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第二十四章 儀式の準備と成人祝い(3)

「それでは、大分遅れたけど、リューリア、誕生日と成人おめでとうな! 乾杯!」


「おめでとう、リューリア」


「おめでとー、リューリア姉ちゃん!」


「成人おめでとうよ、リューリア」


 兄さん、義姉さん、ラピス、父さんが、それぞれのコップを掲げながらお祝いの言葉をくれる。


 時間は早い夕方。居間のテーブルの上には、兄さんと父さんが腕によりをかけた料理が幾皿も並んでいる。ペダック豚と根菜の煮込み汁、カラッカ鶏のほろほろ煮、ウォイショイ魚の姿焼き、ティオーラ牛の肉団子入りピリ辛細麺。どれもあたしの好物ばかりだ。


 成人してお酒解禁、ということで、飲み物はお酒だ。ラピスと妊娠中の義姉さんはジュースだけど。


「ありがとう、みんな」


 あたしはそう言ってから、コップの中のお酒を飲み干した。


「あ、甘くておいしい」


「だろ? 飲みやすいって若い女の子に人気がある酒だぜ。軽めだから、特に初心者にお薦めなんだ」


 あたしのとは違う酒を飲みながら、兄さんが説明してくれる。


「それにしても、リューリアがもう成人か。六年って早いわねえ。ラピスにも思うことだけど、あっという間に大きくなっちゃうものよね」


 義姉さんがしみじみと言う。


「そうだな。この調子じゃあ、ラピスが成人して一緒に酒飲めるようになるのも、あっという間かもな」


「成人したラピスかあ。ちょっと想像できないなあ」


 その時あたしは二十六だ。もう家を出て自分の家庭を持っているだろうか。その場合、伴侶は一体誰なんだろう。……シアだったら、すっごく嬉しいんだけどな。


 あたしが妄想していると、ラピスが首を傾げた。


「なあ、父ちゃん、お酒っておいしいのか?」


「うーん、子どもにはそうでもないかもな。あ、そういやあ、昔リューリアが間違って酒飲んじまったことあったよな。うちに帰ってきてからまだそんなに経ってない頃」


「あー、あったわね。お義父さんのコップと間違えちゃったのよね。それで一気に飲み干したものだから、真っ赤になってふらふらしちゃって」


「そうそう。それで親父がしばらく酒を飲まなくなったんだよな」


「そういえばあったねえ、そんなこと。あの時のお酒は苦くておいしくなかったなあ」


「まあ、子どもには酒のうまさはわかんねえよ。これから酒に慣れてけば、あの時の酒のうまさもわかるようになるんじゃねえか」


 そんなお喋りをしながら、食事を平らげる。他にも色々な思い出話が出てきて、懐かしい。


 食事を終えて汚れた食器を片づけると、義姉さんが布包みを取り出してきた。結構大きい。


「はい、リューリア。あたしとフュリド、お義父さんからの成人祝いよ」


「ありがとう」


 受け取ったあたしは、さっそく包みを開ける。出てきたのは、見るからに高級そうなブラウスとスカートだった。あたしが今持っている一番上等な一式より更に質がいい。ブラウスは白地に小花柄、スカートは落ち着いた色あいの青で、どちらも大人っぽいデザインだ。上品だけど華もあって、固い集まりはもちろん祝いの場なんかにも着ていけそう。


「わ、すてき。でもいいの? これ高かったでしょう」


「いいんだよ。成人祝いなんだから、奮発しなきゃな」


「気に入ってくれた?」


「うん、すっごく。ありがとう、義姉さん。義姉さんが選んでくれたんでしょ?」


「おいおい、何で俺や親父が選んだって可能性を頭っから排除してるんだよ?」


「えー、だって兄さんや父さんがこんなすてきな服選べるとは思えないもん。店員さんに薦められるまま買ったっていうなら、話は別だけど」


「ちぇっ、生意気言いやがって」


 兄さんがピンとあたしの額をはじく。あたしは兄さんの指から逃げて笑った。


「言い返してこないってことは図星でしょ?」


「そうだよ。悪かったな。俺はおまえに似合う物選べるほど女物の服に詳しくねえよ」


「男物の服にも詳しくないじゃない。布地選びもデザイン決めも、いっつも義姉さんに任せきってるくせに」


「いーんだよ。俺に似合う物はセイーリンが一番知ってんだから。それに」兄さんはにやっと笑った。「一番かっこ良く見せたい相手に決めてもらうのが、合理的ってもんだろ?」


