第二十章 成果報告とシアの動揺(2)
あっという間に食事を終えて、一息つく。
その頃にはレティ母様とヨルダ父様も食べ終えていたので、食堂を後にした。二人を案内して建物の住居部分に行き、居間で座ってもらった。お茶を用意すると、あたしも席に着く。
「それで、えーっと、二人はあたしが何で旅に出てたか聞いてる?」
「ええ。わたしたち〈神々の愛し児〉が死ななくて済む瘴気の浄化方法を探しに、魔術師一族に会いに行っていたんでしょう?」
「シアが命を落とすのを防ぐために、色々な人に協力してもらって必死に方法を探してたんだってね。セイーリンさんが教えてくれたよ」
「うん。だって、シアが死んじゃうのなんて絶対に嫌だもん。おまけにそれがあたしのためなんて、そんなの見過ごせるわけないよ」
勢い込んで言うあたしに、レティ母様がうなずいた。
「そうね。ルリはそういう子よね」
「シアだけじゃないよ。レティ母様とヨルダ父様だって、死んじゃったら嫌だよ」
「わかってる。そう思ってくれて嬉しいよ」
微笑むヨルダ父様に、あたしは少し頬をふくらませてみせた。
「でも、あたし、ヨルダ父様とレティ母様にも、ちょっと怒ってるんだよ。一族の使命が命がけだってこと、あたしに秘密にしてたから」
ヨルダ父様が眉を下げる。
「それは悪かったよ。でも、おまえを心配させたくなかったんだ。おまえはまだ小さかったしね」
「そうよ。あなたが怒る気持ちもわかるけど、間違った判断をしたとは思ってないわ。あの頃のあなたには、まだ事の重大さを受け止める心の準備ができていなかったと思うもの」
あたしはむうっとレティ母様を睨んだけど、すぐに息を吐き出した。
「……レティ母様とヨルダ父様がそう判断した理由は、理解はできるよ」
ちょっと納得できない気持ちはあるけど、二人が間違っていたとは言いきれない。十歳のあたしは、実際、使命が命がけだなんて聞かされたら、心配でたまらなくて、レティ母様やヨルダ父様が旅に出るたびに恐慌状態に陥ってたんじゃないかと思うし。
だから、二人に対しては、シアに対するほどの怒りはない。でも不満が全くないわけじゃないから、文句を言ってみたかっただけだ。二人に甘えてるといえばそうなんだろう。
「まあ、それはともかく、旅先で何か方法が見つかったんだって?」
話題を変えたヨルダ父様に、あたしは気持ちを切り替えてうなずいた。
「うん、そうなの。あのね、レザレイリア・クローさんって人が先祖の手記で読んだ方法なんだって。〈神々の愛し児〉と無属性の人間とそれ以外の普通の人たちが大勢で力を合わせることで、危険を分散させて、死ぬ可能性を減らせるって」
レティ母様が驚きに目を見開く。
「一般人を瘴気の浄化に参加させるってこと? そんな方法があるの?」
ヨルダ父様の方は、何かに思い当たったような顔をしている。
「そういえば、そんな話を聞いたことがあるよ」
「え、ヨルダ父様、この方法知ってたの?」
「いや、詳しく知っていたわけじゃない。だけど……おまえは憶えてるかな、僕の友人でジャヴィって男がいただろう」
「えーっと……あ、ぼさぼさ頭でいっつも眠そうにしてた人?」
「ああ、そいつだよ。ジャヴィは里に伝わる文献を集めた書庫の管理人なんだ。知識の番人、と呼ばれる役を務めている。この役は――」
「あ、それなら知ってる。魔術師一族の人に聞いた」
「そうなのか。まあ、それはともかくそのジャヴィが、一般人を集めて行う浄化の儀式があるって言ってたことがあるんだ」
あたしは首を傾げた。
「書庫の管理人さんが知ってるってことは、詳しいやり方なんかを書いた書物があるってことじゃないの? じゃあ何でその方法で浄化しないんだろう。……もしかして、その方法が使えない理由が何かあるの? 理論上は可能でも実際には無理とか?」
あたしは不安になってヨルダ父様を見つめた。レザレイリアさんに聞いた方法がもし使えないものだったら、シアもレティ母様もヨルダ父様も死んじゃうかもしれないんだ。そんなの嫌だ。シアが死んじゃうかもしれないってだけでも怖くてたまらなかったのに、レティ母様とヨルダ父様もなんて、そんなのつらすぎるよ……。
