交錯するウイルザードが聖紋を刻んだ夜
マウリオ領でベイヤード商会の会頭をしていると曰う、アーサーの魔道具が、エンルーダ領土内の姿を映し出す。
(襲撃者とはいえ、何匹もの残忍な魔獣に叢がれ喰らわれるのは、気分が悪くなる。)
城内結界より外で繰り広げられる、猿人魔獣の残忍な暴食具合に、薄ら寒い感情を抱いたウイルザードの顔色は最悪だった。
「、、殿下、、もう宜しいですよね、、」
見ればエリオットも吐気を催したようで、口元を辛そうに歪め、ウイルザードに映像を覗き込む事を止めようと進言してきた。
「ああ、エリオット充分だな、、アーサー殿、無理を聞いてくれた事に感謝する。」
(それにまるで、この様は、、蹂躙される、、アリエス、、)
「殿下、お顔の色が優れません。宜しければ此方の気付け水を使われたら如何でしょう。」
暫し沈黙するウイルザードに、怪訝な面持ちをしながらもアーサーが頭を垂れた。
そして懐に魔道具を直すと、代わりに小瓶をウイルザードに差し出してくる。
「アーサー殿、いくら商会会頭でも、流石に得体の知れない物を殿下に渡せませんよ!」
しかし透かさずアーサーの小瓶を、エリオットが遮った。そこは流石に騎士の動きを見せた。
「ではエリオット殿が、毒見を成されるのはどうです?殿下と同じく貴方も真っ青ですから。此方は夏至祭の時期に咲く、魔法花から取り出した気付け水です。気分が良くなりますので、どうぞ。」
そんなエリオットの言葉を予想していたかに、アーサーは微笑みを崩す事無く、エリオットを毒見役にと提案する。
其の様子に、アーサーの自信が垣間見えた気が、ウイルザードにはした。
「な、なら、頂きます!」
確かにウイルザードと同様、気分を悪くしたエリオットはアーサーの提案を受け、自ら小瓶に手を伸ばす。
「なるほど、スッキリしました。アーサー殿ありがとうございます!」
ウイルザードに頷いて見せるエリオットに、ウイルザードも相づちを打つと、アーサーの小瓶を自分の口に傾けた。
(夏至祭に咲く魔法花の、癒やしの力か。)
ウイルザードの身体に、気付け水が放つ爽やかなエネルギーが染み渡っていく。
「重ね重ね世話になった。外が落ち着けば、城を出るのだろう?制圧後であろうが、、貴殿の無事を祈る。」
漸く気分が戻ったウイルザードは、アーサーに向き合うと、自身の右手を頭の上に掲げる。
男性皇族の祈りのポーズを以て感謝を現したのだ。
「!!ウイルザード殿下、勿体無いお言葉、ありがとうございます。しかし直ぐには城下に戻れないのでは無いでしょうか。此方に滞在の間、何か有りましたらマウリオ領ベイヤード商会に何也と申し付け下さい。」
「アーサー殿の申し出は有難いですね!では殿下、我々は上へ戻りませんか?」
エリオットも、アーサーに向けたウイルザードの行動に少し驚きながらも、アーサーに礼を取る。エリオットにも気付け水が充分に効いたのだろう。
「では失礼する。」
案内された部屋を後にし、ウイルザードはアーサーの懐にあるであろう魔道具の映像を思い出しながら、来た回廊を歩いて行く。
(3度目の生は、次男、、第2王子のマクロンだったな。)
「先程の気付け水は助かりましたね、殿下。」
「、、アーサー殿に感謝だな、、」
降りて来た回廊を、護衛を連れながらエリオットと話すウイルザードの心は、さっき見た映像に前前世の出来事を重ねてしまう。
(叢がる獣に蹂躙され囲まれた手足、、アリエスも、、きっとあんな酷さで、、命を散らしたはず。)
そんなウイルザードの様子を知らずに、エリオットが話す言葉が、城の地下回廊へと響いていく。
「しかし夏至祭に咲く魔法花ってあるんですね。全然知りませんでした。実は、元婚約者の家が魔法薬の大家なんです。」
エリオットの言葉が、思考するウイルザードの耳を掠めて行く。
