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新しい家族 2.子どもたちとの触れあい

 エクティア・ウォリンカがあたしとシアを案内したのは、さっき前を通り過ぎた部屋だった。中からは相変わらず子どもたちのにぎやかな声が聞こえてくる。


「ここが、子どもたちを遊ばせる部屋で、遊び部屋と呼んでいます。今いるのは就学前の子どもたちだけですが、そろそろ学校に行っている子たちも帰ってくるでしょう」


 部屋の中には五人の子どもがいた。まだはいはいしている赤ん坊から、そろそろ学校に行ってもおかしくない外見の子まで。あたしたちに興味津々な様子で見つめてくる子もいれば、遊びに夢中であたしたちが来たのに気づいてなさそうな子もいる。


 エクティア・ウォリンカは、子どもの一人を抱いてあやしている中年の女性神官に声をかけた。


「エクティア・マナヤ。こちらは養子縁組を希望しているリューリアさんとルチルさんです。子どもたちのことを色々教えてあげてくださいな。リューリアさん、ルチルさん、現場の責任者として子どもたちの世話を担当してくれているエクティア・マナヤです。子どもたちのことは私より彼女の方が詳しいので、あなた方の助けになってくれるでしょう。――それでは、私は部屋に戻りますね。あなた方にティティアルダのご加護があらんことを」


 エクティア・ウォリンカが最後に口にした言葉は、「いい出会いがありますように」と「悪縁を断ち切れますように」の二つの意味で使われるけど、この場合は前者だろう。


「ありがとうございました、エクティア・ウォリンカ。あなたに神々のご加護があらんことを」


「あなたに神々のご加護があらんことを」


 エクティア・ウォリンカに挨拶をして見送ってから、エクティア・マナヤに顔を向ける。挨拶を交わすと、エクティア・マナヤはさっそく部屋にいる子どもたちを紹介してくれた。


「この子がエリアンで、そっちの子がサリア、向こうの子が……」


 子どもたちの名前と顔を頭に刻み込む。子どもたちと自由に接して構わない、と言われたので、こっちをじーっと見ている二歳くらいの女の子の前に膝をついた。


「こんにちは、サリア。あたしはリューリア。はじめまして」


「あーたにあみあみのごあごがあいますよーに」


 たどたどしく神殿風の挨拶をしてくれるのがかわいくて、顔がほころぶ。


「あなたにも神々のご加護がありますように。――積み木で遊んでいたの?」


「うん。いっちょあちょびまちゅか?」


「じゃあ遊ばせてもらおうかな」


 何を作ろうか、とサリアに声をかけながら、ちらりと背後を見ると、シアはエクティア・マナヤの腕の中にいたエリアンという子を抱かせてもらっていた。


「あー! だめよー!」


 怒ったような声にサリアの方を見ると、はいはいで近づいてきたらしき赤ちゃんが、サリアの積み上げた積み木を崩していた。


「もー、いけないこでちゅね。めっ!」


 サリアは眉を吊り上げて、赤ちゃんの頭をぺしっと叩く。あたしはサリアをなだめようと、頭をなでた。


「きっと一緒に遊びたいんだよ。みんなで遊ばない? その方がきっと楽しいよ」


「ちょーがないでちゅね」


 サリアはすぐに機嫌を直してまた積み木を積み上げ始めた。あたしは、それをまた赤ちゃんが崩してしまわないよう、別の積み木で赤ちゃんの気を引きながら、サリアのお喋りにつきあう。


 しばらくそうやって遊んでいると、入口の方からにぎやかな声が聞こえてきた。少しして、「ただいまー」と言いながら、五、六人の子がどやどやと部屋に入ってくる。学校から帰ってきたようだ。


「あれ? リューリアさんとルチルさんだー。どうしたの?」


 顔なじみの女の子が声をかけてくる。森に子どもたちを連れていく時なんかに顔を合わせるので、学校に通っている年頃の子たちのほとんどとは顔見知りだ。


「養子縁組をしたくて、相談に来たの。今はこの子たちと遊んでたところ」


 サリアと赤ちゃんを示して説明する。


「じゃあ、あたしたちとも遊ぼうよ。サリアはおねむみたいだし」


 言われてサリアに視線を戻すと、サリアは床に転がって親指をしゃぶっていた。目は閉じられていて、確かにほとんど寝てしまっているようだ。


「そうだね。サリアを寝かしつけたら、一緒に遊ぼうか」


「じゃあ、外で遊ぼう! 裏庭にいるから来てね!」


 女の子は手を振って去っていく。


 あたしはサリアを抱き上げた。エクティア・マナヤの許可を貰って、サリアを女の子用の寝室に連れていく。広い部屋の中には、二段になった寝台がいくつも並んでいた。


 部屋にいた子にサリアの寝台を教えてもらって、そこに寝かせる。サリアは口元をうむうむと動かしながら、眠っている。その小さな体を上掛けでしっかり包み込んでから、「夢の女神ティリーゼルの加護がありますように」と耳元でささやく。


