木の上に漂う今と過去
ニアは、仰向けにされながらも、男と互いに其の部分を見ていた。
「お、お、、ああ、こ、れじゃあ俺 ぇーわ、、」
焼き切れた激痛なのか、それとも己の男の部分が消失した衝撃なのか、山の人の男は顔面蒼白で、汗をダラダラと掻きながら、股間から垂れ下がる皮に向かって何かを喚いている。
そこへ小川で肩手を冷やした、もう一人の男が戻ってきたのか、丸太小屋の扉が、ニア頭の上で開いた音がした。
「お前?何ぁしてんだぁ。勝ぁ手にやろうとしたのかぁ?」
まだ痛みがあるのか、手を振りながら近寄ってきた男は、軽口を叩きながらも、再び小屋に充満する肉の焼けた匂いに気が付き、慄いた。
「おぁ!!一体っていうかぁ。それ? 、うぁーわー、わわ。 」
相方が下半身を出しながらも、喚く姿から視線を落とす。途端に、まるで狂った様に叫ぶ男の声が小屋を壊しかねない状況になる!
「おいぃ、これこれぇ! とお前それ一体どうなっているんだよぁ。 」
「あ、あ、あ、なあ、どぉしたらなぁ、」
もう一人の男の狼狽える声や、喚く声がニアの頭の上で聞こえる。
そして、お互いの焼けた掌や股間を見合わせた2人は、徐ろにニアを見下ろしてきた。
其の視線は恐怖と異物への疑念に染まって見える。
「巫女、、お前ぇ、もしかして人間じゃないのか? 」
「!!や、やめ、よ、な。」
ニアの下半身に視線を移した途端に、 男達は ニアを置 いたまま、 丸太小屋をものすごい勢いで出て行った。
(一体、何っていったの? )
それまで、これから襲ってくる凌辱の恐怖に頭を真っ白にしていたニアは、徐々に自分の置かれた状況に意識を戻した。
ゆっくりと、未だ裸のままの自分の腹に、手を当てる。
(もしかして、この子が守ってくれたの? )
当てた手で上下に擦ってみる。
そうすれば 腹の上から、何か門様が浮かび上がるのが解った。
ボンヤリと自分の下腹に光る円陣模様に、ニアは断罪された後の牢で聴いた、微かな記憶を呼び起こす。
「、、もしかして、これが聖紋? 」
ニアが自分自身で身体を触ったとしても、何かが起きた事はこれまでに無い。
あえて言うならば、牢で毒杯を飲みほし意識を無くした後の事だったと、ニアは思い出す。
義父親アースロと義兄イグザムが、自分達の領地エンルーダへ、意識を落としたニアを運びこんだ時に、何か言っていた気がするのだ。
『、、な!、聖紋、、か? 』
きっと彼等も、牢から骸袋に入れて連れ帰った『墓守りの建屋』 で、ニアを 清める為に、服を脱がせようとしたのではないか?
(あの時、イグザムが、聖紋の発動を受けた、、)
結局、力の発動で仕方なく骸袋に入れたままに、ニアを遺体返しの台へ置いていたならば。
(そう考えたら辻褄もあう。触るのも忌避したのではなくて、触れられなかったのね、、)
汚い身体で骸袋へ入れられたまま、冷たい遺体返しの台に放置されていたと思ったニアは、あの墓守りの建屋で絶望した。
それでいて、毒杯を装ってまで生かされた意味が解らないまま、転生する事なく再びニアとして生き返った事に、幻滅したのだ。
本当ならば、又も転生していたのではと。次こそはと思い、アースロとイグザムを、只ニアは恨めしく思っていた。
其の中でのグリーグとの生活。
漸くニアは、『墓守り』のニアとして、生まれてくる子供と、グリーグと生きて行けると思える様になっていたのだ。
「けれど、本当は違ったのかもしれない。」
(グリーグだけでなくて、アースロもイグザムも、、)
ニアを家族として見ていたのか?
