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第九章 橋の修繕作業(1)

「すみませーん。もうすぐ閉めるので、新しいお客様のご入店はご遠慮願いまーす」


 あたしは、食堂の扉を開けて入ってきたお客さんに急いで歩み寄った。


「何だあ? いつもなら客を追い出したりしねえだろ? ていうか、この時間はまだ営業時間中のはずじゃねえのか?」


 お客さんが不可解そうな顔をする。


「すみません。橋の修繕作業で給仕の手が足りなくなるので、今朝は早めに店を閉めることにしたんです。ご理解のほどお願いします」


 そう言って頭を下げると、気心の知れた常連さんだけあって、不承不承ながらも「仕方ねえなあ」と理解を示してくれた。


「昼はわかりませんが、夜はいつもどおりの予定ですので、またいらしてください」


 そう言って、お客さんを見送る。


 まだ食堂内に残っているお客さんにも、事情を説明して、早めに帰ってもらう。お客さんを全員送り出すと、店を閉めて、さっさと掃除を終わらせる。


「じゃあ、義姉さん、兄さん、父さん、あたしたち橋に行ってくるね。――ラピスー、出かけるよー」


 ラピスを呼んで、シアと三人で家を出た。今からなら、普通に歩いても、五の鐘までに橋に着くはずだ。


 大通りに出て、北に向かって歩く。途中の屋台でミジュラを二つ買った。


 やがて町を出ると、街道がゆっくりと曲がって北東に向かう。途中分かれ道もあるけど、橋への道は何となく憶えていたので、迷わずに進めた。


 橋が壊れているから人通りは少ないかと思ったけど、意外と人が歩いている。多分ほとんどが修繕作業に関わる人たちだろうけど。


 少しすると、ソルフィ川とそこにかかる橋が見えてきた。近づくと、橋の途中が一部壊れているのが目に入る。川を渡るだけなら、残っている部分を歩けば何とかなりそうだけど、危ないし、これじゃ馬車は通れない。隊商が避けるのも道理だ。


 川原には、人が集まってがやがやしている。修繕用の木材や道具なんかも積み上げられている。


 シアとラピスに声をかけて、街道から外れて川原に下りる。

 えーと、まずは現場監督さんへの挨拶だよね。それで、仕事内容を聞かないと。


「すみません、現場監督のサッカルさんはどこにいらっしゃいますか?」


 近くにいた人たちに声をかける。


「サッカルなら、確かあっちにいたぞ」


 指差された方向に歩いていくと、人の輪ができていた。


「すみません、サッカルさんはそちらにいらっしゃいますか?」


 声を張り上げると、人の輪が崩れて道が空いた。いかにも大工仕事を生業にしていそうな屈強な男性がこちらに歩いてくる。


「俺がサッカルだが……ああ、魔術師の娘っ子か。名前は何つったっけか」


「リューリアです。今日はよろしくお願いします」


「手伝いのルチルカルツ・シアです。ルチルと呼んでください」


 サッカルさんは、あたしとシアをじろじろと眺めた後、周囲を見回してから、はあ、と息を吐いた。


「本当にイァルナさんは来てねえんだな。――町会で決まったことだから、一応あんたらに任せるが、あんたらが失敗した時はイァルナさんが来てくれるんだろうな?」


 あたしやシアのことを信頼していないのを隠そうともしない態度に、怯みそうになりながらも、あたしはがんばってサッカルさんの目を見据えた。


「そのはずです。ですが、そんな必要がないように、全力を尽くすつもりです」


「そりゃ当然だ。仕事だからな。だが、いくら全力を出したって実力が伴わなきゃ話になんねえだろうが」


「それは、そうですが……」


「まあ、あんたらに仕事を任せたイァルナさんの顔に泥を塗らねえためにも、精々がんばってくれや」


「……はい」


 あたしはそれだけ言った。サッカルさんと議論する気分じゃないし、そもそもどれだけ議論したって意味はないだろう。信頼は勝ち取るものだ。信頼してほしかったら、任された仕事を成功させるしかない。


「あの、それで、今日はどんな仕事をすればいいんでしょうか?」


「ああ、その話をしなけりゃな」


 サッカルさんは橋の方を振り返って指差した。


「橋が壊れてるとこは見えるな? あそこを直すためには川ん中に入らなけりゃなんねえ。そんでだ、あの部分の上流に土で壁を作ってあの部分の下に流れる水の量を減らしてほしいんだよ。そうすりゃ作業がしやすくなるからな。できそうか?」


「土の壁ですか……」


 あたしは考えを巡らせた。川の流れに崩されないように、なるべく強固な壁にする必要があるだろう。必要な土は川底の土を使うけど、橋の下の土を使うと橋が崩れてしまいかねないから、橋から離れた場所から持ってこないといけない。ちょっと技術が必要になるけど、多分大丈夫だ。


