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その晩も陽介は昨日と同じ四阿にいた。今日もよく晴れた夜空だ。
望遠鏡を組み立てながら、藍のことを考える。
昨夜の無表情の藍と、昼間のいつも通りの木ノ芽藍。
知っているといってもせいぜい同じ委員会で顔を合わせるくらいで、顔と名前が一致する程度だ。当番の日も違うから、話をしたこともなくて……
(……あれ?)
陽介は、同じ委員会でも名前すら知らない委員もいることに気づく。だが、確かに木ノ芽藍は個別認識ができていた。
(木ノ芽藍……どこかで……)
何かを思い出しかけた陽介だが、その時、さく、と草を踏む音が聞こえて背後を振り向いた。
果たしてその先には、昨日と同じ白いワンピースを着た藍が立っている。
「……藍?」
その姿はまぎれもなく昼間に見た木ノ芽藍だったが、学校で見た藍とはイメージが全然違う。
藍、と呼ばれても否定の声はしない。とすれば、別人のように見えてもやはりこれは藍なのか。
陽介が困惑していると、目の前の小さな唇がゆっくりと開いた。
「何を見ているの?」
昼間に聞いた元気いっぱいの声ではなく、感情のそぎ落とされた抑揚のない声だ。
とりあえず意思の疎通はできると判断した陽介は、望遠鏡を組み立て終えると、ぽんとそれをたたいた。
「こっからフォーマルハウトって星が見えるんだ。それを、見に来ている」
「フォーマルハウト……? ああ、南の、ひとつ星……」
小さく呟いて、藍は彼の星の方を向いた。それを聞いて、陽介は片方の眉をあげる。
「藍って、星に詳しい?」
「別に」
答えはそっけないが、ある程度星に関する知識がなければ、フォーマルハウトの名前すら聞いたことない人の方が多いだろう。
藍の視線の先には、もう少しすればフォーマルハウトが見えてくるはずだ。
「あそこ、山と山の間に隙間があるだろ。あの隙間の間を、フォーマルハウトが通っていくんだ。新しく望遠鏡を買ったからさ、今見るなら、絶対フォーマルハウトだって……あ」
説明しているうちに、その場所にはそれまでになかったやや黄色っぽい明るい星が現れる。
「見てみる?」
藍は何も言わなかったが、ゆらりと陽介の近くへと近づいてきた。陽介は望遠鏡をのぞいてピントをあわせると、「ほら」と藍にその場をゆずる。
少しかがんでその中をのぞいた藍は、かすかに目を丸くしながら、じ、とそれを見ていた。
「あれが、フォーマルハウト?」
「そう。見るの、初めて?」
その問いには黙ったまま、藍はレンズを覗いている。
見るともなしにその姿を見ていた陽介は、体の線もあらわな藍の薄いワンピース姿に思わず身震いした。
ぽすっ。
陽介は、自分の着ていた上着を脱ぐと、望遠鏡をのぞいている藍の肩にかけた。藍が、振り向く。