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第十三章 たった一つの道(3)

 お師匠の家に着くと、まずはお茶を淹れさせられる。居間のテーブルの上には相変わらず魔獣の残骸があったので、あたしはお茶を飲むのは遠慮することにした。ラピスも町長さんの家でいっぱい飲んだようで、お茶はいらないと言って、さっさと裏庭に行ってしまった。


 お師匠はあたしが淹れたお茶を一口飲んでから、口を開いた。


「それで、瘴気の浄化についての話ってのは何だい?」


 あたしは、まっすぐにお師匠の目を見つめて言った。


「あたし、シアが……ルチルが犠牲にならないで済む瘴気の浄化方法を見つけたいんです。そのために、お師匠の力を貸してもらえませんか」


 お師匠はひょいっと片眉を上げた。


「そりゃあ構わないが、あんたは私にどんな協力を期待してるんだい」


「えっと、お師匠の持っている本の中に何か手がかりがないか探してもらったりとか。あと、お師匠には魔術師のお知りあいがいますよね? その方たちにも、何か手がかりになるものがないか訊いてもらえませんか?」


 お師匠は、はあ、と息を吐いた。


「あんた、この間私が話したことを忘れたのかい?」


「え?」


 あたしは、戸惑ってぱちぱちと瞬きをした。


「私は、〈神々の愛し児〉に頼らなくても瘴気を浄化したり歪みを消去したりできる方法がないか調べてるんだ、って言っただろう」


「え……あ、はい、そういえば」


 お師匠は背後の本棚や周辺に積み上げてある本をぐるりと手の平で示した。


「私が持ってる本の中に手がかりがあったり、私の知りあいが手がかりを持っていたりしたら、とっくにその方法を見つけてるよ。でもまだ見つかってないんだ、とも言っただろう」


「あ……」


 あたしは口を開けたまま固まった。それはそのとおりだ。そんなことも思いつかなかったなんて、あたしの頭はよっぽど回っていなかったみたいだ。というか、シアに命の危険があるって知った衝撃で、その前後のことが霞んでしまったのかもしれないけれど。


 どっちにしても、期待が外れたことは変わらず、あたしはがっくりと肩を落とした。

 落胆は思ったよりも大きくて、打ちのめされそうになる。お師匠が何年も、もしかしたら何十年も調べても見つからない方法を、本当にあと半月で見つけられるんだろうか?


 ひたひたと忍び寄ってくる絶望感と戦っていると、お師匠がまた口を開いた。


「まあ、とはいっても、私もそこまで必死に違う瘴気の浄化方法を探求してきたわけじゃないからね。他の研究に没頭して後回しにしたり、手がかりが見つけられる可能性は高いが気が進まない方法は取らずに済ませたりしてきた」


 あたしはその言葉に顔を上げた。


「その……取らずに済ませてきた方法って、一体何ですか?」


 お師匠の持ってる本を読んだり知りあいに訊いたりといった方法は、もうお師匠が試して、役に立たないって判明してる。じゃあ、お師匠が試したことのない方法を試してみるべきだろう。


「そうだね。一番大きなのは、魔術師一族に何か手がかりがないか訊いてみる、ってことさね」


 お師匠は顔を歪めて続ける。


「あんたも知ってのとおり、私は魔術師一族が嫌いでね。奴らに頭を下げてまで手がかりを探そうとは思えなかったのさ。だから、親しくない魔術師一族には訊いたことがない。魔術師一族ってのはどこも自分たちの知識や発見を秘匿したがるものだから、どこかの魔術師一族が手がかりになりそうな情報か、あるいは方法そのものを知ってる可能性は、それなりにあるんだけどね」


「ほ、本当ですか?」


 あたしは身を乗り出していた。それなら、魔術師一族を訪ねて訊いてみれば、シアを護る方法が見つかるかもしれない!