「はい、できると思います」


 あたしがうなずくと、サッカルさんは半信半疑な顔になったけど、少しして肩をすくめた。


「そうだといいんだがな。他に質問はないな? それじゃあ、俺は他の奴らとの話が途中だったから、戻るぜ」


「はい。それではまた後で」


 サッカルさんの背を見送っていると、シアが声をかけてきた。


「ルリ、一人でも大丈夫そう?」


「う、うん、できると思う」


 シアの顔はまだ見られないので、視線は橋に向けたまま返事をする。


「そう。結構魔力を使いそうな仕事ね。でも、後のことは心配しないで。もしルリが魔力切れを起こしても、食堂の仕事や家事で必要な魔法はわたしがかわりにやるから」


「え? あ、ま、魔力量の問題ね。それなら大丈夫。他の人の魔力を借りるつもりだから」


「他の人の魔力を?」


「うん、ほら、魔力の紐でつながって魔力を送ったり貰ったりするでしょ。あれで」


 考え込むような気配があって、少ししてから、シアが、ああ、と声を上げた。


「あの魔法ね。そういえば、そんなものもあったわね。すっかり忘れていたわ」


「シ、シアでもそんなことあるんだ?」


「わたしの一族ではあまり使わない魔法だから。一応習いはしたけれど、わたしも使ったことはないの」


「そ、そうなんだ。あ、そっか。シアの一族は魔力量かなり多いんだったもんね。あたしは前、お師匠が大規模な術を行う時にあの魔法で魔力を貸したことがあって、それで今回も使おうかなって。魔術師でない人からでも魔力を借りられる、ってお師匠が言っていたし」


「それなら、確かに借りた方がいいわね」


 シアがそう言ったところで、鐘の音がかすかに聞こえてきた。五の鐘だ。


「おーし、作業を始める時間だぞ。全員集まってるかー」


 サッカルさんが声を張り上げる。あちこちから、肯定の声が上がった。


「んじゃ、そこの娘っ子、どっちでもいいから土壁を作ってくれ」


 サッカルさんがこっちに顔を向ける。


「がんばって、ルリ」


 シアがささやいてくる。あたしはうなずくと、一歩前に進み出て口を開いた。


「そのことなんですが、大量の魔力が必要になるので、他の人たちにも力を借りたいんです。地属性の人を集めてもらえませんか?」


「それはいいが……おーい、地属性の奴はこっちに来い!」


 サッカルさんの呼びかけに応えて、何人かが集まってくる。あたしはシアとその人たちを連れて、川の方に歩いた。今いるのは橋の上流側だから、大きく場所を移動する必要はない。


 川べりぎりぎりで止まって、まずは祈りを捧げる。ミジュラを片手に一つずつ持って両腕を広げ、川を見つめて口を開く。


「ソルフィ川の精霊ソルフィよ。我ら人間の体は脆弱なため、御身を渡るために橋を必要とします。ですが、今は亡き主、川の男神スファルヴィーンを恋い慕う御身の嘆きによってその橋が一部壊れてしまいました。そのため今日、我らはここに橋の修繕を望み集まりました。どうぞ我らが御身に足を踏み入れることをお許しください。橋の修繕作業を円滑に行うため、御身の流れを一部遮ることをお許しください。寛容なるお心を持って、この供物を受け入れ、我らの営みをお見守りください」


 祈りを終えて、ミジュラを川に投げ入れ、後ろを振り返る。


「それじゃあ、皆さんの魔力を貰う準備をしますね」一番近くにいる地属性の人に手を差し出す。「魔力の紐をつなぐので、握手をお願いします」


「お、おう。握手するだけでいいのか?」


「はい」


 戸惑っている男性と手をつないで、地属性に変換した魔力を紐状に変えてその人の体内に送り込む。胸の真ん中あたりにある魔力を生み出す器官につながるように、魔力を操作する。難しい魔法ではないので、すぐに終わった。


「ありがとうございます。それでは、次の方お願いします」


 そうやって、地属性の人全員と魔力の紐でつながる。


 それから、川に向き直った。橋の壊れている箇所の上流……あの辺がいいかな。橋から遠すぎも近すぎもしない場所に目星をつけて、後ろにいる地属性の人たちに声だけで呼びかける。


「それじゃあ、魔力を貰います。魔力が勝手に出ていく感触は、慣れなくて変な感じがすると思いますが、危ないことは何もないので安心してください」


 説明を終えると、息を一つ吸って、魔力の紐に意識を集中した。紐を通じて魔力を吸い取る。魔力量は人それぞれで、少ない人もいるから、魔力切れで倒れる人が出ないよう、貰う量を個人個人に合わせて調節するのも忘れない。


「う、うわっ、なんか気持ちわりいな、これ」


「他人に自分の魔力を操られるなんざ、子どもの頃以来だからなあ」


 地属性の人たちがざわめく。あたしはそれを無視して、体を満たしていく大量の魔力に集中した。


 シアのことで、というか失恋したことで頭がいっぱいで、大仕事を担当することへの不安はどっかに行っちゃってたけど、いざ仕事が始まるとなったら、さすがに戻ってきた。


 緊張でドキドキしている胸を押さえて、地属性の人たちから吸い取った大量の魔力を足から放出して、地面を通して川底まで送る。魔力をいつもより丁寧に操作して、目星をつけた辺りの地面に行き渡らせる。橋の方には魔力が行かないよう気をつけた。


