第十三章 たった一つの道(4)
あたしは居間を出て、裏庭にラピスを捜しに行った。ラピスにも、ちゃんと話をしておかなきゃいけない。
裏庭に出ると、あたしに気づいたラピスが先に声をかけてきた。
「リューリア姉ちゃん、もう用事終わったのか?」
「うん。でもまずは、あんたに大事な話があるの」
あたしはラピスと並んで木陰に腰を下ろした。さて、どう話せばいいかな。少し考えてから口を開く。
「シアが……ルチルが、これ以上魔獣が生まれないよう瘴気の浄化に行ったのは、あんたも知ってるでしょ?」
「うん」
「それが、命の危険がある危ないことだってのも知ってるよね」
「知ってるけど……でも、ルチルさん無事に帰ってきたぞ!」
「そうだね。でも……実は、瘴気の浄化はまだ終わってないの」
あたしの言葉に、ラピスがきょとんとした。少し置いて、怯えたような顔になる。
「それって……ルチルさんやっぱり死んじゃうかもしれないってこと?」
「うん、その可能性があるの」
ラピスはがばっと立ち上がった。
「何で! そんなのだめだよ! ルチルさんせっかく無事に帰ってきたのに!」
「落ち着いて、ラピス」
あたしはラピスの手を引っ張ったけど、ラピスはその手を振り払う。
「俺嫌だ! ルチルさんが死んじゃうなんて嫌だ! 絶対嫌だからな!」
涙目になってそう叫ぶラピスの体の周りの空気が揺らめき始める。あ、これは本格的にまずい。魔力暴走を起こしている。
あたしは急いでラピスの胸に手を当てて魔力を送り込んだ。ラピスの中で激しく渦巻いている魔力を落ち着かせる。
手を離すと、ラピスがへたりと座り込んだ。ぐずぐずと洟をすすり上げている。
「ラピス」
声をかけると、ラピスが頭突きをくらわせるような激しさで抱きついてきた。
「嫌だよ! 俺嫌だ! し、死んじゃうかもとか、怖いの嫌だ! な、何でまたなんだよ! もう嫌だー!」
ラピスは、うわああ、と声を上げて泣きじゃくる。あたしはラピスを抱きしめてその小さな背をさすった。
やっぱりラピスだって、ずっと怖かったんだ。シアが死んじゃうかもしれないってこと。お師匠の家でその話を聞いた時は、あたしが泣き出しちゃったんで、自分は泣けなかったんだろう。その後もシアを信じてずっと明るく振る舞っていたけど、いくらかの不安はあったんだと思う。それが、今になって爆発しちゃったんだ。
「そうだよね。嫌だよね。わかるよ。あたしも嫌だよ。でも大丈夫。きっと大丈夫だから」
あたしは、ラピスがまた魔力暴走を起こさないようラピスの体に魔力を流し込みながら、努めて静かな声で話しかけた。何度も何度も、同じ言葉を繰り返す。
一しきり泣いたラピスが落ち着き始めた頃を見計らって、少し離れた所にある井戸から水魔法で水を持ってきて、ラピスの顔を洗ってあげる。ハンカチを取り出して濡れた顔をふいてあげようとすると、ラピスがうつむいたままハンカチをあたしの手から取った。
「じ、自分でふけ、る」
泣きじゃくった後遺症でひくっと喉を鳴らしながらそう言って、乱暴にハンカチで顔をこする。大泣きしてしまったことが恥ずかしいんだろうから、そっとしておいてあげることにした。
視線を隣のラピスから前に向けて、上げる。太陽の位置からして、もう少ししたら家に帰らないとならない時間だ。
「あのね、ラピス。あたし今、シアが……ルチルが死ななくても済む瘴気の浄化方法を探してるの」
少しの間の後、かすれた声がした。
「じゃ、じゃあルチルさん、し、死ななくて済む、のか?」
「あたしが方法を見つけられればね。見つけられるかはまだわからないけど……お師匠も協力してくれてるし、あたしにできることは全部やってみるつもり。――それでね、あんたに二つお願いがあるんだ」
「……お、お願い?」
「うん」
あたしはラピスの方を向いた。ラピスは泣きはらした目でこっちをじっと見ている。
「その方法を探すために、他の宿屋とか酒場とか色々行くことになる。忙しくなるだろうけど、それにつきあってほしいっていうのが、一つ」
ラピスがうなずく。
