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第十一章 人柱の一族(2)

 そこで宿屋の入口の方から「おはようございまーす」と声が聞こえた。ティスタだ。軽い足音がして、宿屋と食堂をつなぐ入口からティスタが顔をのぞかせる。


「あ、もう食事始めちゃってましたかー。あたし、ちょっと遅かったですねー」


「おはよう、ティスタちゃん。まだ開店まで時間あるから大丈夫よ」


「はよ、ティスタ。ティスタの分の賄いは厨房にあるから持ってくるな。座って待ってろよ」


 兄さんが言って立ち上がる。


「ありがとうございまーす。ここの賄い楽しみだったんですよー」


 ティスタはにこにこ笑いながら、テーブルに着いた。


「おはよ、ティスタ。今日の朝はあたしいないんだけど、店をよろしくね」


「ああ、リューリア会合に出るんだっけー? じゃあ、フュリドさんもいないのー?」


「うん、そう。調理は父さん一人で、給仕は義姉さんとティスタでやってもらうことになる」


「わかったー。任せといてー」


 ティスタがどんと胸を叩く。厨房から出てきてティスタの前に椀とスプーンを置いた兄さんが笑った。


「頼もしいな。親父とセイーリンのことよろしく頼むぜ」


「はいー。がんばりまーす!」


 ティスタは言って、今朝の賄いである麦粥を食べ始めた。


「あ、おいしーい。これひょっとして蜂蜜入ってますー? しかもかなり上質なやつですよねー。賄いなのに贅沢ー!」


「店を円滑に回すには、従業員もしっかりとした食事を取るのが重要だ、ってのが親父の信念なんだよ」


 兄さんの言葉に、ティスタは大きくうなずく。


「すばらしい信念だと思いますー。ここで働けて嬉しいですー」


 そんななごやかな会話を交わしながら、食事を終える。厨房に食器を片づけて、ティスタに説明しながら開店準備をする。最後に、義姉さんと父さんに身体強化の魔法をかけてから、ティスタを見た。


「ティスタは地属性だから、自分で身体強化の魔法かけられるよね?」


「かけられるけどー……何か重労働するのー?」


 ティスタは不思議そうに首を傾げる。まあ、そうなるよね。


「身体強化の魔法をかけると、足腰が強くなるから、仕事がかなり楽になるんだよ」


「へええー、そうなんだー。その発想はなかったー」


「そうだよね。あたしもシア……ルチルに教わるまでは、思いつきもしなかったもん」


 シアの名前を口にすると、胸の底に沈めていた不安がむくっと頭をもたげる。あたしは急いでそれをまた抑え込んだ。今は心配しても仕方がない。心配する必要があるかどうかも、まだわからないんだから。


「おーい、リューリア、ラピス。そろそろ出るぞ」


 厨房から出てきた兄さんが声をかけてくる。


「わかった。――じゃあ、ティスタ、わからないことがあったら、義姉さんに訊いてね」


「うん。こっちは大丈夫だから、安心して行ってきてー」


 ティスタと義姉さんに見送られて、あたしとラピス、兄さんは集会所に向かう。


 集会所の外も中も一様にざわついている。それはいつもどおりといえばそうだけど、今日はピリピリした雰囲気を感じる。まだ昨日の事件の衝撃が残っているし、また町が襲われないかっていう不安もあるんだろう。今日の会合で、その不安が解消するといいんだけど。


 魔獣に家を壊されてしまった人たちの多くは町長さんの家に泊まっているけれど、さすがに全員は受け入れられないので、一部は集会所で寝泊まりしている。なので、いつもより人も物も多い。その中で何とか三人分の席を見つけて座る。


 しばらくして三の鐘が鳴った。その直後、チリンチリーンと澄んだ鐘の音が集会所全体に響き渡る。まだ立っていた人たちが座って、ざわめきも収まり、皆の目が真ん中にある壇に向く。そこには町長さんとお師匠が立っている。


「今日は、集まってくれてありがとう。皆仕事もあるだろうに、朝から招集をかけてすまなかった。だが、この話は急いで済ませた方がいいと判断したんだ」


 町長さんが穏やかな声で話す。


「まずは、昨日何が起こったのか正確な情報を共有しておこう。昨日の朝、魔獣と呼ばれる獣に町が襲撃された。幸い魔獣はそう経たないうちに、リューリアとルチルカルツ・シアさんによって排除された」


 町長さんの言葉にいくつもの目があたしの方に向く。注目されて緊張するけど、なるべく平然とした顔を保つようにした。


「それでも被害は出てしまった。建物が十八軒。死者は十二人だ」


 町長さんは哀悼の表情を浮かべて目を伏せる。


「皆、亡くなった者たちのために祈りを捧げよう」


 町長さんは片方の手の平を天に向け、もう片方の手の平を地面に向ける。皆もそれに倣った。


 町長さんが大地の女神メアノドゥーラと死の男神ユースディースに祈りを捧げ、亡くなった十二人の名前を唱えていく。押し殺したような嗚咽が聞こえてきた。亡くなった人たちの家族や友人のものだろう。


「トゥッカーシャ」


 町長さんに合わせて、皆で祈りの締めくくりの言葉を唱える。それから目を開けた。


 少しの間を置いて、町長さんが再び口を開く。


「それでは、今後の話をしようか。家をなくしてしまった者たちには、なるべく早く住む場所を用意するつもりだ。橋の修繕作業もまだ終わっていないし、大工諸君は忙しくなると思うが、よろしく頼む。被害に遭った者たちへの支援金も、早急に渡せるよう用意させている。それ以外に何か必要な物や要望があれば、遠慮なく私に言いに来てほしい」


