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第二十一章 議論(2)

 震える手をぎゅっと拳にして、口を開く。なるべく落ち着いて、強い声で話さなくちゃ。間違っても震え声になんかなっちゃいけない。


「私がこの会合を開いてもらうよう町長さんに頼んだのは、瘴気を浄化するために皆さんの協力を求めたいからです」


 何とか揺らぎのない口調で話せた。しっかりした声とは言えないけど、まあ及第点だろう。


「今わかっているところでは、瘴気の浄化には二つの方法があります。一つは、ルチルカルツ・シアたち一族の人間に全てを任せてしまう方法。この方法だと、ルチルカルツ・シアと、彼女の応援に来た彼女の一族の人二人、合わせて三人が高確率で命を落とします」


 あたしを見つめている人たちの顔に驚きが浮かぶ。


「もう一つの方法は、大勢が浄化の儀式に参加することで、皆で命の危険を分けあい、死ぬ可能性を下げる方法です。私は、この二つ目の方法で瘴気を浄化したい。そのために皆さんに協力してほしいんです。お願いします。力を貸してください」


 あたしは大きく頭を下げた。


 一拍置いて、集会所が様々な声で満たされる。顔を上げると、皆思い思いに喋っていた。声と声が混ざりあっているし、緊張しているせいもあって、どんな意見が多いのか聞き取れない。


 しばらく皆に話させてから、町長さんが壇上に設置してある小さな鐘を鳴らした。チリンチリーンという澄んだ音が響き渡り、皆が口を閉じる。


「それでは皆の意見を聞こう。話したい者は手を上げてくれ」


 いくつかの手が上がる。町長さんがその内の一人を指名した。壮年の男性が立ち上がる。


「大勢が参加する儀式では死ぬ可能性が下がるって言ったけど、やっぱり死ぬ可能性はあるんだよな?」


「はい、そうです」


「つまり、俺たちに命をかけろって言ってるわけだ」


「そのとおりです」


 男性は少し沈黙してから、また口を開いた。


「そんな参加者が死ぬ可能性のある儀式なんか行わなくてもよお、国に報告すりゃ、宮廷魔術師とか魔術師一族とか誰かお偉いさんがどうにかしてくれるんじゃねえのか? 魔獣が出たって話はたまに聞くけど、瘴気の浄化とかって理由で死んだ人間が出たなんて話は聞いたことねえぜ」


「瘴気を浄化できるのは、ルチルカルツ・シアたち一族の人間だけで、たとえ魔術師一族であっても協力以上のことはできません。瘴気の浄化で死んだ人の話を聞かないのは……」


 あたしは言葉につまった。そんな話が出るとは考えてなかったので、答えを調べてない。あたしの準備不足だ。


「それは、ルチルカルツ・シアたち一族が瘴気の浄化を行うって大々的に触れて回ったりしないからさ」


 あたしの言葉を引き取るかのように、斜め後ろから声が響いた。あたしは振り返って、感謝の目でお師匠を見た。お師匠は特に反応は返さず、男性の方を見て話を続ける。


「魔獣が出ると、大体の町はおまえさんが言ったように国や魔術師一族に報告する。そしてそっちからルチルカルツ・シアたち一族に歪みの消去と瘴気の浄化を行ってくれるよう要請が行く。そういう仕組みになってるのさ。で、ルチルカルツ・シアの一族が動くわけだが、あそこの一族はちょっと特殊というか……自分たちの功績を大声で吹聴したり自分たちが助けた町に謝礼を要求したりしない。瘴気を浄化する過程で死人が出ても、その報告を一族外の人間……たとえば国にさえしたりしないんじゃないかね。だから、ほとんどの人間は、あそこの一族がやってることを知らないのさ。あんたたちだって、リューリアがいなきゃ、知らないまま終わってただろうよ」


 男性はまた口をつぐんだ。だけど座りはせず、少ししてまた言葉を発する。


「じゃあ、本当に命をかけて儀式を行うしかねえってわけですか。それが誰の命かはともかく」


「そうなるね」


 お師匠が短く答える。男性はきつく眉を寄せて腰を下ろした。次に話したい人たちの手が上がる。町長さんがまた一人を指名する。今度は気弱そうな初老の男性だった。


「イァルナさんの話によると、他の町はそんな……住民が命をかけて浄化の儀式に参加したりはしてないんだろう? つまり、瘴気の浄化は私たちが負うべき仕事じゃない、ってことじゃないのかね。私たちも他の町の住民同様、ルチルカルツさんだったか、その人の一族に任せちゃいかんのかね」


