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【完結】無垢なる力は神々の愛し児を救う  作者: 皆見由菜美
その後の話(シア視点)
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第六章 帰る場所(2)

 納戸から戻ってきたルリと、フィセニアちゃんへの授乳が終わったセイーリンさんと、居間で洗濯物をたたむ。


 ラピスくんはフュリドさんと厩に行った。「また後でお喋りしような、シア姉ちゃん!」と手を振りながら出ていったラピスくんを見送って、ルリが片眉を上げた。


「いつの間に、シア姉ちゃん、なんて呼ばれるようになったの?」


「さっき、家族になるんだからシアって呼び名を使ってもいいか、って訊かれたのよ」


「へー。まあ、それは確かに一理あるよね。いつまでもルチルさん呼びじゃ他人行儀だし」


「あら、それじゃあたしたちもルチルさんの呼び方変えた方がいいかしら」


 セイーリンさんが話に加わる。わたしは微笑みを返した。


「ルチルでもシアでも、お好きな方で呼んでください。それに、敬語も使っていただかなくて結構です。わたしはもうここの客じゃありませんし、セイーリンさんはわたしの義理のお姉さんになるんですから」


 何日かルリの部屋に泊めてもらった後は、町で空き物件を探してそちらに移るつもり。いつまでも宿屋住まいじゃなくて、根を下ろしたいもの。


 ラピスくんが魔力の制御を憶えるまでルリは家を出られないから、結婚してもしばらくは別居状態だけれど、いずれは自分たちだけの家で一緒に暮らすことになるし、そこで子どもを育てることにもなる。だから、いい物件を見つけないといけない。


「じゃあ、シア、って呼ばせてもらうわ。……なんか慣れないけど」


 セイーリンさんは、照れたように笑った。


「それで、シア、家族への報告はうまく行きました? ……じゃなくて、うまく行ったの?」


 セイーリンさんの問いに、ルリが心配そうな顔でわたしを見る。わたしは苦笑した。


「うまく行ったとは言いがたいですね。兄と妹はわかってくれたんですけれど、両親には猛反対されて……里長様には家族とのやりとりを禁じられてしまいました」


 ルリだけでなくセイーリンさんにも打ち明けたのは、家族とやりとりがないことはどうせいずれ気づかれるだろうから、最初から隠さずに言ってしまった方がいい、と思ったから。それに、家族になるのだから、言えることは正直に言った方がいいでしょう。


「まあ……」


「そんな……」


 セイーリンさんとルリが唖然とする。


「それって、シア、もう二度と家族に会えないし、手紙のやりとりも許されない、ってこと!?」


「そうよ」


 ルリは衝撃を受けたように大きく目を見開いて、それからくしゃりと顔を歪めた。


「ごめんね……シア。あたしのせいで、そんな……」


「ルリのせいなんかじゃないわ」


 わたしは手を伸ばして、ルリの手を握った。


「わたしがルリと生きていきたくて、結婚するって決めた結果よ。ルリが気に病む必要なんてないの。正直に言えば、覚悟していたよりも重い罰だったけれど、それでもわたしは自分の決断を後悔していないわ。もちろんあなたとの結婚を考え直すつもりもない」