「まーた兄さんののろけが始まった」


 あたしは大げさに呆れ顔を作って、テーブルの真ん中に置いてある皿に手を伸ばし、お酒のつまみの塩気を効かせてある木の実を口に放り込んだ。


「妻への愛情表現は、円満な家庭生活に欠かせねえんだぞ。おまえも憶えとけよ。将来必要になるだろ」


「はいはい。精々参考にさせていただきますよー」


 冗談めかして言うけど、結構本気だ。あたしも結婚したら、義姉さんと兄さんみたいな、あるいはレティ母様とヨルダ父様みたいな関係を配偶者と築きたい。仲が良くて、お互いを尊重しあって、支えあえる。そんな関係が理想だ。


 そんなことを考えていると、あたしの頭の中であたしの隣に立っている人物の声が聞こえてきた。


「すみません。お邪魔してもいいですか?」


 声は、宿屋に通じている通路の方から聞こえてくる。あたしは急いで立ち上がって、居間を出た。


「シア?」


「ルリ、ただいま」


「おかえり。瘴気はどうだった? 何も危ないことなかった?」


「ええ。大丈夫よ。結界の張り直しも儀式の準備も滞りなく済んだわ。それより、薬作り終わったんですってね」


「あ、うん。誰に聞いたの?」


「イァルナさんの家に寄ったのよ。薬作りに戻るつもりで。そうしたら、薬はもう全部作り終えてルリとラピスくんは家に帰った、って言われたの。それでわたしもこっちに戻ってきたのよ」


「そっか。あ、今あたしの成人祝いしてるところなんだ。料理はもうなくなっちゃったんだけど、お酒とつまみならあるよ。シアも来ない?」


「お誘いはありがたいけれど、遠慮しておくわ。これからお風呂屋に行くつもりだし、それにわたしまだお酒飲めないもの」


「え、あ、そっか。シアまだ十五だもんね」


 シアの誕生日は二ヶ月後。実はあたしの方が年上なんだよね。たった二ヶ月だけど。


「そうよ。だから――」


「ルチルさーん!」


 シアの言葉を遮って、あたしの後ろから駆けてきたラピスがシアに飛びついた。


「おかえり、ルチルさん!」


「ただいま、ラピスくん」


「今な、リューリア姉ちゃんの成人祝いしてるんだぜ。ルチルさんもおいでよ!」


「今ルリ……リューリアにも言ったのだけれど、今日は遠慮しておくわ。家族水入らずで楽しんで」


「えー、ルチルさんもいた方が楽しいのにー」


 ラピスが頬をふくらませる。シアは微笑んでその頬をなでた。


「ごめんね」


「ねー、どうしてもだめー?」


 ラピスがシアの腕を引っ張る。あたしはラピスの頭を小突いた。


「こら、ラピス。シア……ルチルを困らせないの。シアは町に戻ってきたばかりで疲れてるんだから」


 そう言うと、やっとラピスがふくれっ面をやめた。


「そっか。じゃあしょーがないな」


「明日はまた給仕の手伝いをするつもりだから、一緒に食事できるわ。それで我慢してくれる?」


 シアの言葉に、ラピスは一転してにこにこ顔になった。


「うん! じゃあまた明日な!」


「ええ。また明日」


 ラピスに微笑んでから、シアは真剣な顔になってあたしの方を見た。


「それでね、ルリ。レティおば様とヨルダおじ様とイァルナさんと話しあったのだけれど、浄化の儀式は明後日の朝に行うのでどうかってことになったの。イァルナさんが町長さんに伝えて、特に問題がなければ、その予定で行くことになるわ」


「……そっか。わかった」


 具体的な日取りが決まったと知って、途端に緊張してくる。体がぶるりと震えた。


 シアがそっとあたしの肩に触れる。


「明後日なんて急に感じるだろうけれど、瘴気の浄化は一日でも早い方がいいから」


「うん、わかってる。あたしは大丈夫だよ」


 シアに笑顔を向ける。ぎこちなくなってしまったと思うけど、シアは何も言わなかった。


「それじゃあ、おやすみなさい。成人祝い、楽しんでね」


「うん。シアも、今夜はゆっくり休んで。おやすみ」


「おやすみー、ルチルさん」


 シアと別れて、ラピスと居間に戻る。すっかりでき上がっている兄さんが義姉さん相手に熱心に喋っていて、父さんは一人で黙々とお酒を飲んでいる。


 ラピスは義姉さんの隣に座って、ジュースを飲み始める。あたしは父さんの隣に座った。


「父さん。今日は料理ありがとうね。どれもすっごくおいしかった」


「別に。家族の祝いに料理を作るなんて当たり前のことだ。礼を言われるようなことじゃねえ」


 父さんはぶっきらぼうに答える。


「父さんの反対も聞かずに浄化の儀式のことであたしが意見を押し通したこと、まだ怒ってるでしょう? それなのに、あたしの成人祝いに参加して料理の腕までふるってくれたんだもん。礼を言うのは当然だよ」