 あたしはぎゅっと唇を噛みしめてから口を開いた。


「他の町の人たちがルチルカルツ・シアの一族に瘴気の浄化を全て任せているのは、そのとおりです。でもだからといって、私たちもそうしていいんでしょうか? これは、町を護るために、よその人たちの力だけに頼るのか、それとも私たち町の住民も協力して皆で力を合わせるのか、という話なんです。私たちの町を護る仕事をよそから来た人たちに全て任せて、何も協力せず、その結果その人たちが死んでしまったとして、皆さんは、ここは自分たちの町だ、とこれから先胸を張れますか?」


 あたしは立っている男性の目をまっすぐに見つめて問いかけた。男性は後ろめたそうな顔になって視線をそらす。そしてそれ以上何も言わずに座ってしまった。


 またいくつかの手が上がり、町長さんが一人を選ぶ。今度立ち上がったのは、筋骨隆々とした中年の男性だった。あたしを見つめて、にやりと笑う。


「言ってくれるぜ、お嬢ちゃん。俺たちの町を護るために命を張るか、それとも臆病風に吹かれて逃げるか、どっちを選ぶのか、って言いたいわけだ」


 あたしは慌てて手を振った。


「儀式への参加をためらう人たちが臆病者だとは思っていません。死ぬのが怖いのは当然です。私だって怖いです。だけどそれでも、護りたい人がいるんです。皆さんだってそうじゃないんですか? 私は今まで何度も、この町の人が、自分たちの町は自分たちの力で護る、と言うのを聞いてきました。自分たちの町が直面している問題をよその人間に投げず、まず何よりも自分たちの力で解決しようとするこの町の人たちの姿勢を、尊敬しています。だから、この町の人たちなら、私の頼みを一蹴したりせずに話を聞いて協力してくれると信じて、この会合を開いてもらったんです」


 腕組みをしてあたしの話を聞いていた男性は、不敵な笑みを浮かべた。


「そこまで言われちゃあ、断るわけには行かねえなあ。よう、みんな、クラディムの人間は腰抜けじゃねえってことを見せてやろうぜ!」


 男性は拳を突き上げて、周囲を見回す。あちらこちらから賛同する声が上がった。


 少し待って、特に反対意見が出てこないのを確認してから、あたしはほっと息を吐いた。これで第一関門は突破だ。でも、まだ終わりじゃない。


「瘴気の浄化に協力していただけるなら、次は誰が儀式に参加するかの話をしたいんですが、いいでしょうか」


 まだ立っているたくましい体つきの男性が、不思議そうな顔になった。


「誰がって、そりゃ自警団だろ? 町のために命を張るのが自警団の仕事なんだから」


「そうなんですが、この儀式は実は、参加する人数が多いほど死者の数が減るそうなんです。文献に残っている記録だと、約八百人が儀式に参加して、二人の死者が出たそうです」


 男性はぽかんとした。


「八百人、だと? そりゃあ……そんなに大勢必要なのかよ?」


「八百人より少なくても儀式は行えるはずですが、死者の数を減らすためには、なるべく多くの人に参加してもらいたいんです」


 男性が眉間にしわを寄せる。


「そりゃあ、自警団以外の連中にも参加させるってことか? そうなると、話は別だぜ。俺は、それには賛同できねえよ」


 あたしは男性の言葉に動揺しなかった。その意見は想定の範囲内だ。


「自警団員以外の人の儀式への参加に反対なのはなぜですか?」


「何でってそりゃあ……今言っただろうが。町を護るために命をかけるのは自警団の仕事だ」


「ですが、自警団は、入りたい人全てが入れるわけではありませんよね? 魔術師でも地属性でもない女性は、そもそも自警団に入るという選択肢さえ与えられません」


 現在自警団に所属している女性は、魔術師であるあたしとお師匠、そして一定時間身体強化の魔法を使える地属性の女性十数人だけだ。


 たとえば風魔法の使い手が大量に必要で、自警団員だけでは足りない、なんて場合があれば風属性の女性に招集がかかることも想定されてはいるけれど、実際にはそんなことはほぼない。普通の事態なら、自警団員、言い換えれば町の男性陣で何とかなるからだ。


