新しい家族 3.ユマリの涙
あたしとシアは、帰り道で決めたとおり、翌々日の午後さっそく孤児院を再訪問した。
エクティアたちは、特に嫌そうな様子は見せず笑顔で迎えてくれた。養子を考えている人たちが頻繁に孤児院を訪れるのは珍しくないのかもしれない。
一昨日同様、孤児院に到着した時はまだ学校が終わっていない時間だったので、小さな子たちと遊ぶ。エクティアたちが一休みできるように、子どもたちに声をかけて、子どもたち全員とあたしとシアで輪になって、歌を教えて一緒に歌った。シアが膝の上に抱いている赤ちゃんも、「うーあー」と楽しそうに声を上げている。
何曲か歌い終わると、あたしは大きく拍手をした。
「みんな上手だったよ」
「ええ、聞いていてとても楽しい気分になれましたよ」
少し離れた所に座っているエクティア・マナヤも笑顔でそう言い、もう一人の若い女性神官も笑顔でうなずく。
「さあ、歌を教えてくれたリューリアさんとルチルさんにお礼を言いましょうね」
エクティア・マナヤに促されて、子どもたちが口を開く。
「ルーリアしゃん、ルチウしゃん、あいがとましたー」
「ありがとー」
「ありがとうございました!」
「どういたしまして。あたしもみんなと歌えて楽しかったよ」
子どもたちと喋りながらにこにこ笑っていると、「リューリアさん」と声をかけられた。顔を上げると、遊び部屋の入口からエクティア・ウォリンカが歩み寄ってくるところだった。
あたしも立って、挨拶を交わす。
エクティア・ウォリンカは仕事があるから、子どもたちと遊んだり世話をしたりはあまりしないらしいのに、わざわざ遊び部屋に来るなんて、何か重要な話があるのかな? 悪い話じゃないといいんだけど……。
あたしがそんなことを考えていると、エクティア・ウォリンカは笑顔で話を始めた。
「一昨日はユマリに薬を下さったそうで、ありがとうございます」
あ、何だ。その話か。
「いえ、私がユマリに元気になってほしかっただけなので。ユマリの様子はどうですか?」
「昨晩にはもうすっかり良くなっていたようですよ。リューリアさんのお薬のおかげです」
「そうですか。それは良かったです」
あたしはほっとして笑った。
それから、ちらっと子どもたちの方を見て、どの子もあたしとエクティア・ウォリンカに興味を持っていないようなのを確認する。そして、声を潜めて尋ねた。
「あの、ちょっとお尋ねしたいんですけど、サリアとユマリは、二人とも孤児なんですか?」
一昨日子どもたちと接して、二人のことが気になったから、訊いておきたかったんだ。二人が養子の候補になりえるのかどうか、確認するために。
「ユマリはそうです。両親共に亡くなっていて、親戚はいますが引き取り手がいなくて、ここに来ました。サリアの両親は健在ですね。生活苦でサリアをここに預けていますが、いずれはまた一緒に暮らしたいと思っているそうです」
「そうなんですか……」
じゃあ、サリアは養子にはできないな。でもユマリは大丈夫だ。ユマリの両親が亡くなっているのを喜ぶみたいで不謹慎だから、嬉しそうな顔はしないけど。
「ただ、もうご存じかもしれませんが、ユマリは本当に病弱な子なので、育てるのは簡単なことではありません。ユマリとの縁組をお考えなら、そこのところをしっかり頭に入れて慎重にご検討なさってください」
「はい、ご忠告ありがとうございます」
あたしがそう言ったところで、玄関からにぎやかな声が聞こえてきた。大きい子たちが学校から帰ってきたんだ。
「それでは、私はこれで。まだ仕事がありますので」
エクティア・ウォリンカはそう断ると、挨拶を交わして遊び部屋を出ていった。大きい子たちと挨拶を交わしているのが聞こえる。
ユマリも帰ってきたかな? でも、ユマリは一昨日みたいにみんなより遅くなっているかもしれない。病弱だから速く歩けないんだろうな。無理して体調を崩さないようゆっくり歩くように努めているのも、あるのかもしれない。
そう思いつつも、あたしは遊び部屋の入口に近づいて、廊下の様子を窺った。あたしに気づいて挨拶してくる子たちの中には、やっぱりユマリはいない。
あたしは話しかけてくる子たちを適当にあしらいながら、建物の入口を視界の隅に入れていた。ユマリの元気な様子を、早くこの目で確認したい。
