第二十四章 儀式の準備と成人祝い(4)
「どうぞ」
声をかけると、扉を開けたのはシアだった。
「ルリ、ちょっといい?」
「あ、うん。眠れなくてどうしようかと思ってたところだったから、平気だよ。入って入って」
あたしはシアを招き入れて、二人で並んで寝台に座った。一人じゃなくなったことに、ほっとする。
「それで、どうしたの? こんな時間に」
「まだ誕生日と成人の贈り物を渡していなかったでしょう?」
あたしの目は自然とシアの膝の上にある布包みに向いていた。箱のような形をしている。両手で包んでも余るくらいの大きさがある。
シアがその包みを持ち上げて、あたしの方に差し出した。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
包みを開けると、出てきたのはやっぱり箱だった。それと上質な手触りの紙の束。
平たい長方形の箱は前と後ろの面に丸いガラスがはめ込まれていて、片方のガラスをのぞくと、箱の向こう側が見えるようになっている。箱の右側の面には魔法陣が描かれている。
「これ、魔道具だよね? 何に使うの?」
「これはね、記録の魔道具よ。ガラス越しに見える光景をそのまま紙に焼きつけることができるの。すごく精密な絵を生み出すと思ってもらえばいいかしら。使い方を見せるわね」
シアはあたしの手から箱を取ると、立ち上がって少し離れ、あたしの方にガラスのついている面を向けた。自分の方にあるガラスをのぞいて、場所を調整しているようだ。
「こうして、記録に残したい物にガラスを向けて、魔法陣に地属性の魔力を流すの。反発があるまで流し続けて。――できたわ」
シアが箱の上を開けて、中から紙を取り出す。紙には、寝台に座る若い女性の姿が描かれていた。あたしはまじまじとその絵を見つめた。
「これ、あたしだよね? すごい。本当に精密な絵だ」
細部まで描き込まれているだけでなく、色もあざやかで、今にも動き出しそうに見える。
「写真、と呼ばれているわ。――もう一つの贈り物はこれよ」
シアが記録の魔道具と一緒に布包みに入っていた紙束を取り上げて、下二枚の紙を抜き取った。手渡されたそれを見ると、一枚目には寄り添って立つレティ母様とヨルダ父様が、二枚目にはシアが描かれている。どちらも、あたしが子どもの頃暮らしていたレティ母様とヨルダ父様の家の前で記録された物みたいだ。
「この写真があれば、レティおば様やヨルダおじ様、わたしが傍にいなくても、顔が見られて、傍にいるみたいな気分になれるでしょう?」
「うん! これ、最高の贈り物だよ」
あたしは二枚の写真を胸元に抱きしめた。
「こんなに便利な物があるんだったら、あたしがクラディムに帰ってくる時に、レティ母様たちは何で自分たちの写真くれなかったんだろう」
「あの時はまだなかったのよ。この記録の魔道具の作り方は、ルリがクラディムに帰ってから一年くらい経ってわたしたちの里に入ってきたの」
「そうなんだ。それで今回あたしのために写真を作ってきてくれたの?」
「ええ。それと、ルリが自分の好きな物を撮れるように、記録の魔道具自体もあった方がいいと思って」
「そうなんだ。何撮ろうかなー。――ね、練習してみてもいい? シア、寝台に座って」
あたしは寝台の上に置かれていた記録の魔道具を取り上げて、中に紙を一枚入れた。箱の底には側面とはちょっと異なるっぽい魔法陣が描かれている。魔法陣を習い始めてそんなに経ってないあたしにはよくわからないものだけど、いつかはわかるようになりたいな。
箱を閉じると、記録の魔道具を寝台に座ったシアに向けた。シアが髪をなでつけて、服装を整える。
「えーと、ガラス越しに見える光景が紙に焼きつくんだよね」
ガラスをのぞき込みながら魔道具を上下左右に動かして、ちょうどいい場所を探す。
「ここでいいかな。地属性魔力だったよね」
魔法陣に手を触れて少しの間魔力を流すと、やがて反発するような感覚があった。これで記録できているはずだ。
「どれどれ?」
魔道具を開けて紙を取り出す。そこには、今目の前にいるシアがそっくりそのまま描かれていた。
「わー、すごい! 本当に撮れたー!」
シアは立ち上がって、あたしの手にある写真をのぞき込んだ。
「初めてなのにうまいわ。よく撮れてる」
「えへへ、ありがと」
あたしはシアがくれた二枚の写真と今撮ったばかりの写真を寝台脇の小箪笥の引き出しにしまい込んだ。記録の魔道具はかさばるので、机の上に置く。
「ありがと、シア。魔道具も写真も、大事にするね」
「そうしてくれると嬉しいわ」
シアは微笑んで寝台に座り直す。あたしも隣に座った。
シアと二人っきりで、する仕事も何もないとか、久々だな。ちょっと緊張する。
あたしが頭の中で話題を探していると、シアが口を開いた。
「ルリ……緊張している?」
「え?」
み、見抜かれた?
