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第八章 失恋の翌日(2)

ブクマありがとうございます!

 シアとラピスと並んで町長さんのお使いの後をついていく。


 あーあ、シアと一緒かあ。


 あたしは胸中でため息を吐いた。せっかくシアと離れられると思ったのにその機会がふいになっちゃったのが残念でもあるし、同時に、そんな風に考えちゃう自分が嫌だなって気持ちもある。昨日までは、シアと一緒にいられるのが嬉しくて幸せだったのに。あの頃の無邪気な気持ちに戻りたいよ、ほんと。


 恋すると気分がうきうきして世界が輝いて見えるけど、失恋するとその反対。前は楽しかったことまで楽しくなくなっちゃうんだから、恋なんていっそしない方がいいのかもしれない。


 ああ、でも、恋を忘れるには新しい恋をするのが一番、とか言うよね。


 ……新しい恋、か。そんなのあたしにできるんだろうか? シアへの想いを忘れられる日なんて来るんだろうか。シアが里に帰って毎日顔を合わせなくなったら、少しずつ忘れられるのかなあ。


 でも、シアに会えなくなっちゃうのはさびしいな。ずっと一緒にいるのはしんどいけど、離れるのも嫌だ。矛盾してるけど、それが正直な気持ちだ。


 好きだから傍にいたいけど、好きだから傍にいるのがつらい。


 ああもう、自分でも自分がどうしたいんだかわかんないよ。


 あたしがもう一度胸中でため息を吐き出したところで、町長さんの家に着いた。


「ほら、ルチルさん、ここが町長さんの家だよ! すごいだろ? この町で一番立派な家なんだぜ!」


「ええ、本当に立派ね」


 町長さんの家の敷地は、うちの宿屋と同じくらいの広さで、家の高さはうちより高くて三階建てだ。窓は全部ガラス窓だし、家の中の調度品も上等な物ばかり。


 きれいに掃除された廊下を歩いて、二階の一室に通される。前にも来たことがある、町長さんの奥さんが普段使用している居間だそうだ。中には、町長さん夫婦がそろっていた。


「やあ、リューリア、ルチルカルツさん、ラピス」


 町長さんが立ち上がる。


「わざわざ来てもらってすまないねえ。妻が今日は特に暑くてしょうがないって言って、朝からずっと部屋を冷やしていたものだから、担当の使用人が魔力切れを起こして倒れてしまってね。うちには他に火属性の者がいないものだから、リューリアに氷の柱を頼むことにしたんだよ」


 前にあたしが同じ用事で呼ばれた時は、火属性の使用人が休みの日だったけど、今日はその人倒れちゃったのか。まあ、魔力切れはしっかり食べてしっかり眠れば治るから、明日にはまた働けるだろうけど。


 部屋の気温は外よりはましだけど結構高くて、町長さんの奥さんはぐったりと揺り椅子に座っている。挨拶する元気もないみたいだ。

 そのおなかは大きくふくらんでいる。確かもう臨月のはずだ。元々北の方の町出身で暑さに弱いそうだし、妊娠中だと余計に暑く感じるものらしいから、相当つらいんだろう。


「こんにちは、町長さん、奥さん。とりあえず部屋の気温を下げますね」


「ああ、頼むよ」


 あたしは一つうなずいて、部屋中に火属性の魔力を広げ、涼しく感じるくらいまで気温を下げた。町長さんの奥さんがほうっと息を吐いて、目を開ける。


「ああ、気持ちいい。ありがとう、リューリア」


「どういたしまして。次は、氷の柱を作りますね」


 町長さんの奥さんの足元に置いてあるタライの水を操ってまず揺り椅子と同じくらいの高さの水の柱を作る。それからその柱を凍らせる。


 物の温度を上げ下げするのは、火魔法の基本の一つだけど、氷にするくらい温度を下げるのには、生まれ持った才能に加えて相当な訓練が必要になる。

 温度を上げる方は比較的簡単だけど、そっちも、たとえば鍛冶屋で鉄を加工する時に必要なくらい炎を高温にしようとすれば、やっぱり訓練を積まないといけない。


 今のところ、クラディムで水を氷に変えられるのは、あたしとお師匠だけだ。だから夏は、経済的に余裕がある町民たちがあたしの元に氷を買いに来る。お師匠は、そういうのわずらわしいって嫌がるから。


 あたしが氷の柱を作り出して離れると、揺り椅子の脇に控えていた大きなうちわを持った使用人が揺り椅子から氷の柱を挟む位置に移動して、町長さんの奥さんに向かってうちわで扇ぎ始めた。