しばらくして、ゆっくり歩くユマリの姿が入口の向こうに見えてきた。あたしは喋りかけてくる子たちに「ちょっとごめんね」と断ってから、ユマリの元に急いだ。
「ユマリ!」
声をかけると、ユマリが顔を上げて、ぱっと明るい表情になる。
「リューリアさん!」
小走りに近づいてくるユマリになるべく無理をさせないように、あたしは急いで距離をつめた。ユマリの元にたどり着くと、ユマリが嬉しくてしょうがないように話しかけてくる。
「あのね、リューリアさんのお薬効いたよ! もう咳止まったの! いつもなら一週間くらい止まらないのに」
「そうなんだ。良かった」
「ありがとう、リューリアさん!」
「いいんだよ。ユマリが元気になって、あたしも嬉しい」
あたしは笑顔でユマリの頭をなでた。
「咳が止まったなら、みんなと遊べるね」
「うん! それに、弟の面倒も見られるよ」
「弟? ユマリ、弟がいるの?」
「エリアンっていうの。二歳だよ。咳が止まるまでは、念のためちっちゃい子たちにはあんまり近づいちゃだめ、ってエクティアたちに言われるから、もう何日も会ってないの」
「そうなんだ。エリアンってユマリの弟だったんだね」
「うん。――あ、急がないとエリアンたちにおやつあげる時間になっちゃう」
ユマリは、止めていた足をまた動かして、歩き始める。
「あたし、寝室に荷物置いてくるね、リューリアさん」
「わかった。じゃあ、後で遊び部屋でね」
ユマリは、うん、とうなずくと、少しだけ急ぎ足で歩いていく。
あたしは遊び部屋に戻った。エリアンを捜すと、ちょうどシアの膝の上ではしゃいでいる。あたしは歩み寄って床に膝をついた。
「ルリ、そんなにまじまじとエリアンくんを見つめて、どうしたの?」
「実はね、エリアンってユマリの弟なんだって。それで、似てるかなあ、って」
「そうだったの」
シアが興味深そうにエリアンを見つめる。エリアンはおもちゃを手ににこにこ笑っている。
ユマリの肌は象牙色だけど、エリアンの肌は褐色だから、すぐにはきょうだいとはわからない。でも確かに顔立ちには共通点がある。二人を並べて見たら、もっと似て見えるかもしれない。
そんなことを考えていると、エクティア・マナヤに声をかけられた。
「小さい子たちにはおやつをあげる時間ですが、リューリアさんとルチルさんもお手伝いしていただけますか?」
「もちろんです」
シアと声をそろえて答える。エクティア・マナヤはうなずいて、脇に控える若い女性神官が持っている盆から、スプーンが入った木椀を取り上げた。
「これはエリアンの分です。どうぞ」
シアが受け取った椀をのぞくと、椀半分くらいの量のパン粥が入っている。
「食べさせる前に、これを首元に巻いてあげてくださいね」
エクティア・マナヤは続けて、布をシアに渡した。シアはさっそくそれをエリアンの首元に巻きつけ始める。
「サリアもおやつを食べるんですよね? 私が食べさせていいですか?」
尋ねると、エクティア・マナヤは微笑んだ。
「ええ、よろしくお願いします」
おもちゃで遊んでいるサリアを抱き上げて、若い女性神官からスプーンと椀を一組、エクティア・マナヤから布を一枚受け取る。
「さあ、サリア、おやつにしようね」
「おやちゅー」
あたしはシアの隣の床に座った。膝の上にサリアを乗せて、布を巻いてあげてから、「神々の恵みに感謝して頂こうね」と声をかけてスプーンでパン粥を口元に運ぶ。サリアは大きく口を開いて、ぱくりとスプーンをくわえた。
「おいしい?」
スプーンをサリアの口から抜いて尋ねると、サリアは口をもぐもぐさせながら、「ほいちー」と答えた。
「じゃあ、もっと食べようね」
サリアが一口目を呑み込んだので、パン粥をスプーンですくってまたサリアの口に入れてあげる。スプーンを椀に戻したところで、かすかにユマリの声が聞こえた気がした。
顔を上げて周囲を見回すと、ユマリがエクティア・マナヤに何か話しかけている。エクティア・マナヤの返事を聞いてぱっと顔を輝かせた後、シアの方を見て、おずおずと近づいてくる。
「あの……えっと、ルチルさん……」
「何かしら?」
エリアンに食事をさせていたシアが、顔を上げてユマリの方を見る。
