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第十四章 商人たちとの交渉(1)

「……というわけで、そのクロー一族の方と会えるよう、紹介状を書いていただきたいんです」


 あたしは、そう言って口を閉じた。目の前には町長さん。今、パリエスの町長の息子さんの奥さんに会いたい理由を説明し終えたところだ。


 町長さんは、あたしの話で受けた衝撃を吞み込みきれてないような顔をしている。


「瘴気の浄化が、命がけの仕事だったとは……」


 つぶやいて、町長さんはティーカップのお茶を一口飲んだ。


 珍しくお菓子に手をつけずに話を聞いていたラピスが、もどかしげに口を開く。


「町長さん、ルチルさんを助けるために協力してくれるんだよな? な?」


「こら、ラピス。失礼でしょ。言うならそこは、『協力してください。お願いします』だよ」


 たしなめると、ラピスが素直に言い直す。


「協力してください。お願いします」


「ああ、もちろんだよ。私も、ルチルさんが犠牲にならずに済むなら、そうなってほしいからね。協力は惜しまないよ。紹介状を書いてくるから、ちょっと待っていてくれ」


 町長さんはそう言って応接間を出ていく。ラピスが、ほっとした顔でテーブルの上のお菓子に手を伸ばした。


「これで一つ目的達成だな!」


「そうだね。まだ一つ目だけど、達成は達成だね」


 町長さんから紹介状を貰えば、魔術師一族に協力を求める旅に出るための準備の一つが終わる。といっても、まだやることは色々ある。


 お師匠の知りあい以外で魔術師一族に伝手のある人を見つけることとか。


 そっちはあんまりうまく行っていない。昨日の夜と今日の朝食堂のお客さんたちに訊いてみて、町長さんの家に来る前風呂屋で出会った人たちにもそういう人を知らないか尋ねてみたけど、結果は芳しくなかった。


 ちなみに、何でそんな人を探しているのか、って質問には、『魔獣の件でちょっと魔術師一族に協力を求めたいので、仲介してくれる人を探してるんです』って答えている。

 シアを見習って、嘘ではないけど完全な真実でもない答えだ。瘴気の浄化がまだ終わっていないっていう情報は皆に秘密だから、それを言わないで済むように頭をひねって考えた。


 ただ、うちの家族はラピス以外も、本当のことを知っている。義姉さんには、シアのことで泣きついた時に言っちゃったし、兄さんと父さんにも、昨日の夜食堂を閉めた後の家族会議で話した。

 瘴気の浄化がまだ終わっていないことに加えて、シアが命を落とす可能性が高いこと、それから、そうならない方法を見つけるためにあたしが近々旅に出るつもりだってこと。


 あたしが旅に出てる間は基本的に給仕が義姉さんとティスタだけになっちゃうし、旅の準備のために色々動き回ってる間も家事を任せることになっちゃうから、義姉さんには結構な負担をかけることになる。

 それが申し訳なかったんだけど、義姉さんは笑って『ルチルさんを犠牲にしなくて済む方法を見つけるの、応援するって言ったでしょ。食堂と家のことは任せておきなさい』って言ってくれた。


 義姉さんには、本当に感謝することばかりだ。この一件が無事に片づいたら、何かお礼をしたいと思っている。


 兄さんと父さんも、できるだけの協力はすると言ってくれた。具体的には、魔術師一族に伝手がある人を知らないか、知りあいに訊いてくれるそうだ。少しでも多くの人に訊いて回りたいから、これもありがたい。


 あたしが考えにふけっていると、応接間の扉が開いて町長さんが戻ってきた。封蝋で閉じた封筒を手渡してくれる。


「これをパリエスの町長さんの家に持っていけば、エルオーディナさんが会ってくれるはずだよ」


「ありがとうございます、町長さん。このご恩は忘れません」


「いやいや、このくらい何でもないよ。他にも私にできることがあったら、言ってくれ」


「それじゃあ、一つお願いしてもいいでしょうか?」


「ああ。何だね?」


「他にも魔術師一族に伝手のある人を探しているんです。町長さんも、そういう人を知らないか皆に訊いてみてもらえないでしょうか?」


「わかった。任せておいてくれ」


 なぜそういう人を探しているのか訊かれた時のための口裏合わせをして、あたしとラピスは町長さんの家を出た。


「リューリア姉ちゃん、今から他の宿屋とか酒場に行くのか?」


 ラピスに訊かれて、あたしは少し考えた。


「んー、そうしたい気持ちもあるけど、今日は普通に仕事して、うちのお客さんに訊くだけにしようかな。明日は一日情報収集に費やす予定だから、義姉さんに家事任せっきりになっちゃうし、せめて今日くらいはちゃんと仕事しておきたい」