「明日の、儀式のこと。平気?」
あ、何だ。そっちか。
「平気じゃないよ。色々考えちゃって、シアが来る前もそれで眠れなくなってたの」
「そう……」
「シアは? 緊張してる?」
「わたしは……」
シアはためらうように一度言葉を切った、下唇をぎゅっと噛みしめて、思いつめたような顔をして、それからもう一度話し出す。
「わたし……怖いの。情けないわよね。覚悟を決めたつもりだったのに……でも、いざとなったら、どうしても怖くて、怖くて……一人じゃいられなかったの」
「……シアが怖いのは、自分が死ぬかもしれないこと? それとも、人が死ぬかもしれないこと?」
あたしは慎重に訊いた。
「人が死ぬかもしれないこと……いいえ、人を死なせるかもしれないことよ」
シアは大きく息を吐き出した。
「ルリがわたしを死なせないために一生懸命努力してくれたことには、本当に感謝しているの。でもその結果、一般人を大勢命の危険にさらすことになった。ルリにはこういう考えは他の人たちへの侮辱だって言われたけれど、きっとそのとおりなんだろうと思うけれど、それでもやっぱり、儀式に参加する人たちが死んでしまったらわたしのせいだって、そういう考えが頭から消えないの……」
シアは、溜め込んだものを吐き出すように言う。
「わたしのせいで誰かが死ぬことが、本当に怖くて怖くて……しょうがないの。ルリには怒られるだろうけれど、わたしたち〈神々の愛し児〉だけで儀式を行って死ぬ方がずっとましだって……そう思ってしまうくらい」
あたしはそっとシアの手を握った。シアがこっちを見る。その瞳には、はっきりと恐怖の色が浮かんでいる。無防備で、どこか幼くも見える。こんなシアを見るのは初めてだ。シアは子どもの頃から、いっつもあたしを護ろうとして強くいてくれたから。
不謹慎かもしれないけど、あたしは、恐怖で今にも崩れてしまいそうなシアの表情が嬉しかった。だって、外見を取り繕うのがうまいシアがそんな表情を見せるくらい、あたしに心を開いてくれてる、ってことだから。
「あのね。怖いのはあたしも同じだよ」
「ルリ……も?」
「だって、明日誰かが死んじゃったら、それはシアよりあたしの責任が大きいもん。あたしがクラディムにいたせいで、この町の傍に発生した瘴気をシアとレティ母様とヨルダ父様が浄化することになって、命をかけてる。それに、あたしが大勢での浄化の儀式を行いたいなんて言わなければ、町の人たちが……兄さんやティスタが命をかけることもなかった。だから、あたしの責任」
言葉にすると、その事実が一層身にしみて、体が小さく震え出した。シアが気づかうようにこっちを見ている。シアが何か言う前に、あたしはぐっと歯を噛みしめて、次の言葉を押し出した。
「シアは……できるなら、今からでも大勢で行う浄化の儀式を中止にしてほしいって思う?」
シアが驚いたように目を見開いた。
「中止にして……くれるの?」
「もしもの話。中止にできるなら、してほしい?」
シアは戸惑うようにあたしを見つめてから、こくりとうなずいた。
「してほしいわ」
「やっぱりそうだよね。シアは、自分だけが――正確には、一族の人間だけが、か――自分たちだけが命をかける方がいいんだよね。自分が死ぬ覚悟はできてる。そうだよね?」
「……そうよ」
話がどこに向かっているのかわからない、と言いたげな様子で、シアはうなずく。
「じゃあ、その覚悟を半分あたしに分けて」
「え?」
シアがぱちぱちと瞬きをする。
「自分が死んでも世界を護りたいし大切な人を護りたい、って気持ちは、あたしにもわかる。だから、あたしにもシアと同じように、大切なもののために死ぬ覚悟を背負わせて」
あたしは、シアが反応を返すより先に、言葉を続けた。
「そして、あたしの覚悟も半分背負って。誰かを死なせるのは怖い。それでもあたしは大勢での儀式を行いたい。その、誰かを死なせる覚悟をシアも背負って。……だってあたしは、シアたち〈神々の愛し児〉だけが瘴気の浄化を行っても、大勢で浄化を行っても、どっちにしてもあたしのせいで人が死んでしまったって事実を背負っていかなきゃいけないんだよ。その重荷を、半分持ってほしいの」