 だけど、お師匠は難しい顔をしている。


「こう言っておいて何だけど、あんまり期待はしない方がいいよ。今言ったばかりだろう。魔術師一族はどこも自分たちの持っている情報を一族外にもらしたがらない。奴らの口を開かせるのは、至難の業だよ。そもそも、伝手がなければ、会うことさえ簡単じゃない。まあ、私の知りあいの伝手をたどれば、いくつかの魔術師一族に会うことくらいはできるだろうが、口を開かせられるかねえ……」


 お師匠は考え込む。魔術師一族か。あたしにはよくわからないけど、色々難しいんだろうな。


 ……ん? そういえば、最近他の誰かも魔術師一族について話していなかったっけ?


 あたしは記憶を探った。あれはシアだっけ? うん、そう、シアだ。でも相手はお師匠じゃなかった。いや、お師匠とも話していたけど、他の誰かとも別の時に話していたはず……あ。


「町長さんだ」


「タリオンがどうしたって?」


 お師匠が不可解そうな顔をしている。


「この前、シアと……ルチルと町長さんの家を訪ねたんです。奥さんが暑がっているから氷を作ってほしい、って依頼されて。その時に町長さんが、パリエスだったと思うけどそこの町長の息子さんに、魔術師一族の女の人が嫁いでその結婚式に出た、って話をしていたんです」


「パリエス? あそこの町長は特に魔術師一族とは縁がなかったはずだが、そこの息子が魔術師一族の娘と? 一体どこの一族だい」


「えっと……クラ……いや、クロー。クロー一族、って言っていたと思います」


「へえ、クローの人間が、一族外の者に嫁ぐとはね。噂になりそうなものだが……ああ、でも、私も最近はほとんど知りあいと連絡を取ってなかったからね。それで聞き逃したのかね」


 一人で納得しているお師匠の気を引こうと、あたしは声を上げた。


「そのクロー一族って、お師匠のお知りあいですか? 別の瘴気の浄化方法がないか訊いたことがある人たちですか?」


「いや、私の知りあいじゃあないよ。訊いたこともない」


 首を振ったお師匠は、ふうん、と顎に手を当てた。


「あんたの聞いてきたその話、使えるかもしれないね。一族外の者に嫁ぐような人間なら、一族の知識を一族外の者に教えることに関して寛容かもしれない。そのクロー一族の娘には、会ってみる価値がありそうだ。タリオンに紹介状を書いてもらえば、会うのも難しくないだろうし」


「じゃあ、あたしすぐに町長さんにお願いしてきます!」


 立ち上がったあたしを抑えるように、お師匠が片手を上げた。


「ちょっと待ちな。そう急ぐもんじゃないよ。タリオンに頼みに行くのは、話をもう少しつめてからでも遅くないだろう」


「話をつめるって、どういうことですか?」


「たとえば、そのクロー一族の娘や、他にも話を通せれば魔術師一族の人間に会いに行って知識を共有してもらえるよう交渉するのは、あんただが、その覚悟があるのか、とかそういう話さ」


「え……あ、あたし?」


「当たり前だろう。私はもう年だよ。短い時間であっちこっちに旅して回るようなきつい役目はごめんさね。――それに、これはあんたの望みで、あんたがやるって決めたことだ。だったら、その目的をかなえるために動くのは、あんたの役目だよ。違うかい?」


 お師匠の目が厳しさをたたえて、あたしを見据える。あたしはごくりと唾を呑んだ。


「違わ……ない、です」


 お師匠の言ってることは全部正しい。これは、あたしがやらなきゃいけないことだ。


 あたしはずっと誰かに護られてきた。レティ母様、ヨルダ父様、シア、義姉さん、兄さん、父さん、お師匠。護られて、陰に隠れて、従って。それは楽で安全な道だった。


 だけど、いつまでもそんな立場に甘んじてはいられない。自分の足で立たなきゃいけない。手助けをしてもらうのは間違ってなんかないけど、自分にとって大切なことは、自分で決めて、自分が主体になってやらなくちゃいけない。


 それが、大人になるっていうことだ。そうなってこそ、大切な人を護れるんだ。


 そう考えてから、はたりと気づいた。


「あ、でもラピスはどうすれば……。連れていくべきでしょうか? シアが……ルチルがずっと町にいてくれるなら、置いていっても大丈夫だけど、シアは結界を張り直しに何度か町を離れる、みたいなこと言ってましたし……」


