4度の生を超えて、また?
(わたしに前世の記憶があるのは何故なの?、、、)
深淵の闇に墜落するような感覚を覚えながら、タニアはこれまでの生を、走馬灯のように思い起こした。
(わたしには前世、4回程の記憶がある。)
今、終わろうとしているタニア・エンルーダ辺境伯令嬢のひとつ前。
(マリアナ・ソリベリの時は、一番酷かったかもしれない、、)
魔法が発達した国に、王弟大公の令嬢として生まれた時は、魔女の化身だと民衆から罵られながら斬首刑にあったタニア。
己の首に落とされた刃の音と、転げた頭の感覚が、考えれば今もタニアには生々しく甦る。
《その前は、、アリエス・ナルベワだった、、》
アリエス・ナルベワの時には宰相令嬢。軍事国家の宰相を務める父の1人娘として生まれた。にも関わらず、冤罪で罪人の牢へ投げ入れられる。
辱しめを受けながら、辺境の収容場で投獄死した。この記憶も余りに惨めで、タニアの頬を涙がつたう。
《ああそうだ、マフィラナ・ラ・ルーベンスの時が毒杯だったわね。》
南洋国ルーベンスの王女マフィラ。彼女の時にも、タニアは刑罰として毒杯を呷っている。他国へ政略結婚で正妃候補として入ったマフィラナは、覚えのない王族暗殺の容疑をかけられた。
《、、なにより最初の記憶、エリザベーラ・フィ・ディエラモンド。》
公爵令嬢だったエリザベーラ・フィ・ディエラモンド。今のタニアが考えても、当時の自分は悪女だった。
エリザベーラも含め、どの人生でも婚約破棄され、婚約者自らの手で、冤罪による刑を行われたのだ。
《今度は政略婚約なんかない、平民でかまわない、、》
4度の人生全て、寿命を全うする事は叶わず、学園を卒業する前後に、処刑や、惨殺、不審死扱いの断罪死をしてしまったタニア。
『お主は呪われている。』
直前の前世、大公令嬢マリアナ・ソルベリの時、タニアは悪役令嬢だと断罪され続ける宿命の理由を、魔術師に占わせた。その時に予言された言葉が、闇に響き渡る。
《1度目の公爵令嬢エリザベーラ・ディエーラモンドの時は仕方ない。本当に我儘で傲慢だったから、、、だから、処刑された時に反省したもの。》
前世の記憶を持ったまま次の生を受けた時、タニアは容姿だけでなく、人格者として讃えられる令嬢へと己を律した。にも関わらず、婚約する頃になると、悪い噂が湯水の様に湧いて出てくるのだ!!
《もう謂れのない冤罪で、儚く死ぬのは嫌!》
人生を5度経験しても、寄せ合わせてさえ90年も生きられなかったタニアは、闇を落ちながら心中から叫んだ!!
━━「次は!令嬢には絶対ならない!!平民になって長生きするのよ!」━━━
チュン、、チュン、、
(朝、、? 6度目の転生?)
タニアは顔に振りかかる太陽の光を顔に受け、眩しそうに目を潜める。同時に自分の手を目の前に掲げた。
(?!!赤ん坊の手じゃない?!大人の手だわ!!それも、、)
タニアは言葉にならない程驚いた。何故なら、自分が目にした大人の手は酷く汚れて、爪には血が滲んでいたからだ。
「起きたか。」
「丁度計算をした時間通りですね、父上。」
(ここは、、)
力ない意識でタニアが視線だけで
見回す。横顔に降り注ぐ太陽の光は、天井の穴から降りてきていた。
(辺境の遺体置き場、?)