大きな手に胃をぎゅっとつかまれたかのような気分のあたしの目の前で、ヨルダ父様は首を振った。
「いや、実際に使うことができる方法のはずだよ。昔はそれなりに広まっていた方法だと聞いた憶えがあるし。おまえが言ってたレザレイリアって人が読んだ手記も、その方法が実行された時に書かれた物だろう」
あ、そういえばそうか。レザレイリアさんの口ぶりだと、実際に行われた儀式を書き留めた物って感じだったもんね。何だ、良かったあー。
「ただ……」ヨルダ父様は少し顔を曇らせて続けた。「実行するのは簡単じゃない、と聞いている。何といっても、参加者が死ぬ可能性のある儀式だからね。大勢の参加者を集めることが難しくなって、だんだん使われなくなっていったみたいだよ」
「そうなんだ……」
「わたしも初耳だわ。学校で歴史の時間に教えていてもいいのにね」
不思議そうなレティ母様に、ヨルダ父様が苦笑した。
「これは、あまり表沙汰にできない情報なんだよ。……命の危険を恐れて一般人が協力してくれなくなったから、使われなくなった、なんて広く知らせられないだろう?」
何かを含んだような言い方だった。それを聞いたレティ母様が納得した顔になる。
「それはそうね。あなたも本当は知っていてはいけないんでしょ?」
「まあね。酒の場でジャヴィがうっかり口を滑らせたんだけど、後で固く口止めされたよ」
あたしは話についていけなくて、口を挟んだ。
「ねえ、あたしよくわからないんだけど、何で皆にこの方法のこと教えちゃいけないの?」
レティ母様とヨルダ父様がちらっと視線を交わす。そしてヨルダ父様が口を開いた。
「一般人が命の危険を恐れて瘴気の浄化に参加しなくなったってことは、言い方を変えれば、一般人が僕ら〈神々の愛し児〉だけに命の危険を押しつけている、ってことになるだろう? そんな情報を広く知らしめれば、一般人に対して怒りや恨みを抱く者たちが出てくるかもしれない。それで、この情報は長老たち始め一部の限られた人間しか知らないんだよ」
「そっか……そうだよね。一般人でも瘴気の浄化に参加できるなら、〈神々の愛し児〉は何で自分たちだけが命の危険を背負わなければならないんだ、って思っちゃうよね……」
あたしはしみじみとそう言った。あたしが〈神々の愛し児〉だったら納得行かないし、不公平感を覚えると思う。誰だって、死ぬのなんか嫌なんだし。
そう考えていると、背後から「お待たせ」という声が聞こえた。振り向くと、大きく開いてある居間の扉からシアが入ってくるところだった。
「シア! もう仕事終わったの?」
「ええ。セイーリンさんたちがまだ洗い物しているから手伝おうかと思ったのだけれど、わたしは早くルリの話を聞きに行った方がいい、って言われちゃって」
言いながら、シアはあたしの隣に座った。あたしはティーポットを持ち上げて、シアの目の前の空のコップにお茶を注いだ。
シアには、さっき食堂を出る時に、居間で話をしているから仕事が終わったら来て、って言ってあったんだ。シアにレザレイリアさんから聞いた方法を説明して、今後のことを話しあわないといけないから。
シアが微笑みながら、あたしの方を見る。
「改めて、おかえりなさい、ルリ。旅はどうだった?」
「うーん、大変なことも楽しいことも嫌なこともあったよ。でも色々勉強になった。目的も一応果たせた……と言っていいと思うし」
あたしの言葉に、シアが真面目な顔になる。
「わたしたちが知らない瘴気の浄化方法が見つかったの?」
「えーと、正確には知らないわけじゃないみたいなんだけど……あ、でも、シアは知らないんだよね。でもシアの里の長老たちは知ってて、だけど隠してるんだって。あたしも今聞いたばっかりだけど」
シアは戸惑った顔になった。
「長老様たちが隠しているって……一体どんな方法なの?」
「シアたち〈神々の愛し児〉だけじゃなくて、大勢の一般人を集めて浄化の儀式を行う方法なの。あ、無属性の人間も必要なんだって。この方法を教えてくれたレザレイリアさんは、無属性のあたしがこの話を訊きに来たのは何かの巡り合わせとしか思えない、って言ってた」
