第二十三章 投票の結果(2)
年末年始の間にブクマしてくださった方ありがとうございます!
その後は何事もなく食事を終えて、食堂を開ける。
特筆すべきこともなく朝の営業時間は終わって、お風呂屋で湯船に浸かりながら、あたしは気になっていたことをシアに問いかけた。
「ねえ、シア。何で大勢が参加する儀式に協力してくれる気になったの?」
シアはちょっと考えるように視線を遠くに向けた。それから口を開く。
「レティおば様にね、言われたの。わたしはジド兄様がやったことの償いをしたがってるんじゃないかって。でもそれはわたしの身勝手な理由で、ルリやこの町の人たちにはそれにつきあう義務はないんだって」
「そんなこと言われたの?」
あたしは目をみはった。レティ母様ははっきり物を言う人だけど、それにしても厳しい言葉だ。
「ええ。それで、そのとおりかもしれないって思ったわ。ジド兄様の過ちを償うために正しいことをしたい、って気持ちは、確かにわたしの中にあるから」
「シアは間違ったことが嫌いだもんね。そう思っちゃうのはわかるよ」
「そう言ってもらえるとほっとするわ。……でもそれは、わたしが自分自身のために動いてたってことなのよね」
「それは別に悪くないでしょ? 自分自身のために動くのなんて普通のことだよ」
「そうね。レティおば様にも、自分自身のために動くのが悪いわけじゃない、って言われたわ。ただ、自分が何のために誰のために動いてるのかちゃんと自覚しなさいって。そしてヨルダおじ様に、わたしは誰のために動きたいのか、って尋ねられたの。それで、わたしはルリとこの町の人たちのために動きたい、って思った。そして、じゃあ何をすればいいのか、って一生懸命考えたの」
言って、シアは苦笑した。
「多分レザレイリアさんに言われたとおりなのね。一般人の協力を受け入れることはつまり自分の欲で他人を危険にさらすことだ、って考えにわたしは頑なにしがみついて、思考を放棄していたんだわ」
「シアってやっぱり真面目だねえ。みんなに言われたこと、真剣に受け止めて、誠実に考えて……そういうところ、尊敬するよ」
シアはあたしの方を見て、微笑んだ。
「ありがとう。――最後の一押しをくれたのはルリよ」
「ほんと?」
「ええ。ゆうべあなたと話して、あなたのことが好きだって改めて自覚して、強く思ったの。あなたを護りたい、あなたのために何かしたい、って。それで悟ったの。あなたを死なせたくないけれど……護るってことはきっと、子どもにするみたいに相手の意思を無視してとにかく危険から遠ざけるってことじゃないのね。相手の意思を尊重して、相手のために何ができるかを一生懸命考えて、自分のためより相手のためを優先する、ってことなんだわ。だから、わたしもそうしているつもり」
「あたしのために、協力するって決めてくれたの?」
嬉しさに胸がぽっと温かくなって、そのぬくもりが全身に広がっていく。お湯に浸かっているせいもあって、のぼせてしまいそうだ。
「そうなるかしら。ルリと、クラディムの人たちのため。わたしにはやっぱり一般人を瘴気の浄化に参加させることが正しいとは思えないけれど、ルリやこの町の人たちがそのやり方を選ぶのなら、その選択を尊重しよう、って。それが、ルリとこの町の人たちのために動く、ってことだろうからって、そう決めたのよ」
といっても、とシアは苦笑した。
「儀式への参加は完全に個人の自由意思にゆだねてほしい、っていうのはわたしのわがまま……わたし自身のための行動だけれどね。そこはどうしても譲りたくなかったから」
「それで構わないと思うよ。全部あたしや町の人たちのために動く必要なんかないもん。それに、儀式への参加を強制したくないってシアの気持ちは間違ってないし」
シアは微笑んで、お湯の中に沈めていた右手を持ち上げた。手の平のお湯をパシャリと水面に落とす。
「そうね。でも、参加者が死ぬ可能性を減らすためになるべく多くの人を儀式に参加させたい、って思う人たちの気持ちも間違っていないわ。だから、今夜の会合で皆を説得できるかは、わからないわね」
