いちばんのともだち(前)
「そうそう、リューリア、今日の午後だけど、連れが増えたわ。頼まれて、他の子どもたちも山に連れていくことになったの」
朝食の席で発された養母レティの言葉に、リューリアはフォークを持った手を止めた。
「ほかのこたちもいっしょにいくの?」
リューリアは三歳――もうすぐ四歳――だが、里の他の子どもたちと接したことがほとんどない。他の子どもたちと会うのは、リューリアが庭で遊んでいる時に子どもたちが家の前の道を通っていく時だけだ。皆リューリアを見ながらひそひそ話をしたり、「やーい、よそものー」と言ってきたりする。
おもちゃではない友達が欲しくて、「いっしょにあそぼうよ」と声をかけてみたことも何度かあるのだが、誰もうなずいてはくれなかった。「誰がおまえなんかと遊ぶか、馬ー鹿!」と暴言を投げつけられたこともある。
そんな子たちと一緒に山に行くのだと思うと、不安になってきて、リューリアはぎゅっとフォークを握りしめた。
「子どもたちが山に行きたがってるから、ってユグザに頼まれて、引き受けたんだ。ユグザは山歩きが好きじゃないし、ナヤは妊娠中だからね」
養父のヨルダが会話に入ってくる。
「ユグザさんちのこなの?」
「そうだよ。男の子が二人と、女の子が一人の三人きょうだい。一番下の子は女の子で、リューリアと同じ年だ。いい子だし、仲良くなれるんじゃないかな」
ヨルダと同じ木工職人であるユグザは時々家を訪ねてくるので、リューリアも知っている。
愛想の良い男ではないが、リューリアは彼のことが結構好きだった。リューリアを無視したりせず、ちゃんと挨拶をしてくれるし、名前で呼んでくれる。そのユグザの子どもたちだというなら、確かに仲良くなれるかもしれない。
先程までとは打って変わって期待に胸を躍らせながら、リューリアは食事を再開した。
家事やレティとヨルダの仕事を手伝ったり魔術の訓練をしたり勉強したりしていると、あっという間に時間は過ぎて、午後になった。
山歩き用の服装に着替えて、工房にいるヨルダに「いってきます」と挨拶して、レティと二人庭に出る。
庭の隅の納屋から大人用の背負い籠と子ども用の背負い籠を取り出して、それぞれ背負ったところで、「こんにちは」と声がした。
振り向くと、籠を背負った三人の子どもが家の前の道に立っていた。一番大きい男の子は、七、八歳くらいだろうか。小さい方の男の子はそれより二歳ほど下に見える。そして、ヨルダが言ったとおり唯一の女の子はリューリアと同じくらいだった。
「いらっしゃい」
レティがリューリアの手を引いて、三人の子どもたちの方に歩いていく。
「この子はわたしの養い子のリューリアよ。シアと同じ三歳なの。仲良くしてあげて。――リューリア、この子たちがユグザの子どもたちよ。上から順にセゼ、ジド、シア」
シアという女の子がにっこり笑って手を振る。リューリアもおずおずと手を振り返した。
「今日はよろしくお願いします」セゼという男の子が口を開いた。「急なお願いだったのに快く引き受けてくださって、ありがとうございます、レティさん。両親もとても感謝していました」
「いいのよ、これくらい。持ちつ持たれつだもの。――さ、それじゃ身体強化して出発しましょう」
レティが手早く全員に身体強化の魔法をかけ、一行は道を歩き出した。セゼが一番前、次にジド、その後にリューリアとシアが並び、最後尾がレティだ。
「リューリアはいつもなにをしてあそんでいるの? みんなとはあそばないわよね?」
隣のシアに話しかけられて、リューリアはドキッとした。緊張しながら答える。
「えっと、みんなあたしとはあそんでくれないから……レティかあさまとヨルダとうさまのおてつだいしたり、ヨルダとうさまがつくってくれたおもちゃであそんでる」
「そうなの。ひとりじゃつまらなくない?」
「……ともだちとあそんだことないから、わかんない」
シアは少し考えるようにした。
「それじゃあ、こんどわたしのおうちにこない?」
「え……い、いってもいいの?」
「もちろん」
リューリアは振り向いた。
「レティかあさま! きいた? シアがおうちにあそびにいってもいいって!」
レティが困ったような顔でリューリアを見つめる。
「あなたをがっかりさせたくはないけど、わたしは賛成できないわ」
「え……なんで?」
