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第十五章 出立(1)

 宿屋と酒場巡りをしてから三日後、未だに町長さん以外の魔術師一族に伝手のある人を見つけられずに、あたしが焦りを募らせていたところ、〈エスティオス宝飾店〉のナハリさんから、店に来てほしいという伝言を貰った。


 使いの人が来たのは、そろそろ食堂の昼の営業時間も終わろうかという頃だった。


 あたしは義姉さんとティスタに断って、仕事を早めに切り上げ、ラピスを連れて〈エスティオス宝飾店〉に向かった。


 店に着くと、奥の部屋に通される。テーブルの上に並べられたお茶や茶菓子に手をつける気分になれず、あたしはじりじりしながら扉の方ばかり見ていた。


 ようやく――といっても、実際には数分後だろうけど――ナハリさんが扉から入ってくる。


「こんにちは、リューリアさん」


「こんにちは、ナハリさん。あの、ご用件というのは何でしょうか?」


 ドキドキしながら尋ねる。お願いだから吉報でありますように。


 ナハリさんは微笑んだ。


「ご要望どおり、魔術師一族との面会の手筈が整いましたよ」


「本当ですか!?」


 あたしは身を乗り出して叫んだ。興奮を抑えきれない。


「ええ。コーラウスという都市はご存じでしょうか?」


「えーと、確かここから東の方にある都市でしたでしょうか?」


「そうです。そこにお住まいのヨムカムという一族の方が、会ってくださるそうです」


「あ、ありがとうございます!」


 ようやく、ようやく魔術師一族の一つと縁をつなげた。まだ目的の情報が手に入るって決まったわけじゃないけど、それでもやっと一歩前に進めた気がする。


「礼には及びませんよ。こちらも商売ですから。それでは詳しい手順ですが、まずはこちらの書状を持ってコーラウスにある我が〈エスティオス宝飾店〉の本店を訪ねてください。そこの従業員があなたを連れてヨムカム家に行き、そこで先日の赤い金剛石に関する商談を行います。ただし、我々がご助力できるのはそこまでです。もう一つの件に関する交渉は、あなたお一人で行っていただくことになります。我々は手出しをいたしません」


「それで充分です。ご協力、本当にありがとうございます。このご恩は決して忘れません。もし今後私で何かお力になれることがあれば、遠慮なくおっしゃってください」


「魔術師の方にそう言っていただけると、頼もしいですな」


 ナハリさんはやわらかく微笑んで、書状を渡してくれた。


 あたしはもう一度ナハリさんにお礼を言ってから、仲介料を渡して、店を後にした。仲介料は予想より高かったけど、これでシアを救えるなら、安いものだ。


 通りに出ると、店の中では何とか抑えていた喜びが噴き出してきて、ラピスをぎゅうっと抱きしめた。


「やったね、ラピス! シアを護る方法を見つける手がかりがまた一つ手に入ったよ!」


「うん! やったな、リューリア姉ちゃん!」


 ラピスも嬉しそうに抱きしめ返してくる。


 しばらくそうしていたけど、ようやく気持ちが落ち着いてきてラピスを離した。


「えーと、それじゃあ次はお師匠に報告に行かなきゃ。お師匠の方の進展も訊かないといけないし」


 というわけで、お師匠の家に向かう。


 軽い足取りで歩きながら、胸の中で神々に感謝の祈りを捧げる。ありがとうございます、神様たち。これは、神様たちがあたしの祈りを聞き届けてくださったってことですよね。シアを救ってくださるんですよね。そう信じていいんですよね?


 あんまり期待しすぎると、外れた時がつらいってわかっているけど、それでも胸の中の希望はふくらんでいく。これで二つの魔術師一族の人たちと会える。お師匠の伝手を合わせれば、きっと求めている情報は見つかる。

 今は、迷いなくそう信じていたい。


 お師匠の家に着くと、いつもどおり声をかけて勝手に中に入る。お師匠は相変わらず居間のソファーに座っていた。そしてその前にあるテーブルにはまだ魔獣の残骸が置かれている。腐敗が進んでいるようには見えないので、下に時を止める魔道具を置いているんじゃないかな。


 あたしは、お師匠のためにお茶を淹れて、お師匠の向かい側のソファーに座った。ラピスも珍しく裏庭に遊びに行かないで、ソファーに座る。きっと話の内容が気になっているんだろう。


「……というわけで、ヨムカム一族の人との面会を取りつけられました」


 シアの一族が宝石を生み出せることをお師匠は知らないはずなので、赤い金剛石はシアが持っていたのを貰った、ということにした。お師匠は眉を上げたけど何も言わなかったので、あたしの嘘に気づいてるのかどうかはわからない。


「パリエスのクロー一族の人と合わせて、二人。あたしの方はこれだけです。お師匠の方はどうですか?」


 お師匠は、お茶を飲みながら、渋い顔をした。


「それが、こっちはあまりうまく行っていなくてね。面会を取りつけられたのは一つだけ、セザンって町に住むライファグって一族だけなのさ。もう少し時間があればあと一つ二つは何とかなりそうなんだが……そろそろ旅に出ないとまずい頃だろう?」