「わ、わかった」
「もう一つはね、あたしはもう少ししたら旅に出ることになるの。シアを……ルチルを護る方法を見つけるための手がかりがないか、魔術師一族の人たちに訊いてみるために。その間はシアがあんたの面倒を見てくれるはずだけど、シアには他にも仕事があって、町の外に行かなきゃいけない時がある。あたしもシアも町にいない間は、あんたにはここでお師匠と過ごしてもらわないといけない。この家に一日中、それも数日間いてもらうことになると思う。多分何回も」
「ええっ!?」
ラピスがぎゅうっと顔をしかめて声を上げる。
「あんたがお師匠苦手なのはわかってる。この家で過ごすのは嫌だろうと思う。だけど、我慢してほしい。――できる?」
ラピスはしばらく黙っていたけど、やがて口を開いた。大きく呼吸して息を整えてから、話し出す。
「リューリア姉ちゃんは、ルチルさんを助ける方法を探しに旅に出るんだな?」
「うん」
「ルチルさんを助けるためには必要なことなんだな?」
「うん」
「……わかった。じゃあ、いいよ。俺、我慢する」
あたしはほっとしてラピスの頭をなでた。
「ありがと、ラピス」
ラピスが、がばっと顔を上げる。
「でも! そのかわり、絶対絶対ルチルさんを助ける方法見つけてくれよな! 約束だぞ!」
ラピスが右手の人差し指と親指をこっちに向けて突き出してくる。あたしは少しためらってから、自分も同じようにした。人差し指どうしと親指どうしをくっつける。
「絶対に見つけられるかはわからないけど、あたしにできる最大限の努力をするよ。最後まで絶対に諦めずにがんばる。それは約束する」
ラピスは不満そうに唇を尖らせた。
「絶対方法見つけるって約束はしてくれないのか?」
「だって、その約束は嘘になっちゃうかもしれないから」
「リューリア姉ちゃんのけち!」
「けちは違うでしょ」
「じゃあおくびょーもの!」
「……それは否定できない」
シアを護る方法を絶対に見つけるって約束できないのは、あたしの弱さだ。何よりも、自分に自信がないからだ。それはわかってる。
あたしがちょっと落ち込んだのを感じ取ったのかどうか、ラピスが「けど!」と声を上げた。
「俺はリューリア姉ちゃんのこと信じてるからな!」
言葉どおり、ラピスがあたしに向ける目は心からの信頼であふれている。それを見ているのはちょっとつらいし、ラピスの期待は重く感じられて、逃げたくなる。
でもあたしは、何とかラピスの目を見返して、微笑んだ。
「ありがと。あんたの信頼に応えられるようにがんばるからね」
ラピスの髪をくしゃくしゃとなでてから、その手からハンカチを回収して立ち上がる。
「それじゃ、そろそろ帰ろうか。夜の営業時間始まっちゃう。――あ、そうだ、ラピス。言い忘れるところだったけど、瘴気がまだ浄化できてないって話は、家族以外には言っちゃだめだからね。そんなことが広まったら、皆不安になっちゃうから」
「うん……わかった……」
立ち上がったラピスは、ふわあ、とあくびをして、目をこすっている。魔力暴走起こした上に大泣きしたから、相当疲れてるだろう。
あたしは身体強化の魔法を使うと、ラピスに背を向けてしゃがんだ。
「ほら、おんぶしてあげるから」
「いい……俺もうそんなちっちゃくねーもん……」
「疲れてるあんたに合わせて歩いてたら、夕食までに家に帰り着けないでしょ。いいから乗りなさい」
ラピスはなおも文句を言ったけど、結局あたしの背に覆いかぶさった。そして、帰り道の途中ですうすうと寝息を立て始めた。
背中の重みを改めて感じて、心が引きしまる。ラピスのためにも、シアが命を落とさずに済む方法を見つけなきゃ。
明日からがんばらないと。ううん、違う。今晩からだ。忙しい中で難しいだろうけど、給仕しながらお客さんに、魔術師一族との伝手を持っている人がいないか訊いてみよう。
あたしはそう決めて、一歩一歩家への道のりをたどっていった。
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