前編 リバスパコメンテーターの仕事
僕は比較的まともな人間だ。
真面目で勤勉な方で最低限のモラルも守る。
学校でもあまり目立たないように振る舞っているが、孤立しないようにクラスメイトとも最低限仲良くしている。
しかし、僕にはこれといった取り柄だったり、特別人に優しかったり、人望があるわけでもない。
学校のクラスの中での僕の印象は多分薄い。
嫌われてこそいないが、特段好かれてもいなく認められていない。
僕は承認欲求というものを感じた経験があまりない。
体育祭の時、リレーの選手に選ばれて本番でクラスの皆から熱い声援をもらった時に少しすっきりしたくらいだ。
それくらいで満足できる性分だ。
しかしこの先、僕は承認欲求の地獄を味わう事になる。
リバーススーパーチャットという悪魔の機能のせいで。
○
Yourtube。
世界最大の動画投稿とライブ配信のサイト。
最近巷ではライブ配信が流行っている。
Yourtubeのライブ配信にはスーパーチャットという投げ銭コメント機能がある。
スーパーチャットとは視聴者が配信者へ送る有料のコメントで、優先的に読んで貰えたり質問に答えてもらう事ができる。
スーパーチャットは略してスパチャと呼ばれている。
スパチャ機能が実装されてから数年間は有名配信者が面白く魅力的な配信をすればするほどスパチャが集まる仕組みだった。
その頃のYourtubeは完全実力主義だった。
しかし一年前、リバーススーパーチャット機能(通称・逆スパチャ、リバスパ)が実装されてから配信業界は大きく変わった。
リバーススーパーチャットは配信者が気に入ったコメントに対し電子決済マネーを送金するのだ。
視聴者が配信者を喜ばせるコメントをしてお金を貰うようになった。
こうして配信業界は容姿がよく話も面白いスパチャ配信者と、無能でクオリティが低くてもお金を配る事によって視聴者を集めて承認欲求を満たすリバスパ配信者に二分された。
リバスパ配信者は配信の再生回数が回るのでお金を配っても広告収入でトントンだったり、コメント欄を盛り上げるのが上手く利益を出したりと多種多様だ。
リバスパ配信者はお金で視聴者からおだててもらい承認欲求を満たすので、匿名掲示板でよく叩かれていた。
しかしテレビなどのオープンなメディアではリバスパ配信が世間で大流行と嬉々として報じていた。
メディア戦略のお陰で人気は加熱し、リバスパ配信のコメントで稼ぎ生計を当てる「リバスパコメンテーター」という職業が生まれた。
中学生の僕、平井智もアマのリバスパコメンテーターとして少額ながらも小遣い稼ぎをしていた。
○
大抵のリバスパ配信者は基本顔を出さない。
配信画面は著作権フリーの背景画像のみでBGMもなくマイクの音質も悪い。
雑談配信が多く話し声もボソボソで聞き取り辛い。
それでもコメント欄の流れは早く視聴者数も多い。
配信内容の雑談は学校や職場での愚痴、彼氏彼女の惚気話、自慢話、たわいもない世間話、現実社会への不満、将来への不安、自作ポエム朗読などどれも聞くに耐えない話ばかりだ。
しかし、リバスパのためなら視聴者は真剣に聞く。
そして大袈裟にリアクションを取り、時には同調し、時には慰め、時には応援し鼓舞する。
リバスパ配信者はこうして承認欲求を満たしストレスを解消するため一回の配信で数千円から数万円をリバスパ代として浪費する。
つぐづくアホらしいと僕は思う。
○
僕は放課後、学校から帰宅すると早速スマホを開き、リバスパ配信者の配信を観る。
リバスパ配信者は配信頻度が少なく、給料日後や障害年金受給日の辺りに配信が行われる事が多い。
今日はなんて事ない平日。
ベテランリバスパコメンテーター達はあまり熱心に活動していない日だ。
しかし僕のような放課後の時間潰しの学生コメンテーターは多い。
いつだってコメンテーターは真摯さを求められる。
ライブ配信一覧を開く。
俺はゲリラで配信しているユーザーを狙っている。
コメンテーターにはゲリラで参加して直感的にコメントするタイプと普段からSNSで繋がって配信者の下調べをしてからコメントするタイプの2種類に分けられる。
株で例えるなら前者がテクニカル分析で後者がファンダメンタル分析みたいなものだ。
僕の手法は基本前者だ。
とりあえず配信が始まってすぐのライブに参加して挨拶する。
「こんにちは。声可愛いですね」
挨拶の後はつかさず褒める。
これが鉄則だ。
今配信している女はキャバ嬢をしている女子大生らしい。
地元が近いので(地域設定を絞る拡張機能を使った。親近感を沸かせる策だ)キャバ嬢の通っていた中学の隣の中学を出た男子高校生という設定で、拾いやすいコメントを出す。
「あそこのたこ焼き屋美味しいよねー! こんな身近な人とネットで出会えるなんて奇跡みたい! こたつ(僕のハンドルネーム)君にはリバスパ2000円!」
開始一時間で1000円ゲット!
