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第十四章 商人たちとの交渉(3)

「それじゃあ、宿屋巡りをするよ、ラピス。かなり歩き回ることになるけど、準備はいい?」


「うん、大丈夫だ!」


 念のため、自分自身とラピスに身体強化の魔法をかけてから、一番近い宿屋に向かって歩き始めた。時間はお昼前。宿屋は食堂を兼ねている所が多いから、ちょうどいい。


 目的の〈緑葉亭〉に着く。この町で一番高級な宿屋だから、魔術師一族に伝手がある商人が泊まっている可能性が一番高いのはここだろう。


 宿屋の一階にある食堂はそこそこ混んでいた。給仕の中年女性に声をかけて、心づけを渡しながら尋ねる。


「魔術師一族に伝手のある人を探してるんですが、それっぽい商売してそうな人はいますか?」


「うーん、そうだねえ。あそこの人はうちのお客の中でも羽振りがいいみたいだよ。あと、向こうのテーブルの黄色い服着た人は、上流階級にも顔がきくって自慢してたね」


 給仕に礼を言って、まずは一人で食事をしている中年男性の所に向かう。服は派手ではないが上質の物に見えるし、食事の仕方も綺麗だし、外見もきっちり整えられていて、いかにも裕福そうに見える。


「こんにちは」


 声をかけると、不思議そうな顔で見上げられた。


「こんにちは、お嬢さん。何か用かな?」


「少々お訊きしたいことがありまして。ご一緒させていただいても構いませんか?」


 男性はあたしとラピスを興味深そうに眺めてから、テーブルの空席を指した。


「どうぞ」


「ありがとうございます」


 テーブルに座って、給仕に昼食を注文する。高級宿屋の食堂なだけあって、お値段も高いけど、ラピスには色々我慢させているしこれからも我慢させることになるから、おいしい物くらいは食べさせてあげないとね。


 それが終わると、目の前の男性に意識を戻した。


「私は、この町で魔術師をしていますリューリアといいます。こっちは甥のラピスです」


「私はザエリアスという。香料や薬材などを商っているよ」


「お会いしたばかりなのに不躾な質問になってしまいますが、ザエリアスさんは、魔術師一族に伝手をお持ちではないでしょうか?」


「魔術師一族かい? どちらの魔術師一族への伝手を探しているのかな?」


「どこの魔術師一族でも構いません。ザエリアスさんご自身に伝手がないなら、ある人をご存じではないでしょうか? もちろん、仲介や情報には相応の謝礼をさせていただきます」


 あたしは、運ばれてきた料理もろくに見ずに、話を続けた。幸いザエリアスさんは、あたしの話に興味を持ってくれたようだ。


「なぜ魔術師一族への伝手を探しているのか、訊いてもいいかな?」


「先日この町が魔獣に襲われたことはご存じでしょうか?」


「ああ、聞いているよ。私はその時まだこの町にいなかったが、ここに着いて以来その話で持ちきりだからね」


「その魔獣の件の後始末で、魔術師一族の力を借りたいんです」


「だが、お嬢さんは魔術師なのだろう? それなら、私などよりよっぽど魔術師一族との伝手を持っていそうなものだがね」


「私や師匠の知りあいの魔術師一族は、残念ながら必要な情報を持っていないんです。それで、他の魔術師一族に縁をつないでくださる方を探しているところです」


「なるほど。魔術師一族どうしの関係というのはなかなか難しいものらしいからね。――だが、悪いが私では力になれそうにない。私もそれなりに手広く商売をしているが、魔術師一族とのつながりはないのでね。伝手を持っている人にも、特に心当たりはないね」


「……そうですか」


 あたしは肩を落としたけど、すぐに気合いを入れ直した。一人目からうまく行くはずがない。まだまだこれからだ。


 そう自分に言い聞かせながら、昼食に手をつける。


「何にせよ、話を聞いていただいてありがとうございました」


 食べる合間に礼を言うと、ザエリアスさんは鷹揚に首を振った。


「いや、こちらこそ興味深い話を聞かせてもらった。もしこれから先魔術師一族とのつながりができたら、お嬢さんに紹介すれば礼をしてもらえるのかな?」


「私の用件は急ぎで、半月ほど過ぎてからでは情報を頂いても意味がないので……」


「そうか。それは残念だ。魔術師に貸しを作っておけば、何かの役に立つかと思ったんだがね」


 そう言って笑うザエリアスさんに、あたしも微笑み返した。


「貸し借りがなくても、私でお力になれることがあれば、お話は聞きますよ。私は〈フェイの宿屋〉という店の娘です。この〈緑葉亭〉と同じく食堂もやっています。ここほど高級な店ではありませんが、料理には自信があるので、ぜひ一度いらしてください」


