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陽介は無言で諒を見返す。その顔を見て、言った当人の方が驚く。
「なんだよ、マジで落とされちゃったのかよ」
「落とされたんじゃない。勝手に俺が落ちたんだ」
しかめっつらして呟いた陽介だが、おそらくそれは照れ隠しの表情だ。諒はため息をつく。
「かわいいもんな。藍ちゃん」
「別に、顔に惚れたわけじゃない」
「ほう? なら、どこに惚れたんだ?」
身を乗り出してきた諒を避けて、陽介は立ち上がる。
「いいだろどこだって。ほら、俺たちも帰るぞ」
「へーい。遅くまで待たせちゃって悪かったな」
二人で教室をでて、無言で昇降口へと向かう。靴を履き替えながら、陽介が小さく言った。
「好きだって言った。そしたら、それから避けられてる」
「えっ?!」
予想外の答えに、諒は手にした靴を落としかけた。
「なんだよ、いつの間にそんなところまで話が進んでたんだ?」
「ついこないだのことだよ。避けられるようになってから、もう一週間くらいになるかな」
あの日から藍は、ぱたりと陽介の前に現れなくなった。夜の公園にも一度も来ていない。ついに風邪でもひいたのかと最初は心配していた陽介だったが、学校で顔を合わせた瞬間、藍は陽介に背を向けて逃げたのだ。
あんな風に告白した後だけに、陽介の衝撃は大きかった。その後も何度か顔を合わせたが、そのたびに藍はあからさまに目をそらして逃げていく。
諒はそれなら言ってくれてもとぶつぶつ何か小声で呟いてから、陽介に言った。
「で、避けているのが藍ちゃんの答え、だと」
「はっきり答えを聞いたわけじゃないんだ。まだ振られたわけじゃない。と、思う」
あの時、確かに陽介の気持ちは藍に伝わったと思っている。けれど、藍の気持ちを、陽介は聞いていない。
(俺のことを好きじゃないなら、藍の口からちゃんとそう聞きたい)
さっきまでのぼうっとした表情ではない陽介を見て、諒が笑んだ。
「心ここにあらずは、それが原因か。はっきり本人に確認してみろよ」
「それができないんだよなあ」
「電話とかメールとか」
「あいつ、スマホとか連絡取れるもの、持ってないんだ」
「え、今どき?」
「なんか、家族が許してくれないんだって」
「厳しい家なのかな。なら、俺、さりげなく平野あたりに探り入れてこようか?」
諒の言葉に、陽介は首を振った。
「いや、いいよ。俺が、直接話したいんだ」
「そっか。そうだな。人づてに聞いたことって、どこかでゆがむもんな。その状態だと難しいかもしれないけど、まずは藍ちゃんと話してみないと」
「うん」
歩きながら話していて、陽介は少しだけ気が晴れた気がした。
「諒」
「ん?」
「ありがと。なんかすっきりした」
避けられているのは確かだが、今の陽介にできるのは、諒の言うとおり藍と話をすることだ。それがはっきりしただけでも、陽介は前向きになれる。
陽介の言葉に諒は、一瞬目を丸くした後、に、と笑った。
「俺に礼なんて言ったことを後悔する日が来るぞ?」
「は? なんで?」
「いつか、一発、お前のこと殴るから」
「はあ?!」
「冗談だよ。半分は」
「半分は本気なのかよ」
「まあな」
「なんで俺、殴られるんだ?」
「俺がすっきりするから」
「俺は?」
「殴られれば男前になるぞ」
「なわけあるか」
その言葉で二人は笑い出す。陽介は久しぶりに笑った気がした。
と、その視線の先に長い髪の女生徒が通りすがった。
は、として陽介は足を踏み出しかけるが、振り向いた女生徒は名前もしらない別の学年の女子だとわかって足を止めた。
「本当に、好きなんだな」
諒がしみじみと言った。
最初は、ただ藍と星の話ができるのが嬉しかった。自分と同じように星に興味があるから、藍に会いたいんだと思っていた。
けれど、それもすべてひっくるめて藍を好きだと自覚してしまった今は、何よりも藍に会えないのがつらい。
藍の声が、聞きたい。
陽介はまた諒と肩を並べると、駅に向かって歩き出した。
第三章、おしまーい!さて次からはいよいよ修学旅行です。