「そうですね。シアが自分一人では瘴気を浄化できないって里に報告してから、半月ほどで里の応援が来るそうですから、それまでに帰ってこなければならないとなると……明日には出発したいところです。それでも間に合うかどうか、ぎりぎりですし」


 身体強化をして歩けば、普通に歩くのの半分くらいの時間で目的地に着ける。だけど、それでも三ヶ所以上回るとなると、一週間ちょっとでは足りないかもしれない。


 馬に身体強化の魔法をかけて旅をすれば、もっと速いんだろうけど、あたしは馬に乗れない。馬の扱いにも慣れていないし、馬を借りて乗っていっても、厄介事を増やすだけで逆に時間を無駄にすることになるだろう、ってお師匠に言われたので、徒歩で旅をする予定だ。


 ちなみに、空を飛んでいくっていう手もあるにはあるんだけど、道沿いに行くなら、身体強化して歩いていくのとそう変わらない。道を無視してまっすぐ飛ぼうとすると、目印がないので方角がわからなくなったり迷ってしまったりしやすい。夜はほぼ毎日野宿になるって問題もある。


 それに空を飛ぶのには結構魔力を使う。野宿に慣れていないあたしが一人で旅をするとなると、夜にしっかり休めなくて魔力が回復しきらず、下手をすると森や山の中で魔力切れを起こしてしまう可能性がある。


 そういう危険を考慮して、空を飛んでいくって方法も却下になった。


「そう考えると、目的地が三つってのはまあちょうどいい数かもしれないね。――順路はもう決めてるのかい?」


「いえ、まだです。パリエス以外の目的地がわかったのは今日ですから」


「それじゃ、地図が必要だね。そこの山の下から三番目の本に地図が挟んであるから、取っとくれ」


 お師匠に言われたとおり本の山から地図を取って手渡す。お師匠は地図をテーブルの上に広げた。


「さて、セザンとコーラウスとパリエスか。どういう順路で回るのがいいかね……」


「パリエスがここで、コーラウスはこっちですよね。セザンはどこですか?」


「ここだよ。コーラウスに向かう途中でちょっと横道にそれた所だ。となると、セザン経由でコーラウスに向かって、帰りはシッタク街道の方を通ってパリエスに寄って帰ってくる、というのが一番効率的に回れるかね」


 お師匠は若い頃あちこちを放浪していたそうで、旅の経験が豊富だ。その一方であたしは、シアの里からクラディムに帰ってくる時以外旅をした記憶がない。だから順路決めはお師匠に任せて、余計な口は出さないことにした。


 順路が決まると、お師匠は地図を折りたたんであたしに差し出した。


「持っていきな。旅には地図が必要だ」


「ありがとうございます」


 あたしは地図を受け取って肩かけ鞄にしまった。


「あんたは、一人で旅をするのは初めてだったかい」


「はい、そうです」


「なら充分に気をつけな。どんなにいい人に見えても、知らない相手に気を許すんじゃないよ。それから、宿代はけちらずにいい宿に泊まりな。女の一人旅とわかると、変な気を起こす連中もいるからね」


「はい」


「そうそう、セザンに着いたら、ライファグ一族の館を訪ねて、レリオール・アレファの紹介で来た、って言いな。館の場所は町の人間に訊けばすぐわかるはずだ」


「わかりました」


「それで、魔術師一族どもとの交渉材料だけどね」


 お師匠は体勢を変えて、ソファーの横の本の山のてっぺんから、紙束を三つ取り上げた。


「これは、私が長年研究してきた遠隔魔術の魔法陣の研究結果をまとめた物だ。知識の対価として一番わかりやすいのは知識だからね。これを対価に、〈神々の愛し児〉に頼らない瘴気の浄化方法に関する情報を貰えるよう、うまく交渉するんだね」


「何から何までお世話になって……本当にありがとうございます、お師匠」


 あたしは心から礼を述べた。

 〈エスティオス宝飾店〉だって元々お師匠の伝手だし、あたしが会えることになった三つの魔術師一族の内二つはお師匠のおかげだ。


「よしとくれ。そんな大したことじゃないよ。言っただろ。私は自分がこの問題に関心があるから動いてるだけさ」


 お師匠はそっけなく言う。お師匠らしいな。


 あたしはお師匠から紙束を受け取って鞄にしまった。


「これで必要な物は一通りそろっただろう。なら早く帰って旅支度でもしな。私はさっさと自分の研究に戻りたいんだよ」


 お師匠が追い払うように手を振る。あたしは素直に別れの挨拶を告げて、お師匠の家を出た。


 次は旅支度を整えないと。一旦家に戻って財布にお金を補充してから、旅人向けの商品を扱っているお店に向かう。


 背負い袋と、水を入れる革袋と、携帯食を数日分、それから丈夫な靴を一足買った。街道沿いの旅だし夜は宿屋に泊まる予定なので、野宿の準備は必要ないだろう。荷物は少ない方がいいしね。もし旅に出てから必要な物が出てきたら、途中の町や都市で買えばいい。