「ほう。それは気になるね。そのうち行かせてもらうとしようかな」


 そんな感じで世間話をしながら食事を終える。ラピスも食事を終えたので、二人分の食事の代金をテーブルに置いて立ち上がった。


「それでは、私たちはこれで失礼します。ご縁がありましたら、またお会いしましょう」


「ああ。お元気で、お嬢さん。坊やも」


 ザエリアスさんは、愛想良く手を振ってくれた。世間話の話題も豊富で話し方もうまかったし、人当たりもいいし、商売がうまく行っているのもうなずける。


 あたしは食堂を見回して、さっき給仕に教えてもらったもう一人の人の所へ足を進めた。こっちの人は華美な服を着ていて裕福さを見せびらかしている感じがする。対応が難しそうだし、同席者も数人いるから、後回しにしたんだ。


 テーブルの傍で、話の切れ目を待っていると、同席者の一人がこちらに気づいて声をかけてきた。


「俺たちになんか用かな、お嬢ちゃん」


「こんにちは。私はこの町で魔術師をしているリューリアといいます。そちらの方にお話があるのですが、今お時間よろしいでしょうか」


 二十代後半くらいの黄色い服の男性を示して言うと、その男性が眉を上げた。


「君みたいな小娘が、僕に一体何の用があるっていうんだい?」


「実は私は、魔術師一族に伝手のある方を探しているんです。あなたは上流階級の方々に顔がきくと耳にしましたので、魔術師一族に伝手をお持ちか、あるいはそういう方をご存じではないか、と思いまして、お尋ねに上がりました」


「魔術師一族……ねえ。ふうん」


 黄色い服の男性は、あたしをじろじろと眺める。


「そりゃ僕はかのランゲル商会の跡取り息子だから、顔は広いし、伝手をたどれば魔術師一族にだって話を通せなくはないよ。でも、何で君に力を貸してやらなきゃいけないのかな」


 男性の言葉に、あたしは身を乗り出していた。


「魔術師一族との交渉を仲介していただけるなら、いくらでもお礼をお支払いいたします! 私にできることでしたら、何でもします!」


「僕は金に困ってないし、君にできること、と言われてもねえ。君に一体何ができるっていうんだい」


「私は魔術師ですから、何か魔術師の力が必要なことがあれば――」


「別に魔術師に用はないよ。それに魔術師の力が必要になったら、君よりもっと高名で優秀な魔術師に頼める。君に頼むことなんてないさ」


「そんな……」


 あたしは焦って言葉を探した。


「じゃ、じゃあ宝石はいかがですか? 希少な宝石を持っています。それと引き換えなら、魔術師一族に会えるよう手配していただけますか?」


 赤い金剛石は〈エスティオス宝飾店〉の伝手で会える魔術師一族との交渉に使うのが決まっているけど、シアに頼めばもう一つ希少な宝石を生み出してくれるだろう。

 シアに頼ってばかりでちょっと気が引けるけど、使えるものは何でも使わないと。手段を選んでいられる余裕なんてない。


 黄色い服の男性は、不信感もあらわに眉をひそめた。


「君みたいな小娘が希少な宝石を持ってるって? とても信じられないな」


 あたしはためらった。こんな人が多い場所で高価な宝石は出したくない。


「あの、それじゃあ、どこか場所を変えてお話しできませんか。できればあなたとだけ」


 男性の目に計算しているような光が浮かぶ。


「そうだねえ。まあ、君がどうしてもって言うなら――」


「やめとけよ、お嬢ちゃん。そいつと交渉なんかしても、希少な宝石とやらをだまし取られるのがオチだ」


 驚いて、横から会話に入ってきた声の方向を見ると、隣のテーブルに座っている、ひげを長く伸ばした中年の男性がこっちを見ていた。


「な、何だい、君は! 失礼じゃないか! まるで僕が詐欺師みたいな言い方をして」


 黄色い服の若い男性が、眉を吊り上げて怒鳴る。それに、中年男性は平然と答えた。


「大して変わらねえだろうが。ランゲル商会といやあ、強引だったり詐欺すれすれだったりのやり口が問題になってる商会だ。だから、魔術師一族みたいに旧弊で伝統やら体面やらを大事にするような方々には相手にされてねえよ。成金だから余計にな」


