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出会うは墓守人である貴方

ガタッ。


突然、 後ろから物音がして、タニアは慌てて振り返る。アースロ達が戻って来るとは考え難い。目を凝らしてタニアが、見つめる場所。


(誰、、いいえ。わたしの方が不審者ね。)


  陽の当たる部屋の入り口に立っているのは一人の男。

 辺境の民らしく、身体つきはかなり良い。けれども真っ白しろな髪をしているからには、年齢はかなり経ているのだろうか。やたら前髪が長く伸びて完全に目まで隠す程。御丁寧に口髭までを蓄えた様子では、全く顔立ちが分からない。けれども服装は、今タニアが着ている服と同じ物を付けている。


「ごめんなさい、勝手にお風呂と着る物を使ってしまって。本当に、ごめんなさい!とても困っていて、わたし、、」


 此の墓守りが戻って来たのだとタニアは理解した。そして前世で散々見せつけられた、『愛され令嬢』達のあざとい仕草と台詞を、咄嗟にマネをして見せる。なにせ不審者どころか、服まで着ていては相手にしてみれば盗人同然なのだから。


(再び断罪なんて、もうごめんだわ。)


 両手を胸で祈る様に組み、震える身体。ご丁寧に、両目に涙を渾身の力で溜めてみる。最悪の場合このままでは、領地の自警団に引き渡されかねない。


「それと、領主様が使って良いと、仰ったので、、本当にごめんなさい。」


湯に浸かり、再び桃色の髪色を取り戻し、牢獄での汚れも落としたタニア。例え墓守りの服装でも、愛くるしい今世の容姿ならばと、頭を働かせ男の情に訴える。


「・・・・・」


しかし男は無言のまま立っているだけ。タニアは更に思い付いた切り札を、試しに男へ言ってみた。


「あの、それと、、領主様から、ここの仕事をする様にとも言われまして、、あ!わたし、、」


兎に角言い訳を口にして、名前を告げようとしたタニアには、もう手札はない。が、未だに喋りもしない男の様子にも、タニアは思い止まらざるを得ない理由に思い当たり、タニアは固まる。何故なら、、


(タニア・エンルーダは死んでるんだわ。なら、別の名前にしなきゃ、、どうしたらいいの。辺境伯令嬢だだった事は知られたくないし。)


「ニア、ニアといいます!!、ここに置いてください!!行く所がないんです!」


タニアは目まぐるしく頭を働かせて、適当に自分の名前を変えつつ男に告げた。あわせて必死で懇願しながら、何度も頭を低く下げる。今世、貧乏男爵令嬢時代に、どれだけ人に頭を下げてたか分からない。前世ならばつゆ知らず。今世のタニアにとって、人に頼み込むのは朝飯まえだ。


(それも辺境伯令嬢になった途端に、必要ない事だとイグザムに揶揄されたわね。)


「・・・・」


一瞬、エンルーダ家での生活を思い出したりしたタニア。そんな思案に暮れながら乞う間にも、男からは一向に返事がないのだ。

 前髪に隠れた上に髭に口元も覆われている為、顔の表情どころか、年齢さえも伺えない沈黙。ここでタニアは、1つの事に思い当たる。


(もしかして、口がきけない?)


墓を守るという、人から忌み嫌われる仕事ならば身体や機能に問題ある民である事も考えられる。そして男もタニアが行き着いた推測を、読み取ったのだろう。


「・・・・」


静かに頷くと、タニアに片手で詫びるポーズをし、男はタニアの掌に指で文字を1つずつ描いてきたのだ。その手は大きく剣を握る程逞しくもある。


『しゃべれない。』


(やっぱりそうなのね。口がきけないからこそ此処にいるのだわ。墓守りの仕事は、死人の記憶も読み取れるというもの。)