シアは驚いた顔になった。
「一般人を瘴気の浄化に関わらせるの? そんなことが可能なの? だって、一般人は瘴気を自分の意思で取り込めないでしょう」
「うん。だから魔力の紐で皆をつないで、〈神々の愛し児〉が一般人の体に瘴気を送り込むんだって。そうやって危険を分散させることで、死ぬ可能性を減らせるって」
あたしの言葉に、シアの顔がすうっと青ざめた。
「それはつまり……儀式に参加する一般人も死ぬ可能性があるってことではないの?」
「そうなんだ。だから参加者を集めるのは大変だと思う。でもあたし、がんばるから。町会の会合で皆を説得して……」
あたしは、言葉を途切らせた。シアの顔から一層血の気が引いて、今や真っ白になっていたからだ。
「シア? どうしたの?」
「……だめよ、そんなの」
「え?」
「一般の人に命の危険を背負わせるなんて……それは使命から逃げることと同じだわ。わたしは……わたしは、そんなこと、絶対にやったらいけないのに……」
どこか遠い所を見ているようなうつろな表情でシアがつぶやく。
あたしは、戸惑ってシアの肩に触れた。シアが、びくっと大きく体を揺らす。そして、どこか怯えているような顔であたしを見た。
「その方法はだめ……。わたしは賛成できないわ……」
「な、何で? せっかく探し当ててきたんだよ? これで、シアが死んじゃう可能性を大幅に減らせるんだよ?」
「でも、大勢の人を巻き込むことになる。わたしは……わたしたちは、そんなことをしてはだめなのよ」
「それは……確かに大勢を命の危険にさらすことになるけど、でも死ぬ可能性はそんなに高くないんだよ。それに、自分たちの町を護るためだもん。協力してくれる人たちをそれなりの数集められると思う。実際にみんなに話してみないとわからないけど――」
「だめよ!」
シアが突然大きな声を上げて、あたしは驚きに思わず身を引いた。
シアはぎゅっと目を閉じて両手を胸の前で握りしめている。その手が白くて、かなりの力が入っていることがわかる。
「わたしはそんなことできない。そんな……そんなこと……死にたくないっていう身勝手な欲で人を死なせる……傷つけるなんて……それじゃあ、ジド兄様と同じになってしまう……」
シアはまるでうわごとのように「だめよ」と繰り返す。あたしはぽかんとそれを見ていた。何が何だかわからない。
「落ち着いて、シア」
気がつくとレティ母様がシアのすぐ横に立っていた。シアの肩を抱くようにして立ち上がらせる。
「あなたの部屋に行きましょう。ちょっと気持ちを整えた方がいいわ」
「レティ母様……」
思わず声を上げたあたしに、レティ母様はたしなめるような目を向けてくる。あたしは口をつぐんだ。
無言のまま、居間を出ていくシアとレティ母様を見送る。それから、ヨルダ父様に向き直った。
「シアってば、一体どうしちゃったの? シアの様子、明らかにおかしかったよね?」
あたしはさっきのシアの言葉を一通り思い返してから、付け加えた。
「ジド兄様と同じになってしまう、ってどういうことだろう? ジドって、シアの下のお兄さんだったよね?」
親しくはなかったけど、顔と名前くらいは憶えている。気性が激しくて、いっつも苛々している感じで、苦手だった。
ヨルダ父様は複雑な顔でしばらく考えていたけど、やがてふうっと息を吐いた。
「そうだよ。スピネル・ジド。シアの兄だ。……ジドは、三年前に、里を追放されたんだ」
「追放? 何でそんなことに……」
「魔法で人を傷つけたからだよ。僕たち〈神々の愛し児〉にとって、魔力は神々に与えられた神聖な力。その力で人を傷つけるのは、禁忌なんだ。……これは本当は一族外の人間にもらしてはならないことなんだけど、おまえは秘密を護れるね?」
「う、うん。もちろん。……でも、一体何でそんなことになっちゃったの? ジドさんは確かに荒々しい感じの人だったけど、何の理由もなく人を傷つけるような人じゃなかったはず……多分だけど……」
ヨルダ父様は言葉を選ぶようにちょっと沈黙してから、また口を開いた。