「でもそうやって自警団員の予備にさえ数えられない人たちの中にも、町のために命をかける覚悟のある人はいると思うんです。特に今回の場合は、儀式への参加者が増えるほど、参加者の死ぬ確率が下がります。儀式に参加する自警団員を――大切な人を護るために自分も命をかけたい、と思う人もいるんじゃないでしょうか。その人たちに選ぶ機会を与えてあげてほしいんです」


「それはまあ、わからなくもねえけどよお。でもやっぱり……」


 男性は納得しきれない様子だ。


「町を護るのは自警団員だって考えに固執しすぎてるんじゃないのかい。もっと柔軟に考えてみなよ」


 女性の声が響く。そちらを見ると、細身の中年女性が立ち上がったところだった。


「横から話に入って悪いけど、あたしの意見を言ってもいいかい」


 あたしが男性を見ると、男性は肩をすくめた。


「好きにしろよ」


 女性はうなずいて口を開いた。


「あたしは、自警団員以外も参加させるって案に賛成だよ。というか、自警団員だけを参加させるのに反対だ。それじゃあ、不公平だろう」


 不公平、という言葉の意味がつかめず、あたしは瞬いた。他の人たちも同様だったようで、困惑した空気が集会所に広がる。


「不公平って言ったのはね、自警団に何人も出してる家も、一人も出してない家もあるからだよ。かくいうあたしのうちも、旦那は死んで子どもは娘ばかりで地属性もいないから、自警団には誰も参加していない。これが不公平と言わずに何と言うんだい」


「だがそりゃ仕方ないだろう? 男と女は違うんだから」


 誰かが女性の言葉に異議を唱える。座ったままのその人の方に体を向けて、女性は反論した。


「自警団が基本的に男だけなのは、力仕事や戦闘では地属性じゃない女は不利だからだろう。でも魔術の儀式なら、男も女も関係ないんじゃないのかい。自警団に人員を出していない家からも、最低一人は出してもらうようにするのが、公平なやり方じゃないかい?」


 まだ立っているがっしりした体格の男性が、声を上げた。


「自警団に入ってない奴らは、基本的に町のために死ぬ覚悟なんてできてないだろう。そういう奴らを無理やり参加させるのは、俺は気が進まねえな。そりゃ、魔術師の嬢ちゃんが言うように自警団員以外でも命をかける覚悟がある連中はいるかもしれねえが、それはあくまで例外のはずだ」


「自警団の団員だって、みんながみんな死ぬ覚悟があるわけじゃないだろう。本当は自警団になんて入りたくないのに、男だからとか地属性だからって理由で無理やり入れられてる奴らだっているはずさ。そういう奴らに命をかけさせるなら、地属性じゃない女だからって理由で自警団に入るのを免除されてるあたしたちも命をかけなきゃ、公平じゃないよ」


 男性が言葉を失ったように黙り込む。女性は話を続ける。


「あたしはこの不公平さが、前々から気になってたんだよ。あたしの死んだ旦那は、自警団の仕事を嫌がってたからね」


「おいおい、死んだ旦那の面子をつぶしてやるなよ」


 聴衆から声が上がる。女性は肩をすくめた。


「本当のことなんだから仕方ないだろう。あたしの旦那は、『何で男だからって理由で俺ばっかりつらい仕事したり命をかけなきゃなんねえんだ』ってしょっちゅう愚痴ってたよ。外じゃ何にも言わなかったけど、家の中じゃそりゃもう、耳にタコができるほどにね。それであたしは、地属性だったらあたしが自警団に入って旦那を黙らせてやれるのに、って何度も思ったもんさ」