シアが、はっとしたような顔になる。
「あたしのこと好きだって言ったでしょ? 愛してるって言ったでしょ? だったら、一人で全部背負うんじゃなくて、あたしに全部背負わせるんじゃなくて、半分ずつにして。死ぬ怖さも、誰かを死なせる怖さも……誰かを死なせてしまったら、その責任も。全部、あたしと一緒に背負って」
シアがじっとあたしを見つめている。紫の瞳はどこまでも深い。その深淵をのぞき込むようにしながら、あたしは緊張でからからになった口の中を湿すために唾をごくりと呑み込んで、また口を開いた。
「あたしはシアとそういう関係になりたいの。それが、一緒に生きるってことだと思うから。あたしは……あたしはシアと一緒に生きていきたい。シアが好きだから。シアと恋人になりたい。できればいつかは伴侶にもなりたい。その未来のために、一緒に恐怖と戦って」
口を閉じると、沈黙が部屋に満ちる。シアは長い間、黙ってあたしを見つめていた。それからぽつりとつぶやく。
「一緒に、生きる、覚悟……」
嚙みしめるようにつぶやかれた言葉に、あたしは少し首を傾げた。
「わたしは……死ぬ覚悟はできていたわ。ジド兄様のことがあってから、いつか里のため、一族のため、使命のために命を投げ出そう、って思っていた。それが罪人の家族としてわたしにできるせめてもの償いだって。でも……ルリはわたしに、死ぬ覚悟じゃなく生きる覚悟をしろって言うのね」
「えっと、そうなるかな」
「そうなるわ。それも、ただ生きるだけじゃなくて、自分自身のために心のままに生きる覚悟よ。一族の掟に囚われずに生きる覚悟」
「え……あたし、そんなこと言ってる?」
「ええ。だってルリは、わたしと恋人や伴侶になりたいんでしょう?」
「う、うん」
改めて問いかけられると、照れるよー。頬を熱くしながらうなずくあたしと違って、シアの顔は真剣そのものだ。
「あなたと伴侶になるってことは、わたしが子どもを産まない選択をするってことだわ。その選択がわたしの一族にどう思われるかは、あなたもレティおば様とヨルダおじ様のことでわかっているでしょう?」
「あ、そっか……」
そういえばそうだ。子どもを作れない相手と結婚することは、シアの一族では非難の対象になるんだった。
「……じゃあ、シアは、あたしとは結婚したくない?」
おそるおそる尋ねる。シアの答えを聞くのが怖くて、心臓がぎゅっと縮こまる。
シアは考えるような顔で、ゆっくりと答える。
「したいかしたくないかと言われれば、したいわ。でも……あなたと結婚して一緒に生きるって未来は、わたしにとって、あまりに実感がないものなの。そういう未来を想像すると、かなわない夢を見ているような気持ちになる。……わたしは長い間、いずれは両親か里長様が決めたとおりに男の人と結婚して子どもを産むんだ、って考えながら生きてきたから。そうやって、自分の想いを殺して一族の決まりに従って生きるのが当然だと思ってきたから」
シアは自嘲気味に笑った。
「そう。わたしは、心を殺して生きる覚悟をずっとしてきたのよ。死ぬ覚悟はできていても生きる覚悟はできていない、って、言い得て妙だわ」
でも、とシアはあたしを見つめて微笑んだ。
「ルリは、わたしは生きたいように生きていいんだって言ってくれた。わたしが幸せになれるよう護るって言ってくれた。……すごく嬉しかった」
「そ、そういえばそんなこと言ったっけ、あたし」
もう一週間半くらい前か。シアと、自分の人生を生きるってことについて話していて、衝動のままに叫んじゃった言葉だ。嘘じゃないけど、心からそう思ってるけど、改めて考えると求婚の言葉みたいで、恥ずかしい。
「もしも生きたいように生きることが許されるなら、自分の幸せを最優先に考えていいのなら……わたしも、ルリと生きたい。あなたとずっとずっと一緒にいたい」
「ほ、本当!?」
「ええ」
「……一族の人たちから非難されても、あたしを選んでくれる、ってこと?」
あたしの問いにシアの表情が陰った。
