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第二十七章 遺族訪問(2)

 あたしもシアも、家に帰り着くまで口を開かなかった。住居部分に入って、台所でお茶を淹れる。居間でお茶を飲んでいると、シアがようやく沈黙を破った。


「本来なら……つまりわたしたち〈神々の愛し児〉だけで瘴気の浄化を行っていたら、わたしもレティおば様もヨルダおじ様も、全員死んでしまっていたかもしれない。大勢で浄化の儀式を行った結果、わたしたちは三人とも無事だった。でも三人の人が死んだわ。三人の命を護るために三人を死なせてしまった。わたしたちの選んだ道は正しかったのかしら……」


 あたしはすぐには答えられなかった。でもそのかわりのように、台所に続く入口から声が響いた。


「正しかったですよ」


 驚いてそっちを見ると、兄さんが立っていた。手に桶を持っているので、多分水くみから帰ってきて、台所の水瓶に水を補充しに来たところだったんだろう。そこでシアの言葉が耳に入って口を挟んだ、ということらしい。


 兄さんは桶を床に置くと、居間に入ってきた。


「ルチルさんが悩んじまうのも、わかります。俺がこう言えるのは、浄化の儀式で亡くなったのが家族や友人じゃなかったからなのかもしれません。けど、俺はやっぱり、大勢が参加する浄化の儀式を行って良かったと思ってます」


 シアは無言で兄さんを見上げた。兄さんは真面目な顔で続ける。


「町を護るために、ルチルさんたちと一緒に命をかけられて良かった。俺たちは俺たちの力で俺たちの町を護った、って胸を張って言えるから。あ、いや、正確には、ルチルさんやペルルさん、コーラさんの手を借りて、ですけど、それでも俺たち自身の力だったって言っても間違ってないと思ってます。これから先、この町を俺たちの……俺の町だって呼ぶ時に、誇りを感じられる。もしルチルさんたち一族の人だけに瘴気の浄化を任せていたら、俺はこの町を俺の町だって呼ぶのに引け目を感じるようになっていたと思うんです。俺はそんなのは嫌だ」


 兄さんは目元をなごませて、シアを見つめた。


「だから、俺にとっては大勢で瘴気の浄化を行う道は正しかったんです。できれば、ルチルさんにもそう思ってもらいたいです」


「そ、そうだよ、シア」


 あたしは急いで口を挟んだ。


「アレアナさんの妹さんが言ってたじゃない。あたしたちが、自分の正しさを信じなきゃいけないんだよ。あたしたち自身のためだけじゃなくて、儀式で亡くなった人たちのためにも。ううん、その人たちだけじゃない。儀式に参加してくれた人みんなのために」


「皆が、自分の貢献を誇りに思えるように……?」


「そう」


 シアは唇を噛んでしばらく考えるように沈黙していたけど、やがて息を吐いた。


「そう……そうね。それが責任ある立場を引き受けるってことなのかもしれないわね。それなら、努力してみるわ」


「それは良かった」


 言ってから、兄さんは、空気を明るくするように、にかっと笑った。


「でも、ルチルさんもやっぱり迷ったり悩んだりするんですね。そういうとこ見ると、ほんとにリューリアと同じ年なんだな、って思えて、新鮮です。ルチルさんはいつも大人びてるから」


 シアは少し赤くなった。


「情けないところをお見せして……恥ずかしいです」


「そんなの気にすることないよ。シアは、あたしにもあたしの家族にも遠慮したり上辺を取り繕ったりする必要ないんだよ。だって……その、えっと、み、身内みたいなものでしょう?」


