交差する義兄妹の陣
ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
森の切れ目から大地の裂け目に向け、向こう領土へと掛かる巨大な木橋を渡る中、空気を震わせる程の高い音が、ニアの両耳に響いてきた。
(!何?!)
己の耳を一瞬手で抑えながら、後ろを振り返った瞬間!!ニアの目に飛び込んできた光景は、、、
『ブォ!ブオオォロオオオ。』
『フーブォーブオオォロオオオ。』!!
禍々しく幾つもある赤く光る目を、異様な動きにさせながら森の奥から現れた二匹の巨体!!
(魔獣!!、と、、)
魔獣の勢いが作る土埃の中ニアの視界が捉えたのは、蜘蛛の様に背中から生やした手を使って走る猿人魔獣に、掴まる赤髪の人影だ!
「、、イグザム、、」
長く前に張り出した魔獣の顔の後方に、見間違える事無い義兄と、並ぶ他方の個体にしがみつく義兄の側近の姿。
背中に武器を背負うイグザムが、驚愕に目を見開くニアの視線を捉えた!!
(どうして、、城でアースロと居る筈でしょ、、)
「タニアーーーー!!お前は何やってんだぁ!」
鬼気迫る形相は戦闘神の如く。
ニアはイグザムの怒る面持ちを見つけ、慌てふためき長い木橋を渡り切ろうと、鈍っていた足を藻掻いた!
「若!!此奴等どうしますかっ?!!」
「両目を潰して飛び降り!そのまま後ろから蹴落とす!!」
「承知!!」
ザネリも『死人の関所橋』の上で急ぐ、ニアの姿を見つけたのだろう。
イグザムに、間も無く森の切れ目に出ると同時に、自分達が乗る猿人魔獣に下す動きを、解りながら、敢えてイグザムに確認した。
『ウブォ!ブオオォ!ウロオオオ。』
『ウウフーブォー!ウブオオォロオオオ。』!!」
そろそろ薬が切れ、理性を取り戻しそうな猿人魔獣が、森の向こうに見えた光に速度を落した時、
『パシュ!!』
『パシューーン!!』
背中のボウガンを取り出したイグザムとザネリは、鎖付きの矢を森の木へと放ったと同時に、手にしたクピンガを猿人魔獣の目に飛ばした!!
『ヴォオオォ、ガアゥガア?!』
『ガアハッガアアラ!!』
「離脱と同時に遠心で蹴るぞ!!」
「はいよ!」
いきなり後方から飛んできたクピンガを目にした途端に、両目を裂かれた猿人魔獣が、生やす腕の2本で目元を抑え、他の腕を無茶苦茶に振り回す!
その他方の手が、隣の魔獣を捕まえ、2体が腕を絡ませバランスを失った!!
「今だ!!!!!!」
橋の前で姿勢を崩した絡み合う2体の魔獣を、イグザムとザネリが鎖で繋いだ自身の身体に反動魔法をを付けて蹴り飛ばせば、、
『ウブォ!ブオオォ!ウロオオオ。』
『ウウフーブォー!ウブオオォロオオオ。』!!」
『ドシャ』
『ガラッガラッガラッ、、』
途中に飛び出した岩に身体を砕きながら、大地の裂け目に魔獣達が落ちていく、、と、魔獣の1つの腕が橋に手を掛けた!!
「キャアアアア、、」
落ちる身体を支えんが為に握る橋が大きく波打ち、二アの身体が斜めに橋の上を滑る!!
「愚おらあああああっっっつ!」
『ザシュン。』
即座にイグザムは橋に飛び降りながらも、橋を掴む魔獣の腕の1つを大刀で切り落とした!!
「は!キャアア!!」
橋が再び大きく跳ね上がり、再び二アの身体が降り戻り落とされそうになる!
(な、ほ、放っといて。貴方達にとって、邪魔な連れ子なんだから!)
橋の中央に腹ばいなって張り付くニアに、イグザムの咆哮が否応無しに降って来た!!
「聞けぇぇ、、ニア!!橋は落とされる!!くっ、抜けねぇ!!」
(あのまま魔獣にからまっていたら、全員一緒に落ちていたかも知れないでしょ!)