辺境エンルーダの城に後妻で入った母メーラの連れ子として、いつも一線置かれ優しくされた覚えなどないが。
奇しくも、さっき山の人に起きた、男根の悲劇が、最後にエンルーダ領の『死人の関所橋』で、イグザムが取った行動をニアに思い出させたのだ。
(グリーグが、後妻取らずの男根切断をしていたのも、知らなかったけれど、、まさかイグザムが、、)
グリーグの死んだ妻への愛をニアは知っている。
しかし其れを遥かに超える熱量をイグザムは、嫌っているはずのニアに見せつけてきた。
しかも本当に『後妻取らずの男根切断』を、聖紋が刻まれていると知るニアに向けて、、
「もう、、何が何なの、、それに、クロなの、、」
ニアの何度も繰り返した前世の中でさえ、『聖紋』なる言葉自体はあまり知らなかったが、今起きた現象で、力の意味は自ずと推測できる。
加えて考える事が多すぎて、床に寝転がされたままのニアの頭の中は混沌としたまま。
(考えられる事は、、付けられたのは、、)
『聖紋』の付け方など知る由もないが、確かなのは最後の貴族学園であった夏至祭。
皇太子ウィルサードに、パメラと間違えられて処女を散らされた、あの夜しかない。
「本当に、、何て事をしてくれたのよ、あの男は。」
繰り返し断罪され、死して4回。
公爵令嬢エリザベーラは、公爵嫡男ジョシューに。
王女マフィラナは、大国王ウブドラに。
宰相令嬢アリエスは、第3王子ナザールに。
大公令嬢マリアナは、セイドリアン王太子に。
(転生するたびに貴族の令嬢か王女だったから、政略結婚や婚約ばかり。其の度に悪女として殺された。)
「ああ、エリザベーラの時は、本当に嫌な女だったかもね。ジョシューの心変わりの相手、フローラを目の敵にしていた。許せなかったから。」
何故か婚約者や結婚相手に断罪され、殺され、挙句の果てには転生して、又殺される。
不毛な悪女転生に終止符を打てたのは偏に、大公令嬢マリアナの時に出会えた占い師ガラテアのお陰だった。
(ガラテアとの取引で、ほぼ平民のタニアに生まれ変われたのよ。)
それまで如何にも悪女だった容姿は180度転換し、まるで前世の婚約者を奪って行った相手の様な、庇護欲そそる可愛い顔立ちに、桃色の髪を手に入れたのだ。
「だから2度と貴族や王族になんて、関わりたくなかったのに、、、どうしてウイルザード殿下が、、あの言葉を知っているの、、、」
『秘密の巣箱にかくれないか?』
間違いなく公爵令嬢エリザベーラとジョシューとの合言葉だった。勿論、夏至祭は仮面舞踏会。
まさか合言葉を言ってきた相手がウイルザード皇太子だとはニアも、思いもしない。
仮面のままの情事の後に、眠る相手の仮面を取った顔を見たニアは固まった。
(とにかくクロにしても、ガラテアにしても、今世なのに、前世に関係する人間がいてるって事よね?)
ニアは薄暗い丸太小屋の中、寝転がったまま考えていたが、次第に着るものがない為気温が下がっている事に気が付いた。
「ごめんね、このままじゃ風邪を引いてしまう。」
改めてニアは、自分の腹に手を当てて中の子供に話しかけると、小屋の中を見回した。
落ち着いて目が慣れてくると、小屋の中には山の人が取ったであろう動物の皮が幾つも干されている。中には鞣して加工した毛皮もあった。
ニアは皮の1つを手に取り、山の人が着ていた様に自分の身体に巻き付け、壁に掛けていた紐で縛る。
上手く服に仕立てたニアは、小屋の外に出てみた。
「!!!こんなところにあるの?!」
出てみれば小屋は 地上にあるのではなく、エンルーダ領でもある巨木の枝に作られていたのだ。
(一体、どういう風にしてここまで運んだの?それに降りるモノもないじゃない!!)
さらに彼等がどうやって、小屋を使っているのか解らない程の高い位置にあるにも関わらず、梯子も階段もない始末。
「逃げられない。 」
ニアは周りを見回し、紐がないか探し出す。
とはいえ、これから夜間になれば地上に降りると魔獣や 凶悪な動物がいるかもしれない。
(でも、あの男たちが戻ってくるかもしれない。)
一瞬そう予想をして、慌てて降りる手段を考えたが、あれだけ恐怖に慄いていた姿を思い出す。
「巫女の呪いみたいに言っていたから、、」
考えてみれば、男根を焼き切られたのだ。焼かれた為に出血はしていないという奇妙な状態だったが、とても正気ではいられないだろう。
(夜の間に何とかすれば、いけるかもしれない。)
ニアは覚悟を決めて、丸木小屋で夜は過ごす事にした。