 あたしは熱くなる頬を押さえてうつむきながら、「気が早い話だけど……」と付け加えた。


「身内?」


 不思議そうな兄さんの声が聞こえる。そして、「へあっ!」と驚いたような声が上がった。


「もしかしてリューリア、おまえ、ルチルさんと結婚するのか!?」


 あたしは慌てて顔を上げた。


「ち、違うよ。結婚とか、まだ先の話だから!」


「まだ先……ってことは、いずれはするってことか」


「いや、えっと、その」


 あたしはちらっとシアを見た。


「で、できたらいいなあ、とは、思って、る」


「ルチルさんもですか?」


「そうですね。そうできたら幸せだろうと思います」


「そうですか。そうか。そうかあ」兄さんは感慨深そうな顔になった。「リューリアも、もう結婚を考える相手ができる年なんだよなあ。それもそうか。成人したんだもんな」


 シアの隣からあたしの隣に移動してきた兄さんは、あたしの背中をばしっと叩いた。


「それにしても、想いが実って良かったなあ、リューリア。おまえ、ルチルさんがクラディムに来てから、ずっとルチルさんのこと意識してたんだろ?」


「兄さん、気づいてたの?」


「そりゃあな。おまえわかりやすいし、それに店閉めた後食堂でいちゃついてたこともあっただろ。あの時にはもう恋人になってたのか?」


「あ、ううん。恋人になったのは儀式の前日だよ」


「そうなのか。あ、じゃあもしかしてセイーリンやラピスもまだ知らねえのか?」


「うん、まだ言ってない」


「じゃああいつらにも教えてやらねえとな。きっと喜ぶぞ」


「あ、ちょっと、兄さん」


 止める前に、兄さんはいそいそと居間を出ていってしまった。あたしはため息をついてシアの方を見た。


「ごめんね、シア。兄さんが騒いじゃって」


「気にすることないわ。祝福してもらえるのは嬉しいもの」


 シアは微笑んで立ち上がった。


「それより、セイーリンさんのお手伝いに行きましょうか。せっかく手が空いてるんだし」


「そうだね。最近すっかり義姉さんに仕事任せっきりだから、できる時はちゃんとやらないと」


 洗濯がどのくらい終わっているか確認しようと庭に出ると、兄さんとラピスと話していた義姉さんが声をかけてきた。


「聞いたわよ。リューリア、ルチルさん、恋人になったんですって? おめでとう」


「あ、ありがとう」


「ありがとうございます」


 ちらっとシアを窺うと、シアは本物の笑顔を浮かべている。祝福されるのが嬉しいってのは、本当みたいだ。


「あ! おーい、親父! ちょうど良かった。ちょっとこっち来いよ!」


 兄さんが出入口の方を見て手を振る。丸めた服を手に持った父さんが、こっちに向かってきた。あたしたちの傍で立ち止まって、兄さんに顔を向ける。


「めでたい知らせがあるんだ。リューリアとルチルさんが恋人になったんだってよ」


 父さんは少し驚いた顔になった。


「何だ。てことは、まだ恋人じゃなかったのか? 俺はてっきりもうでき上がってるもんだと……だからリューリアはルチルさんを救うためにあんな必死になるんだと思ってたぞ」


「シア……ルチルを助けるためにがんばったのは、シアが好きな人だからってだけじゃないよ。それもあるけど、そうでなくても、大切な人だもん」


「そうなのか……。まあ、両想いになれて良かったな、リューリア」


「うん。ありがと、父さん」


「ルチルさんなら安心してリューリアのこと任せられるし、親父も一安心だろ?」


「そうね。ルチルさんならきっとリューリアのこと大事にしてくれるだろうし」


 兄さんと義姉さんの言葉に、あたしはちょっと眉を吊り上げた。


「もう、二人とも。あんまり大事にしないでよ。まだ恋人になったってだけで、結婚するとかそういうわけじゃないんだから」


 最初に、身内みたいなものとか結婚をにおわせること言ってしまったのはあたしだけど、結婚するの前提みたいに考えられたら困る。シアに変な責任感感じたりしてほしくないし。


「でも、リューリアもルチルさんも結婚したいと思ってるんだろ?」


「そうだけど、したいからってできるとは限らないでしょ。シア……ルチルの一族……家族のこととかあるし……」


 兄さんと義姉さんが首を傾げて、父さんが眉をひそめる。


「何か問題があるのか?」


「ルチルさんのご家族に反対されそうなの?」


「まあ……色々とね。事情があるんだよ」


 あたしは言葉を濁した。シアの一族のことをどこまで話していいのかわからないし。


「そうなのか。家族に反対されるってなると、確かにそう簡単に結婚はできないよなあ」


「あたしたちに何か手助けできることはある?」


「うーん、特にないかな。あまり騒がないで、そっと見守っててくれると嬉しい。これはあたしとシア……ルチルの問題だから」


「わかったわ。余計な口出しはしないようにする。でも相談したくなったり話を聞いてほしくなったら、遠慮なく言ってね。リューリアだけじゃなく、ルチルさんも」


「うん」


「はい、ありがとうございます」


 あたしとシアがうなずいたところで、ラピスが声を上げた。


「なー、コイビトって何? ルチルさんとリューリア姉ちゃんがコイビトになると何でおめでたいの?」


 ラピスの問いに義姉さんが答える。


「恋人っていうのはね、お互いが大好きで、ずっと一緒にいたい、できればいずれ結婚して家族になりたい、って思ってる関係のことよ。自分の大好きな人が同じように思ってくれるとは限らないから、両想い……二人とも同じ気持ちだってわかって恋人になれることは、とっても嬉しいことだしおめでたいことなの」


