春の記憶で見た貴方達
ダンスの後、いくつか講義が終わり昼食になる。
学園編入した初日で勝手が分からず、躊躇うタニアを、エナリーナが食事ホールへと誘ってくれた。
着いた先は、舞踏会ホール程の広さはなくても庭に面し開けた建物。其処に幾つもの机と椅子が並んでいる。
「貴族や平民に開かれた皇国の学園らしく、ホールで皆様一同に会して食事をしますのよ。自分で食事も取りに参りますのが、新鮮でしょ?」
とわいえ、自然と爵位ごとに別れて席に着く流れになると、列に並びながらエナリーナがタニアに教えてくれた。通路を確保する装飾衝立が低く配置されているからか、机が自然と区画毎に配置されて見える。
配膳される食事を持って席を2人で探していると、その中でも一角だけ人払いされたような場所が見えた。1番庭の景色が美しく眺められる席だ。
(パメラ様と、、殿下がいらっしゃるのね。確かに周りは、金や紺、銀髪、茶色といった色の令嬢が座ってるわ。)
ウイルザードとパメラを少し遠巻きにしつつ周りに座る子息令嬢に、明るい髪色は1人も見えない。それでもウイルザードから、貴族子息に話し掛けては和やかに談笑する姿から、学園では爵位に関係なく交流を広める風潮というのは嘘でなさそうだった。
「タニア様、こちらですわ!」
エナリーナが空いた席を見つけ、タニアに手を振ってくるのが見える。タニアがそちらを見れば、そこは離れた場所に集まる明るい髪色の一団だった。
「新しく編入された方って、そちらの?」
突然、先に座っていた淡い橙色の髪に眼鏡の令嬢が、タニアを見てエナリーナに話掛ける。タニア達とは部屋は違うのだろう、タニアが見た自分達の教室の記憶には無い顔。話ぶりから、どうやらエナリーナと親しい仲の様だ。
「そう、エンルーダ令嬢。同じお部屋になりましたの。」
「タニア・ルー・エンルーダでございます。」
エナリーナが紹介を促してくれたからには、タニアから挨拶をするべき相手なのだと気が付き、タニアから名乗ると、
「アガサ・ドゥ・マウリオでございます。エナリーナとは領地が隣で幼い頃から行き来する間柄です。」
淡い橙色の髪を揺らして、アガサが挨拶を返してくれた。エナリーナと違い、好奇心旺盛な瞳が眼鏡の奥からキョロキョロと、タニアを見ているのを感じる。
(なんだか楽しそうな男爵令嬢ね。)
「エンルーダ様って、とっても愛らしいお顔立ちをされていますのね。まるで桃色のウサギみたい!きっと素敵な方と御婚約されているのでしょう?」
「アガサ!また貴女、いきなり失礼ではなくて?」
「だってそうではなくて?エナリーナ。再婚夫人の愛娘で辺境伯に入ったなんて、どの様な方が気になってたのよ。本当に華奢で色白!潤んだ瞳はパッチリなんだもの!」
アガサの言い様から、辺境とはいえ、やはり社交界でタニアの噂が出ていたのだとタニアは感じずにはいられない。それは貴族社会では当たり前なのだと前世の経験から嫌という程タニアも知っている。けれどもアガサには嫌味な感じがないのだから、純粋に興味を持たれたのだろう。
「いえ、その様なお褒めを頂くのは初めてです。領地では余り交流がなくて。ですから婚約者もいません。恥ずかしながら。」
タニアは気を遣ってくれるアガサに苦笑して応える。
前世までは冷たい印象ではあったが、なかなかの美貌の持ち主であったと自分でも思う。
容姿端麗にして、令嬢としての作法はもちろん、政治にも明るい賢さだったのだ。だからこそ、早々に婚約者が宛がわれた。それでも婚約者達は、一向にタニアに靡いてくれなかったわけだが。
ただ今世の容貌は、いつもと余りにかけ離れてタニア自身も分からないのだ。そもそも今世、この桃色の髪を持つ容姿を褒められた事は、自分の母親だけなのだから。
(もっぱら義理家族達を避けているから仕方ないわね。お屋敷で働く人達は皆んな、優しくしてくれるから、可愛いがってくれるけれど、、)
エンルーダ領での自分の立ち位置を改めて思い出しながら、タニアが下を向く。
「「まあ!」」
「エンルーダの殿方達は随分と奥ゆかしいのかしら?ねえ、悩ましい事ですわね、エナリーナ?」