「子ども連れじゃ旅に時間がかかりすぎるだろう。あの坊主の面倒なら、私が見てやるよ」


 思いもかけない言葉に、あたしはぽかんと口を開いて、お師匠を見つめた。


「今度の件はクラディムの問題で私にも他人事じゃないし、〈神々の愛し児〉に頼らない瘴気の浄化方法が見つかるなら、それは私にとっちゃ喜ぶべきことだ。だから、ま、そのくらいはしてやってもいい。あの坊主もそれなりに成長して多少の分別はついたことだしね。家にいても邪魔にはならんだろう」


「あ、ありがとうございます」


 お師匠は手を振った。


「そんなことより、あんたの覚悟の話だ。魔術師一族の人間と交渉するってのは簡単な仕事じゃないよ。魔術師一族の人間は基本的に、私らみたいな一族に属さないはぐれの魔術師を見下してる。そんな奴らに会いに行って頭を下げるんだ。嫌な思いをすることになるだろう。それでも行くかい?」


「はい、行きます」


 あたしはためらわず答えた。そこに迷いはない。シアを護るためなら、どんな嫌な思いをすることになったっていい。


 お師匠は唇の片端を上げた。


「いい覚悟だ。なら、交渉材料はこっちで用意してやるよ。――それじゃあ、これからあんたがやることについてもう少し詳しく話そうか」


「町長さんに紹介状を書いてもらうのと、ラピスや家族の了承を取ること以外にですか?」


 あたしは首を傾げた。他にやることなんて思いつかない。


「時間は半月ほどしかないんだ。パリエスに行っても収穫がなくて、この町まで帰ってきて、それからまた別の魔術師一族に会いに行く、なんてのは時間の無駄づかいだろう。どうせなら、いくつか当てを見つけてから旅に出て、まとめて会いに行く方が、結果的には早道のはずだよ」


「それは確かにそうかもしれないですね」


「私は知りあいの魔術師に手紙を書いて、あんたが魔術師一族に会えるよう手を回してもらう。その間あんたは、他に魔術師一族に伝手を持ってる人間がいないか探しな」


「魔術師一族に伝手を持ってる人……ですか」


「そう。この町には旅人が多く来る。その中には、魔術師一族に伝手を持ってる人間がいるかもしれない。あんたんとこの宿屋に泊まってる可能性だってあるよ」


「あ、なるほど。じゃあ、うちのお客さんに訊いて……それから他の宿屋も回ってみます。あとは酒場ですね」


 明日は仕事があるから難しいけど、明後日はちょうど食堂が休みの日だから、他の宿屋や酒場を回る時間を作れる。


「それと、宝石店だね」


 あたしはきょとんとした。


「宝石店……ですか?」


「魔術には宝石をよく使うだろう。宝石店は、魔術師一族と商売上のつながりがある可能性が高いんだよ。〈エスティオス宝飾店〉はわかるね?」


「高級店街の真ん中辺りにある店ですよね? 入ったことはないですけど、前を通ったことならあります」


「あそこは、ちょっと離れた都市に本店があって、他にもいくつか支店を持ってる。訊いたことはないが、魔術師一族に伝手がある可能性がある。行って尋ねてみな。私の使いで来たって言えば、門前払いはされないはずだよ」


「わかりました。行ってみます」


 よし、とお師匠はうなずいた。


「私からはこれくらいだね。それじゃあ、もう行っていいよ」


「はい。ありがとうございます、お師匠」


 あたしは背筋を伸ばし、心をこめてお礼を言った。お師匠は肩をすくめる。


「そんな改まって礼を言われるほどのことじゃないさ。ルチルさんが命を落としちゃ、私も少々寝覚めが悪いしね。それに〈神々の愛し児〉に頼らない瘴気の浄化方法を見つけることは、私の目標でもあるんだ。だから協力してるだけだよ」


「それでも、感謝してます」


 朝、シアを犠牲にせずに瘴気を浄化する方法を見つける、って決めた時は、そのために何をすればいいかなんて全然わからなくて五里霧中状態だったけど、今はやることがしっかり決まってる。それだけでも本当にありがたい。



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