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「陽介君、私と同じ保健委員だったよね?」
「え? うん」
「なのに、なんで木ノ芽さん、なの?」
「は?」
「藍」
じ、と、自分より背の高い陽介を見上げて、木ノ芽はわざとらしく顔をしかめてみせた。
「みんな名前で呼んでくれるのに、どうして陽介君は木ノ芽なの? 私だって陽介君、って呼んでるんだから、陽介君も藍、って呼んで」
「え……ええ?!」
「なんだよ、陽介。お前、藍ちゃんとどういう関係だよ」
面白がって見ていた諒が、にやにやとしながら横から口をはさむ。
「や、どういうもなにも」
「藍って、宇都木君のこと気に入ってたの?」
「うん、大好き」
そういうと藍は、陽介の腕に自分の腕をからませた。
「木ノ芽さんっ!?」
「藍だってば。名前で呼んでくれるまで、放してあげない」
二人の様子を見ていた周りの生徒から、ざわざわとざわめきが広がる。
なんでこうなった。
間違ったことはわかるが、何を間違ったのかわからない陽介はひたすら動揺する。
「わ、わかった! わかったから離してよ、藍さん」
「藍」
「あ……藍!」
真っ赤な顔で陽介が言うと、ようやく満足したように笑顔になって藍はその腕から離れた。
「ん。これからもそう呼んで。呼んでくれなかったら……」
「くれなかったら?」
わざとらしく言った藍を、陽介は逃げ腰になりながら聞き返す。
「おんぶお化けになって陽介君にとりついてやる!」
「……は?!」
「じゃあね」
きゃっきゃと友人と話しながら、藍は教室の中に入っていった。結局陽介は、夕べの少女が木ノ芽藍本人なのかの確認をすることはできなかった。
残された陽介の肩に、諒がぽんと手を置く。
「お前……いつのまに藍ちゃんと親密な関係に」
「ち、違う! 何がなんだか、俺にも……!!」
うろたえて首を振る陽介を諒がけたけたと笑う。
「わかってるって、からかっただけだ。藍ちゃんて、誰にでもああいう感じだから気にすんな」
「諒、彼女のこと知ってるのか?」
「去年同じクラスだったよ。あんな調子だから最初は女子の反感かってたけど、今じゃ男女関係なく人気者だよ。なんていうか……裏表なく、無邪気なんだよなあ」
「なるほど」
「元気いっぱいいつでもなんでも全力で楽しんでいる、って姿がかわいくってさ。それでいて、学年10位内には入る頭脳の持ち主なんだぜ? いい意味で、紙一重って感じかな」
そう話す諒の顔は、色恋とは違う、どちらかといえば歳の離れた妹のことでも話すような穏やかな表情だった。諒に妹はいないが。
(じゃあ、夕べの藍は……?)
陽介は首をひねったとき、チャイムが鳴った。
「いけね、三限はじまった!」
「いそげ!」
二人はあわてて人気の消えた廊下を走り出した。
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