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第二十一章 議論(1)

 次に目が覚めると、朝だった。外からは小鳥の鳴き声と人々の声が聞こえてくる。


 木窓を開けると、朝の光が部屋に差し込んでくる。その光を浴びながら庭の向こうの街並みを眺めていると、神殿の鐘の音が聞こえてきた。二の鐘。いつも起きる時刻だ。


 良かった。朝寝坊はせずに済んだみたい。今日は仕事に戻るつもりだったからね。旅に出てる間、義姉さんとティスタに随分と負担をかけてしまっただろうから、その分も働かなくちゃ。


 あたしは急いで身支度を整えた。両耳から下がっている、昨日レティ母様とヨルダ父様から貰った耳飾りに触れて、ふふっと笑う。この耳飾りをつけるだけで、気分が浮き立つ。


 鼻歌を歌いながら、自室を出て一階に下りる。食堂に足を踏み入れながら、声をかけた。


「おはよう!」


「おはよー、リューリア。ご機嫌だねー」


「おはよう。ゆうべは夕食食べそこねたみたいだし、おなか空いてるんじゃない?」


「リューリア姉ちゃん、おはよー」


 テーブルに座っているティスタと義姉さん、ラピスがそれぞれ挨拶を返してくる。


「夕食は食べそこねたけど、夜中に果物を食べたから、大丈夫だよ。おなかは空いてるけどね」


 義姉さんに返事をしながら、椅子に座る。隣の席に座っているティスタが、「あ!」と声を上げた。


「リューリア、耳飾りつけてるー! それ見たことないけど、旅で行った町で買ったのー?」


「ううん、これはレティ母様とヨルダ父様……あたしの養父母が誕生日の贈り物にってくれたの」


「あ、なるほどー。そういえば、あたしも贈り物あるんだー」


 ティスタは、スカートのポケットから、手の平くらいの大きさの薄い布包みを取り出した。


「遅くなっちゃったけど、誕生日おめでとー」


「ありがとう、ティスタ」


 あたしは受け取った布包みを開ける。中にはハンカチが入っていた。あたしの名前と、キトセの赤い花が刺繍されている。キトセの花には、「門出」や「幸運」という花言葉があるので、成人祝いの品によく使われる。


「綺麗。ティスタはほんと刺繍うまいよねえ」


 ティスタは縫い物と刺繍が得意で、人にあげる布製品は基本的に自分で作る。これもその一つだろう。


「ありがとー。気に入ったー?」


「うん。ティスタが心をこめて作ってくれた物だもん。大事にするね」


 あたしはハンカチをスカートのポケットにしまった。


「あたしたち家族からの贈り物は、次の休みの日に豪勢な食事を作ってお祝いをする予定だから、その時に渡すわね」


 義姉さんが声をかけてくる。


「わかった。楽しみにしてる」


「そういえば、リューリア、何か旅のお土産はないのー?」


 ティスタが期待の眼差しを向けてくる。


「あー、ごめん。お土産探してる余裕はなかった」


「そっかー、残念。でもまあ、仕方ないよねー。仕事だったんだもんねー」


「うん、まあね」


「あ、俺こういう時に言う言葉知ってる! ルチルさんを護る方法がお土産だ、って言えばいいんだよ、リューリア姉ちゃん!」


 ラピスの言葉に、ティスタが不思議そうな顔になった。


「ルチルさんを護る方法って……何ー?」


 ティスタは瘴気の浄化にまつわるあれこれを知らないから、話の意味がわからないのは当然だ。


「こら、ラピス。あんたはまた余計なこと言って」


 義姉さんがラピスの頭を小突く。


「いいよ、義姉さん。どうせ明日の会合で皆に話すことだし」


 あたしはティスタに向き直って、真剣な表情を作った。


「ティスタ。これから話すことは、明日の夜の町会の会合まで、秘密にしておいてほしいの」


「う、うん。いいけどー……そんなに重大な話なのー?」


「まあね。実は……」


 あたしは手早く、魔獣を生み出す瘴気がまだ浄化されていないことと、その浄化を行うとシアやレティ母様、ヨルダ父様が死んでしまう危険があること、それを防ぐ方法を探しに旅に出ていたことを話した。


 話の途中で料理を持った兄さんと父さんが厨房から出てきて食事が始まったけど、ティスタはその味もよくわかっていないような顔で話を聞いている。


「魔獣を生み出す瘴気がまだ浄化されてなくて、しかもそれを浄化するのが命がけの仕事だなんてー……それで、リューリアが探してた方法は見つかったのー?」


「シア……ルチルたちに命の危険が全くない方法は、見つからなかったの」


 あたしの言葉に、ラピスが「えっ!」と顔を上げた。


「ルチルさんを助ける方法が見つかったって、昨日言ってたじゃないか!」


「あたしが見つけた方法はね、大勢で命の危険を分けあうことで死ぬ可能性を大幅に減らす方法なんだ。だから、シア……ルチルたちが死んじゃう可能性はまだあるの。というか、浄化の儀式の参加者全員に命を落とす危険があって……それでも一人でも多くの人に協力してもらえるよう、明日の会合で皆を説得する予定なんだ」


