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「藍!」
呼ばれて、藍は下駄箱から取り出した靴を持ったまま振り返った。声をかけたのが陽介だとわかると、ぱ、と満面の笑顔になる。
初めて夜の藍に会ってから2週間ほどになるが、いまだに陽介はこのギャップに慣れない。
「陽介君だ。どうしたの?」
「もう帰るのか?」
「うん。陽介君も?」
藍は、陽介のカバンに目をやりながら、持っていた靴を下においた。あたりに友人らしき人影がいないところを見ると、今日はひとりで帰るようだ。
「もし時間あるならさ、ちょっと俺と一緒に来ないか?」
「えっ、どこか遊びに行くの? どこへ?」
元気いっぱいで答える藍は、はじけるような笑顔だ。夜とは違って表情豊かな分、藍の感情が手に取るようにわかる。とはいっても、あまりにも夜に見る藍と違いすぎて陽介はやっぱり戸惑う。
わくわくした顔でずい、と迫られて、陽介は顔をほてらせた。
(近い近い近い!)
「いや、遊びというか……天文部」
「クラブ?」
「うん。藍って、何部?」
「私はどこも入ってないよ」
「だったら来いよ。星に興味ありそうだったから、今までの活動とか俺の撮った写真とか見せてやるよ」
あれから、何度か夜の公園墓地に行ったが、ほとんどそのたびに藍に会った。
天文に関する藍の造詣は、驚くほど深かった。陽介は小学生の頃から星が好きでいろんな本を読みあさって知識を深めてきたつもりだったが、それをさらに上回る藍の知識に、夢中になって彼女の話を聞いた。
けれど、藍が実際に自分で観測した機会は少ないらしく、陽介の望遠鏡を熱心に覗いたり、ISSや人工衛星が空を渡っていく様子を飽きもせずに見つめたりしていた。陽介はそんな風に星を眺めている藍の姿を見るのが楽しかった。
そんなに星が好きなら天文部に入ればもっと星の話ができるだろうと、陽介は藍を天文部に誘うことにしたのだ。
「わあ、ホント? 行きたい! ……あ」
元気よく返事をした藍は、小首をかしげて口を開いた。
「いけない、今日はだめだった」
「じゃ、明日は?」
「うちの人に聞いてみる」
「ついでに、入部する気はない?」
「うーん、クラブとなると毎日だよね」
「うちのクラブ、一応火曜日と金曜日が活動日だけど、観測会とか定例会とかじゃないとみんなが集まることはないかな。だから、都合のいい日だけでもいいし」
「観測会とか行ってみたい! クラブのこと、相談してみるね。じゃ、また明日、ばいばーい!!」
ひらひらと手を振ると藍は勢いよく飛び出していった。
「おう。気をつけて帰れよ」
夕暮れに帰っていく藍の後ろ姿に、夜の藍の後ろ姿を重ねてみる。あまりにも違いすぎるその姿に陽介は、本当に同一人物なのか今でも少し懐疑的だ。
歩いて五分ほどだから、という帰り道を、藍は絶対に陽介に送らせようとしない。危ないと何度も言ったが聞き入れない藍を、陽介は不本意ながら見送るだけだ。
飛び跳ねるように元気に帰っていくその姿を見送って、陽介も部室へと踵を返した。
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