 そういうわけで、いつもどおりに過ごしながら、できる限り情報を集める。でも、魔術師一族に伝手がある人を知っているって人は、なかなか見つからない。まあ、そう簡単には行かないよね。わかってはいるけど、じりじりする。


 今日はすることがないから、と給仕を手伝ってくれているシアが、お客さんに訊き回っているあたしを複雑な顔で見ているのが、たまに目に入る。シアは約束どおりあたしを止めようとしないけど、その目が、無駄な努力をしているあたしを憐れんでいる気がして、どうにかして成果を上げたい気持ちが強くなる。


 そんな気持ちがあるせいか、その夜は寝つくのに時間がかかった。翌朝は、その割に早く目が覚めたけど、これも焦りのせいだろう。


 今日は食堂が休みの日なので、朝食作りの仕事をこなす。昼食と夕食は義姉さん一人に任せてしまう予定だから、せめて朝食くらいはね。


 それから、ラピスを連れて家を出た。今日はまず、お師匠が言っていた〈エスティオス宝飾店〉に行く予定だから、一番いいシャツとスカートを着ているし、香水をつけてお化粧もして、しっかり身だしなみを整えた。〈エスティオス宝飾店〉は高級店だからね。ラピスにも特別な日用の一張羅を着させた。


 〈エスティオス宝飾店〉の後は宿屋とか酒場を回る予定だから浮いちゃいそうだけど、高級店に安物の服で行くよりはいいだろう。


 〈エスティオス宝飾店〉はガラス窓と通りから見えるように飾られた豪華な宝飾品、といういかにも高級店らしい外見で、入るのに気後れしてしまう。すう、はあ、すう、はあ、と深呼吸して、心の準備をしてから、覚悟を決めて、えいっと店の扉を開いた。


 チリリン、と軽やかな鐘の音がして、「いらっしゃいませ」と声がかかる。高級店らしく店内は外と違って涼しいけど、緊張のあまり手の平に汗がにじむ。


「お、おはようございます。えっと、私はリューリアといいます。ここにはイァルナ師匠の使いで来ました。責任者の方にお会いできますか?」


「イァルナ様のお使いの方ですか。今、店長に取り次いでまいりますので、そちらのソファーにかけてお待ちください」


 店員さんがにこやかに、高級そうなソファーセットを示す。あたしは、ちょっと緊張しながらソファーに腰かけた。やっぱりちゃんと服とかお化粧とか気をつかってきて良かった。高価な家具は町長さんちで慣れているといえば慣れているけど、初めての場所だから落ち着かない。


「リューリア姉ちゃん、ここすごいな。なんかあっちもこっちもきらきらしてる」


 ラピスが潜めた声で話しかけてくる。


「ほんとにね。でも触ったりしないでよね。うっかり何か壊しちゃったら、弁償金でうち破産しちゃうかもよ」


 冗談でなくその可能性があるので、真顔で言う。本気度が伝わったのか、ラピスは真面目な顔で「わかった。気をつける」とうなずいた。


 少し待っていると、奥の部屋から恰幅のいい中年男性が出てきた。


「やあやあ、イァルナ様の使いの方だとか。お待たせしてすみませんな」


 男性と一緒に出てきた中年の女性が、あたしとラピス、向かい側に座った男性の前にティーカップを並べていく。最後にお菓子の乗った皿を置くと、男性の座っているソファーの後ろに控えた。


「私はこの店の店長をしています、ナハリといいます。イァルナ様にはいつもごひいきにしていただいて、ありがとうございます。今日はどのような品をお求めでしょうか?」


 あたしは唇を湿した。


「実は、今日は買い物に来たわけではないんです。お願いしたいことがあって来ました」


「ほう? お願い、ですか」


 ナハリさんのにこやかな笑顔は変わらないけど、目の光が少し鋭くなった気がする。


「はい。こちらの店は他の町にも店舗を持っていると聞いています。その店の中に、魔術師一族と取引をなさっているお店はないでしょうか? もしあるなら、その魔術師一族との間を取り持っていただきたいんです」