そんなタニアの様子に、アガサとエナリーナが目を丸くし互いに頷き合うと、タニアを上から下まで見てくるのだ。
「本当に愛くるしい、タニア様の出で立ちですもの、てっきり御婚約されていると思ってましたのに。なんというか庇護欲を掻き立てられる感じが有りますから。まさに、、」
「「お可愛らしい。」」
挙げ句、2人で声を合わせて同じ台詞を声にしてくる。今度はタニアの目が丸くなってしまった。ところがエナリーナが片手を自分の顎に当てると、如何にも悩ましいという仕草で、大袈裟な溜息を付く。
「そうなると、少々困りましたわね。」
エナリーナの様子にアガサもウンウンと頭を縦に振っている。タニアは2人の表情から、
「あの、やはり婚約者もいないと、肩身が狭いものでしょうか。」
年頃の令嬢としての欠点になるのではないかと、焦ってタニアは聞き返した。
「いえ、そうではなくて、、。本来なら学園で探される事も多いでしょう?婚約者になるような相手を。特に令嬢方は家で言い含められたりしますもの。けれども、、ですわよね。」
「ええ、タニア様。先ほどパメラ様の事をお伝えしましたでしょ?」
「ええ、明るい髪色の令嬢に当たりが強いのですわよね。」
「目の敵にされるのは、婚約者がいない令嬢にもですのよ。少し上の爵位の方とお話をしてましたら、男漁りなど浅ましいと揶揄されますの!」
タニアの考えた心配からは思い付かない理由をエナリーナとアガサが話してくれた。
「わたくしなんか、わざとルイード様にぶつかって来たのでないかと叱責されましたわ。」
アガサはさらに自分がパメラから受けた誤解話を続けると、チラリとウイルザード達の方を見る。丁度、食事を進めるウイルザードの隣に座る、眼鏡の子息がタニアから見えた。
(あの方が、ルイード・ビマルク様なのね、、宰相公爵の嫡男も、この学園にいらっしゃるなんて。他に殿下を囲んでいらっしゃる方々も有力公爵家の子息なのかもしれない。それにしても、貴族名鑑を暗記しておいて良かった。)
ウイルザード程の容姿まではいかないが、ルイードも背が高くクールな美男子の様相をしていた。辺境のエンルーダにおいて、貴族との友好関係はなかなか深めるのは難しい。
タニアは今後の人生の為に、毎年発刊される絵姿付きの貴族名鑑を暗記してきた。
絵姿の通り、宰相譲りの明晰な頭脳を持っていそうなルイードの雰囲気は、ウイルザードの側近と考えても、令嬢から人気はありそうだが、、
「何故そのような事、言い掛かりめいた事をされるのかしら。殿下は嗜められたりは、、」
タニアはルイードからウイルザードに目立たぬ様に視線を移す。
「殿下は聡明で、気安く話を聞いてくださる方ですけれど、婚約者様のことになると、どうにも寵愛が過ぎるのですわ。」
「そうですわね。それも、パメラ様の癖のある性格を踏まえてですもの。趣味が変わっていらっしゃるとしか言えないでしょうね。」
向こうに離れて座る、ウイルザードの目を伺い見れば、確かにパメラを見つめる瞳の奥には熱い光を宿しているのだろう。そのウイルザードの視線を気にも留めず、パメラは覚めた表情で、ウイルザードと会話をしている。明らかにウイルザードがパメラに好意を持っていると一目で分かる関係だ。
「それならば、殿下も一筋縄ではいかない方かもしれませんね。」
ふとタニアが呟くと、視線の先に座るパメラが、此の外れた席に顔を向けた。
「?」
明るい髪色の一団を、あからさまに見据えて、パメラはウイルザードの言葉に合いの手をいれる。
「!」
エナリーナとアガサは気が付いてはいないが、パメラの様子に今度はウイルザードが、こちらを見てきたのだ。その瞳は、パメラを見る時とは、うって変わって冷たいモノ。
(もしかして今殿下、こっちを見ていたのは明るい髪の令嬢が集まっているから?それとも、、わたし、ではないと思いたいわ。)
異物を見る様なウイルザードの視線に、タニアはそっと前に座るエナリーナの陰に入ると、ウイルザードから投げられた追跡の眼差しから外れた。