 さて、と町長さんは集会所を見渡した。


「他に皆が気になっていることといえば、また魔獣による襲撃があるのではないか、ということだろう。それに関しては、イァルナさんから話してもらおう」


 町長さんに視線を向けられて、お師匠が話し始めた。


「魔獣、という生き物については皆よく知らないことだろうから少し説明しておこう。あれは世界の歪みから生まれた瘴気によって生み出された物だ。瘴気の影響で普通の獣が変質して、魔獣になる。魔獣に直接怪我をさせられた者も何人かいたね。そこについても説明しておこうか。魔獣につけられた怪我は瘴気の影響で回復魔法が効きにくく、自然治癒に任せるしかない。だが、瘴気をできる限り浄化して適切な治療を施せば、ちゃんと治る。人の体には元々、瘴気を多少浄化する機能が備わっているからね。このことは魔獣に傷をつけられた者たちには説明して、傷口に残った瘴気の浄化も行ったはずだが、もしまだ手当を受けていない者がいたら、私かリューリアの元に来るよう言っとくれ。あと、手当てを受けた者も、瘴気を浄化する機能を高める薬をまだ貰っていなかったら、私の元に貰いに来るように、というのも伝えとくれ」


 お師匠はぐるりと周囲を見回した。皆が了解の意思を示してうなずく。


「さて、それじゃ本題だ。魔獣は瘴気によって生み出される物で、瘴気を浄化して根本的な原因となる歪みを消さない限り、また生まれてくる。ただ、次から次へと立て続けに現れるような物じゃないので、そこは安心していい。昨日の魔獣の残骸をちょっと調べてみたんだが、魔獣となってからそう経っていないようだった。これなら、町が新たな魔獣に襲われる可能性は低いだろう。ルチルカルツ・シアが今瘴気の浄化と歪みの消去を行いに向かっているから、次の魔獣が現れる前に、歪みを消すことができるはずだ」


 お師匠の言葉に、安堵の空気が集会所に広がっていく。お師匠は、自分の仕事は終えた、とばかりに口をつぐみ、かわりに町長さんが口を開く。


「といっても、もちろん万が一ということもある。しばらくの間は自警団で町周辺の巡回を行うことにする。やることが多くて皆大変だろうが、協力を頼むよ」


「もちろんだ! 俺たちの町は俺たちの手で護らねえとな!」


 中年の男性が拳を振り上げる。賛同の声があちらこちらから上がった。その声が落ち着いたところで、お師匠が再び口を開いた。


「その意気は買うが、魔獣を倒すのは普通の魔法や武器じゃ難しい。万が一また魔獣が現れた場合には、足止め程度にとどめて、私かリューリアを呼んでくれ。わかったね」


 少し不満そうな空気が広がる。お師匠はそれをやわらげるように続けた。


「自分たちの手で魔獣を倒せないからって、別に恥じる必要も何もありゃしない。魔獣を倒すのは魔術師の仕事だっていう、ただそれだけのことさ。私やリューリアに自分の仕事をさせとくれ、って言ってるんだよ」


「イァルナさんの言うとおりだ。魔術師にしかできないことは、魔術師に任せるのが筋だ。建物を建てるのを大工に任せるのと同じだよ。私たちは、それぞれ自分たちにできることをすればいい」


 町長さんが言い添える。それで皆納得したような顔になった。


 その後は自警団からの報告や、緊急町会費をどのくらい徴収すべきかの議論なんかをして、会合は解散となった。


「兄さん、あたしお師匠にシアのこと訊いてくるね」


「おう。わかった」


 兄さんと、話しあいの間に眠り込んでしまったラピスを置いて、お師匠の元に向かう。お師匠は何人かに囲まれて話をしていたので、その話が終わるまで待ってから声をかけた。


「お師匠、ちょっと訊きたいことがあるんですが、いいですか?」


「何だい?」


「シア……ルチルのこと……っていうか、瘴気に関してなんですが、瘴気を浄化するのって命の危険が伴うことなんですか?」


 お師匠は目を細めてあたしを見た。少しの沈黙の後、平静な声で問いかけてくる。


「何だっていきなりそんなこと言い出したんだい?」


「実はゆうべ夢を見たんです。幼い頃の夢で……」


 あたしは、夢の中のレティ母様とヨルダ父様の会話をかいつまんで話した。あたしが口を閉じると、お師匠はふうっと息を吐いた。


「あんた、この後時間あるかい。ここじゃ落ち着いて話もできやしないから、私の家で話したいんだがね」


 あたしはちょっと迷った。本当なら、家に帰って食堂の仕事を手伝うべきだ。でも、お師匠のこの口ぶりからすると、あたしの不安は当たっている可能性が高い。それなら一刻も早く知りたい。


 義姉さんとティスタに心の中で謝ってから、あたしはうなずいた。


「わかりました。今ラピスを連れてきますから、待っていてください」


 兄さんとラピスの所に戻る。


「兄さん、あたしお師匠の家に行ってきていい? 仕事があるのはわかってるけど、どうしてもお師匠の話を聞きたいの」


 兄さんは少し眉をひそめたけど、一拍置いて息を吐いた。


「いいよ。行ってこい。ルチルさんの命がかかってるんだもんな。セイーリンとティスタには俺から謝っといてやるよ」


「ありがとう、兄さん」


 身体強化の魔法を自分にかけてから、ラピスを背負って、お師匠の元に戻った。お師匠はあたしの姿を認めると、ついてくるように手で促して歩き始めた。その背を追っていく。



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