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【完結】無垢なる力は神々の愛し児を救う  作者: 皆見由菜美
その後の話(シア視点)
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第二章 帰郷(1)

 山道を数時間黙々と歩いてようやく着いた里の入口で、わたしは深呼吸した。気を引きしめて、里に足を踏み入れる。

 この辺りでは雪はほとんど降らないし、降っても大抵一晩で解けてしまうから、道が歩きにくいということはない。


 背後には、最寄りの町で買った食料や布地なんかを、宙に浮かせて運んでいる。旅から帰ってくる時はこうやって色々買って帰るのが、里の習わしだから。


 家族で使う分だけでなく、里中に配る分も見越して買ったから、荷物はかなり大きい。でも里の人たちに良い印象を持ってもらう機会は逃さないように、とジド兄様のことがあってから両親にいつも言われている。


 ……もっとも、こんな手土産を配ったくらいで、里の人たちの陰口が減ったりうちの家族に対する態度がやわらいだりするとは思えないのだけれど。まあ、それでも、やらないよりはましでしょう。


 道を歩きながら、人と会うたび挨拶をする。そっけない挨拶を返してくる人もいれば、無視する人もいる。少し離れた場所から、こっちを見ながら何やら話――表情や雰囲気から、聞いて楽しい類の話ではないのは明らか――をしている人たちもいる。


 里の人たちに白い目で見られたり冷たい態度を取られたりすることにはとっくに慣れていたし、気にしていないふりも完璧にできていると思う。


 だけど、よそ者相手でも温かく接してくれるクラディムの人たちの態度にこの半年で慣れてしまったせいか、里の空気が、半年前旅に出た時よりも冷たく感じられる。知らず知らずのうちに体が強張ってしまう。


 わたし、クラディムでは随分と肩の力を抜いて暮らせていたのね、と自覚した。何だかクラディムが懐かしい。半年しか暮らしていない町から、生まれ育った里にようやく帰ってきたというのに、こう感じるのは、変なものだけれど。


 でも、愛着の大きさって、時間で決まるものではないのかもしれない。その場所がどれだけ居心地いいか、に大きく左右されるものなんじゃないかしら。そういう意味では、里よりクラディムの方を懐かしく感じるのも自然なんでしょう。


 そんなことを考えているうちに、気がつけば家に着いていた。この里のほとんどの家と同じ、特に変哲のない木造の二階建て。木窓には、草花の絵が描かれている。


 見慣れた家の姿にほっとするけれど、家族がどんな風にわたしを迎えてくれるかわからないから、少し不安でもある。


 『大切な話があるので、一度里に戻ります』と書いた手紙を鳩便で送っておいたから、わたしが帰ってくることを家族は知っている。でも、「大切な話」が一体どんな話なのか、察しているかはわからない。


 わたしがルリの元に半年も留まっていたことで、わたしとルリの仲に勘づいているかもしれないし、わたしが女性を好きだなんて全く想像もしていないかもしれない。わたしが同性を好きなことには気づいていても、結婚までするつもりだとは考えていない、という可能性もある。


 わたしの話がどんな話か想像がついていた場合、家に入って家族と顔を合わせた途端になじられることだって考えられる。


 わたしは改めて深呼吸をした。大丈夫、と自分に言い聞かせる。


 旅の道中、色々な場合を想定して、心の準備をしてきた。家族がどんな反応をしても、割と冷静に話せると思う。家族は感情的になる可能性が高いから、わたしまで感情的になってしまっては、話が進まないものね。変にこじれてしまうかもしれないし。それはなるべく避けたい。


 外套の下に首から下げている梟の首飾りを押さえながら、わたしは家の扉を開けた。鍵はかかっていない。この里では基本的に家の扉に鍵をかけない。


「ただいま」


 声をかけながら中に入る。靴の汚れを落としていると、家の奥から父様が現れた。仕事用の前掛けを着けている。無精ひげは相変わらずね。短く切った黒銀の髪をがしがしとかきながら、紫の目でわたしを見据えた。


