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第十六章 ライファグ一族(1)

 旅に出てから二日後の正午を少し過ぎた頃、セザンの町に無事到着した。大きな街道から少し離れているせいか、うちの町クラディムより通りを歩く人の数が少ない気がする。


 あたしは、まず道端の屋台でサンドイッチを買った。平パンに肉と野菜を挟んだ何の変哲もない物だ。代金を渡しながら、屋台の主人である中年男性に問いかける。


「この町で評判のいい宿屋はどこですか?」


「それなら……」


 宿屋の名前が二つ上がる。その二つの宿屋の場所を聞いて、あたしはお礼を言って屋台を離れた。こうやって地元の人間に宿屋を紹介してもらうのがいい、というのもお師匠の教えだ。


 歩きながら今買った物を食べる。ちょっと行儀が悪いけど、多くの人がやっていることだから目立たない。


 あたしはもぐもぐと口を動かしながら、ちらっと空を見上げた。空一面を覆う雲の色がさっきより暗くなっている。もう少ししたら雨が降りそうだ。降り出す前に町に着けて良かった。


 屋台のおじさんに教えてもらった一つ目の宿屋は、普通の家とほとんど変わらないような小さな宿屋で、残念ながら満室だった。

 二つ目の宿屋は、同じくらい小さいけど、幸いまだ空き室があるという。入口はきれいに掃除されているし、受付をやっているあたしより少し年下くらいの男の子も礼儀正しいし、ここなら大丈夫そうだ。


 そう判断して、一泊分の宿代を払う。受付の男の子は部屋に案内して寝台を整えてから、鍵をくれた。


「それじゃ、ごゆっくりどうぞー」


 そう言って部屋を出ていく。


 あたしは、きれいに掃除されている部屋で、さっそく荷物を広げた。風呂用具一式を取り出して、財布と一緒に肩かけ鞄に入れて、部屋を出る。扉に鍵をかけるのは忘れない。


 ちなみに財布には、一般的な風呂屋の料金一人分より少し多いくらいしか入れていない。財布をなくしたり盗まれたりしたら困るからね。


 受付の男の子に風呂屋の場所を尋ねて、宿屋からちょっと歩いた所にある風呂屋に着いた。手早く旅の汚れを落とす。ゆっくりしている暇はないので、湯には浸からない。


 風呂屋を出ると、宿屋に戻って、魔術師一族との面会用に持ってきた一番いい服を取り出した。白いシャツとくるぶし丈の群青のスカートだ。


 何日も背負い袋の中に入れっぱなしだったため、しわができているので、宿屋の受付の男の子に言って、アイロンとアイロンをかける場所を借りる。


 火魔法で熱くしたアイロンで丁寧に服のしわを伸ばすと、部屋に戻って着替えた。靴下も新しい物に替える。靴も、かさばるけどわざわざ上等な物を持ってきているので、そっちに替える。


 次に、手鏡と化粧道具一式、櫛を出して、化粧をし、髪を梳かして一部だけ後頭部で結ぶ。


 最後は香水瓶を取り出して、手首に香水をつける。ちなみにキャルメの花の香水だ。シアが傍にいてくれてるみたいで、力づけられるから、これにした。


 身支度が整うと、お師匠の研究結果が載っている紙束を一つと、宝石が入っている布袋を肩かけ鞄に入れる。


 これで準備は万端かな。忘れていることがないのを祈ってから、さっきまで着ていた服一そろいを持って部屋を出る。


 受付で、明日の朝までに洗濯が終わるかを訊いてみると、大丈夫とのことだったので、汚れた服を預ける。それから、更に尋ねた。


「魔術師のライファグ一族の館に行きたいんですが、道順を教えてくれませんか?」


 受付の男の子は、びっくりしたような顔で、あたしを見つめた。


「お客さん、ライファグ一族に用があるんですか?」


「はい。私も魔術師なんです」


「え、そうなんですか」


 男の子はあたしの頭からつま先まで眺めてから、ちょっと首を傾けた。


「お客さんは、こう言っちゃ何ですけど、あまり魔術師には見えませんね」


「そうですか?」


「ええ。偉そうなところもないし、宝石の飾りを色々つけてたりもしないし、普通の女の子みたいです」


「私は魔術師といっても魔術師一族の出ではないので、魔術師一族の方とは色々違うんだと思います」


「へえ、なるほど」


 納得した顔になった男の子は、身を乗り出して声を潜めた。


「館の場所を訊くってことは、お客さん、ライファグ一族と親しいわけじゃないんですよね?」


「ええ。ある件での協力を仰ぎたくて、知りあいの知りあいの伝手で面会を取りつけてもらったんです」


「じゃあ、覚悟して行った方がいいですよ」


 男の子はちょっと顔をしかめる。


「ライファグ一族の人たちはみんな、何ていうか偏屈で横柄だから。自分たちは特別で普通の人間とは違うんだ、って鼻にかけてる感じがするって、町では好かれてないんです。魔術師の力が必要な時は力を貸してもらわなきゃならないから、機嫌を損ねないように、皆表には出しませんけどね」