 町長さんの奥さんが、風を堪能するように目を閉じた。


「涼しいわ。生き返る……」


「私たちは下の応接間に移動するから、おまえはゆっくり休みなさい」


 町長さんが奥さんの肩に手を置いて言った。


「ん。そうするわ。リューリアたちのもてなし、お願いね」


「ああ。任せておきなさい」


 町長さんは奥さんの額に軽く口づけした後、あたしたちに歩み寄ってくる。


「さあ、それでは場所を移動しようかね。下の応接間にお茶と茶菓子を用意させているから」


 町長さんの言葉にラピスの顔が輝いた。それでもはしゃいだりせずにおとなしくしている。言葉にして褒めるのは面倒だったけど、いい子にしてるのは確かなので、くしゃくしゃと頭をなでておいた。


 下の応接間に場所を移して、お茶にする。ラピスは嬉々としてお菓子を頬張っている。行儀悪く食べ散らかしたりはしていないから、放っておくことにする。


 お茶を一口飲んだ後、町長さんが口を開いた。


「ルチルカルツさんにもご足労いただき礼を言う。私は他の町や地方の話を聞くのが好きでね。ぜひルチルカルツさんの故郷や旅の途中に通った場所の話を聞かせてもらえたら、と思って」


「わたしのことはルチルと呼んでくださって構いません。あまり面白い話もできませんが、わたしでできることなら、喜んで」


「それでは、ルチルさんと呼ばせていただきます。そういえばルチルさんは魔術師一族のご出身だそうですが、どちらの一族で?」


「わたしの一族は〈神々の愛し児〉と呼ばれています。でも、有名ではないので、魔術師一族でないと知らないかもしれません」


「確かに、初めて聞きましたな。興味深い呼び名ですなあ。どの辺りのご出身ですか?」


「ここから東の方に一月ほど行った所にある、セヴァンという町の近くです」


「それはまた遠くから来られたものですな。この町にはリューリアに会いに?」


「そうです。一族の用事で近くまで来たもので、そのついでに」


「こんな遠くまで一族の用事で来られたのですか。魔術師一族というのはやっぱり大変なんですなあ」


「そうかもしれませんね。わたしにとっては普通のことですが」


「そうそう、魔術師一族といえば、半年ほど前にもお会いしましたよ。確か、クロー一族の方だと言っていたかな。パリエスという町の町長の息子さんに、その一族の女性が嫁がれて。私は少々縁があって結婚式に招待していただいたんです」


「クロー一族なら知っています。一族の方にも、何度かお会いしたことがありますよ」


「そうですか。私がお会いした方は確かエルオーディナさんといいましたが、ご存じですか?」


「いえ、その方は知りません」


「そうですか。パリエスには行ったことがおありで?」


「話は聞いたことがありますが、実際に行ったことはありません。かなり大きな町だそうですね」


「ええ。それによくにぎわっていて、良い町ですよ。機会があれば行ってみるといいでしょう」


「そうですね。機会があれば」


 シアと町長さんの会話を聞きながら、あたしは無言でお茶を飲んだり茶菓子を食べたりしていた。喋る気分じゃないので、二人がこっちに話を振ってこないのはありがたい。


 シアはあたしが沈んでいることを知ってるから、意図的にそうしてくれてるんだろう。


 町長さんはどうだろうな。目敏いし空気も読める人だから、あたしが話しかけられたくないと思ってるのを感じ取って、放っておいてくれてるのかもしれない。


 何にせよ、二人はあっちの町やそっちの都市の話をなごやかに続けている。あたしはぼんやりとそれを聞き流していた。


 しばらくして、そろそろ潮時だと判断して、口を挟んだ。


「すみません、町長さん。あたしたち、そろそろ帰らないと。夜の営業時間が始まってしまうので」


「ああ、もうそんな時間か。引き止めて悪かったね。ルチルさん、楽しい話をありがとう」


「いえ、こちらこそ、興味深い話を色々お聞きできました」


 町長さんとシアが立ち上がって握手する。シアの手を離した町長さんは、あたしに視線を向けた。


「リューリア、帰る前に、もう一度妻の居間を冷やして、氷の柱を最初の高さに戻して、あとそれとは別に食べ物に入れる用の氷を作っていってくれるかい。今日の残りはそれでしのいでもらうことにするよ」


 シアの里に住んでた頃は、一家に魔道具の冷蔵庫と冷凍庫が一つずつあって夏でも簡単に冷たかったり凍らせた食べ物や飲み物が手に入るのが当たり前だったけど、クラディムでは――お師匠を除いて――一番裕福な町長さんの家でも、冷蔵庫や冷凍庫はない。


 こうして考えると、シアの里は本当に豊かだったんだなあ。シアの一族は宝石を生み出せるから、魔道具を作るのにもそんなに費用はかからないし、宝石を売ればお金にも困らないし。


 そうそう、お金といえば……。


「わかりました。でも、あの、その前に代金を頂いても構いませんか?」


「もちろんだよ。いくらになるかな?」


「えっと、小金貨四枚です」


 町長さんは脇に控えていた執事さんに言いつけて、お金を持ってこさせる。それを待っている間に、町長さんがまた話しかけてきた。


「そうそう、リューリア、ルチルさん。橋の修繕作業だけどね、さっそく明日から始めることになったよ」


 あたしはぱちぱちと瞬きをした。


「え、もうですか? 早いですね」


「早く直してほしいとの声が大きくて、作業を始める準備は進めていたからね。昨日の会合でお金の問題が一応解決したから、あとは早かったよ。とにかくそういうわけで、明日の五の鐘から始める予定だ。それで、魔術師に頼みたい仕事があるそうだから、明日の朝橋の所に来てくれ」