 寝室を出て、遊び部屋に戻る。子どもと遊んでいるシアに声をかけた。


「シア、あたしは裏庭で大きい子たちと遊んでくるけど、シアはどうする?」


「そうね……。わたしも行こうかしら。色々な子たちと触れあってみたいし。――それじゃあ、また今度ね、エリアンくん」


 シアは遊んでいた子に手を振って、立ち上がった。エリアンはシアの言葉が聞こえなかったみたいで、遊びを続けている。


 シアはその様子にくすっと笑って、それ以上は言葉をかけず歩き出した。あたしも隣に並んで、入口に向かう。


「子どもたちと遊ぶのって楽しいわね」


「そうだね。ラピスたちと遊ぶのとはまた違った楽しさがある」


 自分の子になるかもしれない子だと思うと、余計にかわいく思えてしまうんだよね。いや、甥っ子や姪っ子だってもちろんかわいいけど、自分の子はやっぱり別格だから。


 廊下を歩いていると、入口から六歳くらいの女の子が入ってきた。見たことのない子だ。鞄を下げているところを見ると、学校から帰ってきたんだろう。他の子たちより遅れて帰ってきたのは、寄り道でもしていたのかな?


 ゆっくり廊下を歩く女の子は、不思議そうにあたしたちを見上げてから、はっとしたように口を開いた。


「あなた方に神々のご加護がありますように」


「あなたにも神々のご加護がありますように」


 あたしとシアは声をそろえて挨拶を返した。女の子はほっとしたような顔をしてから、コホコホと咳をした。


 そのまま廊下を奥に向かって歩いていく。足取りはやっぱり緩慢だ。ゆっくり歩いているから、他の子たちより孤児院に帰り着くのが遅くなっちゃったのかもしれない。


 あたしとシアは外に出ると、建物をぐるっと回って裏庭に行った。遊んでいる子たちは全員で四人。長い縄を持っているので、それを使って遊ぶつもりみたいだ。


「リューリアさーん、ルチルさーん、こっちー!」


 外での遊びに誘ってくれた女の子が、手を振りながら呼びかけてくる。あたしとシアは子どもたちに歩み寄って、自己紹介をした。顔見知りとはいってもそれほど親しくない子もいるから、念のためだ。


 子どもたちもそれぞれ名前を教えてくれた。


「じゃあ、大縄跳び始めるよ!」


 縄を握って威勢良く声を上げた女の子に、あたしは急いで声をかけた。


「ちょっと待って。大縄跳びってどんな遊び?」


 女の子はきょとんとする。


「え、リューリアさん、知らないの?」


「わたしもよくは知らないわ。前に書物で読んだことはあるけれど、実際にやったことはないの」


 シアの言葉に女の子は目を丸くした。


「そうなんだー。みんな知ってる遊びだと思ってた」


「ねー、びっくり」


 子どもたちは一様に驚きをあらわにした後、大縄跳びのやり方を口々に説明してくれた。そして、見る方がわかりやすいから、と実際にやってみせてくれる。


「リューリアさん、ルチルさん、やり方わかった?」


「うん。そんなに難しくなさそうだね」


「そんなことないよ。縄を跳び越す時足引っかけちゃったりするんだよ」


「そうなの。それじゃあ、気をつけるわ」


 あたしとシアは子どもたちに交じって、大縄跳びを始めた。最初は確かに縄に足を引っかけてしまったりする。でも何度かやるうちにコツがつかめてきた。


「いーち! にーい! さーん!」


 縄を回している子たちのかけ声に合わせて縄を飛ぶ。こういう運動は普段しないから、新鮮だ。


 何十回も縄を跳ぶと、さすがに疲れる。子どもたちの一人が足を引っかけて縄が止まったのをいいことに、あたしは子どもたちの間から抜け出た。


「あたし、疲れたからちょっと休憩するね」


 そう声をかけて、何か飲み物でも貰おうかと建物の方に体を向ける。でもその途中で気になるものが視界に入って、体が止まった。


 裏庭の端にある木の下で、女の子が一人座ってこっちを見ている。あの子、さっき外に出る時にすれ違った子だよね。あの子は一緒に遊ばないのかな? こっちを見てるってことは、仲間に入りたそうなのに。


 ……もしかして、他の子たちに仲間外れにされてるとかなんだろうか?


