。


「でもエリアンはまだちっちゃいから、よくわかんないと思うよ」


「それでも訊いておきたいのよ。エリアンくんにも望んでわたしたちの元に来てほしいから」


「シアらしいね。じゃあ今から訊きに行こうか」


 そういうわけで、あたしとシア、ユマリは遊び部屋に向かった。部屋に入ると、ちょうど小さい子たちのおやつの時間が終わったところのようだった。エクティアたちが汚れた食器や布を片づけている。


「エリアン」


 ユマリが呼ぶと、おもちゃで遊んでいたエリアンは振り返った。


「おねーちゃー」


 立ち上がって、よたよたとこっちに向かってくる。ユマリが前に出て、エリアンを受け止めた。


「エリアン、あのね、リューリアさんとルチルさんが大事な話があるんだって」


 そう言いながら床に座って、エリアンの体をあたしとシアの方に向ける。あたしとシアも床に座った。


「ルーリアしゃん、ルチウしゃん」


 エリアンは、言いながらあたしとシアをそれぞれ指差す。


「おかえり!」


「ふふ、ただいま、エリアンくん」


 微笑んだシアが、真面目な顔になってエリアンの顔をのぞき込む。


「実はね、わたしとルリ……リューリアは、エリアンくんにわたしたちの家族になってほしいの」


 エリアンはきょとんとした顔でシアを見ている。


「リューリアさんとルチルさんがお母さんになるってことだよ、エリアン」


 ユマリが後ろから説明する。


「おかしゃんなるの?」


「そうよ。エリアンくんとユマリちゃんはわたしとリューリアの子どもになって、皆で一緒に暮らすの」


「いっちょ、あしょぶ?」


「そうね。一緒に遊んだり、ごはんを食べたりして、同じ家で眠って起きるのよ。エリアンくんはそれでいい?」


「いいよー」


 エリアンはやっぱりよくわかっていない様子だけど、少なくともあたしたちと一緒に暮らすのが嫌ってことはなさそうだ。


「それじゃあ、よろしくね、エリアン」


 頭をなでると、エリアンはにこにこ笑った。


「よろちくー」


 ついでにユマリの頭もなでると、ユマリも嬉しそうに笑う。


 こんなかわいい子たちがあたしとシアの子どもになってくれるなんて、夢みたいだ。早く一緒に暮らしたい。あたしの心の中ではもうユマリもエリアンもうちの子だけど、正式な家族にも早くなりたい。


 そのためにも、養子縁組の手続きを一刻も早く始めなきゃ。


 シアも同じことを考えているようで、目が合う。うなずきあって、立ち上がった。

 ユマリとエリアンに「院長室に行ってくるね」と告げて、あたしとシアは足早に遊び部屋を出た。



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