「そうなんですか……」


 あたしの手が緊張でちょっと汗ばむ。今からそんな人たちの元を訪ねて、その人たちが秘匿したがっている情報を共有してもらえるよう交渉しなくちゃいけないのか。うう、あたし本当にうまくやれるかなあ……。


 不安がふくらんでくるけど、あたしは一つ首を振ってそれを振り払った。やる前から怯んでいちゃだめだ。勇気を出して、向かっていかなくっちゃ。


 改めてライファグ一族の館への行き方を訊こうと口を開いたところで、目の前の男の子の頭に、ガツンと拳が降ってきた。


「いってえ! 何すんだよ、母ちゃん!」


「あんたがぺらぺらと余計なお喋りしてるのが悪いんだろうが」


 どこからか現れた中年女性が、男の子の耳をつかんでひねり上げる。


「痛え、痛えって、母ちゃん!」


「ライファグ一族の噂話なんて、よその人にするんじゃないよ。あの人たちの耳に入ったらどうするんだい。本当におまえと来たら、女の子にはすぐへらへらして口が軽くなるんだから……」


 女性の説教はどうも長くなりそうだったので、あたしは急いで口を挟んだ。


「あの、お取り込み中すみませんが、ライファグ一族の館への道を教えていただけませんか?」


「あら、嫌だ。すみませんね、みっともないとこ見せちゃって」


 女性は、男の子から手を離して、愛想笑いを浮かべる。それから館への道順を教えてくれた。


 あたしはお礼を言って宿屋を出た。歩き出したところで、ぽつり、と雨粒が顔に当たった。あ、とうとう降り出したか。

 体の周りに風の壁を作って、雨に濡れたり道行く人や馬車が跳ね上げた泥が体についたりしないようにする。


 教わった道順どおりに歩いていくと、しばらくして厳めしい外見の館に着いた。


 館の大きさは、うちの町長さんの家とそう変わらないんだけど、尖った槍が並んでいるような作りの柵といい、厳重に閉められた重そうな門といい、近寄りがたい雰囲気がある。


 柵のかわりに生垣に囲まれていて、門がいつも開いている町長さんの家は、随分と親しみやすい雰囲気をまとっていたんだな、って初めて気づいた。きっと町長さんは、町民が訪ねてきやすいように、計算してそうしているんだろう。


 そんなことを考えながら、門についている鐘を鳴らす。数拍置いて、声が聞こえた。


『この館にどのようなご用件でしょうか』


 鐘の下に描かれている魔法陣から聞こえてくるようだ。さすがは魔術師一族の館。


 見えない相手と喋ることに戸惑いを感じながら、あたしは少し声を張り上げた。


「私は魔術師のリューリアといいます。レリオール・アレファという方の紹介で、ライファグ一族の方に会いに来ました」


『少々お待ちください。主人に確認して参ります』


 それからしばらく待っていたけど、魔法陣はずっと沈黙したままだ。大丈夫かなあ。何かすれ違いでもあって実は話が通ってなかった、なんてことはないよね? ああ、もう、ただ待ってるだけって不安になる。


 それに暑い。気候はすっかり夏だからなあ。雨が降っているせいで湿度も高くて、蒸されるようだ。


 宿屋を出る時に火魔法で冷やした空気を体にまとわせてきたんだけど、ここまでの道のりでその冷気もすっかり温まっちゃったんだよね。


 あたしはもう一度自分の体に火属性の魔力をまとわせて、気温を下げた。雨と泥除けの風の壁を保ちながら別の魔法を使うのは、ちょっとコツがいるけど、まあまあ慣れているので失敗せずにできた。


 それからハンカチを取り出して額の汗をぬぐう。この汗じゃ、せっかくのお化粧もすぐに落ちてしまいそうだ。現にハンカチに白粉がついている。


 そんなことを考えながら時間をつぶしていると、ようやく魔法陣から声が響いた。


『お待たせしました。お入りください』


 声と同時に、門が勝手に開く。へえー、すごいな。どういう仕組みなんだろう。魔法陣を使っているんだろうけど、一体どんな魔法陣なのかは想像もつかない。あたしは、魔法陣はまだ習い始めてそんなに経ってないからな。帰ったら、お師匠に訊いてみようか。