 後半は、あたしに向かって言われた言葉だ。


「どうせ大物ぶりたくて、魔術師一族にも伝手があるなんて言ったんだろ。それで、このお嬢ちゃんの頼みは拒否するか、本当に希少な宝石を持っていたら、魔術師一族に話を持ちかけるだけは持ちかけてやるから、その対価に宝石を寄越せ、って迫る気だったんだろ。もちろん、本当に魔術師一族に話を通せるわけがねえ。努力はしてみたけどだめだった、でも対価は貰う、ってなる寸法だ。このお嬢ちゃんは交渉事には慣れてねえみてえだから、それで押し通せるって踏んで、な。――どうだ。違うか?」


 中年男性はにやりと笑う。若い男性は顔を真っ赤にして怒鳴った。


「ふ、不愉快だ! こんな奴と同じ店で食事なんてしていられるか! ほら、行くぞ!」


 若い男性は立ち上がって、テーブルの上に食事代の硬貨を投げると、同席者たちを引き連れて食堂を出ていってしまった。


 あたしがぽかんとそちらを見送っていると、声をかけられた。


「危ないところだったな、魔術師のお嬢ちゃん」


 あたしは、長いひげの男性に向き直った。


「……本当に、あの人の言っていたこと、嘘だったんでしょうか?」


「その可能性が高いな。さっきも言ったとおりランゲル商会ってのは評判が良くねえとこだし、あの坊ちゃんの去り方も図星を突かれたって風だったしな」


「そう……ですか」


 あたしはがっくりと肩を落とした。せっかく、魔術師一族への伝手がもう一つ見つかったかと思ったのに……。


 でも、いつまでも落ち込んではいられない。何とか気を取り直して、再び口を開いた。


「助けていただいて、ありがとうございました。何かお礼をさせていただけますか」


「なあに。これくらい大したことじゃねえよ。礼なんかいらねえ。俺の古い友人が、あんたに命を救われたって言ってたから、放っとけなかっただけだ」


「私に命を、ですか?」


「ああ。魔獣に壊された建物の下に埋まって死ぬかもしれなかったところを、あんたが助けてくれたってさ。この町に住む魔術師の若い方って言ってたから、あんただろ?」


「ああ、はい。それは私だと思います」


 納得してうなずく。なるほど。魔獣騒ぎの時に助けた人の知りあいだったのか。


 長いひげの男性は、コップを持ち上げて一口飲んでから、あたしの方に改めて体を向けた。


「ついでだから、ちょいと忠告させてもらうぜ。お嬢ちゃん、あんたはっきり言って交渉が下手だな」


 う。あたしは痛いところを突かれて言葉を返せなかった。


「魔術師一族との交渉を考えてるなら、もう少し頭を使った方がいいぜ。魔術師一族ってのはどこも一筋縄じゃ行かない連中だって話だからな」


 その言葉に、あたしははっと視線を上げた。


「あの! 魔術師一族についてお詳しいんですか?」


 長いひげの男性は、苦笑を浮かべた。


「ほら、そういうとこだよ。考えてることが筒抜けだ。俺が魔術師一族との伝手を持ってるかもしれねえって思ったんだろ?」


「……はい」


「残念だが、そんな伝手はねえな。魔術師一族に関しては、噂を聞いた程度だ」


「そうですか……」


「話を戻すが、交渉をうまく進めたいなら、まず、あまり自分の感情を表に出さねえことだ。特に、必死さを表に出すと足元見られるから要注意だな。それと、相手の些細な変化も見逃さねえことも大事だ。まあ、すぐに身につけるのは難しいだろうが、これを念頭に置いて行うだけでも少しは違うと思うぜ」


「憶えておきます。ご忠告ありがとうございました。あの、お名前を伺っても?」


「トーティスだ。布地を扱ってる」


「私は、リューリアといいます。うちは〈フェイの宿屋〉という店で、ここ同様宿屋の他に食堂もやってるんです。良ければ、食べにいらしてください。トーティスさんがいらっしゃったら割引料金にするよう、家族に話を通しておきますから」