「リューリアは、まだよその家に行くのは早いと思うのよ。わたしもヨルダも見ていられない場所に行かせるのは心配だわ」
「……どうしても、だめ?」
「リューリアがもっと大きくなって、その時もまだ行きたかったら、ヨルダと三人で相談しましょう」
「もっとって、どのくらい?」
「そうね……あと二年くらいかしら」
「にねんも!?」
リューリアは愕然とした。二年というのは、誕生日がもう二回来たら、ということだ。次の誕生日が来るのさえ大分先のことに思えるのに、その次の誕生日まで待たなければならないなんて、リューリアにとっては、ずっとだめ、と大して変わらない。
レティが眉尻を下げて、リューリアの頭をなでる。
「わかってちょうだい、リューリア。わたしはあなたを護りたいのよ」
リューリアはうつむいた。嫌だ嫌だ、と駄々をこねたいところだけれど、シアの前でそれをするのは恥ずかしかった。初めて会った自分に好意的な子に、赤ん坊みたいだと思われたくない。
それで、黙ったまま、止まっていた足を動かして再び歩き始めた。レティも無言で後をついてくる。リューリアの隣を歩くシアも、同じく無言だった。
その状態で里を出て、山に入る。
「足元をよく見ながら歩くのよ。それから、わたしからあまり離れないようにしてね」
レティが子どもたちに声をかける。「はーい」とセゼとシアが返事をした。リューリアはまだ口を開きたくなかったので、黙っていた。
山道は歩きにくい。リューリアが山に連れてきてもらうのはこれが初めてではないが、注意していないと転びそうになる。
それに加えて、今のリューリアは山菜や薬草を探す気分になれないので、足元を見ながら黙々と歩いていた。
「ね、これってなんのはなかしら。リューリアはしってる?」
はしゃいだ様子のシアに話しかけられる。リューリアは、しゃがみ込んでいるシアの足元の青い花をちらりと見てから、首を振った。
「しらない」
「そうなの。――レティさん、これはなんていうはなですか?」
「それはシラックスという花よ。特に薬草というわけではないわね」
「そうなんですか。でもきれい。かあさまにおみやげにするわ」
シアは丁寧な手つきで花を摘んでいる。
「レティさーん、この茸って食べられますか?」
少し離れた所にいるセゼに声をかけられて、レティはそちらに歩いていった。
シアが立ち上がってリューリアに話しかけてくる。
「わたし、やまにくるのはじめてなの。どっちをみてもきがいっぱいあって、しらないはなやくさもいっぱいはえてて、おもしろいわね」
心から山歩きを楽しんでいるらしいシアが、リューリアは少しうらやましくなった。
リューリアだって山歩きは嫌いではない。今日だって楽しみにしていた。でも、一度下がった気分はなかなか浮上してくれない。
リューリアはシアから目をそらして、またうつむくと、適当に歩き出した。だが数歩歩いたところで、ドンと何かにぶつかる。
「うわっ」
「きゃっ」
何とか転ぶのを避けたリューリアが反射的に顔を上げると、こちらに背を向けたジドが地面に手と膝をついていた。どうも、彼が屈んで何かを見るか摘むかしていたところに、ぶつかってしまったらしい。
ジドが振り向いて、ぎろっと睨んでくる。リューリアはびくっと体を縮めた。
「危ねえだろうが。気をつけろよ、よそ者」
棘のある言葉と口調に、リューリアの心が一層すくむ。
「ジドにいさま! そういうことをいってはいけない、ってとうさまにいわれたでしょう」
シアがリューリアとジドの間に入ってきて、リューリアを背に庇った。
「うるっせえな。このいい子ぶりっこちゃんが」
ジドは吐き捨てると、ぷいっとリューリアとシアに背を向け、乱暴な足取りで先に進んでいってしまった。
リューリアがまだ体を強張らせたままその背を見送っていると、シアがリューリアに向き直った。
「ジドにいさまが、ごめんなさい。ジドにいさまはちょっといじわるだけど、やさしいときもあるのよ」
シアは、本気で申し訳ないと思っているような顔で言う。ヨルダが言っていたとおり、いい子で仲良くなれそうだ。それだけに、シアの家に遊びに行ってはいけないというレティの言葉に対する不満が増す。
(レティかあさまのいじわる……)
リューリアが胸の内でつぶやいた時、すぐ傍の茂みからガサガサッという音がした。
(どうぶつ!?)
