側妃
『キャー!!』
正妃の正面に付き刺ささり揺れる反刃の様に、慄く妃達の悲鳴が広間に木霊する。
(あの場所に座っているなら、、彼女は、オンテリオの、側妃かしらね、、)
徐ろに浮かんだ推測をよそに、己が弾いた刀の持ち主であるメルロッテを、ニアは伺い見みた。
上げられた声に阻まれ『舞い』を中断したメルロッテも、シルビーを抱き直すニアに視線を投げてくる。お互い頷きながらも、左右に居並ぶ女達の1人を2人は見据えた。
(やっぱりメルロッテは、わたしを助けてくれたんだ。それにしても、、、)
其の先頭にパレスの主を頂いて座っているが為、一目で片側が現ドラバルーラ王の妃達であり、反対の列が次期王となるオンテリオ王子の妃達だと理解が出来る。
ならば件の台詞を吐くのは、、
「正妃マージャラータ様!かの舞は暗殺舞にございます!!」
(次期王オンテリオの中級側妃ということね。)
かつての前世で後宮に入った経験が今、状況を推し量るニアに生かされる。
間違いなくオンテリオ王子の側妃側に席を持つ女。
見れば、金髪の髪を波打たせ、妖艶な化粧を施した褐色肌の女が、煌めく扇を握り絞めながらもメルロッテを睨み付けてくるのだ。
『やれ、あの側妃は誰ぞえな。』
『新参か、、』
(新参者を飲み込むように、焚かれる香の薫は上級側妃達、、)
とわいえ、現ドラバルーラ王の妃達の囁き声から、オンテリオの新らしき妃なのだろう。現ドラバルーラ王の正妃と言われるマージャラータが、妙齢にも関わらず美顔を歪めながら、メルロッテに向かって喚き散らす。
「童に向けて刀を飛ばすなどと!!女官ふぜいが謀りおったのかえ!!」
『まあ、、』
『正妃様の御髪があのように、短くなられて、、』
『ほほ。』
(何時の時代になっても、、まるで細波の如く扇の向こうで、正妃を笑う側妃達が囀るのものね、、)
正妃の前に刺さる刃を、王の側近が抜き去る。ニアはメルロッテと共に、妃達を観察していた瞳に気取られぬよう、シルビーをきつく胸に抱きつつ更に平伏の姿勢を取った。
「御身を狙う此の女官を打ち据えて下さいまし!!」
更に声高に現ドラバルーラ王と、隣に並ぶ王正妃に向かって、件の金髪の側妃が髪を揺らし進言する。
オンテリオ側の妃達は、金髪の側妃の顔を覗いては、互いに顔を横に振っていた。
『最近召された女が生意気ぞえ、、』
『目くじら立てて、里が知れるわなぁ。』
どうやら金髪の側妃の素性は、同じオンテリオの妃達でも余り知られておらず敵も多そうだと、ニアには見てとれる。
(新参側妃が、、覚えめでたくを狙っての進言、、という雰囲気でも、、ないのよね。)
「もしくは!カリフを狙ったのやもしれませぬ!!」
それでも益々声を上げる金髪の側妃は、有ろう事か叫びながらも縋るか如く、ドラバルーラ王の膝元に駆け寄ったのだ。
「どうか、舞の女官を直ちに捕らえられませよ!!」
どちらの妃達も扇を手に息を飲む。目の前の光景に目を見張る様に、ニアは更に身を固くした。其の時、、
「ーお待ちください、カリフ。」
本来ならば不敬とも言える中級側妃の行動を、凛としながらも色のある声色が制した。 王子、オンテリオだ。
「彼女は私が隣国より迎えた舞の手。主である私が、落とし処を着けましょう。」
艶やか笑みを絶やす事無く、オンテリオは座椅子から立ち上がり、メルロッテの前に進み出る。その様子は一目でメルロッテをオンテリオが庇いたてると解り、喚く金髪の側妃は手の扇をオンテリオに付き出した。
「オンテリオ王子?!どうしてです!!」
そんな相手を飄々とした態度で流して、オンテリオが肩手を挙げれば、メルロッテが平伏の姿勢を解き、素早く動いた近衛兵に伴われて広間の外へと連れていかれた。
「其の者は怪しき暗殺舞にて、正妃様やカリフを狙ったのでございます?!即刻首を落とすべきでございましょう!!」
横目で連れて出されるメルロッテを睨み付け、側妃は金髪を更に激しく揺らし、オンテリオに抗議するが、、
「はて?貴女は夫である私の顔に、泥を塗るのかな?」
瞳の奥に、冷ややかさを湛えた笑みを浮かべるオンテリオに、見事一蹴された。
「く、、其の様な訳では、、」
わなわなと肩を揺らす様が、平伏したままのニアにも伝わる。
『まだお若いから。』
『隣国からいらしたから故、御存知ないようですわね。』
『アハハ。』
マージャラータ側の側妃達からも、苦言の囁きが波紋の如く広間に広がった。其れさえも気にしないと云う様にオンテリオは、扇を握り絞める相手の顔を、数歩近づ覗き込んだ。
「其の身を弁えなされよ?すまないね。」
目の前での遣り取りに、それまで沈黙を固辞していたドラバルーラ王が、金髪の側妃に問いかける。
「そなた、名は、、」
「、、、マフィラナにございます、、」
(は?!何ですって!!)