リバスパの半分は動画サイトが取り分として持っていかれる。
流石キャバ嬢は羽振りがいい。
キャバ嬢は出勤前なので配信がすぐ終わった。
SNSをフォローしてお礼のDMを送る。
こういったアフターフォローも重要だ。
次に観た配信は、障害年金で暮らすうつ病の30代の女。
「こたつ君。ありがとう。中学生なのにしっかりしてるね。500円」
臨床心理士を目指していると嘘をつき、愚痴を2時間聞き続け250円。
しかし精神疾患患者は逆にコメンテーターのファンになってくれる場合が多いので地道に配信に顔を出す。
次は三十代のオタクで独身フリーター男性の配信。
「それが大層力作でありまして、このプラモは拙者の青春時代の証なのでありますよ」
オタクはプラモデルの画像を載せて自信作の魅力を力説する。
「こんな素敵なプラモ初めて見ました」
ネカマのふりをして褒めちぎった。
「ふふっ。この凄さが理解できるとは貴殿も中々の猛者ですな。こたつタン次の配信も来てくれると拙者も配信しがいがあるでござる」
「私もアリョーシャさんの配信また観たいです」
「それでは落ちますぞ。さらば皆の衆」
0円。
死ね!
次はインフルエンサーに憧れる女子高生の配信。
「みんなサイゼでいつも何食べるー?」
ここ数日で一番つまらない配信。
地元にサイゼがないと嘘をつき、笑いを取り500円ゲット。
次の配信。
「皆学校行ってて楽しそうだなー」
不登校メンヘラ女子中学生。僕とタメだ。
金のない子供のリバスパ配信は過疎りやすい。
めちゃくちゃフレンドリーにコメントしまくった。
「クラスメイトこたつがいたら私、学校行けるかも」
1000円ゲット。親のクレカを使い込んでいるらしい。
穴場配信だった。
次の配信は元ヤン土木工。
「うちの一個上の新入りがネンショー出てきたらしくてよぉ。でも俺がガン飛ばしたら肩ビクッてさせてたわ。俺すぐ人ビビらせちゃうの悪い癖だなぁ」
「ヒデさん強そうっすね!」
0円。
ドカタは基本羽振りがいいが他のコメンテーターの太鼓持ち返しが上手く稼げなかった。
そんなこんなで深夜0時。
今日の稼ぎは16時から0時まで8時間配信を見続け2750円。
いつもより稼ぎがいい。
でも時給換算したら凄くタイパが悪い。
早く高校生になってバイトがしたい。
配信一覧の画面を閉じようとすると新着配信で号泣している美女のサムネイルが出てきた。
ゲリラ配信で感極まっている配信者は恰好のカモだ。
僕は即座に配信に参加する。
配信者は太客に暴行を受けた挙げ句、彼氏(おそらく本当は担当ホスト)に振られた売れっ子風俗嬢だった。
ひたすら恨みつらみを並べては泣き、酒を煽っていた。
僕は専業コメンテーターに負けず配信に居座り続けて、言葉とタイミングを吟味してコメントをし続けた。
午前3時。
「もう死んじゃおうかな」
「私、親もいないし人生辛いよぉ」
「お前ら皆死ねよ」
一向にリバスパしないので専業コメンテーター達は去っていった。
「こたつって人だけずっと観てる。何? 私のストーカー!?」
「いいえ、ただの男子中学生ですよ」
僕は嘘偽りなく応対した。
「ガキはさっさと寝ろよ」
「あいかさんが心配で寝れません」
僕はなんとなくこの人が見過ごせなかったので配信に居座った。
朝6時。
「こたつくん。いや、さとしくん。本当にありがとう。ごめんね今20万しかないの。助かったよ。おやすみ」
やっと配信が終わった。
ピロリロリンッ。
!?
僕の電子決済マネーの残高が急に10万増えた。
「やったぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
早速俺のDMとSNSのフォローだ。
それは当然だとして……。
いきなり手に入った10万円。
このお金……どうしよう。