 荷物を風魔法で運びながら家までの道を歩いていると、人混みの中に長い黒銀の髪が見えた。


「あれ、シアだ!」


「え、ルチルさん? どこどこ?」


「あそこ、ほら! 帰ってきたんだ!」


 あたしは足を速めてシアとの距離をつめた。ラピスも走ってついてくる。


 旅に出る前にシアと話しておきたかったから、帰ってきてくれて良かった。


「シア! おかえり!」


「おかえり、ルチルさん!」


 声をかけると、シアはゆっくりと振り向いた。


「ルリ、ラピスくん。ただいま」


 微笑んでるけど、かなり疲れているように見える。結界の張り直しには大量の魔力を使うって言ってたもんね。おまけにこの二日間野宿だったんだろうし、そりゃ疲れるだろう。


「シア、肩貸そうか?」


 尋ねると、シアは苦笑気味に首を振った。


「大丈夫よ。一人で歩けるくらいの体力は残ってるわ。ただ、あまり速く歩かないでくれるとありがたいけれど」


「わかった。ゆっくり行こう」


 シアに合わせて、さっきまでより速度を落として歩く。シアはあたしが運んでいる荷物にちらりと視線をやってから、口を開いた。


「旅支度をしていたの?」


「あ、うん。そう。魔術師一族への伝手が三つ見つかったから、明日旅に出るつもりだったの。だから、シアが間に合ってくれて良かった」


「ルリは一人旅の経験ないわよね? 大丈夫?」


「うーん、不安もあるけど、多分大丈夫だと思う。街道から外れるつもりはないし、夜はきちんとした宿屋に泊まる予定だし」


「そう。ならいいけれど、もしきちんとした宿屋が空いていなくてうさんくさい宿にしか泊まれない時は、部屋の扉に鍵をかけても安心しないで、寝台か箪笥を動かして扉が外から開かないか開いても人が入れないようにしておいた方がいいわ。万が一ってことがあるから」


「うん、わかった。肝に銘じておく」


 お師匠もだけど、女性の一人旅の経験者からの助言は貴重だ。


「それと、身の危険を感じたら、自分は魔術師だって相手に警告するのも効くわよ。魔術師ともめ事を起こしたい人は少ないから」


「あ、それはわかる。うちの店でもあたしが帰ってきてから厄介な客が減ったって義姉さんが言ってたし」


「とにかく身の安全には何より気をつかってね。ルリに何かあったらと思うと、わたし心配で気が気じゃないの」


「わかってる。ちゃんと気をつけるよ」


「それから、旅をするのは、身体強化の魔法を使っていてもやっぱり体に負担がかかるから、食事と睡眠はしっかり取ってね。疲れていても、食事を抜いたりしたらだめよ。体は大事なんだから」


「はーい。約束するよ。……そのかわり、シアも一つ約束してくれる?」


「何?」


 あたしは、シアの手を引っ張って道の脇に寄った。通行人の邪魔にならない場所に立って、真正面からシアを見つめた。シアもまっすぐに見返してくる。


「あたしが帰ってくるまで、瘴気の浄化は行わないで。シアの里からの応援が来るまでには帰ってくるつもりだけど、間に合わないかもしれない。その時は、あたしが帰ってくるまで、瘴気の浄化を延期して」


 シアが困ったように眉を寄せる。あたしはシアに顔を近づけた。


「お願い、シア。あたしを信じてとは言わない。シアがあたしのやってること無意味だって思ってるのはわかってる。それでもあたしを、待ってて」


 シアはしばらくあたしの目を見つめてから、ふうっと息を吐いた。


「こういう時、ルリはずるいなってちょっと思うわ」


 思いもかけなかった言葉に、あたしはきょとんとした。


「ずるいって何で?」


「だって好きな人にそんな風にお願いされたら、わたし断れないじゃない」


 あたしは思わず顔を赤くして、目をそらした。


「そ、それはお互い様だと思う。あたしだってシアにお願いされたら、なかなか断れないもん」


「そう?」


「そうだよ」


「それなら、まあいいかしら」


 シアが、ふふっと笑う。あたしは、まだ照れが残っていたけど、がんばってシアの顔に視線を戻した。


「それじゃあ、約束してくれるんだよね?」


「ええ。いいわ、約束する。ルリが帰ってくるまで待っている。……だけど、そうはいっても、あまり長くは待てないわよ? 里から応援に来てくれる人たちを説得するのは大変だろうし」


「うん。あんまり遅れないように努力はする」


「わかったわ。じゃあわたしもなるべく待っていられるよう努力する」


 シアが約束してくれて、あたしはほっと肩の力を抜いた。これで、何かあって旅に思ったより日数がかかってしまっても、帰ったらもうシアはいないんじゃないかって心配せずに済む。



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