「そう……なんだあ」


 ティスタは相槌を打つと黙り込んでしまった。急に色々なことを聞かされて消化しきれない、って感じの表情で食事を進めている。


「リューリアが見つけた方法はつまり、町のみんなにも命をかけてもらうってことなのよね?」


 義姉さんの確認に、あたしはうなずいた。


「そう。だから反対意見もあるだろうけど、とにかく必死に説得するつもり」


「自警団員は多かれ少なかれ命をかける覚悟はできてるだろ。町を護るためなんだ。説得はそんなに難しくないんじゃないか?」


 兄さんが言った。


「自警団員は協力してくれるんじゃないか、っていうのはお師匠にも町長さんにも言われた。ただ、それだけだと足りないっていうか……人数が多いほど死ぬ人が少なくなるそうだから、もっと多くの人に参加してほしいんだよね」


「じゃあ、自警団員以外からも参加者を募るのか? それは確かに難しそうだな……」


 兄さんは、うーん、と考え込む。


「つまり、町のみんながきょーりょくしてくれれば、ルチルさんは助かるってことなのか?」


 ラピスが眉を寄せて尋ねてくる。


「まあ、そういうことかな。必ず助かるとは限らないけど、助かる確率はかなり上がるはず」


「それで、リューリア姉ちゃんは明日みんなにきょーりょくしてくれってお願いするんだな?」


「そういうこと」


「じゃあ、リューリア姉ちゃんがんばれ! 俺応援してるから!」


「うん。うまく行くよう祈ってて」


「わかった! 俺いっぱいお祈りする!」


 そう言って拳を振り上げたラピスに微笑んでから、あたしは食事をかき込み始めた。急がないと、朝の営業開始時間に間に合わない。


 家族とティスタも、思い思いに考えを巡らせているような顔で、言葉少なに食事を進めている。


 大体みんな食べ終わり始めた頃、兄さんが、「あ」と声を上げた。


「そうだ、忘れるところだった。リューリア、誕生日おめでとう。これでおまえも大人だな」


 その言葉に、父さんも顔を上げる。


「そうだったな。おめでとうよ、リューリア」


「うん、ありがとう、兄さん、父さん」


 あたしは返事をしてから立ち上がって、食器を厨房に持っていった。


 開店準備をして、店を開ける。すぐに常連さんたちがどやどやと入ってきた。


「お、リューリア、久しぶりだな」


「旅に出てたんだって? どこまで行ったんだい?」


「旅に出たのは魔術師としての仕事だって聞いたけど、それはもう終わったのかい?」


 あたしは笑顔でお客さんたちの言葉に答えていった。


「お久しぶりです。旅はいくつかの場所に行きましたが、一番遠いのはコーラウスですね。旅に出た用件に関する話は明日の町会の会合でする予定なので、詳しくはその時に」


 久しぶりの仕事なので、常連さんから次々と声をかけられる。話の内容は似たようなものなので、何度も同じ言葉を繰り返しながら、仕事をこなしていく。


 朝の営業時間が終わった後行ったお風呂屋でも、昼や夜の営業時間中もそんな感じだった。明らかにされていない明日の会合の議題があたしの旅と関係があるとわかって、詳しく知りたがる人もいたけど、「明日まで待ってください」と繰り返して何とか逃れた。


 状況は次の日、町会の会合当日の朝と昼も大体同じだった。


 時間が進み、会合が近づいてくるにつれて緊張感も増していく。どんな風に話せばいいか頭の中で何度も考えて、どんな反応や質問が来てもいいように色々な状況を想定して、対応策を考える。


 仕事中はなるべく仕事に集中するようにしていたんだけど、家事の時間になると、頭のほとんどは会合の対策にばかり行ってしまう。


 義姉さんは、あたしの意識がほとんどここにないのをわかっているみたいで、必要以上に話しかけては来ず、放っておいてくれた。


 そして、いよいよ会合に向かう時間になった。兄さんとラピスと出ようとしていると、父さんが声をかけてきた。


「今日の会合には俺も行く」


「え……親父が?」


 兄さんが驚いて目をみはる。食堂は元々臨時休業にする予定だったけど、父さんまで会合に出る気になるとは思わなかった。


「ああ。議論がどうなるか、気になるんでな」


 父さんはそれだけ言うと、先に立って歩き出した。


「じゃあ、うちにはおまえ一人だけになるけど、大丈夫か?」


 兄さんが、見送りに出てきた義姉さんに問いかける。


「あたしは平気よ。心配しないで行ってきて」


 義姉さんが兄さんの背を叩いて送り出す。あたしは無言で、兄さんとラピスの後をついていった。


 集会所に着いて中に入ると、もう人がたくさん集まっていた。あと数分で会合が始まるだろう。


 あたしは町長さんとお師匠が立っている中央の壇上に向かった。壇に上って町長さんと簡単な打ち合わせをする。それが済むと、周囲を見回した。向けられるたくさんの視線に、指先が冷たくなってくる。


 これまでは、シアを護るためにとにかくやらなければ、という思いで隠されていた不安が、胸の中にわき出してくる。

 いくら町を護るためとはいえ、皆の命を危険にさらす提案をするんだ。嫌がられるだけならまだいい方で、怒りを向けられるかもしれない。皆に嫌われて、疎まれて、村八分にされたりしたらどうしよう。あたしのせいで家族にまで迷惑をかけることになったら? それで、家族にも恨まれて、あたしなんかいなければ良かったのに、って思われることになったら……?


