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第二十章 成果報告とシアの動揺(4)

 あたしは途中でお師匠と別れて、家へ帰った。住居部分の居間をのぞくと、ヨルダ父様だけでなくレティ母様もいて、二人でお茶を飲んでいた。


「ただいま。レティ母様、シアをほっといていいの?」


 あたしは二人の向かい側の椅子に座りながら尋ねた。


「おかえり、ルリ。シアは一応落ち着かせたわ。一人になりたいって言うから、自室に残してきたの。あの子も色々と心の整理をつけたいんだろうし」


「大丈夫かなあ。一人で放っておくと、余計に頑なになっちゃいそうだけど」


 レティ母様は苦笑めいた笑みを浮かべた。


「確かにそれは心配だけど、べったり張りついているわけにも行かないでしょう。シアももう子どもじゃないんだから」


「それはそうだけど……」


「それより、ルリの方はどうだったんだい? お師匠さんに相談してきたんだろう? うまく行きそうかい?」


「うん。お師匠はあたしに協力するって言ってくれた。二人で町長さんの家に行って、明後日の夜に町会の会合を開いてもらえるよう頼んできたところ。そこで、皆を説得する予定」


 レティ母様は、少し首を傾けてあたしを見つめた。


「ルリはあくまでも一般人を参加させる儀式を行うつもりなのね?」


「うん。……反対する?」


「その前に確認したいことがあるわ。儀式には無属性の人間が必要だって言ってたから、あなたも儀式に参加するのよね。つまり、あなたも命を落とす可能性がある。――そうよね?」


「……うん」


 レティ母様の目が強い光をたたえて、あたしを見据える。


「あなたはそれでいいの? シアを護るために、いえ、シアとわたしとヨルダを護るために命をかける覚悟があるの?」


「あるよ」


 あたしは、まっすぐにレティ母様の目を見返して、ためらわずに答えた。


「この方法で瘴気を浄化することになっても、シアやレティ母様、ヨルダ父様が死ぬ可能性がなくなるわけじゃない。やっぱりこの町のために命をかけてもらうことになる。それなら、あたしも一緒に命をかける。レティ母様たちが命をかけるのをただ何もできないまま見てるだけより、そっちの方がずっといい」


 しばらくの間、あたしとレティ母様は無言で見つめあった。それから、レティ母様が、ふっと息を吐く。


「わかった。あなたがそこまで覚悟を決めているのなら、反対はしないわ」


 あたしは安堵の息を吐いた。


「ありがとう、レティ母様」


「お礼を言うのはこっちの方よ。わたしたち〈神々の愛し児〉だけに瘴気の浄化を任せないで一緒に命をかけてくれるっていうあなたの覚悟は、すごくありがたいわ」


「そんなの、当然のことだよ」


「その、当然のこと、が、意外に難しいのよ」


 レティ母様は微笑んでから、コップを持ち上げてお茶を飲んだ。それからまた口を開く。


「話は変わるけど、ルリが町民の皆さんに浄化の儀式に関する話をするまでは、シアにはルリが何をやってるかは知らせない方がいいかもしれないわね。知ったら多分止めようとするでしょうし」


「なら、明日の朝シアを連れて結界の張り直しに行こうか。ちょうど頃合いだしね。戻ってくるのは早くても明後日の夜になるだろうから、シアがルリを止める機会もないだろう」


 ヨルダ父様が答える。


「そうね。今のシアには山歩きはいい気分転換になるでしょうから、そういう意味でもいいと思うわ。それで、できそうならちょっと説得もしてみる」


 あたしはレティ母様とヨルダ父様の顔を交互に見て、両の拳を握りしめた。


「あたし、がんばるからね。絶対町のみんなを説得してみせるから」


「あまり気負いすぎなくていいんだよ。仮に説得に失敗しても、ここまで努力してくれただけで、充分ありがたいと思っているから」


「ヨルダ、あなたの言ってることは正しいけど、縁起が悪いわよ。もし失敗したら、なんて話、ルリのやる気を削いじゃうでしょ。そういう話は、実際に失敗した時まで取っておくものなんだ、って、何度も言ってるのに」


「あー、そうだったね。ついつい前もって言いたくなっちゃうんだよね」


 はは、とヨルダ父様が困ったように頭をかく。「まったくもう」と言いながら、レティ母様が、仕方ない、と言いたげな笑みを浮かべる。


 二人のやりとりに、あたしは顔が緩むのを感じた。懐かしいなあ。昔に戻ったみたいだ。


「あたし、二人にまた会えて、ほんとにほんとに嬉しい」


 その言葉は、無意識に口からこぼれ出ていた。さっきも言ったことだけど、何回言葉にしても、どんな言葉を使っても、伝えきれないほど、嬉しいんだ。


 レティ母様とヨルダ父様はそろってこっちを向いて笑みを浮かべた。


「それは僕たちも同じ気持ちだよ。やっぱり手紙でやりとりするだけと、直接会って話せるのとは、全然違うからね」


「そうね。大きくなったルリの顔を見て、ルリがこれからもっともっと成長していく姿を見るためにも、絶対に死ぬものか、って気持ちが強くなったわ」


「ああ、わかるよ。娘がまだこんなに若いうちに死んじゃうなんて、すごくもったいないよね。もっと年を取った姿も見たいよ」


 二人の言葉に、大きな安堵があたしを包んだ。レティ母様とヨルダ父様は、死ぬつもりはないんだ。命をかける覚悟はあっても、死んでも構わないとは思っていないんだ。


 気が緩んだせいか、何だか体が重くなってきた。ふああああ、と大きなあくびが口から飛び出す。それを見たレティ母様が笑った。


「ルリったら、夜更かししてる子どもみたいね」


「うー、旅の疲れが溜まってる上に、帰ってきてからもまたばたばたしたから、なんか眠くなってきちゃって……」


「じゃあ、一度部屋に戻って休んだ方がいいんじゃないかい? あ、そうだ。その前に……レティ」


「あ、そうね」


 レティ母様が、椅子の背にかけていた肩かけ鞄の中から、布袋を取り出した。あたしに向かって差し出してくる。


「さっき宿屋に帰って取ってきたの。わたしとヨルダから誕生日の贈り物よ」


 あたしは顔を輝かせて受け取った。


「ありがとう」


 レティ母様とヨルダ父様は、あたしがクラディムに戻ってきてからも、誕生日には忘れずに贈り物を送ってきてくれた。それも嬉しかったけど、こうやって直接祝ってもらえるのはやっぱり格別だ。


