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「うっすらとだけど長細い星雲状の形がわかるだろ? 星雲とはいうけど、あれ、実は銀河なんだ。俺たちのいる銀河系と同じ。でも倍以上の大きさがあって……」
「アンドロメダ星雲の直径は約22万光年で、約10万光年の銀河系のおよそ2倍。地球からは約250万光年のかなたにあり、秒速約122kmで銀河系に接近している」
望遠鏡をのぞき込みながら淡々と告げられた言葉に、陽介は息をのんだ。
「藍……詳しいどころの話じゃないだろ。それ」
「記憶は得意なの」
「だからって……」
「知識としてはいくらでも知っている。けれど実際に見るのは初めて」
淡々としてはいるが、陽介はその言葉の中に少しばかりの感情の揺れが見える気がした。
「もしかして……藍、ちょっと感動している?」
「している」
とてもそうは思えない抑揚のない声で、藍は答えた。
(よかった。表情には出てないけど、楽しんでくれているみたいだ)
それが分かって嬉しくなった陽介は、ずっと望遠鏡をのぞいている藍に話しかけた。
「だよな! やっぱり自分の目で見るって、本当にそこにあるんだ、って感動するよな! 本やネットで見るのももちろん綺麗だけれど、たとえぼんやりとでも自分の目で実感する方が……あ」
そこで陽介は、以前皐月と交わした会話を思い出した。
『陽介の持ってる写真集みたいに、もっときれいにはっきり見えないの?』
「でもさ、その望遠鏡じゃ、本に載ってるようにははっきりと見えないだろ。がっかりしないか?」
以前同じように星を見せた皐月は、あからさまにがっかりしたものだ。
気づかうように言った陽介に、相変わらず藍は淡々と答える。
「本に載っているのは、私の目で見たものじゃない。でもこれは私が実際に見ている、本当の、光。だから面白い」
それを聞いた陽介は、ほっとして笑みを浮かべた。
「そっか。そう思ってもらえてよかった。俺も、同じだよ。ほんの微かな光に見えるけれど、実際は太陽よりもっと明るい星もあって、その光は何万年も前にあの星を出た光で、俺たちが生きている今はもしかしたらあの星はないかもしれないんだ。この星空に見える何千何万の光はみんなそんな星たちで……」
また話し始めた陽介に、それまで無表情だった藍がかすかに笑んだ。
それは、昼間に見た輝く太陽のような笑みではなく、暗闇にひっそりと浮かぶ細い三日月のような儚げな笑みだった。
(うわ……)
昼間とはあまりに違いすぎる藍の表情に動揺してしまった陽介は、なんとか話の接ぎ穂を探す。
「ええと、あの、どうして藍って、ここで会う時はそんななんだ?」
藍は体を起こして空をあおぐと、ぽつりと言った。
「今は節電モードだから」
「……へ? 節……」
一瞬の後、陽介は、ぷ、と吹き出す。
「真面目な顔してなに言うかと思ったら……やっぱり、藍は藍なんだな。節電モードか。はは、なるほど、そんな感じ」
昼間とはまるで別人だが、どうやら同じ木ノ芽藍らしい。陽介は、ようやく腑に落ちた。
(きっと夜に弱いんだな。子供みたいだ)
「光合成で動いていたり?」
「光エネルギーで動いているから、それもあながち間違いじゃない」
真面目に言われた言葉に陽介が声を上げて笑うと、藍も少しだけ笑った。
「そっか。じゃ、夜も遅いし、もう帰ろう。充電が切れて動けなくなったら大変だ」
「うん」
藍は、こくりと頷いた。
第一章終わりでーす。ちょっと今回真面目な感じですね!一応ファンタジーなんですけどね。次、第二章『それぞれの嫉妬』まで、今しばらくお待ちください。では!