 子どもの頃の記憶がよみがえってきて、気になって仕方なくなる。事情を知らないのに余計なお世話なのかもしれないけど、ほっとけないよ。話を聞くくらいはいいよね。


 あたしは木陰に座っている女の子の方に足を向けた。やっぱり見たことない顔だな。森で遊ぶのが好きじゃない子なのかな?


 女の子は、近づいてくるあたしに気づいて、茶色の目をぱちぱちと瞬かせた。あたしは笑顔を作って声をかける。


「こんにちは。あたしはリューリア。あなたは?」


「……ユマリ」


 黒い巻毛を肩の上で二つに結んだ女の子は、ちょっとはにかむように答えた。人見知りしているらしい。


「ユマリは一緒に大縄跳びしないの? 楽しいよ」


 尋ねると、ユマリは顔を曇らせた。


「エクティア・マナヤが、やっちゃだめって……」


「え、そうなの? どうして?」


「あたし、一昨日まで風邪引いてて……」


 言葉の途中で、ユマリはコホコホと咳き込んだ。


「……熱は下がったけど、咳がまだ止まらないの。だから外で遊んじゃだめだって」


「そうなんだ」


 遊べないのにわざわざ外に出てきてるってことは、他の子たちと一緒に遊びたいんだろう。安静にしていなきゃいけないのはわかるけど、一人ぼっちで他の子たちが遊ぶのを見てるだけなんて、かわいそうだなあ。


 あたしはユマリの隣に腰を下ろした。


「咳が長引いてるだけで、それ以外は大丈夫なんだよね? 気分は悪くない?」


 ユマリの象牙色の肌は特に青ざめているとか赤くなっているとかはなくて、具合が悪そうには見えないけど、念のため確かめておく。


「大丈夫。学校にも行けたし、遊ぶのはだめだけど、外に出るだけならいいって、エクティア・マナヤが」


「そっか。それは良かった。じゃあ、あたしとちょっとお喋りしない?」


 ユマリは戸惑った顔をしつつも、うなずいた。


「あたしはね、魔術師をやってるんだ。時々子どもたちを森に連れていったりもしてる。でもユマリと会うのはこれが初めてだよね?」


「うん。あたし、体が弱いから、森に行かせてもらえないの。森で倒れたら困る、って」


「ああ、なるほど」


 ユマリはこの数日たまたま体調が悪いってわけじゃなくて、しょっちゅう体調を崩してるのかな。森に行くのを禁止されるくらい病弱なんだろう。


「あ、あそこで子どもたちと遊んでるのはね、ルチル……ルチルカルツ・シア。あたしの奥さん」


「ルチルさん……綺麗な人だね」


「でしょー? 綺麗なだけじゃなくて、優しいし、正義感強くて面倒見いいし、器用で何でもできるし、自慢の奥さんなんだ」


 ユマリはきょとんとしてから、ふふっと笑った。


「リューリアさんはルチルさんのことが大好きなんだね」


「うん、大好き。シア……ルチルと結婚できて、すっごく幸せ」


 結婚してもうすぐ十年になるけど、その気持ちは全く変わらない。むしろどんどん強くなっている。


「あたしの……」


 ユマリが何かを言いかけて、でも口を閉じてしまった。そのままうつむいてしまう。


「ユマリ? どうしたの?」


 あたしは思いっきり体を曲げてユマリの顔をのぞき込んだ。ユマリは何かに耐えるようにぎゅっと眉を寄せてしばらく黙っていたけど、やがて口を開いた。


「えっと……あのね、あたしの父ちゃんもね、よく言ってたの。あたしの母ちゃんと結婚できて幸せだ、って」


 そう話すユマリの声には涙がにじんでいる。ユマリが孤児院にいるってことは、ユマリの両親は死んだかユマリを捨てたってことだよね。生計を立てられるようになるまで一時的にユマリを孤児院に預けてる、って可能性もあるけど、どっちにしてもしばらく両親とは会っていないはずだ。さびしいに違いない。


 あたしはユマリの肩を抱き寄せた。病弱だというだけあって、ユマリの体は細くて、思わず心配になる。


「ユマリのお父さんもユマリのお母さんが大好きなんだね」


 余計なことは言わずに、ただそれだけを言って、あとは無言で抱きしめる。ユマリはうつむいたままだったけど、おずおずとあたしの服をつかんだ。あたしはその手を自分の手で覆った。