「……正直に言うと、そこまでの覚悟はまだできていないわ。一族の皆に……家族に非難されても平気だとは言えないし、一族を捨てる覚悟もできていない。だけどそれでもあなたが好きだし、恋人になりたい。……だめ?」
「だ、だめじゃない」
未来のことなんか誰にもわからないんだ。シアはやっぱり一族を選んであたしと別れるかもしれないし、そうでなくてもつきあってみたら合わなかったってこともあるかもしれない。だけどそれでも、シアとの可能性を、未来を追い求めたい。シアがあたしを選んでくれる可能性に賭けてみたい。
「あたし、シアのこといっぱいいっぱい幸せにするからね。シアがあたしとの未来を選んでくれるように努力するから。だからシアも約束して。これからは心を殺したりしないで。もしもやっぱり一族の決まりに従う方を選ぶっていうなら、それはその方がより幸せになれるからって理由で選んで」
一族を裏切ってしまったって罪悪感に苛まれながら好きな人と生きるよりも、好きでもない人と結婚することになっても一族の決まりに従って生きる方が幸せだ、ってことはあるだろう。もしシアがそうだっていうなら、まだ諦めがつく。シアの幸せのためだって思えば、つらくても別れを受け入れられると思う。
だけど、シアが義務感や罪悪感だけで幸せになれない選択をするのなら、それは絶対に許せないから。
シアが大事だから、誰よりも大好きだから、絶対に幸せになってほしいんだ。そうでなければ、きっとあたしも心から幸せにはなれないから。
「あたしはあたしの幸せのためにシアに幸せになってほしい。だからシアも、自分の幸せを蔑ろにしたりしないで。自分が幸せになれる道を選んで」
シアは少し間を置いてからうなずいた。
「わかった。約束するわ」
あたしは右手の人差し指と親指をシアに向かって突き出した。シアも同じようにして、人差し指どうしと親指どうしをくっつける。
「誓約の男神ヤクシーンに誓って」
シアが唱える。あたしも同じ言葉を唱えた。
指をくっつけたまま、シアが、ふふ、と笑った。
「どうしたの?」
「ルリと恋人になったんだなあ、って思ったら、何だか嬉しくなっちゃって」
微笑むシアの頬はほんのりと染まっている。すごく綺麗で、目が離せない。
シアをあたしのものにしたい、って気持ちがむくむくとわき上がってくる。シアがあたしのものだって確かめたい、の方が正確かもしれないけど。
「シ、シア、あのさ……」
「何?」
「……口づけ、しても、いい……?」
顔が沸騰するみたいに熱くなる。だけど、あたしはシアから視線をそらさなかった。あたしが本気だってことを伝えたい。
シアは目を丸くした。ふぁさふぁさと音がしそうなほど長い睫毛が何度か上下に動く。
それから、シアの頬がさっと一際赤くなった。シアが目を伏せて、睫毛が頬に影を落とす。その全てが色っぽくて、尚更シアが欲しくなる。
「……ルリはやっぱりずるいわ……」
「え、な、何で?」
「だって、そんな真正面から言われたら、どんな反応したらいいのかわからなくなっちゃうもの」
シアは真っ赤な顔を両手で包むようにした。
「シ、シアだってあたしの頬とか額に口づけしたじゃない。あの時、あたしだってどうしたらいいかわからなかったんだからね」
「あれは……ちょっと気持ちが抑えきれなくて……」
「い、今のあたしだってそうだよ。シアと本当に恋人になれたんだって、確かめたいの。……だめ?」
シアが伏せていた目を上げて、上目づかいにこっちを見る。シアの方が背が高いから、そんなしぐさを見るのは再会してから初めてだ。殺人的にかわいい……。
「だめじゃない、わ……。ルリに口づけしてほしい。ううん、ルリと口づけしたい」
あたしの心臓が大きく跳ねた。震える手を伸ばして、シアの両頬を包む。シアも両手であたしの顔を包んだ。
引き寄せあうように顔と顔が近づく。鼓動が速くなりすぎて、胸が痛い。でもその痛みさえも心地いい。
吐息が混じりあう距離まで近づいて、シアの瞳が瞼の後ろに隠れる。あたしも目を閉じて、残りの距離をつめた。
唇にやわらかな感触が触れる。全身が燃えるように熱くなって、体の中で何かが爆発したみたいに感じた。これはきっと、歓喜って言うんだと思う。