連動技で猿人魔獣を落としたイグザムとザネリ。
しかし橋を直ぐに渡って来る気配が無いのは、森の木と鎖で身体を繋げたからだろう。
ニアに叫ぶイグザムの後ろで、ザネリが木に食込む矢を鎖から外しに行くのが遠目で解る。
本来ならば鎖ボウガンの矢は、意のままに外れる様に細工をしているが、反動で魔獣を押した時に食い込みが奥まり、何時もの様に抜けないのだとニアは思った。
「知ってる!!」
(やっぱり今の内に橋を渡るのよ!)
ならば未だ此のエンルーダを出られる可能性がある!
ニアは立ち上がり、ヨロヨロとイグザムとは反対に足を動かした。
「馬鹿か!!何血迷ってんだ!そっちじゃねぇだろ!来い、タニア!」
「嫌!!」
木に食い込んだ矢から、鎖だけを外しに歩いたザネリが、ボウガンの稼働点でイグザムに言い放つ。
「若!そのままじゃ肩を痛めるっしょ!直ぐに外しますから!」
『チャリ、チャリン。シュー、シュルン!!』
外された金具と共にがギアで巻き上げる、鎖の音が橋の上まで聞こえが早いか、イグザムが着ていた鎖帷子ごと脱ぎ捨て即座に動いた。
「タニア!!これ以上、勝手は許さん!!」
そのまま跳躍したイグザムが、橋の真ん中に降り立つ!!三度橋が揺れてニアが煽られた。
「きゃ!!、、や、消えた方が、イグザムには都合いいでしょ!エンルーダの名は、ちゃんと捨て、、」
「お嬢!!」
余りの揺れに転げ落ちそうになるニアを見たザネリが叫び声を上げる。
途端にニアの細い腕を、ニアに向かって木から後ろに降り立ったイグザムが勢い良く掴み上げた!
そして吐き出す様にイグザムが告げたのは、
「戻って、終わりゃ祝言を上げるんだよ!」
ニアが想像もしていない、言葉だった。
(祝言?誰のよ!!)
「死人を政略で嫁がせる気!!」
「お前と俺だ!!」
突拍子もないイグザムの言葉に、ニアは頭の中を真っ白にしてしまい、次に投げつける筈の暴言を失った。
その時だった。
ザザザザザザザザザザザザザザーーーーー
木々の異様なざわめきが、関所橋の先の森が膨らむ様に鳴り始めた!!
「若!落ち着け!向かいに山人が!!」
ザネリが死人の関所橋の向かいを見て、イグザムに知らせる!が、イグザムはザネリの声を全く無視し、ニアを自分の方へと向き合わせる。
「ガキん時、メーラん後ろから顔出した時から嫁にするって決めてたんだよ!!」
此の時、
ニアは久しぶりにイグザムの目を見た気がした。
エンルーダに母と移住し、領主アースロと対面した場以来だった、それ程に。
「!!!」
(何、言ってるの、、)
嫌、もしかしたら初めて会った時に見たイグザムの瞳には、今の様な燃える情念があったのかも知れない。
けれども互いに未だ子供だった筈なのだ。
何度も、
殺される前世を繰り返し、
それらの記憶に囚われる自分が
(知らなかっただけで、、)
「義理の兄妹で?政略結婚?得なんて無いのに?」
「政略じゃねぇ、兎に角、俺とこに来い!」
両肩を捕まれ、ニアは反射的にイグザムの両手を渾身の力で叩くと、腰に隠し持っていたナイフでイグザムを切り払おうとした!!
「、、タニア、」
最初の前世、エリザベーラの斬首刑以来、男に無理やり両肩を捕まれるのは嫌悪感が走り、グリーグに持たされていた護身ナイフを無意識で手にしたのだ。
『ザッ、、、』
「やめて!!好きでもないでしょ?!妾なんてウンザリ、よ!、、?」
(マフィラナ王女の時みたいな思いも、冗談じゃない!!)
ニアの動きを察したイグザムが一瞬後ろに仰け反ると、ナイフはイグザムの服だけを裂いた。鎖帷子を脱ぎ捨て、衣だけだったイグザムの鍛え上げ割れた腹が曝される。
(な、此の痣?)