「あたし、ユマリ。エリアンはあたしの弟なの。――あ、あなたに神々のご加護がありますように」
慌てたように付け加えられた挨拶に、シアはにこりと笑った。
「ユマリちゃんにも神々のご加護がありますように」
ユマリはほっとしたような顔をしてから、もじもじと両手を体の前でひねくり回した。
「あのね……エリアンにおやつ食べさせるの、あたしがやってもいい……?」
「もちろんよ。じゃあ、わたしがエリアンくんをだっこしているから、ユマリちゃんは食べさせてあげてくれる?」
シアがスプーンと椀をユマリに渡す。ユマリは嬉しそうにシアの前に腰を下ろして、スプーンですくったパン粥をエリアンの口元に運ぶ。
「弟の食事の面倒を見てあげるなんて、ユマリちゃんはいい子ね」
シアの言葉に、ユマリはぱっと頬を染めた。
「そ、そんなことないよ。あたし、エリアンのお姉ちゃんだもん。当たり前だよ」
「当たり前のことでも、ちゃんとできるのは偉いことよ」
シアに頭をなでられて、ユマリは一層恥ずかしそうな、でも嬉しそうな顔になった。
「おねーちゃん、あー」
大きく口を開けたエリアンが、ユマリに催促する。ユマリは急いで次の一口をエリアンに食べさせた。
そんなユマリたちの様子を微笑ましい思いで眺めながら、あたしもサリアに食事をさせる。
「そういえば、ユマリちゃんは咳が止まらなかったんですって? ルリ……リューリアから聞いたわ。今はもう大丈夫なの?」
「うん。もう平気。リューリアさんの咳止め薬のおかげ」
「あたしの咳止め薬っていうか、シア……ルチルの咳止め薬だけどね」
あたしは口を挟んだ。ユマリがきょとんとする。
「そうなの?」
「ユマリにあげた分を作ったのはあたしだけど、そもそもあの薬を開発したのはシア……ルチルだから。抜群の効き目だったでしょ? リーナス先生にも感心されたんだよ」
「そうなんだ。ルチルさん、すごいんだね」
ユマリが感嘆の眼差しでシアを見上げる。
「ふふ、ありがとう」
シアは微笑んで答える。変に謙遜したり逆に自慢したりしないで、さらっと流すのが、シアらしい。
そんな風にお喋りしながらサリアとエリアンに食事をさせていたら、途中でユマリの様子が変わった。ほとんど喋らなくなって、どこかつらそうにぎゅっと眉を寄せている。
「ユマリ? どうしたの?」
心配になって声をかけると、ユマリは一音一音押し出すように答えた。
「……何でもない」
「何でもないことはないでしょ。顔色悪いよ。ちょっと休んだら?」
そう勧めるけど、ユマリは唇を引き結んで首を振る。でもそのしぐさが、重たい頭を一生懸命支えているみたいにゆっくりとしたもので、余計に心配になる。
「休まない。エリアンのお食事、最後まで手伝うの」
頑固に言い張るユマリに、あたしとシアは顔を見合わせた。
強引に休ませた方がいいような気がするけど、ユマリのこの様子じゃ抵抗されそうだ。そうしたら、もっと体調が悪くなるかもしれない。でも、放っておいても体調が悪化する可能性はあるし……。
「パン粥はもうあと少しだし、最後までユマリちゃんにやらせてあげてもいいんじゃないかしら」
あたしはシアを見つめた。本人の意思を尊重しましょう、とシアが目で伝えてくる。あたしは少し迷ったけど、結局うなずいた。
「わかった。でもエリアンの食事が終わったら、すぐ休むんだよ。いい? ユマリ」
「うん」
ユマリは嬉しそうな顔になるでもなく、必死に気を張っているような表情のまま、かすかにうなずいた。
そんなユマリが心配でたまらないけど、サリアの食事もおろそかにはできない。ユマリが原因でサリアを蔑ろにしたくはない。
気持ちを落ち着かせようと努めながら、サリアの食事を終える。それと前後して、エリアンの食事も終わったようだった。
サリアとエリアンの首に巻いた布を外して、汚れた口元をふく。
シアは、エリアンを床に下ろすと、あたしの手から布とスプーン、木椀を取り上げた。
「片づけはわたしがやっておくわ。ルリはユマリちゃんを早く寝室に連れていって休ませてあげて」
「うん。ありがとう。お願いね」
あたしはサリアを床に下ろした。身体強化の魔法を使うと、ユマリを抱き上げる。ユマリが小さく身じろぎする。
「自分で、歩いて、いける……」