「そっかあ」


 納得した顔になったラピスは、ちょっと考えてからまた口を開いた。


「ルチルさんとリューリア姉ちゃんが家族になったら、俺とルチルさんも家族ってこと?」


「そうなるかしらね」


 ラピスは、ぱっと顔を輝かせた。


「俺、それがいい! ルチルさんと家族になりたい!」


 ラピスはシアの傍に来て、シアの手をつかんだ。


「ルチルさん、リューリア姉ちゃんと結婚してよ!」


「こら、ラピス」あたしは慌ててラピスをたしなめた。「今言ったでしょ。色々事情があって、結婚できるとは限らないの。シア……ルチルを困らせないで」


「えー、だってー」


 ラピスが唇を尖らせる。シアがしゃがみ込んで、ラピスと視線を合わせた。


「あのね、ラピスくん。わたしも、ルリ……リューリアやラピスくんたちと家族になれたら、とっても嬉しいわ。ただ……わたしにはまだその道を選ぶ覚悟ができていないの。自分がどうしたいのか、どうするのが自分にとって一番いいのか、その答えを出すまでにまだ時間がかかりそうなの。だから、わたしに時間をくれない?」


「それって、待ってろってこと?」


「ええ」


「……待ってたら、ルチルさん俺の家族になってくれる?」


「必ずなるって約束はできないわ。ごめんなさい。でも、なりたいと心から思ってるのは本当よ」


「むー……」


 まだ不満気なラピスの頭を、義姉さんが小突いた。


「その辺にしときなさい、ラピス。大人は色々と難しいのよ。あんたも大きくなればわかるわ」


「そうだぜ、ラピス。大好きで家族になりたいからって、相手が待ってくれって言ってるのも聞かず自分の気持ちを押しつけるようじゃ、将来好きな子に振られちまうぞ」


「そうよ。あんた、自分はもう子どもじゃないんだ、って主張するじゃない。それが本当なら、ここは引きなさい」


「そうそう。大人ないい男になりたきゃ、そうするべきだぞ」


「ちぇー……わかったよ……」


 ラピスはしぶしぶシアの手を離した。シアが微笑んでラピスの頭をなでる。


「わかってくれてありがとう、ラピスくん」


「うん……」


 まだ未練がましくシアを見ていたラピスが、何かを思いついたような顔になる。


「ルチルさん、俺待つから、だから仕事が終わったら一緒に魔術の訓練してくれる?」


「ふふ、いいわよ」


「やったあ!」


 万歳したラピスが、今度は兄さんの手を引っ張る。


「父ちゃん、早く馬の世話終わらせちゃおう!」


「待て待て、ラピス。まだ水運びが終わってねえんだよ」


「えー、早く終わらせてよー」


「わかったわかった」


 ラピスに急かされるまま、兄さんは建物の中に戻っていく。


 父さんは、まだ眉をひそめていたけど、諦めたような息を一つ吐いてから、思い出したように、手に持っていた服を義姉さんに差し出した。


「セイーリン。これの洗濯を頼む」


「構いませんけど、どうしたんです?」


「貯蔵庫でカルッカの酢漬けが入った壺を引っくり返しちまってな」


「あらま。掃除の手伝いいります?」


「いや、掃除はもう終わった」


 父さんは、汚れた服を洗濯に出しに、庭に出てきたようだ。すぐ洗った方が、汚れが落ちやすいからね。


 義姉さんに服を手渡して建物の中に戻っていく父さんを見送って、あたしは義姉さんに顔を向けた。


「義姉さん、洗濯物あとどのくらい残ってる? あたしとシアもやるよ」


「気持ちはありがたいけど、もうこれで最後なのよ。洗うのは引き続きあたしがやるから、リューリアとルチルさんは洗い終わったシーツなんかを干してくれる?」


「了解」


 シアと協力してシーツやタオルを干していく。全部干し終えて、ふう、と一息ついた。


 庭を見渡せば、義姉さんはまだ洗濯をしていて、ラピスは水運びが終わった兄さんと厩に向かっている。父さんは貯蔵庫か厨房だろう。


 何の変哲もない、いつもの日常だ。瘴気の浄化だとか、命がけの儀式だとか、そんなことで頭を悩ませなくていい日々が戻ってきた。たくさんの人の協力を得て、あたし自身の力で取り戻した。


 そして隣にはシアがいる。

 今のあたしには、それだけで充分だった。未来のことはわからないけど、今は幸せ。それでいい。これが、自分で手に入れたものだから。


 そんな日々を積み重ねていった先に、幸せな未来が待っていると信じているから。


 だから笑顔で過ごそう。命を落とした人の分まで、いっぱい笑って、胸を張って生きよう。


 あたしは微笑んで、シアに声をかけた。


「シア、洗濯終わった分から中に運んじゃおう」


 一緒に、半分ずつ。



お読みくださりありがとうございます。「いいね」やブクマ、評価、感想など頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。

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