 あたしはさっそく布袋を開けた。中には、二種類の石をつなげた耳飾りが一組入っている。青緑の地に黒い模様が散らばっている石と、真っ白な石だ。


「珪孔雀石と真珠の耳飾りだよ」


 ヨルダ父様の声に、顔を上げる。


「珪孔雀石は別名クリソコーラ。真珠は別名ペルル。わたしとヨルダの宝石よ。珪孔雀石はわたしが、真珠はヨルダが生み出した物なの。離れていても、わたしたちの心はいつもあなたと共にいるっていう証」


 レティ母様の言葉にじんわりと胸が温かくなる。


「二人とも、ありがとう。すっごく嬉しい」


 あたしはさっそく耳飾りをつけた。そのわずかな重みが、力をくれるような気がする。


「よく似合ってるよ」


「ええ、本当に美人さんよ」


 ヨルダ父様とレティ母様に褒められて、喜びと照れくささで頬が熱くなる。


「あたし、この耳飾り毎日つけるね。シアに貰った瑠璃の首飾りと合わせて、宝物にする」


「ええ。お守りのような物だと思ってちょうだい。あなたに神々のご加護があるように祈りをたっぷりとこめたから」


 ヨルダ父様が優しく微笑む。


「おまえの日々が平穏なものであるように、おまえの人生が幸せなものであるように、あふれるほどの喜びがお前を満たしてくれるように、ってね」


「うん……ありがとう」


 何よりも、ヨルダ父様とレティ母様のその気持ちが嬉しい。心から愛されていることを実感できる。二人の愛情を疑ったことはないけれど、こうして改めて確認できるとすごく幸せな気持ちになる。


 この気持ちが、あたしを強くしてくれる。シアだけじゃない。レティ母様とヨルダ父様のことも護るんだ。そう決意を新たにする。


 そのためにも、旅の疲れを癒して、気力と体力をしっかり回復させておかなくちゃ。


 そう自分に言い聞かせて、名残惜しい気持ちを振り払って、あたしは立ち上がった。


「それじゃあ、あたし自分の部屋に戻るね。レティ母様、ヨルダ父様、結界の張り直しから戻ってきたら、またお喋りしようね」


「ええ。いっぱいお喋りしましょう」


「ゆっくり休むんだよ、ルリ」


 二人に手を振って、あたしは自室に戻った。寝巻に着替えて寝台に倒れ込むと、すぐに眠気が襲ってきた。


 やらなきゃいけないことも考えなくちゃいけないこともまだあるけど、今は一旦休憩って決めたから、あたしは眠気に抗わずに意識を手放した。


 どれくらい経ったか、ぽっかりと水底から水面に浮かび上がるみたいに意識がすうっと浮き上がって、目が覚める。


 あたし、どのくらい寝ていたんだろう? 手燭の蝋燭に火をつけてから、木窓をちょっと開いて外を見てみる。庭も道も街も真っ暗で、明かりは見えない。耳を澄ましても、しんと静まり返っている。


 もう真夜中近いか、真夜中を回っちゃってるんじゃないかな。やっぱり随分疲れてたんだなあ、あたし。


 夕食も取らずに眠っていたものだから、おなかが空いている。あたしは手燭を持つと、足音を殺して部屋を出た。一階に下りて台所に入る。


 真夜中に料理を始めて家族や宿泊客を起こすわけには行かないから、棚を開けて、果物をいくつか取り出した。


 手早く簡単な夜食を終えてから、後片づけをする。


 それから庭に出て、水瓶の水を頭から浴びた。今日風呂屋に行けなかったから、そのかわりだ。お風呂に入るほどさっぱりはしないけど、汚れは一通り落ちただろう。髪、体、服、靴から水分を飛ばして、自室に戻る。


 明かりを消してまた寝台に寝転がるけど、さすがにすぐには眠くならない。あたしは宿屋の方に顔を向けた。


 シア、今頃何しているかな……って、さすがにもう寝てるよね。明日は朝から結界の張り直しに向かう予定なんだし。


 シアと次に顔を合わせるのは、町会の会合が終わった後だろう。あたしが町のみんなの説得に成功するか失敗するかした後。


 そう考えたら、胸がドキドキしてきた。お師匠も町長さんも、最低でも自警団の協力は得られるだろうって言ってくれたけど、本当にそうなるかな。あたし、変なこと言ったりやったりしちゃわないかな。


 あたしは、ぶんぶんと首を振った。ううん、だめだめ。弱気になるな。魔術師一族との交渉だって、ほとんどはうまく行ったんだから、今度もきっと何とかなる。この町の人たちを信じるんだ。


 その考えに、少し体から力が抜けた。そうだ。町のみんなを、自分たちの町は自分たちの力で護るんだって、自分たちの問題は自分たちの手で解決するんだって、それがこの町のやり方だって、誇りを持って口にするみんなのことを、信じるんだ。


 そう心の中で唱えながら、あたしはゆっくりと眠りの海に沈んでいった。



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