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序章

 夢を見た。


 夢の中のあたしは、家の前庭で一人で遊んでいる。家っていっても、今住んでる家じゃなくて、小さい頃育った家だ。木造の二階建てに赤い屋根。木窓に描かれた鳥や獣の絵が懐かしい。


 夢の中のあたしの外見からして、約十年前、五、六歳の頃の夢みたい。


「リューリアー」


 呼ぶ声がして、黒銀の髪の少女が駆けてくる。同じ年の幼なじみ、シアだ。


 夢の中のあたしは顔を上げて、シアに手を振った。シアがあたしの前で立ち止まる。あたしは、挨拶もそこそこに、問いかけた。


「名づけの儀式、どうだった?」


 ああ、シアが儀式を行った翌朝の夢か。なら、六歳の時だ。


 シアはにこにこと笑って答える。


「すごく良かったわ。これでわたしも正式に里の一員なんだって誇らしい気持ちになった」


 夢の中のあたしがうらやましそうな顔になる。気を取り直すように、続けて尋ねた。


「何て名前貰ったの?」


「ルチルカルツよ。針水晶のこと。だから今のわたしの名前は、ルチルカルツ・シア」


「ルチルカルツ・シア」


 繰り返すと、シアがはにかんだ。


「ふふ、まだ慣れないなあ。なんか照れくさい」


 恥ずかしそうだけどすごく嬉しそうなその顔に、夢の中のあたしがぽつりともらした。


「いいなあ……」


 シアがことんと首を傾げる。


「リューリア?」


 夢の中のあたしは、胸の前で両手をもじもじと遊ばせた。


「……あたしにも、宝石の名前があったら良かったのにな、って。そしたら……あたしだって里の一員みたいに感じられたのに」


 シアの里に住んではいても一族の人間ではないあたしは、のけ者にされていて、どうにかして自分も里の一員になりたいって思っていたんだよね。


 夢の中のあたしの言葉に、シアが理解の表情を浮かべる。そしてあたしの頭をなでた。


「そうね。リューリアの気持ち、わかるわ」


 しばらく沈黙が落ちる。あたしの頭をなで続けていたシアが、ふと何かを思いついたような顔になった。


「ねえ、そしたら、リューリアの宝石の名前、考えてみない?」


 夢の中のあたしはぱちぱちと瞬きをする。


「え?」


「名づけの儀式は行えないけど、愛称として宝石の名前で呼ぶことはできるでしょう? どう?」


 夢の中のあたしは、きらきらと紫の瞳を輝かせているシアを見つめてから、小さな笑みを浮かべた。


「うん……シアがつけてくれるの?」


「もちろん」


 シアがにっこりと笑う。


 夢の中のあたしとシアはちょっと移動して、庭に腰を下ろす。シアがぶつぶつとつぶやき始めた。


「えーと、どうせならリューリアから取ったものがいいわよね。愛称なんだし。……リア、リーア、リュウ、リューリィ……うーん……ルウ?」


 つぶやきながら考え込んでいたシアは、あ、と声を上げ、ぱっと笑顔になった。


「ルリ! ルリはどう? 瑠璃のことよ。ラピスラズリとも言うの」


「瑠璃……?」


「そう。えっとね……」


 シアは片方の手の平を上に向けると、集中するように目を閉じた。少しして、その手の平の上に淡い光の球が生まれる。光はやがて収束していき、シアが再び目を開いた時には、その手の上に小さな濃い青の石が乗っていた。一部に金色の粉がついたような模様が入っている。


「これが瑠璃よ」


 夢の中のあたしは、シアの手の平の上の石をじっと見つめて笑った。


「綺麗……」


「でしょう? 気に入った?」


「うん。ルリ。ルリかあ。名前も綺麗」


 シアが嬉しそうに微笑む。


「良かった。じゃあ今日からルリって呼ぶわね」


「うん!」


 夢の中のあたしは大きくうなずいて、笑った。


 そこで、目が覚めた。


 チチチ、チチチ、と鳥のさえずりが窓の外から聞こえてくる。あたしは、寝台に寝転がったまま、うーん、と大きく伸びをした。


「いい夢見たなあ」


 シアにルリって愛称を貰った時の記憶は、あたしの大切な宝物の一つだ。宝石の名前を貰っても里の人たちからのよそ者扱いは結局最後まで変わらなかったけど、それでもこの愛称は、シアとの大事な絆だから。


 夢の余韻に浸っていると、神殿の鐘の音が聞こえてきた。二の鐘だ。もう起きなきゃ。


 よいしょっ、と勢いをつけて体を起こし、寝台から出る。窓辺まで歩いて木窓を開けると、まぶしい太陽の光が差し込んできた。


 うーん、今日も暑くなりそう。夏本番まではまだあるけど、気温は日に日に上がっている。でもいい天気なのは嬉しいな。つい歌いたくなってしまう。


 あたしは、らんらららんららーん、と口ずさみながら、寝台まで戻って、寝台脇の小さな箪笥の上に置いてある首飾りを手に取った。

 革紐の先に、濃い青の丸い石がぶら下がっている。シアが名前をくれた時に生み出して、一緒にくれた物だ。あれからもう十年近く経つけど、今でも大事に持っている。


「シア、元気にしてるかなあ」


 手紙のやりとりはしてるけど五年以上顔を合わせていない幼なじみのことを考えながら、首飾りを身につける。毎朝のことだけど、こうすると何だか元気が出てくるんだ。あたしのお守りだからかな?


「よーし、今日もがんばるぞー!」


 あたしは、えいえいおー、と拳を振り上げた。



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