「そうだね。どっちかが正解ってわけじゃないもんね。どっちもある意味正しい。だから理屈じゃ判断できないんだと思う。心で、自分がより良いと思う方、よりましだと思う方を選ぶしかない」
「ええ。そうだと思うわ。……正直に言うと、こういう白黒つけられない状況は、苦手なのだけれど」
あたしは少し笑った。
「うん。それはわかる。シアはさ、間違ったことが嫌いだから、何でも白黒つけたがるよね」
「そうなのよ。はっきりしないと気持ちが悪くて。それがわたしの欠点だってわかっているけれど、なかなか直せないのよね」
「誰でもそんなものじゃない? 自覚があるだけましだと思うよ。それに、完璧超人より欠点の一つや二つあった方が親しみやすくていいかもしれないし」
「そういうものかしら」
「多分ね。……それに、あ、あたしは、欠点あってもシアのこと……好、きだし……」
口にしたら思っていたよりずっと恥ずかしくて、声がどんどん小さくなってしまった。ああ、こんなんじゃ、あたしの気持ち、シアに届かないよ……。
「ありがとう。ルリがそう言ってくれると嬉しいわ」
シアがやわらかい声で言う。ちらっと見てみるけど、その顔には動揺の色はない。
友達とか幼なじみとしての好きだって思われちゃったのかな。……気持ちを伝えるって難しい。
あたしは、シアに気づかれないようにそっとため息をこぼした。
ていうか、こんな周囲にいっぱい人がいる状況で初めての告白をしよう、なんてのがそもそも無茶だったんだよね。勢いで言っちゃったけど。
二人きりでもっといい雰囲気の時に言えば、伝わるかなあ。そういう状況を作るのは結構難しい気がするけど、がんばってみよう。
再挑戦を誓って、お風呂から上がる。その後、神殿に寄って、今晩の会合がうまく行くようお祈りして、家に戻った。
昼の営業時間終了後町長さんの家に向かったシアは、そんなにかからずに戻ってきた。町会の会合で話す許可は無事得られたそうだ。
そんなこんなで、会合にはあたしとシア、ラピス、兄さんが向かうことになった。
出発する時間になったけど、父さんは厨房にこもっている。夜は臨時休業だし、明日は食堂が休みの日だし、仕事はほとんどないはずなんだけど、何かしていないとやってられないんだろう。
あたしたちの顔を見たくないってのもあるんだろうな。今日はいつも以上に無口で、目を合わせようとしなかったし。
それが心を重くしているけど、父さんが何を言ってもやっても考えを変える気のないあたしが今、父さんに言えることなんかない。あたしにできるのは、何が何でも無事に儀式を終わらせて、父さんにうんと親孝行することだけだ。
そう自分に言い聞かせて、気持ちを切り替える。集会所に着くと、シアと一緒に中央の壇上に上がる。町長さんとお師匠はもう来ている。
会合はすぐに始まった。
「さて、今日は瘴気の浄化の儀式をどうするか決を採るために集まってもらったわけだが、その前に、ルチルカルツ・シアさんが皆に話をしたいそうだ」
町長さんの合図で、シアが一歩前に踏み出す。
「こんばんは、皆さん。ルチルカルツ・シアです。まずは、よそ者であるわたしに、こうして町会の会合で話す機会を与えてくださってありがとうございます。そして、前回の会合では、瘴気の浄化への協力の意志を示してくださった方が何人もいらっしゃったと聞きました。そのことに対しても、感謝を申し上げます」
シアは一旦口を閉じて、周囲をぐるりと見回した。
「ですが、実を言うと、わたしは瘴気の浄化を行うために皆さんに協力していただくことに反対です。瘴気の浄化はわたしたち一族の使命であり、一族外の人間を巻き込んではならないと考えています」
聴衆がざわつく。そのざわつきの中を、風魔法で拡声されたシアの声が響き渡っていく。
「けれど……リューリアに言われました。そういう考え方は、自分たちの町を護るために命をかけようとしている皆さんの覚悟を踏みにじっていることだと」
シアは大きく息を吸って、話を続ける。
「ですからわたしは、皆さんが決めたのならば、瘴気の浄化への協力を受け入れたいと思っています。ただ、一つお願いしたいことがあるんです。儀式に参加するのは、自分の意思で参加を希望する人、命をかけると決めた人だけにしてもらえないでしょうか。誰にもこの儀式に参加するよう強制はしてほしくないんです」