(2つ前の生。あの時の婚約は、王族から降籍し、軍事国家を支える宰相の婿となって公爵領と宰相を継ぐ政略の意味合いとしてナルベワ卿の1人娘、令嬢アリエスと契約した。)
前を歩くウイルザードの顔が見えない為か、エリオットはウイルザードが前前世に思いを馳せている事など気にも止めない。
「彼女なら夏至祭に咲く魔法花を知っていたんでしょうね。今更ですが。」
そんなエリオットの声に、焦燥感が漂う。
自分の記憶に沈み考えるウイルザードも、エリオットの声色が変わった事に吊られ、反射的に答えた。
「、、夏至祭か、、エリオットは夏至祭で婚約者を見つけられたんだな、、俺は、、違った。」
「え、あ、仮面舞踏会でしたからね、そう言えば。」
本当は心非ずのウイルザードだったが、エリオットが言う夏至祭は特別な日。
某が起動線となって、ウイルザードの胸に今度は前前世と今世が渦巻く。
(結局、ナルベワ卿がアリエスを使って敵国と通じていると発覚して、、機密漏洩とクーデター首謀でナルベワ卿は絞首刑。アリエスは、、収容所に送られた。)
「精霊界との境が薄くなる夏至祭で、仮面舞踏会にと宴を開催したのは、、奇跡だったな。」
夏至祭は不思議な雰囲気が都に立ち込める時。
「あの日は、寮の部屋にエスコートさえ迎えにいけませんでしたよね。仮面姿でホールのパートナーを探し当てるって趣旨でしたから、僕は必死に婚約者を探しましたよ!何を言われるか解りませんから。」
エリオットの声がウイルザードの背中を追い越して、回廊の先へと消えた。
(俺は、、冤罪だと解り、迎えにいった僻地の収容所で、、尊厳の欠片も無い精液匂う獄卒の片隅で、アリエスは犯罪者に孕まされ息絶えていた。)
回廊に薄暗い場所に、其の光景がウイルザードの前に見えてくる。
「いつもとは別世界な飾りで、流れる曲も知らない音楽でしたけど、緑の髪を間違えるはずが無いです!あの日は彼女の髪色に感謝しましたね。」
(だから夏至祭で、彼女がエリザベーラのデビュタントドレスを着ていたのを見つけた時、驚いた。)
自分がかつての前世で散らした、最愛の処女の記憶。
『秘密の巣箱にかくれないか?』
(きっとあの日、デビュタントを迎えたエリザベーラに合言葉を言った時と同じ笑みを浮かべていたな、、朽ちたアリエスの骸を抱いていた奴みたいに、、)
「ああ、俺も彼女の髪色とドレスで解った。」
「僕は1曲目のダンスで解りましたが、殿下は大変だったんですね。。」
(結ばれるどころか、何度も惨殺して、後を追うなら。)
エンルーダ城の地下階から上がって来たウイルザードは、仮初めの自分達の部屋まで戻ると、堅牢な格子がはめられた窓を開け、外の様子を確認しながらエリオットに答えた。
「そうだな、、結果的に違ったんだ。夏至祭は確信していたんだがな。」
「???」
(痩せて汚れても美しい肢体に咲いた『マリアナのバラ』。あれを目にした瞬間、血が沸騰した、、この肢体の先にある子宮を、、他の形にしてやるものかと、、、)
例え鬼畜の所業と言われる、聖女の純血を護る禁術を使ってでも。
「さっきから大丈夫ですか?殿下、水飲みます?あ!ウイルザード殿下!!あんなに大きかった核石雲が消えてます!結界威力の為なんですかね?、それにやけに静かじゃ無いですか?」
あまりに様子が可怪しいウイルザードに、エリオットが部屋の水差しから注いだ水を差し出して、外へ耳をそばだてる。
「風さえ、凪いでいる。何か変わったな。」
ウイルザードが眼下の森よりも先に視線を投げた。
其の遥か先で、幾つもの土煙らしき物がエンルーダの上空に向かって登って行く。
辺境の男では無いウイルザードは知る由も無い。
イグザムの指示を受けたザリアが『橋落とし』
の狼煙を上げたのだった。