 女性はあたしに視線を戻した。


「とにかくそういうわけで、あたしは自警団員じゃないけど、その浄化の儀式とやらにぜひとも参加したいね」


「あなたの意見は、女性も含めて全家庭から最低一人は儀式への参加者を出してもらうように義務づける、ということですね」


 女性はうなずいて、腰を下ろした。もう一人立っていた男性も、それ以上言うことを思いつかなかったようで、座る。


 またいくつか手が上がり、町長さんの指名で一人が立ち上がる。


「自警団員だけに命をかけさせるのが不公平ってなら、いっそのこと自警団員も含めて希望者だけが参加するってことにすればいいんじゃないか?」


 その案に次の人が反論する。


「それだと参加者が少なくなりすぎるんじゃねえか? さっきリューリアが言ってただろう、参加者の数が多いほど死者が減るって。てことは、参加者が少ないと死者の数が増えて、参加者一人一人の死ぬ確率が上がるってことだ。そんなのは、それこそ不公平ってもんじゃねえか? やっぱり各家庭から最低一人出すってのに、俺は賛成だね。ここは住んでる皆の町なんだ。皆に護る責任があるし、権利もあるだろう。できる奴皆で協力しあってこそ、俺たち住民の結束も高まるってもんじゃないか?」


 そう発言した男性が座ると、集会所はまた騒がしくなった。確かに、いやだが、と言葉が飛び交っている。


 結構長い間その状態が続いた後、大分年配の男性が手を上げた。


「今すぐに態度を決めろ、ってのは酷じゃないかね。予想もしていなかった話で、皆色々考えたいだろう。少し時間を貰えないかい。私も、家族と話しあってから最終的な意見を決めたい」


 その言葉に町長さんはうなずいた。


「確かにそうだな。すぐに決められるような話ではない。かといって、瘴気を長い間放置しているとまた魔獣が生まれる可能性が高まってしまうそうだから、そんなに先には延ばせない。なので、明後日の夜また会合を開いて、そこで決を採る、というのでどうだろう。浄化の儀式に町民が参加するべきか、するなら参加者をどう決めるべきか、皆家族ともよく話しあって決めてきてくれ。参加者の決め方は、四択だ。自警団員だけが全員参加する、自警団員とそれ以外の区別なく希望者だけが参加する、自警団員が全員参加した上で各家庭から最低一人参加するよう義務づける、自警団員の参加は義務づけず各家庭から最低一人参加するよう義務づける。以上。誰かまだ何かあるかね?」


 少しのざわつきの後、一人が手を上げて質問した。


「四択の内最後の二つはどう違うんです?」


「三つ目の選択肢の場合は、自警団員は全員参加だ。その上で更に、自警団に誰も出していない家庭からも最低一人ずつ参加してもらう。四つ目の選択肢の場合は、全ての家庭から最低一人ずつ出してもらうだけだ。つまり、自警団に三人が入っている家庭があるとすると、三つ目の選択肢の場合、その三人全員が儀式に参加することになる。だが四つ目の選択肢の場合は、三人の内一人が参加すれば、他の二人は参加しなくて良くなる」


 町長さんの説明に、質問者は納得した顔でうなずいて座った。


 他に質問や意見を言いたい人はいなかったので、町長さんは会合終了を宣言した。皆が三々五々立ち上がる。


 あたしは、それを見ながら、全身の力が抜けてその場に座り込んでしまいそうになるのを、何とかこらえていた。


 良かった。議論はうまく行った。最終的に何人になるかはわからないけど、町の人たちの協力は得られそうだ。これなら、シアとレティ母様、ヨルダ父様が死ぬ確率を下げられる。シアたちを護れる。


 二日後の会合で正式に決まるまではまだ安心はできないけど、今のところうまく行っていると信じていいはずだ。


 お師匠と町長さんに挨拶をして、ふらつく足を必死に動かして、中央の壇から下りて家族の元に行く。兄さんが肩を叩いてくれた。


「お疲れさん」


 あたしは強張った顔を何とか動かして、小さな笑みを作った。


「うん。疲れた。すっごく緊張した」


「その割にはうまくやれてたと思うぜ。な、親父、ラピス」


 父さんはむっつりとした顔で何か考え込んでいるようで、返事をしなかった。

 ラピスは、「うん!」と大きくうなずく。


「リューリア姉ちゃん、がんばってたと思うぞ!」


「あはは、ありがと」


 あたしはラピスの髪の毛をくしゃくしゃにした。


「みんながルチルさん助けてくれるといいな!」


「本当にね。そうなることを祈ろう」



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