 あたしは、父さんの横顔を見つめて言った。父さんとは儀式の前に一度ちゃんと話しておきたかったんだ。


「あのね。今シアから聞いたんだけど、儀式を行うの、明後日になったの。まだ本決まりじゃないけど、何も問題がなければ、その予定で行くって」


 父さんの顔が目に見えて強張る。コップを握る手にも強い力がこめられているのがわかる。


「父さん、あたし――」


「おまえの十六の誕生日が来た時……」あたしの言葉を遮って、父さんが口を開いた。「肩の荷が下りた気分だった。おまえが無事に成人してくれて、これでリアーヌに胸を張れる、ってな。俺は子どもたちを無事育て上げたぞ、って」


 リアーヌっていうのは、あたしの死んだ母さんの名前だ。


「あとは、おまえがフュリドみたいに自分の家族を持って、二人とも無事に幸せに生きてってくれりゃあそれだけでいい、って思ったんだが……」


 父さんは眉間に深いしわを寄せて、やりきれない気持ちを呑み下すように、ぐいっとコップの中の酒をあおった。


「父さん……」


 あたしは父さんの腕に触れた。


「あたしのわがままでつらい思いをさせてごめんなさい。だけど、この儀式を行うことは、あたしにはすっごく大事なことなの。それこそ、命をかけるだけの価値があることなの。父さんにわかってほしいとは言わない。でも、知っておいてほしい。あたしは、真剣に考えた上で、命をかける覚悟を決めたんだ、って。生半可な気持ちじゃないし、自分の命を蔑ろにしてるわけでもない。死ぬのは嫌だけど、それでも命をかけてでもかなえたい望みがあるの」


 無言で聞いていた父さんは、あたしが話し終えた後もしばらく黙っていた。それから、ぼそりとつぶやく。


「そんなこたあわかってる。……それでも、受け入れられねえこともあるんだ」


「……うん」


 そう、あたしに譲れない気持ちがあるように、父さんにも譲れない気持ちがある。それが時にぶつかってしまうのは仕方がない。親子だって言ったって、家族だって言ったって、違う人間なんだから。


 だけどそれでも、あたしたちがお互いを大切に思っていることに変わりはない。それを知っておくことが大事なんだと思う。


 父さんは、コップをテーブルに置くと立ち上がった。


「俺はもう寝る」


「うん、おやすみ」


「……ああ、おやすみ」


 父さんの背を見送ると、あたしは、ふう、と息を吐いて、自分のコップを空にした。コップを持って立ち上がり、台所に行って、汚れた食器を洗い始める。


 しばらくして、義姉さんが台所に入ってきた。手には空の皿を持っている。


「リューリア、洗い物は置いといていいわよ。あたしが後でやっておくから」


「いいよ。あたしがやる」


「でも、あんたのお祝いなのに」


「義姉さんには最近家事や仕事を任せっきりになってるから、たまにはあたしも役に立ちたいの。やらせて」


 そう言って微笑むと、義姉さんはちょっとあたしを観察してから笑った。


「じゃあお言葉に甘えて頼もうかしら」


「うん。任せて」


 義姉さんは皿につまみを乗せると、居間に戻っていった。


 あたしは洗い物を終えると、居間をのぞいて声をかけた。


「あたしもう寝るね。おやすみ」


「あら、早いわね」


「うん。お酒飲んだせいか、なんか眠くて」


「そう。おやすみ。――ラピス、あんたもそろそろ寝なさい」


「えー、もうー? 俺まだ眠くない!」


「嘘つきなさい。さっきからあくびばっかりしてるくせに」


「うー、もうちょっとだけー」


 義姉さんとラピスの会話を背後に、あたしは歯磨きして自室に戻った。寝支度を整えて寝台に入る。とろとろと眠りに落ちていきながら、あたしはさっきの父さんとの会話を思い返していた。父さんのやるせない気持ちを改めて感じて、罪悪感を刺激された。