「シア……」


 ルリが潤んだ瞳でわたしを見つめる。抱きしめたくなったけれど、セイーリンさんもいるのでこらえた。


 ルリがわたしの手を強く握り返してくる。


「あたし、絶対に絶対にシアのこと幸せにするからね。シアがあたしを選んで良かったって思い続けてくれるように、がんばるから!」


「ええ。わたしもルリを幸せにするわ。一緒に幸せになりましょう」


「うん!」


 ルリが笑顔になる。わたしはほっとして微笑み返した。


「それじゃあ手始めに、結婚式の話をしたら? まだいつにするかも決めていないんでしょう? ルチルさ……じゃなくて、シアが戻ってきたら決めるって話だったじゃない」


「そうだった。あたしは春がいいんだけど、シアはどう思う?」


 ルリに尋ねられて、わたしは少し考えた。


「春の結婚式はいいわね。でも春は結婚式が多いでしょう。今から仕立て屋にドレス作りを頼んで間に合うかしら?」


「うーん、難しいかなあ。とりあえず、今度食堂が休みの日に仕立て屋に行って訊いてみる?」


「それがいいでしょうね」


 うなずいてから、ふと思い出した。


「そういえば、帰ってくる途中で知らない人から『婚約おめでとう』って言われて、少し驚いたわ」


 ルリがちょっとばつの悪そうな顔になる。


「あー……実はラピスが喜びのあまりあっちでもこっちでも喋りまくってるんだよね。もう町中が知ってるんじゃないかなあ」


「そうだったの」


 ラピスくんは、わたしとルリの婚約を報告した時も一番喜んでくれたものね。嬉しいことを皆と共有したがるのは無理もないわ。


「シア、嫌じゃない?」


「全然。触れ回られて困ることではないもの。それに、知らない人からでも祝福してもらえるのは嬉しいわ」


 家族や里長様の反応の後だと、特にそう思う。


「そっか。なら良かった」


 ルリがほっとしたように笑う。


 その後は、どこの仕立て屋に頼むのが良いかとか、どんなドレスにするかという話題で盛り上がった。その合間も手は休めずに、洗濯物をたたみ、それが終わったら宿屋の受付に場所を移して編み物と繕い物をして、と家事をこなす。


 夕食は、ルリたちと一緒に賄いを食べる。ルリと恋人になってからは、給仕の仕事をしない時や食堂が休みの日も、一緒に食事をさせてもらっている。

 最初は遠慮したのだけれど、もう家族同然なのだから気にしなくていい、とセイーリンさんとフュリドさんに押しきられた。そう言われては断れなくて、ありがたく頂いている。


 食堂の夜の営業が始まってルリたちが働いている間に、わたしはお風呂屋に行って旅の汚れを落とした。そこでも何人かに、「おかえりなさい」や「婚約おめでとう」と声をかけられて、笑顔で答える。


 この町は本当に温かい場所ね。これから暮らしていくことになる町がこういう場所で、本当に良かった。


 のんびりお湯に浸かってから、ルリの家に戻る。待っていてくれたラピスくんとフィセニアちゃんの面倒を見ているセイーリンさんとお喋りをしながら、編み物や繕い物の続きをする。


 夜が更けると、ラピスくんが眠たげな様子になってきて、セイーリンさんが歯磨きさせて寝に行かせる。


 程なくして、夜の営業時間が終わり、掃除と洗い物を終えたルリがやってくる。わたしはセイーリンさんに就寝の挨拶をして、ルリとルリの部屋に行った。


 部屋に入って扉を閉めると、ルリが甘えるように抱きついてくる。


「やっと二人きりになれたね」


「ええ。この時間が待ち遠しかったわ」


 顔を近づけて、唇を合わせる。その甘さを丹念に味わいたくて、だけどもっともっとと求める心を抑えきれなくて、口づけは濃密なものになっていく。


 だけどわたしは理性を総動員して、止まれなくなるぎりぎりのところで口づけをやめた。


「シア?」


 ルリがとろんとした瞳で見上げてくる。そのなまめかしさに本能に身を任せたくなるけれど、何とかこらえた。


「ルリ、話があるの」


 ルリの瞳に理性の光が戻ってきて、心配そうな顔になる。わたしはルリの手を引いて、一緒に寝台に座った。


「話って……シアの家族のこと?」


「関係はあるけれど、違うわ」


 わたしは大きく息を吸って、一息に言った。


「わたしが里長様に下された罰は、家族とのやりとりを絶つことだけではないの」


 この半月、里からクラディムまでの道中、ずっと考えていた。ルリに話すべきなのかどうか。レティおば様とヨルダおじ様の言葉を繰り返し思い返しては、二人の助言に従うべきか迷っていたけれど、ルリと再会して、心を決めた。