「若!!時間が!お嬢を担ぎましょ!」
使い慣れていないナイフを持ったまま強張るニアに、腹を切り捨てられそうになったイグザムが、ナイフをニアの手から抜く。
「そんなっ、、」
イグザムへの斬り付けが失敗した事よりも、ニアは目の前の男の腹に目が釘付けになり固まった。
「逃げんな!俺は、最初から命懸で娶る気だ!!」
だからイグザムがニアにさせた事に気が付くのに遅れてしまった。
ナイフを持っていた手から、冷たい感触が無くなり、何時の間にかニアは、布に包まれた熱いモノを握らされている。
「タニア。握れ。」
(なに、なの、)
「う、、、はぁ、、最初で、最後だなぁ。伯父上も、こうしたんだぞ、タニア。」
(どうして、、あの痣が、、)
イグザムの腹にあるのは、
アリエスの時に嫌と見た、囚人クロと同一の痣!
「若ーーーー止めてくだ『ザン!!!』」」
察したザネリが突然絶叫する。
ニアが凝視する目の前の痣が一瞬、イグザムが振りかざした白い刃に阻まれニアの視界から消えた。
「え、、、、、、」
掴まされていた熱いモノが、そのままニアの胸元に血飛沫を飛ばして落ちてくる。
(は、、これって、、)
「グっっか、ハッ!!」
「わーーーかーー、あ、あ、あ、、なんて、」
痣に意識を飛ばしていたニアが、手にした布は、
イグザムが持つ大刃で切り取られた、血塗れの褌で、、
『うひょー、まじ?男のん切っちまったぞ!!』
中身が己が手の中に有り、方やイグザムは靡くニアの髪を握っているのが解る。
「お前ら!山人か?!馬鹿若ーーー!!、意識ーぶん戻せー!ー、!ーー」
ザネリが飛び出しながら吐く怒号が聞こえる。
前のめりに沈むイグザムの手にされたニアの一房の髪のブチブチと千切れる痛みが、ニアを正気にさせ、
未だ鈍く光りながら赤く染まる刃を、辛うじてイグザムが紅の飛沫を蒔き散らし、跪きながらも鞘に戻す。
「イ、ぐっ!」
そのイグザムの姿を目に、ニアの思考がイグザムが惚けた様に放った台詞をかき集める。
(グリーグが、後妻取らずの男根切断を、)
グリーグの死んだ妻への愛の深さは、ニアにも解っている。それと同じ熱量を、自分を嫌っている筈の目の前の男が、、
(見せつけてきたって、、)
ニアが意識を手放しそうになった時、とうとう橋が崩れた!!
『女、いただきーーーー!!』
足元にあった橋の瓦解!!
山人が合図通りに関所橋を落としたのだ!!
落下の恐怖に陥りそうになるニア。
が、強力な拘束を腰に感じ、途端に弾けるが如く背後へ自分の身体が飛び退いたのが解った!!
『バラバラバラバラ、、』
『ガコーーーン』
『ガコーーーンンン』
木橋とはいえ、巨大な関所橋がエンルーダの境目に横たわる大地の裂け目へと、無惨に落とされていく。
エンルーダ側の岩に杭を埋め直したザネリが、イグザムのボウガンから鎖を放って巻き上げるのが、崩壊する橋材の合間に見えた。
ニアは2人の山人らしき男達に、羽交い締めされながら、落下する橋の残骸を縫って引き上げられる。
(あ、、、精霊界が、、)
空中に放り出された衝撃で、手にしたモノが布ごと空へと上がっていく!!
ニアの頭の中に、未だしっかりと覚えている声が、精霊への詠唱を始めた。
あたりの空気が揺らめき、目の前のモノが光り輝く。
「、、グリーグ、、」
裂け目にぶら下がり、拘束されるニアを、イグザムが向かいのエンルーダからザネリに介抱されながら睨んでいるのがニアには解った。
(イグザムの男根を、グリーグが連れていくの?それともこれは、、、)
「おい!!此奴あ、巫女かぃ?!」
知らぬ間にニアは、両手を胸で組んだまま、祈る様に身体を丸める。
儀式を行う時に現れる緑の光と大樹の陣形が開き
『パ―――――――――ン!!』
精霊界にイグザムの一部を運び入れる事を願い出る。
すると今度はまるでイグザムを囲む様に光の粒子が集まる。
『タニアーー!!』
向かいのエンルーダ領で、イグザムの口がニアの名を形にしたのを見て、ニアは男達に目隠しをされた。
続いて 出奔編。