 子どもの頃里の人たちほとんどみんなから疎まれていた記憶がよみがえってきて、ぎゅうっと胃が縮むような心地がした。口の中がからからになって、体が小刻みに震える。


 あたしは無意識のうちに、救いを求めるように胸元の瑠璃の首飾りに触れていた。


『ルリ、わたし、あなたが好きよ。幼なじみより、友達より、もっともっと大好き。あなたを愛してる』


 シアの声が頭の中に響いて、暗くなりかけていた視界がぱあっと明るくなった。


 あたしを好きだと、愛してると言ってくれるシアに、誇れる自分になりたい。そのためには、不安に押しつぶされてなんかいられない。シアを護りたい。シアの力になりたい。絶対に、やり遂げてみせる。


 あたしは両の拳をきつく握った。それからゆっくりと手を開いて、耳飾りの二つの石に触れる。


 それに、あたしは一人じゃない。離れていても応援してくれている人がいる。レティ母様とヨルダ父様の心はここにある。この場には、お師匠や兄さん、父さん、ラピスだっていてくれる。


 そうだよ。大丈夫。この町の人たちも家族も、あたしがこの町に帰ってきてからずっと優しくしてくれた。あたしをのけ者にしたり疎んじたりするような人たちじゃないはず。……中にはそういう人もいるだろうけど、その数はそんなに多くないはずだ。


 そう。この町の人たちを信じるって決めたじゃない。あたしの話をちゃんと聞いて、受け入れてくれる、って信じるんだ。


 それに、今朝お風呂屋の帰りに神殿に行って祈ってきたし、神々のご加護だってあるはず。だから大丈夫。きっと大丈夫。


 そう自分に言い聞かせていると、チリンチリーンと鐘の音が響いた。会合開始の合図だ。


 周囲のざわめきが消えて、皆がこちらを向く。町長さんが話し出した。


「皆、今日は集まってくれてありがとう。急な話で都合をつけるのに苦労した者も多いだろう。すまなかったね。だが、緊急で話しあわなければならない重要な話なんだ。先日町を襲ってきた魔獣に関することだ」


 集会所の空気がピリッと張りつめた。多くの人が強張った顔になる。


「前回の会合でイァルナさんが説明したことを皆憶えているだろうか。魔獣は瘴気のせいで生まれる物で、再び魔獣が生まれるのを防ぐためには、瘴気を浄化しなければならない。ルチルカルツ・シアさんがその仕事を行ってくれるはずだった。だが、予想外の事態が起きた。瘴気の量が予想よりも多くて濃度も高かったせいで、ルチルカルツ・シアさん一人では瘴気の浄化は行えなかったんだ。ルチルカルツ・シアさんはひとまずの処置として瘴気の発生源周辺に結界を張り、再び魔獣が生まれないようにしてくれた。実は今も、結界の張り直しに行ってくれている」


 町長さんは一旦言葉を切ると、大きく息を吸って、再び口を開いた。


「この話の要点は、魔獣を生み出す瘴気の浄化がまだ済んでいない、ということだ。結界で封じている以上可能性は低いそうだが、また魔獣が生まれてしまう可能性がある」


 町長さんの言葉に、集会所全体にざわっと動揺が広がる。町長さんは皆を抑えるように両手を上げて、話を続ける。


「私はこの話を、ルチルカルツ・シアさんが町に戻ってきてすぐに聞かされていた。だが、皆を無闇に怖がらせてはいけないと思って、情報を伏せていたんだ。それを不快に思う者もいるだろう。それに関しては、全面的に私に責任がある。すまなかった。だが、良かれと思ってやったことであるのは理解してほしい」


 町長さんはぐるりと周囲を見回す。その姿は堂々としていて、自分の判断は正しかったと信じているのが伝わってくる。


 集会所に集まった人たちはほとんどが周囲の人たちと言葉を交わしているけど、町長さんを責める声は上がらなかった。


 今の状況を皆が理解するのを待つためだろう、しばらく間を置いてから、町長さんが再び声を上げた。


「ここまでの話はいわば前置きだ。ここからはリューリアに話してもらう。なぜかというと、この会合を開くよう要請したのは彼女だからだ」


 町長さんがあたしに視線を向けて、一歩後ろに下がる。あたしはごくりと唾を呑んで喉を湿してから、一歩前に出た。



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