「つまり我々に仲介役を望まれていると」


「はい、そうです」


 うなずいたあたしにナハリさんはすぐに反応せず、お茶を一口飲んだ。ティーカップをソーサーに戻してから、口を開く。


「さて、困りましたな。まず第一に、我々の顧客にどのような方がいらっしゃるかを、部外者の方においそれともらすことはできません。商売は何といっても信用第一ですからな。もちろんうちは後ろ暗い商売をしているわけではありませんが、それでも顧客の情報をぺらぺらと喋るようでは、お客様方にすぐ見放されてしまいます」


「それは……」


「第二に、我々はあくまでも宝飾店です。宝飾品の売買が専門です。仮に我々の取引先に魔術師一族がいるとして、あなたがその魔術師一族の方々と縁をつなぎたいのは、宝飾品の取引を行いたいからですか?」


「違います、けど……」


「それでは、我々の専門とは関係のない用件で魔術師一族の方々とお会いになりたいのですね。そのような仲介を行うことはできません。仲介は両方に利益があると判断した場合に行う、というのが我が店の方針です。そして我々には、専門外であるあなたのご用件の利益を推し量ることができない。仮にあなたが、相手の魔術師一族の方々にも利益のある案件だと保証してくださっても、それが本当であるか見極めることができません。そのような仲介を行うのは、我が店の信頼に大きな傷をつけることになりかねません」


「それはそうかもしれませんけど……!」


 あたしは必死で言い募った。


「イァルナ師匠はこちらの店の得意客なんですよね?」


 はっきりそう聞いたわけじゃないけど、お師匠が魔道具作りに使う宝石は多分この店で買っているはずだ。


「なら、こちらのお店とお師匠の間にはそれなりの信頼関係があるはずです。そして、私をこの店に来させたのはお師匠です。それでも、信頼していただけませんか?」


 ナハリさんは、聞き分けの悪い子どもを見るような目をして、微笑みを深めた。


「もちろん私は、イァルナ様を疑っているわけではありません。イァルナ様には、この話を受けても我々が損害を被ることはない、という確信があられるのでしょう。ですが、こう申しては何ですが、イァルナ様は商売人ではあらせられません。ご本人からも以前、商売には詳しくないとお聞きしたことがございます。それでは、いくらイァルナ様に保証していただいても、専門外の案件に手を出す危険は冒せません」


「でも……人の命がかかってるんです……!」


 涙が目に浮かび上がってくる。あたしは急いで瞬きしてその涙を散らした。身を乗り出して、ナハリさんに訴えかける。


「この間の魔獣騒ぎは憶えておられますよね? あの時魔獣を倒してこの町を救った魔術師の命です。彼女を救うために、お願いですから、協力していただけませんか?」


 ナハリさんは困ったような顔になった。


「我々といたしましても、できる範囲での協力をしたいのはもちろんです。イァルナ様のご紹介ですし、その魔術師の方にも恩義がございます。ですが、店の方針に背いて危険を冒すようなことはできません。私の判断一つで、この店だけではなく他の店舗も含めて何十人もの従業員が路頭に迷うことになるかもしれないのです。あなた様のご依頼をお受けすることは、我々にとってそれだけの危険を伴うことなのだと、どうぞご理解ください」


 あたしは唇を噛みしめて必死に頭を働かせたけど、ナハリさんの考えを変えられるような言葉は浮かんでこない。


「……どうしても、だめなんでしょうか? 何か条件を満たせばお願いを聞いていただけるということなら、何でもします」


「あいにくですが、今申し上げましたように、我が店で仲介できるのは、宝飾品の売買に関することだけです。ただ……そうですな。あなた様が魔術師一族の方と宝飾品の取引を行いたくて、その時についでに別のお話もしたい、ということでしたら、交渉の余地はあるかと思います。何か魔術師一族の方にご興味を持っていただけるような宝飾品ですとか、あるいは魔術師一族の方から買い受けたい品ですとかはおありですか?」


 どうせ無理だろうと思いながら一応言ってみただけ、という様子だったけど、ナハリさんのその言葉で、あたしの頭にある案が浮かんだ。


「……魔術師一族の人たちは、質の良い宝石を求めていらっしゃいますよね?」


「え? ええ、そうですな。魔術には質の良い宝石が必要になるとお聞きします」


「それだったら、どうにかなるかもしれません」


 あたしは、すくっと立ち上がった。


「ちょっと帰って確かめてから、また来ます。その時はまたお会いしていただけますか?」


「それはもちろんですが……」


 当惑しているナハリさんに辞去の挨拶をしてから、あたしはラピスを急かして店を出た。


「リューリア姉ちゃん、どこ行くんだ?」


「家に帰るの。シアに会わなきゃ!」



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