 遊んでいる子どもたちの歓声がすぐそこに聞こえるけど、あたしとユマリが座っている木陰には、不思議な静寂が落ちていた。居心地は悪くない。ユマリにとってもそうだといいんだけど。


 ユマリが時折咳をする以外しばらく沈黙が続いた後、あたしはユマリの手を離して象牙色の頬に触れた。そっとユマリの顔を持ち上げる。抵抗はない。


「あたし、喉渇いてるんだった。ユマリも何か飲まない?」


 笑いかけると、ユマリはこくりとうなずいた。


 手をつないで建物の中に入る。エクティア・マナヤの許可を貰って、台所に行く。台所では、若い女性神官二人が忙しく立ち働いていたので、邪魔にならないようにお茶を淹れる。


 食堂に場を移して、ユマリと並んで腰かけて、お茶を飲む。


「ユマリはいくつ?」


「六つ」


「へえー。あたしにも同じ年の姪っ子がいるんだよ。ネッティっていうの。知ってる?」


「うん。学校で時々お話するよ」


「そっか。学校は好き?」


「好き。……でも、あたし病気でよくお休みするから、あんまりお友達いないの」


「ここの孤児院の子たちとはお友達じゃないの?」


 ユマリはこてんと首を傾けて、少し考えた。


「お友達……だと思う。でも、あんまり一緒に遊べないから……あたしといてもつまんないよ……」


「そんなことないよ。あたしはユマリと一緒にいて楽しいよ」


「……リューリアさんは大人だもん」


 ユマリは言って、うつむいてしまった。あたしは無言でその頭をなでた。他の子たちはもちろんユマリのことさえそんなに知らないあたしがこれ以上何か言っても、説得力はないだろう。


 ユマリがコホコホと咳をする。体調が万全じゃないから、考えが暗くなってしまってる、ってのもあるのかな。せめて体調が良くなればいいんだけど……あ、そうだ!


 あたしはガタリと立ち上がった。


「ユマリ、ごめん。あたしちょっと思いついたことがあるから、行くね。でも後で戻ってくるから、その時にまたね!」


 ぽかんとしているユマリを置いて、ティーポットと自分のコップを台所に持っていって流しに置く。急いで孤児院を出て、裏庭に行った。


 まだ子どもたちと遊んでいるシアを呼ぶ。シアは大縄跳びから抜けて、あたしの方に来た。


「どうしたの? ルリ」


「シア、あたし一回家に帰るね。でもなるべく早く戻ってくるから」


 シアはぱちぱちと瞬きをした。


「何かあったの? わたしも一緒に行かなくて大丈夫?」


「あたし一人で平気。シアは子どもたちと遊んでて。じゃあね!」


 あたしはシアに背を向けると駆け出した。ちょっと時間のかかる用事だから、急がないと孤児院の夕食の時間までに戻ってこれないだろう。


 薬屋に寄って必要な薬材を買って、家に帰る。台所で薬材を処理して、薬を作る。気が急いてしまうけど、焦って薬作りに失敗したんじゃ本末転倒だから、丁寧に作業していく。そして、中くらいの瓶一つ分の薬ができた。


「よし! 成功!」


 前掛けを外して、薬の瓶を肩かけ鞄に入れて、急いで孤児院に戻る。


 孤児院に到着した時にはもう黄昏が町を覆っていた。橙色の薄闇を抜けて建物の中に入ると、廊下に点々と取りつけられた燭台の灯りが迎えてくれる。


 ユマリはどこだろう? とりあえず遊び部屋をのぞいてみるけど、ユマリの姿は見当たらない。暗くなったので室内に入ってきたんだろうシアと大きい子たちが、小さい子たちに食事をさせているけど、その中にユマリはいない。


 エクティア・マナヤに尋ねてみると、多分食堂にいるだろうということだった。


 食堂に入ってぐるりと見回すと、ユマリは部屋の隅で机に座って帳面を広げていた。鉛筆で何か書き込んでいる。


「ユマリ!」


 歩み寄りながら声をかけると、顔を上げる。


「リューリアさん」


 あたしはユマリの隣に立つと、鞄から薬の瓶を取り出した。


「これ、あげる。贈り物だよ」


 ユマリがきょとんとあたしを見上げる。


「贈り物?」


「これはね、シア……ルチルが発明した咳止め薬なの。これをごはん食べた後に大きいスプーン一杯分飲めば、ユマリの咳もすぐに治まるはずだよ。学校にも持っていって、給食の後に飲んでね」


