卒業と共に落とされた罰
「赤ちゃん、、、、わたしね、貴女のお母様が断罪された後に、幼馴染から婚約を破棄されたの。」
エナリーナは自分が取り上げた赤子を、魔法で温めた湯に浸からせながら、今も産褥の疲れで眠るニアを伺いつつ語る。
外の砂嵐は益々酷くなる様子で、エナリーナはガタガタと揺れるテントの屋根を心配そうに見上げると、
「それは、貴女のお母様を友達として、見捨てた罰だったのだと思う。」
ため息を吐き出す様に言葉を繋ぐ。
まだ目を開けきらぬ赤子を湯から上げて、小さな身体をボロ布ではあるが丁寧に拭いていく。
そんなエナリーナの頭に浮かぶのは、貴族学園を卒業した日の出来事だった。
『急にどうしたのエリオット!婚約破棄だなんて!』
若草色の髪を特別に結い上げ、エリオットの瞳と同じ色の花を飾るエナリーナは、卒業の宴が始まる前に、婚約者エリオットに呼び出された。
盛大な卒業式典の後、宴までを過ごす花咲く庭園でエナリーナは声を上げる。
しかもエリオットがエナリーナに婚約破棄を告げる様子と似たような光景が、庭園の彼処で見えるという奇怪な状況が起きていた。
『君とは婚約を解消したい!!』
『待ってください。』
バシッ!!
中には婚約者に頬を打たれる令嬢さえいる。
加えて、エナリーナ達の様な髪色の令嬢ばかりが嘆き悲しむ奇妙な婚約破棄劇。
『さっきも言ったじゃないか、エナリーナ。君みたいに陰湿な令嬢は、僕の性に合わないんだ。』
幼い時に結ばれて以来十年以上。家同士で繋ぐ完全な政略的婚約は、学園に入ると確かに雲行きが怪しくなっていたかもしれない。
リュリアール皇国筆頭公爵令嬢であり、ウイルザード皇太子殿下と婚約を交わしているパメラが、何故か明るい髪色を持つ令嬢に、入学当初から難癖を付けてきたのだ。
『侯爵令嬢に陰で嫌がらせをしているんだって?僕の親友が教えてくれたよ。婚約者が困っているとね。もしかして、僕より彼の方に乗り換えるつもり?』
それでもエリオットはエナリーナに優しく紳士的だった。が、あれは夏至祭以降だったか?エリオットの言動が可怪しくなったのは。
『陰湿って、一体どういうこと?』
エリオットの優しげで整った容姿は、そこそこ令嬢に人気がある。 いつもならエリオットの包む様な眼差しがエナリーナに注がれるのに。
『エリオット!違うわ。嘘よ!わたし、そんな事しない!』
見ればエリオットの瞳には、親愛の情が微塵も残っていない。
この日、学園を卒業すれば、エナリーナはエリオットの家に入り、女主人の修行をする予定が、無情にもエナリーナの腕を振り払い、エリオットは行ってしまう。
『わたしも、タニアみたいに、家族から捨てられるかもしれない、、』
エナリーナ達の婚約は当人同士だけで破棄できる代物ではないのは、エリオットも理解しているはず。それでもエリオットは婚約解消ではなく、ご丁寧にも婚約破棄だと、エナリーナを迎えに来たファッジ家の馬車馭者と侍女に告げて帰したのだ!
「びっくりしたわ、再び迎えに来たのは身の回りの物を纏めた荷物馬車で、卒業の日に其のまま修道院へ送られたのよ、、」
決して、ファッジ家はエナリーナを虐げてきた訳では無い。
兄も城に仕える身であったから世間体が故だろう、家で唯一明るい髪色をして生まれたエナリーナに、余り顔を合わせる事は無かったが虐められた記憶も無い。
薬師伯の娘として、薬の知識も兄と同様に与えられてきたのだ。だから卒業の日、当に突然家族が呪いに掛けられたが如く、変貌を見せたとしかエナリーナには思えない。
卒業の日に、修道院に送られたエナリーナ。
まるで酷い悪夢だと、エナリーナは頭の中が真っ白になったまま、家畜同様の扱いで荷馬車に揺られる。
「でもね、同じ様な境遇の令嬢達が、たくさん居たの。だって馬車がどんどん増えていったのよ?変よね。」
赤子を慣れた手で拭いたエナリーナは、織布に赤子を包み直してニアの隣に眠らせた。
其の内ニアの乳を、赤子に含ませて母乳を飲ませなくていけない。それまでは、此の砂嵐が一時の平安をもたらしてくれるはず。
何故なら、砂漠を行く小隊は『娼婦のキャラバン』。
エナリーナとニアはその小隊に売られた身なのだ。
「気が付いたら、修道院に送られる令嬢達の馬車は行列になっていて、、、何日目かに、盗賊の襲撃を受けたの。それからは、、隣国とリュリアールを行き来する此のキャラバンに売られみたいで、、」
修道院に向かう荷馬車は段々と増えていた。まるで迫害の行進にも思える光景。
エナリーナは今も忘れられない。
エナリーナは途中、学園の級友アガサに手紙を書いていた。奇妙な事が卒業式から未だに続いていることにを、何とかアガサに伝えたくて。
見ればエナリーナと同じ明るい髪色をしている令嬢ばかりで、中には、エナリーナに良く似た髪色もあった。
「明るい髪色の令嬢への迫害。皇太子妃パメラ様は何を考えいたのかしら。でも、、結局、貴女のお母様を見捨てたのは、わたしだったから、、」
襲撃は予定されていたのかもしれない。
エナリーナ達令嬢は、強奪され袋へ押し込められると、荷物と同じ扱いで国境を超えていた。
国境のエンルーダ山脈を超えると、リュリアールと隣国の間には砂漠が横たわる。
リュリアールが容易に隣国から襲撃を受けない理由の1つで、砂漠には独自の民族が居る。
エナリーナは、砂漠の民族が商う娼婦のキャラバンに、今は身を寄せる。
「罰だったと思うの、、だから、、もう、エリオットにも、、会えないと思うの。」
エナリーナが今度は、赤子の隣で眠るニアの額を、ボロ布で拭う。
「わたしは、ニアと違って、、もう汚れた傷物だもの。」
そう呟くエナリーナの顔は悲哀の色が滲み、目頭から膨らんだ水の玉が、ニアの瞼を濡らした。
「、、、エナリーナ、、」
「あら、起こしてしまった?もう少し休んで大丈夫よ。わたしが見ているから。」
ニアの瞳が何時の間にか、エナリーナの顔を捉えていて、エナリーナは慌てて指で目尻を払っている。
「名前を、、考えてくれない?赤ちゃんの。」
その間もニアは開いた瞳をエナリーナに向け、徐ろにエナリーナを名付け親にと静かに懇願した。
「、、ニア、、わたしで、いいの?」って
「因果なものでしょ?」
ニアが鉛の様に重い腕をエナリーナに差し出すと、
エナリーナがニアの手を両手で握り返す。