「だめだよ。そんな苦しそうな声して、何言ってるの。エリアンの食事が終わるまで待ってあげたんだから、今度はおとなしくあたしに任せて」
ユマリは、納得したのか、抵抗を続ける気力や体力がなかったのか、それ以上は何も言わずに、あたしに身を預けた。
あたしは、エクティア・マナヤに断って、女の子用の寝室に向かった。逸る気持ちを抑えて、ユマリの体に響かないように、ゆっくりと歩く。
「ユマリの寝台はどれ?」
寝室に入って尋ねると、ユマリが重たげに頭を上げて、指を差す。
「あそこの下の段……」
ユマリが指した寝台にユマリを寝かせて、上掛けで体をくるむ。それから額に手を当てた。
「ユマリ、どこが調子悪いの? 熱はないみたいだけど……」
「……頭が痛い。でも、いつもじっとしてれば、治るから……」
「そうなの? 薬は飲まないの?」
「頭痛に効く香草茶を、エクティアたちが、飲ませてくれる……」
「じゃあ、それ貰ってくるから、ちょっと待ってて。他に何か欲しい物はある?」
「ない……」
あたしはうなずいて、速足で台所に向かった。台所にいた若い女性神官に事情を説明すると、香草が置いてある場所と配合を教えてくれる。あたしの薬に関する知識と照らし合わせても、その配合で問題なさそうだったので、香草茶を淹れて、コップに注いで寝室に戻る。
寝室の前で、シアと鉢合わせた。シアも、ユマリが心配になって見に来たんだそうだ。
二人で中に入って、ユマリの元に行く。
「ユマリ、香草茶持ってきたよ」
声をかけると、ユマリが目を開けた。ゆっくりと体を起こすユマリを横から支えて、香草茶の入ったコップを渡す。
少しずつ香草茶を飲んだユマリは、全部飲み終えるとふーっと息を吐いた。
「ちょっと、楽になった」
「良かった。でもまだ休んでなきゃだめだよ。さ、横になって」
おとなしく体を横たえたユマリの胸元をぽんぽんと叩く。香草の中には睡眠を促す作用のある物も入っていたから、このまま寝かしつけてしまった方がいいだろう。
でもユマリはまだ眠くないようで、少ししてからぽかりと目を開けた。あたしを見て、シアに視線を移す。
「ルチルさん……」
「なあに?」
ユマリが大声を出さなくて済むよう、シアが身を乗り出す。
「ルチルさんは、お薬に詳しいんだよね。……あたしが丈夫な体になれる薬って、ある?」
シアは少し眉尻を下げて、ユマリの頭をなでた。
「残念だけれど、そういう便利な薬はないの。丈夫な体になるためには、しっかり食べてしっかり寝て、できるだけ運動もすることかしら。そうしたら少しずつ丈夫になっていくと思うのだけれど……これも絶対とは言えないわね」
「……そうなんだ……」
あたしは、落胆もあらわに目を閉じたユマリの肩をなでた。
「病弱なのは嫌だよね。みんなと遊べなくてさびしいし」
ユマリはすぐには返事しなかったけど、少しして目を開けた。何かをためらうようにあたしとシアを交互に見る。それから、ゆっくりと口を開いた。
「……あのね、学校で、言われたの。あたしは病気ばっかりしてるから、大人になってもまともに仕事ができないって。家族に迷惑かけるばかりの役立たずだ、って……」
ユマリの目尻に浮かんだ涙が、ぽろりとこぼれて、枕の上に広がる髪に吸い込まれていく。胸が絞られたように痛んで、あたしはぎゅっと眉を寄せた。
「……ユマリ、それ言った子、この孤児院の子?」
病弱な体に生まれたことで一番つらい思いをしてるのはユマリなのに、そんなこと言うなんて、無神経にも程がある。一言言ってやりたかったんだけど、ユマリは否定した。
「ううん、違う」
残念。それじゃ、すぐに叱るのは無理だな。体調の悪いユマリを問いつめて名前を聞き出すのも良くないだろうし。でも後で名前を聞いて、機会があったら、がつんと言ってやろう。
だけど今は、ユマリを慰める方が重要だ。あたしはできる限り優しい声で言った。
「そんな意地悪な子の言うこと気にしなくていいよ。ユマリは役立たずなんかじゃないよ」
「……でも、そうなんだよ。だってあたし、エクティアたちのお手伝いも、みんなみたいにできないもん。今日みたいに寝てばっかりだもん」
堰が切れたみたいに、ユマリの目から涙が次々とこぼれ出す。あたしは慌ててハンカチを取り出して、ユマリの顔をぬぐった。