 ユマリの顔がぱっと輝いた。


「本当? 咳止まるの?」


「うん。効果は保証する。びっくりするくらいよく効く薬だよ」


「ありがとう、リューリアさん!」


 ユマリは笑顔で薬の瓶を受け取った。


 あたしはユマリに笑い返しながら、何とはなしにユマリの前に広げられている帳面に目をやった。いくつかの単語が繰り返し書かれている。


「ユマリ、勉強してたの?」


 あたしはちょっと驚いて尋ねた。


 かなり高等な教育を施しているらしいシアの里の学校ならいざ知らず、この町の学校ではそこまで難しいことは教えない。ユマリの年なら尚更だ。基本的に家でまで勉強する必要はないんだ。


 それに、学校から帰ったら家の手伝いをしなきゃいけない子も多いから、宿題は親たちにも歓迎されなくて、そういう点からも、宿題なんて滅多に出ない。そのはずなんだけどな。


 あたしは学校に通ったことはないから、聞いただけだけど。レティ母様とヨルダ父様の教育のおかげで、クラディムに戻ってきた時には、クラディムの学校で教わる範囲の知識はもう全て身につけていたからね。


「あたしが学校お休みしても授業についていけるようにって、先生が特別な宿題くれるの」


「ああ、なるほど」


 よく学校を休むというユマリが授業についていくためには、家でも勉強する必要があるんだろう。


「それじゃあ、邪魔しないように、あたしはもう行くね。勉強がんばって」


 あたしはユマリに手を振って、食堂を出た。


 遊び部屋をのぞいてみると、シアたちは小さい子たちに食事をさせ終わったところだった。大きい子たちはこれから食事だそうだ。


 これ以上はいても邪魔になるだけだろうし、あたしとシアは帰ることにした。


 孤児院を出て歩き出すと、シアが尋ねてきた。


「ルリ、さっきはどうして家に帰ったの?」


「ああ、実はね……」


 ユマリの事情と薬を作ってあげたことを話すと、シアは納得したようにうなずいた。


「それで急いでたのね。その子……ユマリちゃん、早く良くなるといいわね」


「シアの咳止め薬は効き目抜群だから、大丈夫だよ。それで、ユマリが他の子たちと遊べるようになるといいな。他の子たちが遊んでるのを、一人で見てるだけなのは、さみしいもの」


「そうね。さびしいわよね」


 あたしの手がやわらかなぬくもりに包まれる。あたしがユマリを子どもの頃の自分と重ねちゃってるの、シアに悟られちゃったみたいだ。まあ、隠したいわけでもないから、別にいいか。


「あたしにシアがいてくれたみたいに、ユマリにもどんな時でも一緒にいてくれる友達ができるといいんだけどな」


 あたしはシアの手を握り返して、微笑みかけた。シアが友達になってくれて、あたしは一人じゃなくなった。さびしくなくなった。ユマリにもそんな幸運が訪れるといい。


「そうなるように祈りましょう」


「そうだね」


 あたしは短い祈りを心の中で捧げてから、口を開いた。


「今度神殿に行った時に、改めて祈っておこう。次はいつ行く?」


「明日……は少し気が早すぎるかしら。明後日はどう? 食堂の仕事がある日だけれど、昼の営業時間と夜の営業時間の間に孤児院に行ってしばらく過ごすことはできるでしょう? 子どもたちのことをもっとよく知りたいから、しばらくは一日置きくらいに孤児院に行きたいのだけれど……お義姉さんたちを困らせてしまうかしら」


「大丈夫だよ。子どもを迎えるために必要なことなんだって、みんなわかってくれるはず」


 昔と違って、洗濯を始めとする家事ができるのは、あたしとシアと義姉さんだけじゃないからね。ラピスとフィー……フィセニアがいる。ネッティも手伝えるし。


「でも孤児院の方は大丈夫かな? そんなに頻繁に訪ねても迷惑じゃないかな」


「さっきエクティア・マナヤに確認したら、好きな時に好きなだけ来ていい、と言われたわ。社交辞令かもしれないけれど、この際だから額面どおりに受け取ってしまいましょう」


 シアはいたずらっぽく笑った。あたしも思わず笑ってしまった。


「そうだね。図々しいって思われてエクティアたちの心証悪くなっちゃわないかが、ちょっと心配だけど」


「子どもたちと遊ぶだけじゃなくて、世話をするお手伝いもすれば、大丈夫じゃないかしら。人手があって困ることはないはずだし」


「それもそうか。子どもの世話はラピスたちで慣れてるから問題ないしね。――じゃあ、明後日の午後も孤児院で決まりだね。いっぱい子どもたちと仲良くなろう」


「ええ。そうしましょう」


 あたしとシアは微笑みあいながら、家路をたどっていった。



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