「それを話すには、当時の里の状況を話さないといけない。おまえは知らなかっただろうけど、僕たちの里では、何年も前から住民の中で争いがあったんだ。瘴気の浄化に関してね。ほとんどの者たちは、瘴気の浄化と歪みの消去を神々に与えられた使命だと信じて、不平不満を言わずにその使命を果たしていくべきだと考えている。だけど、中には、命の危険を伴う務めなのに対価が少なすぎる、と考える者たちがいた」
「対価?」
「僕たちは基本的に瘴気を浄化したり歪みを消す対価をこちらからは求めない。それらを行う力は神々に与えられた神聖な力だから、私利私欲のために使ってはならない、と言われているんだ。だから、国から謝礼として提示されたものを注文をつけずに受け取るだけだ。それだけじゃなく、対価なしで歪みの消去と瘴気の浄化を行うことも多い」
「そうなんだ……」
そんな仕組みになっていたなんて、知らなかった。まあ、あたしはシアたち一族の使命のことさえろくに知らなかったんだから、当然だけど。
「そういうわけだから、いつもいつも満足できるだけの対価が得られるわけじゃない。そもそも、人によっては、どれだけ高価な物や珍しい物を貰ったって命をかける対価としては釣りあわない、と感じたりもする。うちの一族は宝石を生み出せて、お金に困ることはないから、尚更ね」
「それは確かにそうだよね。あたし、その気持ちわかるよ」
ヨルダ父様は、少し困ったように眉を下げた。
「……そうだね。そういう意見が出てくるのは、自然なことで、仕方のないことだと思う。だけど、だからといって、その者たちが主張するようにこちらからあれこれ対価に注文をつけるわけにも行かない。それを許せば、おそらく要求には際限がなくなっていくからだ。さっきも言ったように、どれだけ物や権力を貰ったって命の対価には釣りあわない、という考えは消し去れないからね」
ヨルダ父様は、ちょっと険しい顔になった。
「でもそうやって、歪みを消したり瘴気を浄化する対価をどんどん吊り上げていけば、相手だって支払いを渋るようになる。大勢の命に関わることだから、そう簡単に交渉の席を立ったりはしないだろうけど、それでも民の命より金や体面が大切だと考える為政者は必ず現れるだろう。そういう為政者を戴いてしまった国の民を苦しめるのは、僕たちの本意じゃない。為政者の民を思う心の強さ次第で何の罪もない人々が魔獣から護られたり護られなかったりするのはおかしい。それは間違いなく神々のご意思に背くことだ。神々の愛し児を自称する僕らが、そんな状況を作り出すわけには行かない」
ヨルダ父様はきっぱりと言った。
「だから、長老たちはずっと、対価に注文をつけるべきだと主張する者たちの意見を退けてきた。だけどその態度があまりに頑なで、頭ごなしに押さえつけるだけだったものだから、そういう者たちは不満を募らせてきたんだ。それが、三年前に、ついに爆発した。激しい言い争いになって、それが乱闘にまで発展した。ジドはその最中に魔法で人を傷つけてしまったんだ」
「……どのくらいの怪我をさせてしまったの?」
あたしはおそるおそる訊いた。ヨルダ父様は、安心させるように微笑む。
「相手の命に別状はなかったし、後遺症も残らなかったよ。すぐに回復魔法で癒したせいもあるけど、ジドもそこまで怒りに我を忘れてはいなかったということだろう」
ヨルダ父様の顔が曇る。
「だけど、ジドが禁忌を犯したことに違いはない。ジドは問答無用で里を追放された」
「そんなことがあったんだ……。さっきシアが動揺していたのは、その時のことを思い出したからってこと?」
「だろうね。……ジドのやったことは里中でかなり非難されて、ジドの家族は未だに冷遇されているから……。シアも色々とつらい思いをしてきた。それで、おまえの話にあんな反応をしてしまったんだろう」
「あたし、そんなこと全然知らなかった……。シアの手紙には、そんなこと全く書かれてなかったし……」
「シアは、おまえに心配をかけたくなかったようだよ。それに、ジドの行いを恥じていて、人に話したくないと思ってもいるようだ」