聞いている皆が、周囲の人と顔を見合わせる。
「この町では、自分たちの問題は自分たちの手で解決しようとする気風が強いと伺いました。とても立派なことだと思います。ですがそれは、皆が自発的に協力してこそ意味のあるものではないでしょうか。嫌がる人に無理やり強制するのではなく、それぞれの自由意思を尊重してこそ、自分たちの手で町を護れたという結果に価値が生まれるのだと思います。だから、お願いします。儀式に参加するのは希望者だけ、という案に投票してください」
シアは一度深く頭を下げて、後ろに下がった。町長さんが話し出す。
「そういうわけで、投票のやり方を少し変えようと思う。まず最初に、儀式に協力する、協力しない、希望者だけが参加するのなら協力する、の三択で投票を行う。儀式への協力に賛成だが、儀式の参加者を希望者だけにする以外の案に投票したい者は、一番目の選択肢に投票してくれ。儀式への参加者は希望者だけがいいと思う者は三番目の選択肢だ。二番目か三番目の選択肢に決定すれば、投票はそれで終わりとなる。一番目の選択肢に決まった場合は、その後更にどうやって参加者を決めるかの投票を行う。以上だ。それでは皆、どの選択肢に投票するかは決まったかな?」
町長さんは、皆の反応を待つように少し間を置いた。どこからも声や手が上がらないのを確認して、再び口を開く。
「それでは、投票を始めよう。配られた紙に、一から三のどれかの数字を書いてくれ。鉛筆は紙と一緒に回す。いいかね、一が儀式に協力する、二が協力しない、三が儀式の参加者が希望者のみなら協力する、だ。間違えないように」
町長さんの助手数人が紙と鉛筆を配り始める。書き終えた人から壇に上がってきて、中央の机の上に置いてある投票箱に紙を入れていく。
あたしは息を呑んでその様子を見ていた。どんな結果になっても大勢が参加する儀式を行うって決めてはいるけど、やっぱり町会の協力は欲しい。町会の後押しがある方が、儀式に協力してくれる人は増えるはずだから。
投票するために壇上に上がってきた兄さんが、あたしを見て、安心させるように、にっと笑ってくれた。あたしは、強張っている顔の筋肉を何とか動かして、笑い返した。
やがて投票が終わり、助手の人たちが集計を始める。その間集会所は雑談の声でにぎやかになる。
あたしは、落ち着かずにそわそわと体を動かしながら、あっちこっちに視線を走らせていた。その視線がふとシアの上で止まる。シアは、じっと集計の様子を見守っている。
シアは、どんな結果になってほしいと思っているんだろう。あたしに協力するって決めてくれはしたけど、さっき言っていたように、決して大勢が参加する儀式に賛成しているわけじゃない。町会の協力を得られないといいって思っているのかな。それとも、一人でも死人が減るように、町会の後押しが欲しいと思っているだろうか。
どっちもありそうな気がする。もしかしたら、シア自身、自分がどんな結果を望んでいるかわからないのかもしれない。
それでもシアは、あたしの気持ちを考えて、あたしの意思を尊重して、あたしに協力してくれている。そのことにはすごく感謝しているし、嬉しい。
あたしがシアを見つめているうちに、集計は済んだようで、町長さんが鐘を鳴らした。鐘の音が集会所に響き渡って、皆が口を閉じ、町長さんに注目する。
町長さんが、一番目の選択肢から票数を読み上げていく。
「……と、いうわけで、一番得票数が多かったのは、三番目の、希望者だけ参加するなら協力する、だった」
隣のシアが大きく息を吐き出した。それは安堵のようにも聞こえたし、諦めのようにも聞こえた。
あたしは胸の前で両手をぎゅっと握りしめて、興奮を抑え込んでいた。やった。あたし、やったんだ。町会の支援を得られた。町のみんなの協力を得て、大勢が参加する浄化の儀式を行える。
万歳して叫びたいところだけど、さすがに時と場所を考えてこらえる。
お師匠が前に出て、話し始めた。
「それじゃあ、儀式への参加を希望する者は、タリオンの所に言いに来るよう、周知しておくれ。どのくらいの人数が参加するのか、前もって把握しておきたいからね。ただし、子どもと年寄り、病人、怪我人、妊婦。この辺は参加は許可できないよ」