「でも耳や目は大丈夫なのですね?」


『大丈夫。』


 男はタニアの掌に指で答えると、同時に大きく頷く。


「良かった。わたし、ニアといいます。どうか此処に置いてもらえませんか?お願いします。たくさんお手伝いしますから、追い出さないで、、」


再びタニアは、大きな瞳を一心に男へと向けて頼み込んだ。直ぐには何の動きも見せずに、男がタニアを見ている事が感じられる。


『領主様が許した。なら従う。』


男はゆっくりと、指で返事をしきた。最初にタニアが頼んだ時から、決めていてのだろう雰囲気をタニアは感じた。続けて男は、タニアの掌に指で承諾の言葉を綴った。


『ここと、管理人の住まいを使う。』


「ありがとう!!あの、貴方のお名前を聞いても良いでしょうか?」


『グリーグ。』


「グリーグ!!ありがとう!!」


タニアは我を忘れて喜ぶが、はたと思い出す。


(あ、ここできっと彼女達なら抱き付くのよね。)


前世で見てきた『愛され令嬢』ならば、言葉で礼を言うだけでは終わらせないはず。 思い切ってタニアは、グリーグに喜びはしゃぎながら、飛び付いてハグをした。その拍子にグリーグがタニアを受け損ね、2人して床に座り込む。

 

あはは、、


 思わずタニアの口から、心からの笑いが出る。6日間、張り詰めていた感情が緩んだせいだろう。そんなタニアに感化されたのか、相変わらず表情は読めないグリーグが、タニアの頭をポンポンと優しく嗜める様に叩いた。


(今世のお父様が生きてらしたら、こんな感じなのかもしれない。)


 グリーグが思いがけずしてくれた事に、タニアの胸が暖かくなり涙が流れた。


(なんだか泣いてばかりだわ。)


思えば今世だけでなく、何度も体験した前世でも、父親に優しくされた記憶が無い。合わせて、涙を人前で見せたことも前世では皆無だった。自分の感情を、他人に悟られる事は御法度だったのだから。


 グリーグに優しく頭を撫でられるのを享受するも束の間、床に転がるグリーグに伝えなくてはならない事をタニアは思い出した。


「あの、グリーグ。実はわたし、、お腹に子がいるの、、それでも大丈夫かしら。あの、生むのは初めてだけれど、自分で何とか生むから。」


 漸く立ち上がりだしたグリーグに告白した事は、己の妊娠。無一文のタニアが、自分独りで出産する事も告げなくていけない。タニアの言葉にさすがに喋れないグリーグが、肩を飛び上がらせて驚く心中はタニアにも分かる。


『領主様は、知っているか?』


「ええ、もちろんご存じなの。でもね、父親はいないも同然なの。望まれない子になってしまったわ。それでも、わたしは生みたい。」


 さらに私生児だとも告げるのだ。グリーグの指は止まったまま。平民でさえ幾らかを払って産婆を頼む。最悪の場合母子ともに死んでしまうことも出産にはある。


(どうして、生みたいのか自分でも分からない。殿下を慕っているからのか、初めての相手の子供だからなのか。)


 タニアは自分のまだ薄い腹に手を当てて考えたが、自分の想いを真に知る事は出来ず、タニアの言葉にグリーグは只、頷いただけだった。


 『ならば火を焚こう。ここは冷える。』


 グリーグがタニアの体を気遣い、部屋の暖炉に薪をくべ、火を起こすと、墓守りの服のみ羽織るタニアに、毛皮の上着を出してくれた。墓守りの建物は森に囲まれる。冬場でも動物が頻繁に出没するのを狩って、皮を剥いだ簡単な上着だ。


(暖かい。やっぱりグリーグは剣が使えるのだわ。)


 小さな獣ならば、こんなに上質で丈の長い上着は作れない。グリーグが狩の腕が立つ事が、毛皮ひとつで伺い知れる。それを口にする野暮は今は辞めておく事にしたタニア。


 メラメラと燃え始めた炎を見ながら、タニアは今日から辺境伯令嬢タニア・エンルーダの名を捨て、平民ニアとして生きる事に覚悟を決める。

 そして自分が脱ぎ捨てた汚れたドレスを炎の中に放り込み、容赦なく燃やした。

そして、そのタニアの様子を、やはりグリーグは黙って背後から見ていた。

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