 あたしが門の間を抜けて敷地に入ると、それを見て取ったように門がまた勝手に動いて閉まった。


 道なりに歩いていくと、少しして館の入口に着いた。あたしが到着するのと同時くらいに扉が開いて、執事と思しき年配の男性が出てきた。少しの間あたしを値踏みするように見つめてから、礼を取る。


「いらっしゃいませ。どうぞ中へ」


 口調も態度も丁寧ではあるんだけど、なんか心からのものだって感じがしない。本当はあたしに礼なんか取りたくないんじゃないかな、って思わされる。


 あたしの被害妄想かもしれないけど……と考えたところで、宿屋の男の子の言葉を思い出した。ライファグ一族の人は偉そうだ、って言っていたっけ。使用人も同じなのかな。


 少なくとも館の中はひんやりとしていて、心地が良い。調度品は上等そうだけど、町長さんの家で慣れているから、それくらいで萎縮してしまったりはしない。あたし、町長さんちに行くのに慣れていて良かったなあ。


 応接間に通されると、すぐにお盆を持った女性がやってきて、お茶と茶菓子をテーブルの上に並べた。


「ありがとうございます」


 肩かけ鞄をソファーに置きながら声をかけると、女性は少し驚いた顔をしてから、あからさまにこっちを見下すような顔になった。……感じ悪い。


 女性はあたしの前のティーカップにだけお茶を注いで、テーブルの反対側に置かれたティーカップは空にしたまま、応接間を出ていった。


「主人は所用ですぐには来られませんので、しばらくの間お茶をお楽しみください。何かご用がおありの際は、そちらの鐘を鳴らしてください」


 執事さんは、そう言って応接間を出ていった。扉も閉めていく。なんか閉じ込められたような気分で、心細くなる。


 あたしは、気をまぎらわせようと、お茶を飲んだ。さすがに高級な茶葉が使われているけど、お師匠のほどおいしくはない。お師匠ってば、本当にお茶に関しては贅沢してるんだ。


 ティーカップをテーブルに戻して、ソファーの上の肩かけ鞄からお師匠の研究成果が載っている紙束を取り出してテーブルの上に置く。これは交渉材料だから、準備しておかないと。


 もう一つの交渉材料になりそうな金剛石は、ちょっと悩んだけど、今は出さないことにした。最初から全ての手札を見せてしまうのは良くないだろう。


 いよいよ交渉だと考えると緊張で喉が渇いてきたので、もう一口お茶を飲む。それから、トーティスさんに教わった交渉時の注意事項を頭の中で繰り返した。


 感情を表に出さないだけでなく、平常心を保たないといけないよね。それから、なめられないようにしないと。ちょっとでも立派に見えるよう、髪や服を手で整える。


 それにしても、この館のご主人遅いなあ。所用があるって執事さんは言っていたけど、それって一体どのくらいかかるんだろう。


 そわそわしながら、ちびちびとお茶を飲んで待つ。だけどティーカップのお茶を全て飲み終わる頃になっても、応接間の扉は開かなかった。


 えーと、あたし忘れられてないよね?


 少し迷ってから、テーブルの上に置かれた小さな鐘を鳴らす。リリーンという澄んだ音がして、数拍置いて応接間の扉が開いた。執事さんとも最初にお茶を持ってきてくれた女性とも違う、若い女性が入ってくる。


「何かご用でしょうか」


「あの、ご主人はまだいらっしゃらないのでしょうか? あとどのくらい待てば良いのか、尋ねてきていただけないでしょうか」


「申し訳ありませんが、主人の邪魔はするなとの命を受けております。どうぞもうしばらくお待ちくださいませ。他にご用がないようでしたら、失礼いたします」


 若い女性はそっけない口調でそう言って、応接間の扉を閉めて出ていってしまった。


 ……やっぱりあたし、招かれざる客って思われてる感じがするんだけど、考えすぎ?


 むうっと唇を尖らせつつ、仕方がないのでティーポットから新しくティーカップにお茶を注ぐ。あ、このティーポットの下に置かれてたのも魔道具だ。多分保温の魔道具だろうな。魔法陣に見憶えがあるし、用途から考えてもそうとしか思えないし。


 またお茶を飲み時々お茶菓子をつまみながら、一時間くらいその応接間で過ごしたところで、ようやく扉が開いた。



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