「シアか。ようやく戻ったか」


「はい、父様。母様は?」


 まだ正午を過ぎたばかりだから、十二歳の妹のユトと七歳の弟のザジは学校のはず。でも母様は家にいると思っていたのだけれど。裏庭の畑の世話をしているのかしら。


「神殿の掃除に行っている。そろそろ帰ってくる頃だろう」


「そうなの。じゃあわたし、荷物をほどいておくわね」


「ああ。俺は仕事に戻る」


 言って、父様は工房に戻っていく。父様は木工職人で、里の人たちの家具なんかを作るのが仕事。

 仕事といっても、皆が宝石を生み出せるこの里では住民の間でお金のやりとりは行われない。足りない物があればお礼がわりに分けてもらったりはするけれど、基本的に無償でそれぞれが作った生活に必要な物を周囲に配って暮らしている。


 ルリの養父のヨルダおじ様も父様と同じ木工職人で、お互いに材料を融通しあったり、時には協力して作品を作ったりしている。


 わたしとルリが会ったのも、父親どうしにそういうつきあいがあったから、という理由が大きい。ヨルダおじ様とレティおば様は、里の他の人たちとあまり親しくしていない……というか、他の人たちに距離を置かれているから。


 そういう意味では、わたしがルリと出会えたのは、父様のおかげなのよね。そのことに関して、わたしたちの結婚の話を聞いた時父様がどう思うかは、わからないけれど。


 わたしは外套と襟巻き、帽子を脱いで居間の外套掛けにかけると、買ってきた物が入っている荷をほどいて、中身を食糧庫や冷蔵庫、納戸にしまった。


 それから妹と共有している二階の自室に行って、個人的な物が入っている荷物をほどく。服を着替えて、汚れた服は洗濯室に持っていって、洗濯機の前に置いてある洗濯籠に入れる。


 自室に戻って、机の前の椅子に腰かけて、懐かしい部屋を見回す。わたしがいない間も家族が掃除をしてくれていたようで、妹が使っている場所だけでなくわたしが使っている領域もほこりが溜まっていたりはしない。


 この部屋も、もうすぐ見納めね。いくつかクラディムに持って帰りたい物はあるけれど、それ以外は置いていって、家族に処分を任せるつもり。


 妹や弟が使いたいなら引き取ればいいし、わたしを思い出すので見たくもないというなら全て捨てればいい。寝台も机も椅子も服箪笥も父様が作ってくれて長年使っている物だから、捨てられてしまうのは残念だけれど、こんな大きな物をクラディムまで持って帰るのは手間がかかりすぎるから、仕方がない。


 そうだ。のんびりしている場合じゃなかったわ。もう一つやっておかなければならないことがあるんだった。


 わたしは立ち上がると、一階に下りて、工房の扉を叩いた。少しして、父様が顔をのぞかせる。


「どうした」


「わたし、セゼ兄様に会いに学校に行ってくるわ。それから神殿に寄って帰還の挨拶をしてくる。母様には途中で会うかもしれないけれど、もしすれ違いになって母様が先に帰ってきたら、そう伝えておいて」


「わかった」


 父様はうなずいて扉を閉める。わたしは布地を一束持つと家を出て、道を歩き出した。


 セゼ兄様はわたしの上の兄様で、わたしより五歳年上。二年前に結婚して、今は奥さんと一歳になる娘と別の家で暮らしている。教師だから、この時間は学校にいるはず。


 しばらく歩くと、学校に着いた。授業中のようなので、大きな音を立てないように気をつけて建物の中に入り、職員室をのぞく。幸いなことにセゼ兄様は今の時間は授業がないようで、入口近くの机に座っていた。