 よし、範囲はこのくらいでいいかな。さあ、行くぞ。


 土を操って隆起させる。土の壁がざざざっと川面を破って現れる。


 おおー、という歓声が背後から聞こえるけど、意識から追い出す。余計なことは聞かない、考えない。


 土だけに集中して、橋の半分ぐらいの高さの土壁を作る。横幅は壊れている箇所の倍くらいでいいだろう。


 それから、更に土に魔力を送り込んで固める。水に削られても崩れないように、固く、固く、石のように強固に。ひたすら念じ続け、魔力を送り続ける。


 一分くらいそれを続けて、もうこれくらいで充分かな、と判断した。魔力を送るのをやめる。土壁は崩れたりせずに、どっしりとそこに立っている。


 うん、よくできたんじゃないかな。


 あたしは、ふう、と息を吐いて背後を振り返った。


「できました。これでいいですか?」


 土壁をまじまじと見つめていたサッカルさんが、はっと我に返ったように瞬きをした。


「お、おう。……やるじゃねえか、娘っ子。いや、リューリア」


 にやっと笑ったサッカルさんは、歩み寄ってくると、あたしの背中をばしっと叩いた。結構力が強かったので、あたしは思わずたたらを踏んでしまう。足がずるっと滑ったかと思うと、体が川に向けて傾いた。


「きゃっ」


「お、うわ、大丈夫か」


 サッカルさんが慌ててあたしの腕をつかんで引き戻してくれて、川に落ちることは免れた。


「わりいわりい。ちょっと力が強すぎたな」


 サッカルさんはばつの悪そうな顔で頭をかいている。


「い、いえ。助けてくださってありがとうございます」


「いや、元々は俺の責任だからな」


 言って、サッカルさんはもう一度土壁の方を見た。


「あの壁はよくできてる。侮るようなこと言って悪かったな」


「いいえ。私のような若輩者がなかなか信頼してもらえないのは当然ですから」


「これからは、おまえを侮るような奴がいたら、リューリアは一人前の魔術師だ、って俺から言っといてやるよ。任せておけ」


 サッカルさんが、どん、と胸を叩く。町長さんが言っていたとおり、気のいい人みたいだ。


「おうよ。サッカルだけじゃなく俺からも言っといてやるぞー」


「ああ。よくやったな、嬢ちゃん」


 周囲からも声がかかる。


「ありがとうございます」


 あたしは周りを見回して、笑顔で礼を言った。半分は愛想笑いだけど、半分は認めてもらえた嬉しさや無事に仕事を達成できた安堵から生まれた心からのものだ。


「おめでとう、ルリ。皆に認めてもらえて良かったわね」


 シアも明るい声をかけてくる。シアにそう言ってもらえるのは嬉しいんだけど、シアの声を聞いたことで胸の痛みを思い出して、笑顔が強張ってしまった。

 うう、仕事に集中している間は失恋したこと忘れられていたのになあ。シアに悪気がないのはわかってるけど、正直恨めしい。


 あたしはそんな気持ちを押し隠して、笑顔を作り直してシアの方に向けた。といっても、シアの顔はまだ見れないので、視線はシアの首の辺りに向ける。


「ありがと。シアが励ましてくれたおかげだよ」


「リューリア姉ちゃん、かっこ良かったぞ! 土が川からどどーって現れて、すごかった!」


 ラピスも走り寄ってきながら声をかけてくる。あたしは、すぐ傍まで来たラピスの頭をなでた。


「ありがと、ラピス」


 ラピスが向けてくる目は純粋な感嘆に満ちあふれていて、くすぐったいけど嬉しいし誇らしい。ラピスがいつまでもこんな目で見てくれるような魔術師でいたい。そういう魔術師になりたい。そう思わせられる。これからもどんどん魔術の腕を磨かなきゃね。


 心の中で決意してから、サッカルさんの方を向く。サッカルさんは他の人たちに作業の指示を出しているので、そっちが一段落するまで待って、声をかけた。


「サッカルさん、他に私が担当する仕事はありますか?」


「いや、特にはねえな。何日かしたら、あの土壁を補強してもらうことがあるかもしれねえが、今んところは魔術師の力が必要なことはもうねえよ」


「そうですか。それじゃあ、私たちはこれで失礼しますね。修繕作業、がんばってください」


「おう。またな」


「はい、また」


 サッカルさんは手を上げると、橋の方に歩いていく。


 こういう町会の主導で行う仕事の場合は基本的に、作業が全て終わってから、まとめて賃金を払う。だから一回一回お金を貰う交渉をしなくていいので、気が楽だ。



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