あたしは視線を床に落とした。シアの身にそんな重大な事件が起きていて、なのにそれをあたしは教えてもらえなかった。そのことは悔しいし、ちょっと傷つく。
でも、シアの気持ちもわかる気がする。シアは潔癖で曲がったことが嫌いだから、兄が禁忌を犯したなんて、多分考えたくも思い出したくもないことなんだろう。
あたしは顔を上げてヨルダ父様を見つめた。
「……ヨルダ父様は、一般人を集めて瘴気を浄化する方法についてどう思う? シアと同じように反対する?」
ヨルダ父様はしばらく考えていたけど、やがてゆっくりと首を振った。
「僕は、反対はしないよ。この町の人たち次第だと思う。この町の人たちが僕たちと一緒に命をかけてくれるというなら、それはありがたいことだ。断る必要はないと思う」
あたしはほっと肩の力を抜いた。シアだけでなくヨルダ父様にまで反対されたらどうしようかと思った。
「じゃあ、どうにかしてシアを説得しなくっちゃ。何て言えばわかってくれるかなあ……」
「どうだろうね。シアにとってジドのことは本当に心の重荷になっているから、シアがこの方法を受け入れることをジドのやったことと同じだと感じている以上、そう簡単には説得できないだろう」
ヨルダ父様は、ふう、と息を吐いた。
「ジドの件があってから、シアは変わったよ。他人に隙を見せないようになった。上辺をいつもきれいに取り繕って……元々器用な子ではあったけど、何でも完璧にこなすようになった。誰にも批判されないように、といつも気を張っているみたいだ」
あたしは、再会してからのシアの言動を思い返した。
「だからシアは、あんなに何でもできていつも落ち着いてるように見える人になったんだね……」
「そうだよ。そうやって完璧な“いい子”であろうとしているんだろうね。里の皆に受け入れてもらえるように。……その努力を見ていると、時々痛々しくなるよ。僕やレティの前では少しは肩の力を抜けているようだけど、それでも、ね」
ヨルダ父様は、やりきれない、というように首を振った。
「とにかく、それくらいシアにとってジドの件は影響が大きかったんだ。そんなシアを説得する方法があるとしたら……そうだね。ジドのやったことと今回のことは違うんだ、とシアにわかってもらうことじゃないかな」
「どうやって?」
「この町の人たちが、命の危険を冒してでも瘴気の浄化に関わりたいと思うなら、そうすると決めたのなら、かれらに協力してもらうことはかれらの意思を尊重することだ。ジドの事件のように加害者と被害者という関係ではなく、僕らとかれらはいわば対等な協力関係だ。その違いを強調すれば、シアもわかってくれるかもしれない」
「つまり、シアより先に町の人たちを説得した方がいいってことだね」
「そうなるね。町の人たちがこの浄化の儀式を行うことに前向きなら、シアの感じ方も変わってくるんじゃないかな」
「なるほど」
あたしはうなずいてから、うーん、と天井を見上げた。
「町の人たちを説得するには、やっぱり、自分たちの町は自分たちの力で護るべきだ、って強調するのが一番効果的だって思うんだけど、どう思う?」
ヨルダ父様が苦笑交じりに言った。
「それは僕に訊かれても困るな。僕はこの町のことはほとんど知らないから、答えられないよ」
「あ、そっか」
小さい頃の癖で、ヨルダ父様やレティ母様は何でも知っているかのように感じてしまうけど、そんなことはないよね。相談するなら、クラディムに詳しい人でないと。
あたしは少し考えてから、ヨルダ父様を見た。
「ヨルダ父様、しばらくうちにいてくれる? あたしが出かけてる間、ラピスの面倒を見ててほしいの。あ、面倒を見るっていっても、特に何かする必要はないよ。ただ、ラピスは無属性だから、魔力暴走を起こした時のためにいてほしいだけ。シアは今対処できる状態じゃなさそうだし」
「構わないよ。おまえが帰ってくるまでここにいればいいんだね?」
「うん。じゃあ、お願い」
「ああ。安心して行っておいで」
「あ、家族に訊かれたら、あたしはお師匠の所に行ったって言っておいてね」
あたしはそう言い残すと、急ぎ足で家を出て、お師匠の家に向かった。