「年寄りってのは、何歳くらいからです?」
聴衆から飛んできた質問に、お師匠はちょっと考えた。
「そうだねえ……六十くらいからが無難かね?」
町長さんの方に視線を向ける。町長さんがうなずいた。
「そのあたりが妥当でしょうな。子どもはそのまま、未成年不可、ということでいいでしょう」
「というわけだ。そこのところもしっかり家族に伝えとくれ」
「儀式を行うのはいつの予定です?」
「まだわからないね。なるべく早く行った方がいいんだが……今、瘴気の浄化を助ける薬を作っている。それを儀式の参加人数分作り終えたら、かね。だから、参加者がどのくらいになるのか、早めに知りたいんだよ」
お師匠の言葉に、了解の返事があちこちから上がる。他には誰も話はないようだったので、町長さんが閉会の挨拶をして、お開きになった。
あたしは、お師匠に歩み寄った。
「お師匠、瘴気の浄化を助ける薬作りですけど、あたしも手伝います。明日からお師匠の家に行けばいいですか?」
「ああ、そうしとくれ。人手は多いに越したことはないからね」
あたしはちらっと背後を見た。
「シアは……」
「わたしも手伝うわ」
「じゃあ、ラピスも連れて三人で伺います」
「わかったよ」
お師匠は背を向けて去っていく。
「ルリ、薬作りのことだけれど、明日は食堂が休みでも家事はあるでしょう? 明後日からは給仕の仕事があるし。そっちは大丈夫なの?」
「義姉さんとティスタに頼むよ。薬作りが終わらないと儀式を行えないでしょう。儀式はなるべく早い方がいいんだよね?」
「ええ。長引くと、結界が破れてまた魔獣が生まれる確率が上がるから」
「じゃあ、薬作りが最優先だよ。義姉さんもティスタも、それにラピスもわかってくれるはず」
「そうね。皆協力的だものね」
シアはまた、複雑な色の吐息を吐き出した。喜ぶべきことなんだろうけど素直に喜べない、みたいな心境なんだろうか。
「ラピスくんとフュリドさんが待ってるわ。行きましょう、ルリ」
シアに促されて、あたしは「あ、うん」と曖昧な返事をしながら、歩き出した。ラピスと兄さんの所にたどり着く前に、こっちの姿に気づいたラピスが走ってきた。
「リューリア姉ちゃん、やったな! 町のみんなきょーりょくしてくれる! これでルチルさん助かるんだろ?」
「正確には、助かる可能性が大幅に上がる、だけど、でも、うん、やったね! 町のみんなに感謝だよ」
ラピスとつないだ両手をぶんぶん振る。
「やったな、リューリア。ルチルさんの希望どおり、参加者は希望者のみになったし、万々歳だな」
兄さんが、あたしの肩をぽんと叩く。
「うん! 兄さんも、ありがとう。最初からずっと応援してくれて、心強かったよ。儀式にも参加してくれるし、ほんとに感謝してる」
「いいってことよ。さ、帰ろうぜ」
兄さんとラピスの後に続いて、シアと並んで歩き出す。横目で窺うシアの顔は、喜んでいるようにもがっかりしているようにも見えない。
シアが今どう感じているのか知りたくて、でも訊かない方がいい気もして、迷っていると、シアがこっちを見た。目がばちっと合う。
「シ、シア!」
「ルリ? どうかした?」
「あ……えっと、その……」
ええい、いいや、訊いちゃえ。
「シアは、その、投票の結果聞いてどう思った?」
シアがことりと首を傾ける。
「そうね……参加者が希望者のみになったのにはほっとしたわ。それに、この町の人たちは瘴気の浄化への協力に前向きなんだって実感して、諦めがついたというか……覚悟が決まったわ。わたし、全力でルリを助ける。それが一族の使命を果たすことにもなるんだって、信じてみる」
「そ、そっか。ありがと。シアが協力してくれるの、すごく嬉しいよ」
思ってたよりもシアは前向きで、ほっとした。
「明日からは薬作りに専念しないとね。一人でも死ぬ人を減らせるかもしれない大事な薬だもの」
「うん、そうだね。がんばろう」
シアと協力して動けることが嬉しくて、あたしはにこにこ笑ってしまうのを抑えられなかった。
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