「おお、そりゃありがたいな。そんじゃそのうち寄らせてもらうぜ」


「はい。お待ちしています」


 あたしはトーティスさんに微笑みかけてから、ぐるりと食堂内を見回した。さっき話したのとは別の少し若い女性給仕の元に行く。


 魔術師一族に伝手のありそうな客に心当たりがないか訊いてみるけど、もう一人の給仕さんと同じ情報だった。なので、次に進む。


「手間をかけさせて申し訳ないんですが、仕事の合間に、魔術師一族に伝手を持っているお客さんがいないか調べてくれませんか? もちろん手間賃はお支払いします」


 そう言って硬貨を数枚渡す。


「これは先払いの分で、探している相手を見つけてくだされば、この倍お支払いいたします」


「いいよ。任せておきな。町長さんからも、魔術師一族に伝手のある人を探すように、って話が来ていたからね。見つけたら、町長さんに知らせればいいのかい?」


「〈フェイの宿屋〉に使いを送ってくださると助かります」


「わかったよ」


 もう一人の給仕とも同じ会話をして先払い分の手間賃を渡して、〈緑葉亭〉を出た。


 ふう、と一息つく。交渉って疲れるなあ。おまけに相手はあたしより何枚も上手だし……。


 だまされそうになったことを思い出して気分が落ちるけど、両頬をパンパンと叩いて気合いを入れ直した。


 さっきのことを教訓にして、次からは気をつけよう。えーと、必死さはなるべく見せないようにした方がいいんだよね。それから相手をよく観察すること。その辺に気をつかいながら話す、と。


「よし。それじゃあ、ラピス。次に行くよ!」


「おー!」


 それから何軒もの宿屋を回った。給仕や他の従業員に、魔術師一族に伝手を持っていそうな客がいるか訊いて、いたら直接その客に尋ねてみる。客が宿屋にいない時は、明日か明後日の午後に会いたいという伝言を伝えてもらうよう頼む。


 特にそれらしい客がいないようなら、従業員に手間賃の前払い分を渡して、そういうお客がいないか探してもらう。町長さんが町中の店に話を通してくれていたみたいで、皆すんなりと協力を約束してくれた。


 夕方になって酒場が開く時間帯になると、酒場にも寄る。やることは宿屋とそう変わらない。


 途中で夕食を食べながら、めぼしい宿屋と酒場を回り終わった時には、夜も大分更けていた。


「今日はこんなところかな。ラピス、疲れたでしょ。つきあってくれてありがとね」


「こんくらいへーきだ。……でも、魔術師一族にツテのある人、見つかんなかったな」


「そうだね……。けどまあ、一日で見つかるものじゃないでしょ。今日会えなかったそれらしい人にはまた明日会いに行く予定だし、その中に探してる人がいるかもしれないしね。それに、ほとんどの宿屋と酒場には話を通せたから、何日か待ってれば情報が入ってくるよ、きっと」


 本当はそこまで楽観的にはなれないけど、ラピスの前なので空元気を出す。なるべくラピスを不安にさせたくない。


「そうだな。きっと見つかるよな!」


 ラピスが明るい顔になる。それを見て、あたしも自然と微笑みを浮かべていた。


「それじゃあ、帰ろうか。途中でなんか食べてく?」


 宿屋や酒場の従業員に結構お金を払ったから、財布はかなり軽くなっているけど、それを見越して朝たくさんお金を入れてきたから、まだおやつを買うくらいの余裕はある。


 だけどラピスは首を振った。


「ううん。いいや。俺おなか減ってない」


「そうなの?」


「うん。だからそのお金、ルチルさんを助けるために使ってくれよ」


 ラピスが真剣な顔で見上げてくる。あたしは胸を打たれてラピスを抱き寄せた。


「うん……そうするよ。ラピスはいい子だね」


「別にこんくらい大したことない!」


 ラピスがちょっと赤くなって顔をそらす。あたしの手から逃れて、足早に歩き出した。


「リューリア姉ちゃん、早く帰ろう! 母ちゃんたちが心配しちゃうぞ!」


 あたしはくすくす笑いながら、ラピスの後を追って歩き出した。



お読みくださりありがとうございます。「いいね」やブクマ、評価、感想など頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。

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