夢じゃない。あたし、今、シアと口づけしているんだ。
体全体を満たす熱に頭がくらくらして、シアの唇から離れてしまう。それがもったいなくて、もう一度口づけた。
やっぱりやわらかい。こんなやわらかい物、今まで触れたことないと思う。
シアが角度を調整するみたいに顔を動かした。唇と唇がこすれあって、その気持ち良さに、思わず「ん」と声をもらしてしまう。それが恥ずかしくて、唇を離して、うつむいた。
シアがほうっと息を吐き出す。その吐息が甘く聞こえて、胸の高鳴りが治まらない。
胸元を押さえてどうにか落ち着こうとしていると、しなやかな腕に抱き寄せられた。甘いにおいに包まれる。
「シ、シア?」
「わたし、今がこれまでの人生で一番幸せだわ……」
シアはあたしのことずるいって言うけど、あたしに言わせればシアの方がずるい。だってこんな殺し文句さらっと言っちゃうんだもん。いや、さらっとじゃないのかもしれないけど、でもやっぱりずるい。けど嬉しい。
「うん。あたしも」
あたしはシアを抱きしめ返した。
しばらく無言で抱きあっていたけど、やがてシアが口を開いた。
「もう寝なくちゃいけないわね。明日は朝から大仕事が待っているんだし」
「うん、そうだね……」
でも、シアと離れたくないなあ。
まるであたしの心を読んだみたいに、シアは続けた。
「ね、ルリ。わたし、今夜はここで眠ってもいい? あなたと離れたくないの」
あたしは、ばっと顔を上げた。
「う、うん! もちろんいいよ!」
「良かった」
シアが微笑む。シアもあたしと同じように感じてくれているのが嬉しくて、あたしもふにゃりと表情を崩した。
シアが服を脱いで肌着姿になる。シアってやっぱり均整の取れた体をしているよね。全体的に細いけど、折れそうって感じじゃなくて、しなやかな強さを感じる。綺麗。
脱いだ服をたたんで椅子の上に乗せたシアが、振り返って少し恥ずかしそうな顔をした。
「あんまり見ないで。寝巻がないから、見られると恥ずかしいわ」
「あ、ご、ごめん」
お風呂屋とか、お師匠の家に泊まっていた間とか、同じ部屋で普通に着替えたり裸になったりしていたから、その辺ちょっと麻痺していた。でも確かに、あたしも肌着姿のところをシアにまじまじと見られたら、恥ずかしい。
シアが寝台に戻ってきて、上掛けをかぶる。あたしも上掛けの下に潜り込んだ。少し迷ったけど、思いきって距離をつめて、シアの体に腕を回す。
「こうしててもいい?」
シアは、ふふ、と笑った。
「もちろんよ」
シアもあたしの体を抱きしめるように腕をからませてくる。部屋の空気は冷やしてあるから、ぴったりくっついていても暑くはない。
あー、幸せだなあ。シアと抱きあって眠れるなんて、これ以上の幸せは今はちょっと想像できない。いずれは、もっと色々したいことあるけど。
手燭の蝋燭を消すと、部屋が真っ暗になる。自分とシアの息づかいだけが聞こえる。その音に耳を澄ましていると、シアがささやくように言った。
「……もし、明日わたしが死んでしまっても、わたしがすごく幸せだったってことを、憶えていて」
あたしはすぐには反応を返せなかった。そんな話縁起が悪いからやめようよ、って言ってしまうのは簡単だけど、シアだってそんなことはわかっていて、それでも言わずにいられなかったんじゃないかって思うから。
しばらく考えても返す言葉が見つからなくて、あたしはシアを抱きしめる腕に力をこめた。シアもそれ以上何も言わずに抱き返してくる。
偉大なる神々よ。どうかシアを死なせないでください。そして、できたらあたしのことも護ってくれると嬉しいです。シアと一緒にやりたいことがたくさんあるんです。おばあちゃんになるまでシアと一緒にいたいんです。でも、それが無理なら、せめてシアの命だけはお救いください。
あたしは心の中で何度も何度も祈りを捧げた。そうしているうちに、いつの間にか眠ってしまった。
お読みくださりありがとうございます。「いいね」やブクマ、評価、感想など頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。