石造りの簡単な建物は、エンルーダ領地にある墓所管理の棟。運ばれた遺体を埋葬する為に処置を施す場所になる。
皇宮がある都の優美な建築から比べれば、石を四角く積み上げただけの場所は、もはや洞窟墓所そのものに近い。タニアが子供の頃は、其の使用から怖くて近寄れなかった建物だ。
「どうやら話す力もないようだな。イグザム、水だけ口に入れてやれ。」
遺体処置を行う石板の上に、タニアは骸袋に顔だけ出され、横倒しにされている。
エンルーダ当主・アースロに促され、イグザムが腰の鞄から水入れを徐に出すと、タニアの口に直接水入れを付ける。
ゴホッゴホッ、、
6日ぶりの水分に、タニアは噎せて水を吐き出した。
「お前、せっかく手ずから飲ませてやっているのに出すなよ。」
「・・・・・」
アースロは相変わらずの無表情で、イグザムも悪態をつくだけで、タニアに視線も合わせようともしない。
イグザムに無造作に口に入れられた水で、僅かに喉は潤ったが、城内の独房で3日。此処が辺境のエンルーダ領ならば、移動に都からは3日もかかる。その間もタニアは食べる事が出来ていない故、嚥下が麻痺をしていた。気力も無く、話す事も出来るはずもない。
「3日前、あの場所でタニア・エンルーダの名前は消した。お前は今日からエンルーダ領民、平民だ。好きに名乗るがいい。」
骸袋を外す事もせずに、アースロが読めない表情でタニアに言い付ける。そして暗に辺境伯令嬢のタニアは死んだのだと言い含めるのだ。
(どうして生かしたのかしら、)
「・・・・」
辺境の地は国境を護る為、隣国との紛争も多い。城を護る辺境妃や令嬢は自害の備えや、自害をしたと見せて生き延びる一族秘伝の特殊な毒なども使う。
「どうせ腹の子を育てねば為らんだろ!此処で墓守りでもしてろ。丁度いいからな、余計な事をするな。お前は死人なんだからな。」
イグザムの言葉からも、例の薬を使ったのだとタニアは悟った。
(どうして?、、殿下の子供を身に宿したから?もしかして、この子を旗印に反乱を起こすつもりなの?)
アースロが自分を助けた意味がわからずタニアは、目の前の男を見つめた。
辺境を統治するだけはある屈強な身体付きは年を重ねても尚健在だ。都で見かけた貴族の誰よりも筋肉質。隣のイグザムや、只1人を覗いては。そう、ウインザードも彼等辺境の貴族と同じく、逞しい身体をしている。
(わたしと変わらない学園生で、持ち前の剣の才能だけでは、ああは成らないわよね、、)
とはいえ正直、疑問を口にする僅かな力さえ、骸袋に入れられたタニアには今は無い。
「此処は好きに使えばよい。イグザム、行くぞ。」
「あ、はい、、」
こちらの思案に気付いているのか、いないのか。アースロは一言イグザムに声を掛けると、無愛想な表情のまま、木戸から外へ出て行ってしまった。
後に続くイグザムの赤髪が、一瞬タニアを振り返った気がする。
(血の繋がりもない娘、、自分の息子と娘の乳母の代わりに、迎えた母を娶った事もそうだけれど、何を考えているのか解らない人。)
天井の穴は、遺体からの臭いを逃す為の穴で、太陽の光が外の雪を溶かして水を落とす。
タニアはちょうど顔や口に当たる水滴で、なんとか喉を潤していくしかない。
「・・・・」
冬の寒さが厳しい辺境の地、エンダール領。
その極寒の地で感じる太陽の光は、思いの他有り難く暖かい。
(あ、身体は、、)
自分の手で腹を撫でる。
外傷は無い。けれども子供は流れているかもしれないと、タニアは腹の手を降ろした。
(どうして、、殿下は、聖紋を、)
暖かな光を身体に感じれば、タニアの中から春の記憶か呼び覚まされる。
(せっかく生を受けたであろう、お腹の子。消えてしまうならば、せめて思い出だけでも、、貴方にあげるわ、、わたしの身体も、どれだけもつか解らないのだから。)
タニアは、開いた目蓋を閉じて思い描く。春の陽光を浴びながら、6日前に卒業をした学舎での出来事を。
(とても薔薇色の学園生活とは言えなかったけれどね。)
汚れ、泥にまみれ纏うドレスの身体さえ、骸袋に入ったまま。かつては毎朝、気を遣って巻いていた桃色の髪も萎びているだろう。遺体処理の石板で、タニアは眠るように記憶を呼び起こした。
『ごらんになって!今日もウイルザード殿下は、なんて麗しいの。』
『本当に素敵よね!わたし達下位の者にも、お優しいですし。』
1年の半分は雪に閉ざされる山脈が迫るエンルーダ領地と比べれば、常春の都シャルドーネ。
大国リュリアール皇国の首都となるシャルドーネに皇国学園はあり、タニア達はエンルーダから3日かけて上都した。
学園のそこかしこに咲き乱れる花々の合間から、編入の為に連れてこられたタニアは、噂の皇太子を垣間見る。
「ウイルザード殿下、、あの人が。」
「タニア、何をしている。こちらに来るのだ。」
義父アースロがイグザムを従えて、タニアを回廊から呼び出す声が響く。
「、、はい。すみません。」
あまりに美しい花の様子に誘われ、垣根へ近寄ったタニア。その隙間から見えたウイルザードの姿に、話に聞いた麗しの皇太子が噂通りの容姿だったと思いつつ、アースロの元へ戻る。
辺境から遅れて編入をして来たタニアが、初めてウイルザードの姿を見て独り言を呟いた春だった。
「絶対近寄ってはいけない人物だわ。」