「あぶない!」
リューリアは咄嗟にシアに飛びついた。考えてやったことではなく、体が勝手に動いていたのだ。
二人で地面に転がる。シアが「きゃあっ」と悲鳴を上げた。
「何だ、どうしたあ?」
驚いたような声が聞こえて、リューリアが顔を上げて振り向くと、男性が一人ぽかんとした顔で立っていた。片足はまだ茂みの中にあって、そこから出てきたばかりのように見える。
(どうぶつじゃ、なかったんだ)
リューリアは、ほっと息を吐いて体を起こした。
「どうしたの? 何があったの?」
レティが駆け寄ってくる。
「えっと、おとがして、あぶないどうぶつかもしれないっておもって……」
説明しながら立ち上がると、膝がずきっと痛んだ。思わず顔をしかめてしまう。
「リューリア、どこか怪我したの?」
「ひざがいたい」
「地面にぶつけたのね。今治してあげるわ」
レティに回復魔法をかけてもらうと、膝の痛みはすぐになくなった。
「他に痛む所はない?」
「……だいじょうぶ」
まだレティの顔を見たくなくて、リューリアはぼそぼそと言った。
「そう。シアは?」
「てをすりむいちゃったけど、それだけです」
「じゃあ手を出して。治すから」
シアの怪我の治療を終えると、レティは安堵の笑みを浮かべた。
「二人とも、大きな怪我がなくて良かったわ」
「こんなちっこいガキを森に連れてくるなら、目を離すなよ。――まあ、おまえにそんな分別ある行動を求めるだけ無駄なのかもしれんけどな。分別ある人間ならとっくに子どもを産んでるもんなあ?」
茂みから出てきた男性の口調に嫌なものを感じて、リューリアは眉を寄せた。自分のことを、よそ者、と呼ぶ人たちと同じように聞こえたのだ。
心配になってレティを見上げたが、養母はにっこりと笑っていた。
「子どもたちの声が聞こえていたでしょうに、声もかけずに近づいてくるのも、あまり分別ある行動とは言えないと思うけれど」
男性の顔が引きつる。
「相変わらず口の減らねえ奴だな」
「そっちこそ、顔を合わせれば飽きもせず嫌味ばかり。振られたことをいつまでも引きずってないで、少しは成長したらどうなの?」
「んだとお?」
男性の顔にはっきりと苛立ちが浮かんだので、リューリアは怖くなって、思わずレティの服をつかんだ。
だが、男性が何か言ったりしたりする前に、男の子の声が割って入ってきた。
「あの、すみません。僕の妹が何かご迷惑をおかけしましたか?」
レティと一緒にこちらに来ていたセゼだった。男性を見上げて、眉尻を下げる。
「おまえは……確かユグザとナヤの息子だよな」
「はい、セゼといいます。そこにいるシアは妹です。あっちにいる弟のジドも一緒に、レティさんに山歩きに連れてきてもらったんです」
にこっと笑ったセゼに、男性は毒気を抜かれたような顔をし、それから、ちっ、と舌打ちした。
「ガキどもの前だからな。この辺で勘弁しといてやるよ」
「それはこっちの台詞よ。子どもたちをこれ以上怖がらせる前に、さっさと行ってちょうだい」
「言われなくても行くっつうの。おまえの顔なんざこれ以上見たくもねえ」
男性は、ふん、と鼻を鳴らすと、ガサガサと大きな音を立てて茂みをかき分けながら、山の奥に姿を消した。
リューリアは、ほっと安堵の息を吐いた。まだレティの服をつかんでいた手が、温かな手に包み込まれる。
「もう大丈夫よ、リューリア。怖がらせてごめんね」
「へ、へいき。……レティかあさまはだいじょうぶ?」
見上げたレティの顔は、優しい微笑みを浮かべている。
「わたしは大丈夫よ。心配してくれてありがとう」
レティはリューリアの頭をくしゃくしゃとなでると、セゼの方を見た。
「セゼも、ありがとう。あなたのおかげで不毛な喧嘩をせずに済んだわ」
「いいえ。お役に立てて良かったです」
「あなたはしっかりしてるわねえ。将来が楽しみだわ」
「そうですか? ありがとうございます」
リューリアが聞くともなしにレティとセゼの会話を聞いていると、名前を呼ばれた。視線を向けると、シアが隣に立っている。
「さっきはかばってくれてありがとう。リューリアはゆうきがあるのね」
「そ、そんなことないよ」
顔を赤らめたリューリアに、シアが微笑みかけてくる。
「わたし、あなたのことすきだわ。おともだちになりましょう」