「ユマリはユマリにできることをできる範囲でやったらいいんだよ。さっきだって、エリアンの食事の手伝いしっかりやり遂げたじゃない。ユマリはよくやってるよ。他の子と比べる必要なんかないよ」
「……で、でも、あたし、他の子たちみたいになりたいよ……」
「ユマリ……」
しゃくり上げるユマリに困っていると、シアが口を挟んだ。
「わたしもルリ……リューリアと同じ意見よ。ユマリちゃんはユマリちゃんなんだから、他の子たちと同じになる必要はないのよ。――でも、そうね……ユマリちゃん、ちょっと触れさせてね」
シアが上掛けをめくって、ユマリの胸元に手を置く。少しそのままでいた後、一つうなずいて、また口を開いた。
「ユマリちゃん、どうしてもユマリちゃんが今の自分に満足できないっていうのなら、魔術の訓練をしてみたらどうかしら」
シアが優しい声で発した言葉に、ユマリが泣くのをやめて、シアを見る。あたしもシアを見つめた。
「ま、魔術の訓練?」
ユマリが、ひっく、と喉を震わせながら、口を開く。
「そう。訓練して魔術師になれば、できることが増えるわ。そうしたらユマリちゃんも、自分のことを役立たずだなんて感じなくて済むようになると思うの」
「……あ、あたしでも魔術師に、なれるの?」
「真面目に根気強く訓練を続ければね」
ユマリの顔が明るくなった。
「やる。あ、あたし、魔術の訓練やりたい」
「それじゃあ、今度ユマリちゃんの体調がいい時にやりましょう。でも、今日はしっかり休んで。体を休めて体調を整えるのも、訓練の内だと思って、ね」
「わ、わかった」
ユマリはごしごしと顔をこすると、おとなしく目を閉じた。さっきまでより心なしか安らいだ表情をしている。しばらく見守っていると、寝息を立て始めた。
あたしとシアは、ユマリの使ったコップを持って、ユマリを起こさないようにそっと寝室を出た。扉を閉めて、シアに問いかける。
「ユマリに魔術の訓練なんかさせて大丈夫かな?」
魔法を普通に使うだけなら、体に負担がかかるようなことはないけど、魔力を使いすぎて魔力切れを起こすと、健康な人間でも倒れてしまう。病弱なユマリなら尚更体に良くないだろう。
「無理はしないように厳しく言い聞かせておけば、大丈夫だと思うわ。ユマリちゃんはエクティアたちに言われたことをちゃんと守る子なんでしょう?」
「そうだけど……役立たずでいたくない、って気持ちからがんばりすぎちゃったりしないか、心配なんだよね」
「それは確かにちょっと心配だけれど、魔力を変換する訓練を主体にやれば、そこまで魔力は使わないから、魔力切れで倒れることはないはずよ。さっき簡単に調べたけれど、ユマリちゃんの魔力量は平均より少し多いくらいだったし」
「あ、そこ確認してから提案したんだ。さすがシア。そつがない」
「病弱な上魔力量が少ない子に魔術の訓練を提案するのは、いくら何でも危険だもの。そこはちゃんと確かめるわよ」
うん、とあたしはシアの腕に腕をからめた。
「魔術の訓練を提案してくれてありがとね。シアのおかげで、ユマリの気分もちょっと晴れたみたいでほっとした。……ユマリが泣いてるの見てるのは、つらかったから」
シアがあたしの手をなでる。
「ルリはユマリちゃんのこと、大事に思ってるのね」
「うん。出会ったばかりとは思えないくらい。……変かな?」
「そんなことないわ。会ったばかりなのに大好きになっちゃう、ってこともあると思うもの。きっとルリとユマリちゃんはそういう出会いだったのよ」
「そう。そうだね」
この出会いが、意味のある出会いになればいいと思う。ユマリの人生にいい影響を与えるような、出会いに。
ユマリがうちの子になるかはまだわからないけど、もしそうならなかったとしても、あたしやシアと出会ったことでユマリが少しでも幸せになれるのなら、嬉しい。
孤児院の他の子たちに対しても同じような気持ちはあるけど、でもユマリはちょっと特別だ。
だから、ユマリの涙を止めるために、ユマリの笑顔が増えるように、あたしにできる限りのことをしたい。
次に顔を合わせる時は、ユマリが明るい表情を浮かべてくれていますように。両手の人差し指を立てて胸の前で交差させる、神々への願掛けのしぐさをしながら、あたしは孤児院の廊下を歩いた。