 もし逆の立場だったら、わたしはルリに話してほしい。ルリのことを全部知りたい。心配も悲しみもつらさも、ルリといるために必要なことなら、全部受け入れたい。ルリのことが、好きだから。


「どんな罰を受けたの?」


「一族の他の人たちより多く使命の旅を引き受けることよ」


 ルリの顔がすっと青ざめる。


「……それ、受け入れたの?」


「ええ。わたし以外の人に罰を下さないという条件で」


 ルリの顔に理解の色が浮かぶ。だけど動揺は収まらない様子で、うつむいてしまった。わたしはその肩を抱き寄せた。


「ごめんなさいね。あなたには心配をかけることになってしまうわ」


 ルリはしばらく無言でいたけれど、やがて顔を上げた。その瞳が潤んでいるのが、胸に痛い。ルリにはいつだって笑っていてほしいのに。わたしのせいで泣かせたくなんかないのに。


「……家族を護るため、だったんだよね?」


「ええ」


 ルリは瞬きして涙を払うと、再び口を開いた。


「わかった。それなら、仕方ないね」


「……わたしを責めないの?」


 ルリはかすかに苦笑した。


「責められないよ。家族を……大事な人を護るために命を張るのは自然なことだもん。できればそんな死ぬ可能性が高くなることしてほしくないけど、でもその選択をせざるを得なかったシアの気持ち、わかるから」


 ルリが抱きついてくる。その体が少し震えているのがわかる。理解はしていても、感情を完全に抑えきることはできないんでしょうね。わたしはその震えを少しでも止めたくて、強くルリの体を抱き返した。


「隠さずに話してくれてありがとう、シア」


「本当はね、黙っているつもりだったの。だけど、レティおば様とヨルダおじ様に、ルリには正直に話した方がいい、って助言されたのよ」


「うん。話してくれて嬉しい。黙ってられたら、傷ついてたよ」


「結局ルリを泣かせてしまったけれどね」


「こんなの泣いた内に入らないよ。大体、何ヶ月かあるいは何年も黙ってた後に打ち明けられてたら、悔しくて、信じてもらえなかった自分が情けなくて、もっと泣いてたよ」


「でも、わたしのせいでルリが泣くのは、それがほんの少しでも嫌なのよ」


「う……あたし、泣き虫だもんね。これからは、泣かないようにがんばるから」


「いいえ」


 わたしは首を振った。


「我慢したりしないで。ルリが泣くのを見るのは嫌だけれど、わたしがいない所で一人で泣かれたり、泣くのを我慢して感情を溜め込んで余計につらい思いをしたりするのは、もっと嫌なのよ。だから、わたしが慰められるように、わたしの前で泣いて」


「わかった。そのかわり、約束する」


 ルリが少し体を離して、わたしを見つめた。


「あたし、シアの前で泣くのの倍……ううん、三倍はシアの前で笑うようにする。そうすれば、シアも気が楽になるでしょ?」


「そうね。いずれ子どもを持ったら、笑顔の絶えない家庭にしたいものね」


「うん。それで、白髪のおばあさんになってひ孫の顔を見るまで、シアと一緒に生きるんだ」


「それはすてきね。実現できるよう、わたしも最大限の努力をするわ」


 ルリが右手の人差し指と親指を突き出してくる。


「誓約の男神ヤクシーンに誓って?」


 わたしも右手を差し出して、人差し指どうしと親指どうしをくっつける。


「誓約の男神ヤクシーンに誓って」


 手を離しながら、ルリが照れたような笑みを浮かべた。


「何だか、一足先に結婚の誓い終わらせちゃったみたいだね」


「あら、言われてみればそうね」


 そうと気づけば、心がくすぐったい。わたしはルリと視線を合わせて、ふふふ、と笑った。


 どちらからともなく顔を近づけて、口づける。もうやめる理由もなくて、口づけはどんどん深くなっていく。そのままわたしとルリは、お互いが呼び起こす熱に溺れていった。








明日からは番外編を投稿します。

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