「……いいの? あたし、よ、よそもの……なのに……」
「そんなのかんけいないわ。リューリアはわたしとおともだちになるのいや?」
「い、いやじゃない!」
「じゃあ、いまからおともだちね」
シアがにっこりと笑う。リューリアも笑い返した。だが、はたと気がついて顔を陰らせた。
「……でも、おともだちになってもいっしょにあそべない……」
シアの家に行ってはだめだ、とレティに言われたことを思い出したのだ。一緒に遊ぶことができないのでは、友達になる意味がないのではないだろうか。
けれど、シアの笑顔は変わらなかった。
「へいきよ。リューリアがわたしのうちにきちゃだめなら、わたしがリューリアのうちにいくわ」
「ほ、ほんと?」
「ええ。わたしのかあさまととうさまは、おともだちのいえにいったらだめ、っていわないもの」
リューリアは顔を輝かせた。
「いつくるの? あしたくる?」
シアは小首を傾げて、レティを見上げた。レティの手をつかんで、視線を自分に向けさせる。
「レティさん、あしたおうちにいってもいいですか?」
レティが不思議そうな顔をする。
「うちに何か用事なの?」
「リューリアとあそぶやくそくをしたんです。わたしがレティさんたちのおうちにいくのはいいんでしょう?」
「それは構わないけれど……」
レティはちらっと、期待に満ちあふれた顔のリューリアを見た。それから、シアに視線を戻して微笑む。
「そういうことなら歓迎するわ。いつでも来てちょうだい」
レティの言葉に、シアがリューリアを見て微笑んだ。
「じゃあ、あしたあそびにいくわね」
「うん、まってる!」
リューリアの胸がわくわくとわき立つ。
「あしたがたのしみ! はやくあしたにならないかなあ」
興奮を抑えきれずに口にすると、レティが笑った。
「明日を楽しみにするのもいいけど、今は今で楽しみましょ。せっかく山に来ているんだもの」
言いながら視線を動かしたレティが、何かに目を留める。数歩歩いてから、リューリアとシアの方を振り返って手招きした。
「いい物があったわ。二人ともいらっしゃい」
二人が傍に行くと、レティはしゃがんで、地面に固まって生えている草を指差す。
「これはタラケットっていう山菜よ。癖がなくて、どう料理してもおいしいの。採って帰ったら、きっとヨルダやシアのご両親が喜ぶわ」
「じゃあいっぱいつんでかえります」
「あ、採りすぎには注意してね。全部採ってはだめよ」
レティに教わって山菜を採っているシアを見つめながら、リューリアは満面の笑みを浮かべていた。
(おともだち。にんげんの、おともだち)
胸の中でつぶやくだけで、心がはずむ。
シアは何をするのが好きなのだろう。明日は何をして遊ぼう。シアは明後日も遊びに来てくれるだろうか。
次から次へと浮かんでくる疑問を、口にしたくてうずうずする。でも山菜採りに熱中しているシアの邪魔をして機嫌を損ねて、やっぱり遊びに行かない、と言われたくないので、何とかこらえた。
だが口を閉じているのは思った以上に大変で、思わず足踏みしてしまう。その音に気づいてか、シアが振り返った。片手に持った山菜を差し出してくる。
「はい。リューリアにもはんぶんあげる」
「え。い、いいよ。せっかくシアがとったのに」
「いいのよ。だっておともだちだもの。おともだちにはわけてあげるものだって、かあさまがいってたわ」
にこっと笑われて、リューリアはそれまで考えていたことを全て忘れた。
「うん! ありがとう!」
シアの手から受け取った山菜を大事に持って、レティを見上げる。
「レティかあさま、ほかにもさんさいある? あたしもとりたい!」シアに視線を移して続ける。「そしたらこんどはあたしがシアにわけてあげるね。と、ともだちだもん!」
レティが、ふふ、と笑う。
「二人とも、お友達と分けあいっこできて偉いわね。それじゃあ、もっと山菜を探しましょうか」
きょろきょろと辺りを見回しながら歩き出したレティの後を、リューリアはシアと並んでついていった。
先程の宣言どおり、次に見つけた山菜はリューリアが採って、半分シアに渡す。シアは笑顔で受け取ってくれて、リューリアは一層嬉しくなった。