「セゼ兄様」


 近寄って声をかけると、セゼ兄様が顔を上げた。


「シア! 帰ってきたのか」


「ええ。ついさっき家に着いたばかり」


 セゼ兄様が紫の目を少し細めた。


「それですぐに俺に会いに来たってことは、何か緊急の用事でもあるのか?」


「緊急……というほどではないのだけれど、今夜家族に大事な話をしようと思っているの。できればセゼ兄様にも聞いてほしいのだけれど、夕食の後でうちに来られる?」


 セゼ兄様は、真意を探るような目で少しの間わたしを見ていたけれど、ゆっくりとうなずいた。


「わかった。夕食の後でそっちに行く」


 わたしは感謝をこめて微笑んだ。


「ありがとう。お義姉さんたちによろしく。それじゃあ、わたしはもう行くわね」


「慌ただしいな」


「セゼ兄様は仕事中なのだし、長居して邪魔はしない方がいいでしょう?」


 他の教師たちにいい顔されないだろうし、という言葉は呑み込んでおく。でもセゼ兄様にはちゃんと伝わったようだった。


「そうだな。じゃあ、また夜に」


「ええ、夜に」


 手を振って職員室を出る。建物の出口に向かって歩きながら、視線を巡らせた。わたしが卒業した時から特に変わってはいなさそう。まあ、二年ではそう大きく変わったりはしないわよね。


 ちなみに、里の学校は、何歳で卒業、と明確に決められているわけではない。学校で教わるべきことを全て身につけたら、端的に言えば卒業試験に受かったら卒業、という仕組みになっている。


 そして、学校を卒業したら成人前でも一人前と認められて、各地を旅して回って世界の歪みの消去や瘴気の浄化を行う一族の使命を果たし始める。


 その旅の途中で、わたしは同行者に無理を言ってルリに会うためにクラディムに行って、そしてそのままそこで暮らし始めたんだった。


 思えば、あの時にはわたしはすでに、ルリへの想いのために一族の他の人たちの目や評価を気にせずに行動していたんだわ。あの頃のわたしはまだ、罪人の家族、という周囲の評価に囚われて、少しの批判もされないような完璧な言動をするよう必死になっていたのにもかかわらず。


 あの頃のわたしが自覚していたよりもわたしのルリへの想いは大きかった、ということなのかしら。

 ……そんなことを考えていたら、ルリに会いたくてたまらなくなってきた。今頃ルリは食堂で給仕中かしら。


 そうそう、初めて給仕をするルリを見た時は、愛想良くお客さんに応対している姿に驚いたんだったわ。わたしが憶えていた子どもの頃のルリは、人見知りでどちらかというと引っ込み思案だったから。


 でもそれは、この里の人たちがルリに冷たかったからで、本当のルリはもっと明るい性格なのかしら、って思ったのよね。そういう部分がクラディムでの生活で前に出てきたのかもしれない、って。

 ルリは元々、泣き虫だけれど、一しきり泣いたら割とすぐ立ち直って前向きになる子だったし。


 それで、クラディムでの暮らしがルリにとって良いものであるらしいことに、ほっとしたのよね。手紙ではわからないことも多いし。


 ルリが、わたしやレティおば様、ヨルダおじ様に心配をかけまいと強がっている可能性だってあったもの。ルリはほとんど隠し事をしない子だったから、その可能性は低いと思っていたけれど。


 ルリのことを考えていたら、いつの間にか神殿に着いていた。こんな小さな里の神殿とは思えないほど立派な石造りの建物で、窓もガラスでできている。五大神の像が設置してある祈りを捧げる場所の真上以外は色ガラスで、様々な神話の場面が描かれている。


 神殿の中に入って周囲を見回すけれど、母様の姿は見当たらないし、掃除をしている人たちもいない。母様とはやっぱりすれ違いになってしまったみたいね。


 持ってきた布地を供物台に置いて、神々の像が並ぶ廊下を進み、五大神の像の前でひざまずいて祈りを捧げる。


「世界の母たる大地の女神メアノドゥーラよ、神々の争いを鎮め世に平和をもたらせし空の女神セリエンティよ、我は御身らに感謝を捧げんがためにここに祈る者なり。天界と地上に永久なる平和と繁栄のあらんことを。トゥッカーシャ」


 決まり文句を唱えた後、心の中で、「家族との話しあいがうまく行くよう加護をお授けください」と付け加えた。



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