未だ広間の床に額を付けて伏せるニアは、件の側妃とドラバルーラ王の言葉を嘲笑う妃達の声を遠くに聞いていたが、突然耳に入った名前に慄いた!!
『あらま、名を覚えてもらえていない、、』
『序列を持って発言なされよ』『田舎姫。ホホホ。』
紛れもなく、他国によく相手が名乗った名前は、ニアの幾つか前の生での名だったのだ。
「そうか。隣国の使者姫か。」
「、、、」
そんなニアの様子など構うことなく、オンテリオが広間を見回し、
『パン!!パン!!』と、存外に逞しい腕を見せながら、手を打ち鳴らす。
「私の妃達は皆、新しき妃に興味深々のようです。それと、、」
興奮する王正妃マージャラータ達に、更に手を打ち鳴らして進言する。
「正妃マージャラータ様の御髪を乱した分は、葬送の舞にて邪払いをしたと、お考え頂くのが良いのでは?さあ、送り巫女は面を上げて。」
オンテリオの言葉に、漸くニアは再び頭を上げる事が出来た。が、、
(あの側妃、、どうしてマフィラナなんて、、)
ニアの頭の中は、さっき側妃が告げた名への謎で、忽ち埋め尽くされた。
と、今度は女官が一人、ニアの側へと近づく。
『では送り巫女は、葬送の間にて送りの儀式をされよ。』
別の女官がドラバルーラ王と、オンテリオに頷きながら、本来ニアが呼ばれたであろう葬送の内容を告げてきた。
「、、、御意。」
『巫女殿、葬送の間に御案内いたしましょう。』
ニアを最初に迎えに来た女官が前に進み出でて、外へとニアを連れ出した。
(メルロッテは大丈夫だったかしらね、、それよりも、マフィラナといった隣国からの側妃の名前。あれは只の偶然なの?)
『送り巫女殿、こちらの間にて早々の儀式を行いってください。』
幾つもの宮殿の回廊を通り過ぎて案内されたのは、件の側妃の亡骸が置かれた砂石造りの部屋。
(余りに色々な事が起きすぎて、混乱している、、これで精霊をよべるの?、、)
とはいえ、案内される間から今の今までニアの頭は、目まぐるしく動き続けており、横たわる亡骸を見下ろしていた。
(此の側妃も、、後宮の地獄の被害者なのでしょうね、、)
ニアを案内した女官は既に、室内からは出て行き、部屋にはニアと胸に抱くシルビー、そして今は物を言わぬ側妃だけ。
(南洋国ルーベンスの王女マフィラナの様に、、貴女も殺されたの?)
ニアは纏っていた巫女服の上着を床に脱いで、その上に胸のシルビーを寝かせる。シルビーに乳を与える時間は、きっと今は無い。
ニアは、静かにしているシルビーの頬を指で撫ぜると、そのまま横たわる側妃の亡骸の額に、そっと掌を当てた。じわじわと僅かに眩い光が指先から亡骸へと点っていく。
(貴女の記憶を、わたしが読む事で良いのよね、、)
ドラバルーラ国の王族が、どれ程の事を『送り巫女』に求めていのかニアには分からない。
只、リュリアール皇国の墓守りとしての『精霊師』がするべき事柄が具体的に書かれていた、墓守の書がニアの脳裏に浮かぶ。
「グリーグ、、」
ニアの目の前に出てきた記憶の書には、辺境エンルーダの精霊師・グリーグの手書きで書き加えられている文章がある。
「精霊師の技は記憶の抹消に尽きる、、」
既に懐かしくなってしまったグリーグの言葉を、ニアは呟き、指に意識を集中させた。
砂岩の部屋が明るい光に包まれた、、