その後は、シアと二人で一緒に山菜や薬草を採った。友達と一緒に何かができるというだけで、楽しくてたまらなくて、時間はあっという間に過ぎていった。
「さて、それじゃあそろそろ帰りましょうか」
レティがそう口にして、来た道を戻り出す。もう目につく山菜や薬草を採ってしまった後の道なので、周囲をきょろきょろ見ながら歩く必要はない。リューリアは、転ばないように足元に注意しながらも、シアとのお喋りに夢中になった。
シアにはきょうだいがいるから一人遊びはしないのだろう、とリューリアは思っていたのだが、シアの兄たちはあまりシアと遊んでくれないそうだ。同じくらいの年頃の他の子たちと遊ぶ方が多いらしい。でも特別仲の良い子はいないのだという。
里の端を流れる小川で遊ぶのが一番好きだが、今日の山歩きはそれと同じくらい楽しかったそうだ。また来たい、ときらきらと瞳を輝かせて言う。
おもちゃはほとんど兄たちのお下がりで古ぼけているのが、ちょっと不満だという。リューリアは、養父が作ってくれた比較的新しいおもちゃをシアと共有する、と約束した。
「だってと、ともだちとはわけあいっこするものなんでしょ」
そう言うと、シアは嬉しそうに笑った。
「ありがとう。リューリアはやさしいのね」
えへへ、とリューリアは頭をかいた。シアが一緒に遊んでくれるのなら、おもちゃを共有するどころかあげてもいいとさえ思う。作ってくれたヨルダに悪いので実際にはやらないが、シアにもおもちゃを作ってあげてほしいと、帰ったらヨルダに頼んでみよう、と思った。
里の入口から少し歩いた所で、リューリアとレティは、シアたちきょうだいと別れることになった。
「それじゃあ、リューリア、またあしたね。おひるごはんたべたら、おうちにいくわ」
シアが手を振る。リューリアも振り返した。
「うん。またあした!」
はずむ足取りで家に帰る。物音を聞いて出迎えに出てきたヨルダに飛びついて、さっそく報告した。
「ヨルダとうさま! あたし、おともだちができたんだよ!」
「もしかして、シアのことかい? 仲良くなれたんだね」
「うん! あしたあそびにきてくれるって!」
「それは良かったね。リューリアに友達ができて、嬉しいよ」
「あたしもすっごくうれしい! あのね、ヨルダとうさま、シアのおもちゃはおにいさんたちのおさがりばっかりなんだって。だから、シアにあたらしいおもちゃをつくってあげて!」
「それは構わないけど、さて、何を作ろうかな。娘の初めての友達に贈る物ってなると、簡単には決められないなあ」
顎に手を当てたヨルダは、いたずらっぽい笑みを浮かべてリューリアを見た。
「どんなおもちゃを作ればいいか、リューリアも一緒に考えてくれるかい?」
「うん! かんがえる!」
「それじゃあ、お風呂にゆっくり浸かりながら相談しようか」
シアにあげるおもちゃを考え始めると、あれもいい、これもいい、と迷ってしまって、お風呂の間だけでなく夕食の間もヨルダと相談し続けたのに、結局リューリアは一つに絞れなかった。
「まあ、急いで決めることはないよ。明日あげるわけじゃないんだし。友達になったのなら、これからしょっちゅう遊びに来るだろうから、シアがどんなおもちゃを好きなのか観察して、一番気に入りそうな物を贈ればいい」
「そうよ。だから今日はもう眠りなさい。山歩きで疲れたでしょうし」
「でも……」
「早く寝れば、早く明日になるのよ。そうすれば早くシアと遊べるわ」
レティが付け加えた言葉に、リューリアは一転して顔を輝かせた。
「そっか! じゃあはやくねる!」
歯磨きをして寝台に潜り込むと、レティとヨルダがリューリアの両脇に腰かけて、お話を聞かせてくれる。今夜のお話は、狩猟の男神パライシャールの怒りに触れて熊に変えられてしまった狩人の話だった。
お話が終わると、「眠りの男神ファライーグの御手に抱かれて安らかに憩わんことを」とリューリアの額に口づけを落としてから、レティとヨルダは手燭を持って部屋を出ていった。
真っ暗になった部屋の中で、リューリアは高鳴る胸を押さえながら、がんばって眠ろうとした。
(はやくあしたになあれ。はやくあしたになあれ)
胸の中で唱えていると、レティの言うとおり疲れていたせいか、いつの間にか意識は薄れていった。