 だけどそれでも儀式を行うことをやめようとは思えない。父さんには悪いけど、シアやレティ母様、ヨルダ父様が命をかけるのを見てるだけなんて、あたしにはやっぱりできないから。


 親不孝な娘でごめんね、父さん……。


 そう考えながら、あたしは眠りに落ちていった。


 翌朝の目覚めは悪くなかった。お酒の影響で寝過ごしたりするかと思っていたけど、体に特に変わった感じはない。気分が悪かったりもしない。まあ、そんなにたくさん飲んだわけじゃないしね。


 兄さんは、あたしが飲んだのよりずっと強い酒を結構飲んでいたはずだけど、やっぱり二日酔いの気配はなかった。


 休みの日に友達と飲みに行った時とかたまに二日酔いになっているけど、昨日は飲みすぎなかったようだ。一緒に飲む相手があたしと父さんだけで、その二人が早々に部屋に引き上げてしまったのが大きかったのかもしれない。


 義姉さんはあたしが部屋に引っ込んだ後もしばらく兄さんにつきあっていたようだけど、妊娠中の義姉さんの前で一人だけがばがばお酒を飲むのも気が引けるだろうしね。


 朝食が終わる頃に、町長さんのお使いの人がやってきて、浄化の儀式に参加する意思のある人、そして参加はしないけど手伝いをしたいと思う人は明日の三の鐘に町の南にある空き地に集まるように、と告知していった。


 他の家にも当然知らせは行っていて、今日はお客さんのほとんどがその話をしていた。夜の営業時間はいつもより混みあっていたけど、それも儀式の影響らしい。


「明日はいよいよ浄化の儀式だし、気合いを入れるために飲むか!」


「あんまり飲みすぎんなよ。飲みすぎて朝起きられずに儀式に参加できなかった、なんて情けないにも程があるからな」


「そこまで飲まねえよ。俺を、自分の適量も把握できてねえ馬鹿だと思ってんのか?」


「おいおい、喧嘩するなよ。楽しく飲もうぜ」


 そんなやりとりをしているお客さんがたくさんいた。実際喧嘩になりかけて、あたしたち給仕や他のお客さんが仲裁に入る、なんてこともあった。


 多分みんな怖いんだろうな、とあたしは、喧嘩寸前まで行ったお客さんたちに酔いざましの水を飲ませてやんわりと追い出しながら思った。


 確率はそんなに高くないとはいえ、死ぬかもしれない儀式を行うんだ。何も感じないはずがない。平気そうに振る舞っていても、心の底ではうっすらとかもしれないけど恐怖を感じていて、だからやたらはしゃいだりちょっとしたことで腹を立てたりするんだ。


 明日の儀式が原因で気が張りつめているのは他人事じゃない。時間が経つにつれて、あたしも心の奥に少しずつ恐怖が積み重なっていくのを感じていた。それは、他の人たちが感じている恐怖とはちょっと違うけど。


 なるべく考えないようにしていたけど、儀式の参加者は六百数十人で、文献に載っていた人数より少ないから、多分死者が出てしまうだろう。それはあたしかもしれないし、シアかもしれないし……兄さんやティスタかもしれない。


 そう考えると、足元から寒気が上ってくる。


 死ぬのがあたしならまだいい。死ぬのは怖いし嫌だけど、覚悟はしてる。


 シアが死ぬのは絶対に嫌だしきっと胸が張り裂けるくらい悲しいだろうけど、シアはあたしが何をしようとしまいと瘴気の浄化に参加していた。


 でも、この町の人たち、たとえば兄さんやティスタは違う。大勢が参加する儀式を行いたいってあたしが主張したから、儀式に参加することを決めた人たちだ。その人たちの死は、あたしに大きな責任がある。


 明日死人が出た時、その事実を前に、あたしは自分の責任を負いきれるだろうか。罪悪感に押しつぶされずにいられるだろうか。


 そんな考えが頭を占めて、深い深い穴の底に落ちていくような心地がして、心細くてたまらなくなる。その感覚を振りきりたくて、その考えを忘れたくて、わざとらしいほど大きな笑顔と明るい声でお客さんに応対する。


 でもとうとう夜の営業時間が終わって、後片づけも終えて、自室に戻って一人になると、その恐怖から逃れられなくなった。一応寝支度は終えたけど、とても眠る気分になれない。


 意味もなく立ったり座ったり部屋の中をうろうろしたりしていると、控えめに扉を叩く音がした。



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