 あたしはちょっと考えた。五の鐘に間に合うように橋に着くには、朝の営業時間が終わる前に家を出ないといけない。義姉さんに一人で給仕をさせることになるので、そこが心配だ。


 かといって、大勢の人が関わる橋の修繕作業の開始時刻を、あたし一人の都合で遅らせてもらうことはできないだろう。だったら、明日の朝は早めに営業時間を終えられないか、帰ったら父さんたちに相談してみよう。


 そう結論づけてから、あたしは町長さんに返事をした。


「わかりました。明日の五の鐘ですね」


「ああ、頼むよ。仕事の詳しい内容は、現場監督のサッカルに聞いてくれ。サッカルとは面識があったかな」


「いえ、ないと思います」


「そうか。少々口は悪いが、気のいい男だよ。うまくやってくれ。――それでは、こっちが今日の代金だ」


 町長さんの合図で、話している間に応接間に戻ってきていた執事さんが、あたしにお金を差し出してくる。無事に代金を貰って、あたしはほっと肩の力を抜いた。


 町長さんは気前が良いから払い渋ることはないと思っていたけど、それでもお金のやりとりが無事に済んで安心した。お金を要求する時はやっぱりまだ緊張するから。


 その後は、町長さんの奥さんの居間に行って頼まれた仕事をこなして、町長さんの家を後にした。帰り道を歩きながら、シアが話しかけてくる。


「明日の橋の修繕作業、どんな仕事を頼まれるかルリには予想ついてるの?」


「え? あ、えっと、いや、よくわかんない。あたしも初めての仕事だから……」


「そう。でも、どんな仕事でもルリなら大丈夫よ」


「うん……」


 あたしは言葉少なに返事をした。


 明日も一日シアと離れられないなんて、憂鬱になるよ……。でも今更シアの手伝いは必要ないなんて言えないし、実際問題あたし一人で仕事をこなせるか不安だから、念のためシアがいてくれないと困るしなあ。


 給仕の仕事もそうだ。シアが抜けてあたしと義姉さんだけになったら、増えたお客をさばききれないだろう。


 ……でも家事ならどうだろう? 家事は、シアが来る前と比べて特に量が増えたりしていないし、あたしと義姉さんだけでも問題ないだろう。どうにかして、シアに家事の手伝いをやめてもらうことってできないかなあ。


 正直に、シアと一緒に過ごすのがつらいから、なんて言ったら、シアとの関係が悪くなるよね。それは避けたい。


 あたしは、上機嫌でシアと喋っているラピスを見た。義姉さんが倒れた時みたいに、シアにラピスの魔術の訓練を見ててもらえば、あたしはその間シアと離れられる。でも、どうしていきなりそんな提案したのかって訊かれたら、答えられないしなあ。うーむ、何かいい口実ないものだろうか。


 あたしはそんなことを考えながら、その日の残りを過ごした。でも、いい案は浮かばない。


 夜の営業時間終了後、掃除を終えてそそくさと戻ってきた自室で、あたしは寝巻に着替えながら、ため息をついた。


 眠って起きたら、頭もすっきりして、何か名案が浮かぶかなあ。そうだといいんだけど。


 もっといいのは、一晩眠ったらこの胸の痛みが消えてくれていることだけど、そっちはどう考えても無理だってわかってる。この傷はそんな簡単に癒えないよ。


 あたしは寝台に座って、木彫りの兎のフィフィを抱きしめた。一日中無理して上辺を取り繕っていた反動が来たのか、一人になれてほっとしたからか、じわりと視界がにじむ。


 ゆうべあんなに泣いたのに、まだ涙って出るものなんだなあ。……なんて、変なことに感心してしまう。


 ぽろぽろと涙の雫がフィフィの上に落ちる。ああ、あたし泣きすぎかなあ。


 でもいいよね。泣くのは悪いことじゃない、つらい時には泣いてもいい、ってレティ母様が昔言ってくれたし。


 あたしは寝台に横たわって、涙が出てくるに任せた。


 今夜の泣きたい気持ちは、ゆうべとは違って、少ししたら静かに引いていった。泣いてちょっと疲れた感覚と、どこかすっきりした気持ちで、ぼうっと天井を見上げる。


 あー、なんかこのまま何も考えずに眠れそう。手燭の方に視線を向けて、火魔法で蠟燭の火を消す。暗くなった部屋で目を閉じると、意識は深い眠りの淵に滑り落ちていった。



お読みくださりありがとうございます。「いいね」やブクマ、評価、感想など頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。

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