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「何?」
「着てなよ。天体観測で防寒は必須。そんな薄着じゃ風邪をひく」
「平気」
「藍が平気でも、見ているこっちの方が寒々しいの」
ぶっきらぼうな陽介の言葉に、藍が顔を向けた。長いつやつやとした黒髪が、藍の動きに合わせてさらりと肩を流れる。
薄闇の中に浮かぶ無表情なその顔は、まるでなめらかに仕上げられた彫刻のようだ。
(藍って、きれいな顔してんだな)
陽介は、ついまじまじと藍の顔をみつめてしまう。
「ありがとう。陽介君」
そんな陽介に、藍はかすかに目を細めて口角をあげた。
ほんのわずかな変化だったが、その仕草は驚くほど色っぽく陽介の目に写った。
彫刻に、魂の宿る瞬間。陽介はその瞬間を見てしまった、とすら思った。
「……陽介君?」
「あ、いや、えと、藍は、ここまでどうやって来てんの?」
つい見惚れてしまった陽介は、照れ隠しに全く関係のない話を振った。
下からのぼってくる道は一本しかなく、しかもこの場所から見えるため、明かりがあれば気づくはずだ。陽介が来た時から、霊園の駐車場には他に自転車も車もなかった。
「この向こう。私の家があるの」
藍はそう言って、先日藍が消えていった道の先を示した。
「へえ。行ったことないけど、この道って裏に出られたんだ」
陽介が視線を戻せば、藍はまた熱心にレンズを覗き込んでいる。
「見えない」
「はずれちゃった? ちょっと待って」
陽介は、一歩下がった藍の代わりにレンズをのぞきこむが、さっきまで見えた光点はもうなかった。
「んー、どっちにしろフォーマルハウトは消えちゃったな。他のも何か見てみる?」
こくり、と藍がうなずいた。陽介は一度空を見上げると、望遠鏡を動かして上を向けた。
「ほら」
のぞきこんだ藍の目が、わずかに大きくなるのを陽介は見た。そして一度空を見上げてから、もう一度覗き込んだ。
「アンドロメダ星雲?」
「そう! よくわかったな」
陽介は、息を弾ませて言った。